1997年 学界展望
労働経済学研究の現在─1994~96年の業績を通じて(8ページ目)


7. 女性の雇用管理

論文紹介(金子)

冨田安信「女性が働き続けることのできる職場環境─育児休業制度と労働時間制度の役割─」

育児休業法が施行された後、育児休業制度が女性の就業行動に及ぼす影響に関する実証分析への関心が高まった。しかし、就業行動に影響する変数として育児休業に関するデータを利用しようとすると、従来は「女子雇用管理調査」の育児休業実施事業所割合など公表データに依存せざるをえなかった。これに対して、この論文では、大阪府が平成5年に大阪府下の企業に対して実施した「女性の雇用・労働の実態と課題に関するアンケート調査」の個票データを用いている。このデータのメリットは、各企業が育児と就業の両立支援をする制度を導入しているかどうかがわかることと、各企業において出産後もその企業を辞めずに働き続ける女性従業員の割合がわかることである。

1994年時点では、育児休業法の適用が30人未満の事業所では免除されていたので、冨田は30人以上の従業員規模の事業所を対象に、実証分析を行った。被説明変数は女性従業員に占める出産後も働き続けている人の割合をロジット変換した値である。説明変数には、育児休業の実施状況のみならず、育児休業制度の設立時期、および育児に有利な雇用管理をもたらすと考えられる伸縮的な労働時間制度と福利厚生制度(事業所内託児所の有無)に関する変数を加えている。

推定結果によれば、育児休業制度と事業所内託児所の実施に関する変数の係数はそれぞれ正かつ有意であり、短時間勤務制度と半日単位の有給休暇制度の実施に関する変数の係数もおのおの正かつ有意であった。これに対して、フレックスタイム制度の実施に関する係数は有意ではなかった。また、設立時期が早いほど出産後就業継続している女性従業員の比率が高くなる結果が認められた。したがって、育児休業制度が伸縮的な労働時間制度の一部として位置づけられる以上、労働時間を伸縮的にする女子雇用管理を含めた育児と就業の両立支援をする職場環境づくりは、女性の就業希望とも一致する効果をもたらす好ましいものであると結論している。

樋口美雄「育児休業制度の実証分析」

男女雇用均等法の施行により、女性の長期就業を求める雇用制度の整備が進められた。長期就業のためには定着率の上昇が必要であり、育児休業制度を含めた労働時間の柔軟性確保のための政策はそのための施策である。育児休業制度は、子供を持たずに就業継続するかそれとも就業を辞めて育児に専念するかという選択肢に加えて、育児と就業を両立させて継続就業するという第3の選択肢を、女性に用意することを目指した制度である。この論文は、このような目的を持つ育児休業制度が女性の就業行動に効果を及ぼしているかどうかを、1987年の「就業構造基本調査」の個票データを用いて実証分析している。

1987年は育児休業法施行前であるが、「女子保護実施状況調査」により24産業分類の育児休業実施事業所割合のデータを「就業構造基本調査」のデータと組み合わせることによって、育児休業の普及が女性の継続就業確率を上昇させるかどうかを検証することができる。学校卒業後少なくとも1度は正規雇用者として企業に勤めたことのある25~29歳の女性の個票データによる継続就業率関数の推定結果から、育児休業実施事業所割合が高いほど継続就業確率が上昇することがわかり、育児休業制度はその目的を果たす効果を持つと考えられる。

三谷直紀「均等法施行後の女性雇用」

男女雇用均等法が施行されて10年が経過して、同法が女性の雇用管理や就業行動に具体的な効果を及ぼしているかどうかについて関心が高まっている。この論文は、まず、雇用管理上の男女差別を説明する統計的差別理論の帰結が、男女雇用均等法によって男女の取り扱いが均等になったときどのように変わるのかを検討し、この検討から予想される女子雇用管理の変化が均等法施行前後において生じたかどうかを統計データを用いて検証している。

三谷は、まず、統計的差別理論の前提を認めても、均等法の施行によって男女間の賃金格差が是正されることと女性の勤続年数の増加がもたらされるという結論を導くことができることを指摘して、「労働力調査」と「賃金構造基本調査」を用いて女性の雇用管理の変化の影響を調べた。その結果、[1]女性の労働力率は均等法施行以後も上昇傾向を維持しており、特に20歳代後半と40歳代後半で上昇率が相対的に大きい、[2]若年層を除けば、長期勤続者比率が上昇している、[3]役職者比率は、水準は男子に比べて低いものの、均等法施行後は上昇傾向にあることが明らかにされた。次に、男女間賃金格差については、均等法施行時点の1986年と施行後の93年の「賃金構造基本調査」の個票データを用いて、1986年の賃金関数と93年の賃金関数を推定することによって分析している。二つの時点の推定結果を比較すると、均等法施行後に男女間賃金格差が縮小したのは、学歴計の女性労働者についてみると、100~900人規模の中規模企業だけであった。さらに学歴と企業規模をクロスさせた場合には、大企業の大卒者に関する男女間賃金格差が縮小した結果が認められた。

金子

女性の雇用管理の方向の一つは、男子と対等に戦力化するということです。この視点は正規雇用でもパート労働の分析でも見られます。この目的のために、男女雇用機会均等法が施行されました。その後、育児休業法が施行されました。育児休業が女性の就業行動にどれだけ好ましい影響を及ぼすかについて、この政策の効果を知るためにも実証分析が必要になります。冨田論文を取り上げた理由は、企業調査であるにもかかわらず、まず企業が育児休業制度、あるいはそうした育児と就業の両立支援政策をしているかどうかを一つ一つ答えられるデータであるということと、それから、出産後も働き続けている人のニーズが企業別にとられているので、育児休業の利用実態を個票データによって把握できるからです。育児休業制度が女性の就業行動に及ぼす影響に関するもう一つの重要な実証研究として樋口さんの研究があります。冨田論文と対比する意味で紹介しました。

ただし、樋口論文で検証された効果は育児休業制度の普及の影響をとらえたものであり、女性雇用者が勤めた事業所に育児休業制度があるかどうか、さらに実際に利用したかどうかなど、個別的な育児休業制度の利用が女性雇用者の継続就業確率に及ぼす効果を近似的にとらえていると考えるべきでしょう。

このような留保をするのは、先ほどの冨田論文では、育児休業を実施しているかどうかを企業別に把握することのできる個票データを用いて、育児休業制度およびこれに関連する労働時間の弾力的運用が女性の継続就業に及ぼす効果を実証分析しているからです。

三谷論文のほうは、継続就業をしている女性雇用者の賃金に対する男女雇用機会均等法の効果を分析しています。終身雇用・年功制で今、見直しをされているのは、賃金プロファイルでそれをどうやって平準化させるかという点です。景気が不透明になって、成長率が下がって、賃金を一方では終身雇用・年功制で寝かせようということですけれども、逆に、今度、男女雇用均等法で女性が就業継続していくときには、男性とともに働き続けるわけですから、賃金は上がっていくはずです。たしかに、統計でサービス業務に見るように、女性については、総合職と一般職に分けて雇用するという慣行がまだある。しかも、総合職が伸びているとはいえ、その割合はまだ高くない面は残っています。こうした男女雇用機会均等法以降の女子雇用管理の変化や実態を詳しく見たうえで、その効果を数量的に把握するものとして男女間賃金格差を取り上げています。つまり、均等法施行前と施行後で、賃金格差が是正されているのかについて、特に注意を促しています。

三谷さんがこの問題を重視している一つの理由は、賃金関係の推定について、今まで精力的な研究をされており、その分析のフレームワークの中で、均等法の効果を実証分析することができるからだと思います。均等法の影響については、女性の意識の面からの分析もできるのかもしれないんですけれども、労働経済学的には、賃金に対する影響で見るのが客観的であると考えられますので、三谷さんのこの手法で、均等法の効果を見るのは正しい方法だと思うわけです。もちろん、アンケート調査で、女性の意識の変化とか、ヒアリングで1人1人の女性の働き方がどう変わったかということを聞くのもいいのですが、均等法施行後10年たったわけで、ここである一定の客観的な尺度で、効果を持っているか持っていないかを判定するという作業は非常に重要なことだと思います。しかも、男女間賃金格差というのは、従来、賃金構造論の中で指摘されていた問題で、特に、今回の学界展望でも、企業規模間格差や下請制のところで、二重構造の問題など賃金格差の問題を扱っていますから、それと同様の観点から、男女雇用均等法の効果を分析したという意味で意義があると考え取り上げました。

討論

駿河

冨田論文は、データを企業側と労働者個人側の両方からとってきて分析しており、その点がいいと思いますね。結婚でやめる人は、本人あるいは家族が望ましいと考えて選択した結果であるけれども、出産でやめる人は、仕事と家庭の両立が難しかった人だという結果が出て、おもしろいと思いましたね。女性の雇用管理、育児休業制度や労働時間の短縮、人材の育成方法などが既婚女性の残留率を高めるという、ものすごくきれいな結果が出ています。

金子

そうですね。出産後も働く女子ですから、残留率でしょうね。

駿河

育児休業制度などの制度が効果的にもかかわらず、データで見ると、育児休業制度を採用している企業が50%もないという結果ですね。

金子

当時はこの程度の水準でした。

駿河

ええ、この後で改善されているかもしれない。

金子

その通りだと思います。30人以下事業規模の適用除外が1994年までで、95年からは、30人以下の事業所でも労使協定で育児休業制度をつくることが育児休業法で強制されるようになるから多分変わっていると思います。

駿河

これは何年のデータですか。

金子

平成5年で育児休業制度の採用事業所割合は50%くらいでした。

駿河

50%以下なんですね。そうすると、現在は相当改善されていると見ていいわけですか。

金子

ただ、急に効果が出ているかどうか。だから、企業規模間格差が、たとえば中小・零細企業だと、育児休業制度で労使協定があっても取りにくいという状況があるかもしれないんですね。要するに、大企業だったらローテーションしやすいから、代替要員をすぐ見つけられるけれども、中小企業や零細企業で従業員が10人、5人のところで、すぐ代替要員ができなければ、育児休業は取れないわけですね。育児休業制度の効果を分析するときに注意しなければいけない点は、育児休業実施事業所割合と育児休業取得者割合を区別する必要があるということでしょう。樋口さんも、育児休業実施事業所割合を使うことに関しては、いろいろ注意するべきだということを指摘しています。やはり育児休業実施事業所割合は、育児休業をとってもいいよということを決めた事業所の割合なんですね。実際にとれるかどうかというのは、そこの雇用管理、職場の個別企業の職場管理の仕方にも依存する。その点は、やはり実際に、企業ごとに聞いてみないとわからないというので、企業別、あるいは取った、取らないということを労働者本人が答えるように工夫された個票データのほうが、より精度が高くなると考えられます。

「女子雇用管理調査」によれば、育児休業実施事業所割合の上昇傾向に比べて、育児休業実施事業所の中の取得比率というのは、あまり急には上がらないようです。最近の3年分のデータしかないのです。

駿河

そうすると、実態は、あまり改善されていない可能性があるのですね。

金子

あるかもしれないけれども、今後、データをそろえて実証研究をしてみる必要があるかと思います。しかし、集計的には育児休業実施事業所割合に代表されるこの制度の普及の望ましい効果が出ている。しかも、冨田さんの分析は大阪府だけのサンプルですけれども、樋口さんのほうは「就業構造基本調査」ですから全国ですね。全国平均で見ても、育児休業実施事業所割合が高くなるほど、継続就業率が上がる結果が得られています。だから、平均的に見ることを認めてもらえるならば、育児休業制度の普及は望ましい効果を及ぼしていることが考えられます。

駿河

先ほども言いましたけれども、育児休業制度がきちんとできれば、出産率あるいは結婚率というのは相当高まってくるのですか。そういう分析があればおもしろいと思うんですけれども。

金子

育児休業制度があると、出生率が上がるかどうか。それは、人口政策とかかわって、従来は取り上げることが非常に難しかったんですけれども、やはりこれからは、それも一つの研究課題だということを働く女性の人たちに認めてもらいながら、客観的な研究をする必要はあるかと思います。

駿河

三谷論文に対するコメントがあったらお願いします。

奥西

広範囲なデータを丹念に拾っておられて、わかりやすく、「ああ、なるほど、こうなっているのか」という感じで、特に異論なく読みました。役職面では大企業でも長勤続の女子を中心に、まだ低いと言えば低いんですが、昇進する人の割合も若干増えているというのは、私も別のある作業でそういう結果が出ているので、それと整合的かなと。ただ、一方で男女雇用機会均等法という一つの大きな画期があった割には、まだまだ大きな格差が残っているなということも、三谷論文を読んで感ずるわけです。

金子

格差というのは、賃金格差に限定しないでいうことですか。

奥西

賃金もそうですし、役職への昇進割合も。たとえば係長への昇進者は増えていますね。でも、すぐ課長や部長になる人の割合が増えるかというと、おそらく均等法以前に採った人は、そうしたことを予定した扱いをあまり受けてこなかったでしょうから、時間のかかる話だというのは理解できるのですが。また、賃金のほうについて言えば、まだまだ格差が大きいので、それをどういうふうに考えるのかなということがあります。

駿河

三谷論文の場合は、均等法ができて、そして、女性の雇用管理が改善されて、賃金格差が減る、勤続は長くなる。こういうワンクッションを置いた議論をしているんですけれども、一つは、雇用管理についてはほとんど何も触れられていないので、できれば雇用管理のどの辺が改善されたかというような具体的内容があったらつけ加えるといいと思いました。男性なみの訓練をするようになったとか、男性と同じ待遇が与えられるようになったとか、それから、昇進チャンスが広がったとか、そういう具体的な雇用管理改善がこの均等法以降どの程度改善されてきたかということです。むしろ、雇用管理の具体的な側面というのは、ヒアリング調査に基づいた研究のほうがいいわけですね。ただ、その辺がちゃんとわからないと、実際、均等法で賃金とか勤続が改善されたのか、単に好景気のときに改善されて、その後不景気になりましたけれども、好況のときの影響が続いてきているのかというのがちょっとわからないという気がしますね。

奥西

たしかに先ほどの育児休業と同じで、教育訓練等の制度的な面で改善が進んだかどうかというとき、運用面の実態も見る必要があるでしょうからね。統計調査ではちょっと難しいかもしれません。

駿河

それから、1986年と93年、2年間の賃金関数を推定されて、そして、女性ダミーの係数がどうなったかを見て、賃金格差が縮小したか、大きくなったかとかいうのを見ています。それを企業規模間でも見ているわけです。だけど、2時点だけで見ると、推定係数が不安定で傾向が不明になる可能性があります。また、2時点の推定値の差が割と小さいですから。

金子

本人はその点留保していますけれども。

駿河

この結果ではあまり強く言えないのじゃないか。やはりもう1時点くらいの推定が欲しいところです。それから実際有意に係数が違うのかを調べる必要があるんじゃないかという気がします。

金子

男女雇用機会均等法の影響を見るということで、均等法施行以後10年たてば、最初に採用された総合職の女性が係長とか主任クラスになる時期ですよね。そこで見たかったからじゃないですか。たとえばその3時点、10年の間をもっと細かくした3年おきでは、その影響は出てこないですよね。今は、水準は低いけれども、だんだん役職で男女間差別がなくなってきているということの議論と合わせると、やはりきちっと職位が上がっていくプロセスを見いだせる長い時間が欲しかったと思うのです。だから、駿河さんの批判をあえてこの論文の形式でやろうとすると、もうあと5年先を見る必要があります。そうすれば、均等法施行の5年後に採用された男性と女性で、やはり10年たってみたら賃金格差がなくなっている。そうすると2コーホートですよね。新卒採用の二つの世代で男女間賃金格差がなくなっていれば、それは均等法の影響が出ていることが確かめられると思います。だから、一つのコーホートに依存するこの論文は注意して読む必要があるんですけれども、駿河さんのコメントに対する一つの今後の研究の発展方向というのは、より長いスパンを持ったデータを用いて少なくとも2世代を比較するということだと思うんです。