1997年 学界展望
労働経済学研究の現在─1994~96年の業績を通じて(4ページ目)


3. 海外生産活動と国内雇用

論文紹介(駿河)

深尾京司「日本企業の海外生産活動と国内労働」

製造業における海外労働投入比は約1割(1992年)で、マクロ的に見た国内労働への影響はまだあまり大きくない。電機産業に属する企業のパネルデータによる計量分析によると、過半所有現地法人の純生産(売り上げ-域外からの輸入)が増えるほどアジアでも北米でも純輸出(輸出-現地法人よりの輸入)が減少する結果となった。したがって、現地生産の拡大は本社の生産を減らす可能性が高い。しかし国内における雇用創出の低下は、日系企業による海外での雇用創出の上昇をはるかに上回る規模で、海外進出だけでは説明しきれない。今後海外生産が進行するにつれ、雇用問題が生じる可能性はある。その影響は特定の産業、職種、地域に集中して問題を引き起こすかもしれない。

伊沢俊泰「日本企業の海外進出と労働力コスト─電気機器産業の企業について」

電機産業の企業に焦点を当てて、海外への生産移転が国内の労働者の賃金にどのような影響を与えたかを分析している。比較的賃金の安い不熟練労働を必要とする工程の海外移転が生じているなら、海外移転比率の高い企業ほど、他の条件をコントロールすると国内本社企業で支払われる平均賃金が高まっていくことが観察されるはずである。東洋経済新報社『海外進出企業総覧』等の1978-92年データで実証分析をしている。実証分析の結果、海外労働投入比率の高い企業ほど平均給与が高まっていた。これは、労働集約的部門が相対的に縮小し人的資本集中部門が拡大してゆく産業構造の変化を反映している。したがって、比較的熟練度の低い工程で働く労働者、そのような産業の集中する地域は問題が大きくなると予想される。

駿河

三つ目のテーマに移ります。これまで海外直接投資と国内雇用の空洞化ということがよく言われていたんですが、言われている割には労働経済学からのこの問題に対する本格的分析は少なかった。この問題について、個別企業データを使った本格的な実証分析がいよいよ始まってきたというのが、深尾、伊沢両論文です。

これまで、本格的な実証分析があまりなかったという意味で価値のある論文だと思いますし、これから発展が期待される分野です。ただし、両論文ともデータが1992年までのものにとどまっており、急激な円高になって、海外生産比率が非常に高まってくるのは、分析対象以降の年になります。そういう意味では、今後、データがそろったところでますます研究が期待される分野です。

それから、どういった産業、あるいは職種、地域の雇用に大きな影響を与えていくのか、打撃を受けるような産業、職種、地域の雇用をどう支えていくのかといったような個別の問題が今後重要な課題となっていくだろうと考えています。

討論

奥西

深尾論文のほうはサーベイ的な性格もあり、また論旨明快で、私は素直に読めました。伊沢論文のほうは、少々チャレンジングな仮説を提示しています。空洞化ではしばしば雇用不安が問題になるのですが、空洞化によって海外に労働集約的な部門がシフトすると、日本国内にはかなり資本集約的、あるいは技術集約的な部門が残り、したがって、賃金水準は高くなるのではないかという仮説を提示して、それを電機産業について検証したわけです。

実証分析では、海外進出企業の賃金を被説明変数にして、説明変数のほうはいくつかあるのですが、その中に海外への労働投入比率があるわけです。そして、海外への労働投入比率が上がれば、国内における海外進出企業の賃金が高くなるという傾向が確認されたと結論づけられているんですが、ただ、海外生産比率自体は必ずしも外生変数ではないですよね。因果関係の可能性としては、たしかに伊沢さんが言われるように、海外生産比率が上がったから国内賃金が上がったということも考えられますが、逆に国内賃金が高かった企業で海外進出が進み、したがって、海外生産比率が高まったという解釈をする余地もあるのではないでしょうか。

そのような意味からすると、伊沢さんが論文の最後で、今後の課題としていくつかの方向を挙げておられるんですけれども、たとえばこの仮説のより直接的なインプリケーションは賃金というよりは国内の労働者構成が変わるという点ですよね。その点が果たしてどうなっているのか。あるいは、賃金につなげるときも、国内における賃金格差の問題との関係はどうなっているのかというような、実証研究をもう少し積み重ねないと、この結果だけからこの仮説が証明されたというのは、ちょっと強すぎるという感想を持ちました。

駿河

たしかに逆の因果関係は考えられますね。ただし、前提条件として考えているのは、国内賃金分布は全部一定、動かないという状況ですね。その中で海外へ進出することによって、賃金の低い不熟練の人が減って平均値が上がるという考え方をとっているんですね。

金子

年齢構成をコントロールしないといけないですよね、もし奥西さんの批判を入れるとしたら。

奥西

平均年齢とか、平均勤続は一応は入っているんですけれども。属性別の賃金の変化を見るべきだということですか。

金子

ええ。国内の労働者構成が変わるということに注目すれば、熟練労働者の国際労働移動の経済厚生効果を分析した清野一治さんの論文のように、労働者構成を熟練、非熟練に分けておく必要がある。そして、熟練と非熟練の平均年齢をコントロールする。逆の因果関係かどうか、仮説をもっと厳しく実証しようとしたら、どうしたらいいのでしょうか。奥西さんの批判にこたえることを、この実証方法でやろうとして、東洋経済新報社『海外進出企業総覧』等のデータではできなかったわけですよね。

奥西

そうならば、解釈に留保をつける必要があるのでは。

駿河

熟練の人と非熟練の人とを明示的にモデルに入れる必要がありますね。あと、電機も大手だけなら、組合員だけの調査ですけれども、電機連合の調査である程度詳しい属性別賃金というのはわかります。海外進出の分析の場合は、進出の結果、国内にどういう影響を及ぼしたというふうに大体回帰しますが、国内に要因があって外へ出たという逆のことが必ず言えるんですね。そういう意味では、モデルのつくり方は常に難しいですね。

金子

一つの産業部門を取り上げて、伊沢さんの仮説が適用できそうな産業部門と、そうではなくて、奥西さんの逆の解釈が可能な産業部門というのは明確にあるんでしょうか。産業部門別でも同様の研究をする意義があるのかないのか。

奥西

いや、とりあえず電機に限ってもいいと思うんです。その中でも企業によって、進出の事情なり何なりをもう少し見ないとという気がしたんですけれども。

駿河

でも、一番最初にこういうふうにパネルデータをつくって実証した意義は大きい。

奥西

ファーストカットとしては非常に興味深い論文だと思いましたけれども、ただ、これで結論が出たかというと、もう少し詰めなければならないんじゃないかということです。

駿河

これからデータ等がそろってきますので、もっと細かい産業、あるいは職種、先ほど言われた職種、それから地域について影響がどうなっていっているかというような細かい詰めがこれからも期待される分野だと思います。

次ページ 4. 賃金構造