資料シリーズNo.257
「サービス化」の下での人材マネジメント
―企業ヒアリング調査から―

2022年7月29日

概要

研究の目的

現在生じている環境変化の1つとして、「サービス化」に着目し、「サービス化」と人事管理の変化に関する知見の蓄積を目指した。具体的には次の2つの「サービス化」を取り上げて、その知見の蓄積を目指した。1つは産業構造の面からみた「サービス化」である。製造業で働く労働者が減少し、第三次産業で働く者が増加している。サービス業における労働市場や人事管理に関する知見を蓄積する必要があると考え、調査を実施した。

もう1つは、事業の「サービス化」である。近年、製造業を含む第二次産業において、IoTを通じたソリューションサービスの展開など、いわゆる事業をこれまでの「モノ」の製造販売で儲ける仕組みから、「サービス」の提供で儲ける仕組みへと転換しようとする動きが見られる。事業の転換に伴う人事管理の変化についての知見を蓄積する必要があると考え、調査を実施した。

研究の方法

企業ヒアリング調査、文献調査

主な事実発見

  1. 事業の「サービス化」に伴う人事管理の変化として、第1章から3章の知見に基づくと、①長期雇用慣行は持続されていると考えられること。ただし、②その内部で変化も生じていることが示唆される。例えば、情報通信業のA社では、組織の基準に基づいた処遇水準が適用される正社員区分と市場の水準が適用される正社員区分(専門人材用の社員区分)の2つの社員区分が併存していた。このような形での一国二制度の構築は、内部で生じている新たな動きと言えるかもしれない。

    また、総合家電大手のB社では、内部人材の配置のルールを変えようとしている動きが見られた。その人材のパフォーマンスのみを見るのではなく、将来の可能性(ポテンシャル)も踏まえた人材配置を行っていこうとしている。過去のパフォーマンスに加えて、将来の伸びしろ(ポテンシャル)も踏まえて、経営リーダー層の抜擢を行おうとしている。単に、昇進年数の早期化に留まらない、人材を選ぶ際のルールの変更が試みられている。もっとも、そのための適切な評価基準の設定については模索中であることも窺われた。候補生グループから入れ替わりの対象となった従業員のモチベーション維持への配慮といった問題の解決には、選ばれる基準の明確化が求められると思われる。「将来の伸びしろ(ポテンシャル)」を測る基準の設定の成否が、こうした実績とポテンシャルの双方を加味した抜擢人事が従業員に受容されるかどうかのポイントになってくると思われる。

    その他、IT企業C社では、協力会社との協働関係の再構築の中で、組織と市場の間の混合形態(ハイブリッド)を作り出し、新たな事業開発に取り組んでいる。特定の協力会社と中長期的な関係を構築することで、新規事業に要請される開発速度の維持に努めている。その際には、C社は協力会社の社員の教育投資にかかるコストを負担している。

  2. 第三次産業における人事管理について見てみると、まず、第4章の知見から、人材サービス業においても①社長や事業本部長クラスといった企業の階層の中でも上位層に位置づけられるポジションへの調達は、内部登用が主流であることが示唆される。ただしその際には、②早期選抜も積極的に実施されている。と同時に③中途採用による人材確保も積極的に行われている。これらの指摘は、①内部登用という側面を見れば日本的な人事管理と類似しているとも見てとれるが、②早期選抜や③中途採用といった側面を見ると、非日本的とも見てとれる。いずれにせよ、製造大企業で言われてきたような典型的な日本的雇用慣行において指摘されてきたような人材活用とは異なる特徴を有していることは、確かなようである。

    また、第5章では、①コンテンツ産業において職種別労働市場が形成されており、特定の職種を単位に、より高い企業ランクに上がっていくようなキャリアが存在していることが指摘されている。そして、その際には、処遇の上昇というよりは、雇用の安定が優先されることもあるようである。その一方で、②新規の事業として行われるマルチメディア展開においては、新卒採用を通じた人材確保が目指されていることも指摘されている。1つのコンテンツを多様な分野に展開していく上で、長期雇用を想定した人材が馴染むのかもしれない。事業スパンの長期化と扱う分野の多様性から、その事業の中核を担う人材を内部で育てて確保しようとしている傾向が窺える。

    もっとも、この場合、一部の限定された領域のみ新卒採用と内部育成が発生するという意味で、企業内の傍流として長期雇用に基づいた人材の内部調達という仕組みが生まれつつあるのかもしれない。いずれにせよ、コンテンツ産業においても製造大企業で言われてきたような典型的な日本的雇用慣行とは異なる特徴の人材活用が実践されているようである。

  3. 事業の「サービス化」に伴う労働組合の対応について見てみると、第1章の知見より、必要な人材の外部から調達や内部の人材のリテンションに必要な人事管理の構築のために、労働組合もその制度設計に協力していた。

    その際、既存の総合職に適用される人事制度と専門人材に適用される人事制度の間に軋轢が生じないようにしつつ、専門人材の確保のために必要な外部労働市場でも競争力を保てるような人事制度の設計が目指されていた。このように、集団的な労使関係は、必ずしも新たな人事制度の導入を阻害するわけではなく、企業内において2つの異なるルールの併存を可能にすることに貢献している面もある。もちろん、労働組合の存在が変化の幅を緩やかにする面もあるが、在籍する社員の不満を許容できる範囲内に抑えつつ変化を生み出してく上で、企業別組合が一定の役割を果たしていることは見逃してはならないと思われる。

政策的インプリケーション

  1. 第1章から第3章の知見に基づくと、元々日本的な雇用慣行の下で人材を活用していたと考えられる企業は、自社の雇用慣行そのものの転換を目指しているわけではないと言える。既存の雇用慣行を維持しつつ、時代に適応するために社内の人材活用のルールの改良を目指していると言える。一方、第三次産業を取り扱った第4章や第5章の知見に基づくと、日本的な特徴を有しつつ、非日本的な特徴も見られた。このことから、異なる雇用慣行が併存している可能性が示唆される。つまり、片方がもう片方にとって代わるという二者択一ではなく、棲み分けが行われている可能性がある。
  2. 第2章の知見に基づくと、企業内部における人材の選抜方法に変化が生じていた。本人が出したパフォーマンスだけではなく、ポテンシャルも重視するという、選抜基準の変更が見られた。これまで企業の人事制度の特徴を捉える基準として「仕事基準」と「人基準」があったが、上記の事実は、「仕事」や「人」とは異なる基準での把握の必要性を示唆していると言える。「仕事」と「人」とは異なる視点に基づいて、企業の人事制度の把握を試みることが求められているのではないだろうか。
  3. 第1章の知見に基づくと、新規事業への進出に伴う人事制度改革においても、企業別組合を基礎とした企業内の労使コミュニケーションが一定程度寄与していることが示唆される。新たな人事制度の構築を円滑に進めるうえで、労使コミュニケーションが有している可能性を今一度考えてみる必要があると思われる。
  4. 第三次産業の人事管理を調査した結果から、流動人材を活用する人事管理モデルが存在することが示唆される。加えて、コンテンツ産業の例にみられたように、同一業界内におけるよりランクの高い企業へと上方移動するような流動もあるようである。もっとも、その際には、当該流動人材は必ずしも年収の上昇を求めているのではなく、雇用の安定が志向されている場合もある。より高いセーフティネットを求めての移動と言えるかもしれない。流動人材が企業に活力をもたらす尖った人材ばかりなのかと問われると、必ずしもそうではない人材もいる可能性がある。こうした実際に流動している人材の特徴を踏まえた上で、雇用改革に関する議論を展開する必要があると思われる。

政策への貢献

労働政策の効果的、効率的な推進(ハローワーク等現場活用を含む)に活用予定。

本文

研究の区分

プロジェクト研究「多様な働き方と処遇に関する研究」
サブテーマ「労働時間・賃金等人事管理に関する研究」

研究期間

平成31年度~令和4年度

研究担当者

佐野 嘉秀
法政大学 教授
西村 純
労働政策研究・研修機構 副主任研究員
藤本 真
労働政策研究・研修機構 主任研究員
古谷 眞介
大阪産業大学 准教授
前浦 穂高
労働政策研究・研修機構 副主任研究員
松永 伸太朗
長野大学 准教授
山下 充
明治大学 教授

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