労働政策研究報告書No.220
「長期勤続システム」の可能性
―中途採用と新規事業開発に着目して

2022年3月31日

概要

研究の目的

大企業のホワイトカラーを対象に、長期勤続(新卒採用を基本に、人材を長期に抱えて活用する)を前提とした雇用システムを「長期勤続システム」とし、その現状と可能性を探る。

研究の方法

文献調査、ヒアリング調査

主な事実発見

  1. 企業の中途採用ニーズから中途採用をパターン化すると、「A-1新卒補充」、「A-2年齢構成の歪みの是正」、「A-3新卒が育つまでの補完」、「A-4補助的なニーズ」、「B-1中途管理職を恒常的に活用していく」、「B-2新卒と中途を分け隔てなく扱う」の6つがあることが発見された(図表1)。このうち、Aに該当するパターンは、「長期雇用モデル」の中で実施されている中途採用であり、Bに該当するパターンは、「雇用流動モデル」の中で実施されている中途採用と位置づけられる。
  2. 中途採用者の増加が、「長期雇用モデル」から「雇用流動モデル」への転換を推し進めているわけではなかった。中途採用者数を増加させている一方で、Aの「長期雇用モデル」からBの「雇用流動モデル」に自社の人材活用を転換させようという動きは、少なくとも事例企業からは見られなかった。この2つは、今後もそれぞれが独立して、併存していくと考えられる。このことから、「長期勤続システム」のもとで人材を活用している企業は、他のシステムへの移行を目指しているわけではないことが窺われる(中途採用(Buy)は、「長期勤続システム」を支える新卒採用の補完、もしくは、ニッチな領域での利用に留まっている)。その意味で、今後も「長期勤続システム」は、維持されると考えられる。
  3. 一方で、中核的な役割を担う社員を継続的に外部から調達し、活用している企業もあるが、元々そういう人事管理の企業であった。例えば、一部のサービス業の企業において「B-1中途管理職を恒常的に活用していく」に該当する企業があった。このことは、「雇用流動モデル」がサービス業の企業において確かに存在していることを示唆する。その意味では、今後の産業構造の動向いかんでは、「雇用流動モデル」の人材活用が主流になってくる可能性もある。

    図表1 中途採用のパターン

    図表1画像

    出所)執筆者作成。

  4. 日本企業の弱点とされる新製品や新サービス開発といった失敗のリスクの高い事業活動に携わる社員に適用される人事管理を見ると、①人事方針としての長期雇用、②能力に基づいた等級制度の下での役職のランクと社員等級上のランクの分離、③行動を重視した評価の実施、④社内や社外との交流の活性化、⑤年齢や勤続年数を問わない新規事業責任者への抜擢の実施が挙げられる。各事例とも人事制度は能力主義の改良と言え、その意味で長期雇用と改良型の能力主義の下で人材を活用しようとしている。各事例ともゼロからアイディアを出す人材を中途採用によって確保しようとしているわけではない。そのなかで、処遇で大きな差をつけることは選択しない一方で、配置における抜擢は進めようとしているようである。
  5. 成果を重視するような評価制度は、個人のリスク回避行動の抑制において有効に機能しない危険があるため、成果よりも行動を重視することが選択されている。その一方で、望ましい人材にリスクの高い「探求」行動を担わせる上で、企業は選抜の仕組みを工夫している。各事例ともその濃淡はあるものの、新たな事業の開発に繋がるアイディアを有している人材を選抜し、彼に事業を育てる責任者としてのポジションや権限を与えようとしていた。その際、企業内で蓄積された過去の実績に加えて、未来のポテンシャルを判断の要素に加えようとしている。
  6. 「長期勤続システム」を維持しつつ企業は新たな能力観として、「職能」や「コンピテンシー」とは異なる「ポテンシャル」を重視した人材活用を進めようとしている。現代において重視されつつある新たな能力観と言える。能力観の変化に伴い選抜の対象にも変化が生じていることが示唆された(図表2)。「コンピテンシー(成果主義の能力観)」によって、「職能(職能主義の能力観)」が有していた非効率性(上位等級の者が下位等級の役割を担うことによって生じるコスト負担)を回避しつつ、「ポテンシャル」という未来の可能性も考慮に加えることで、「コンピテンシー」によって失われつつあった「職能」が持っていた効率性、すなわち、下位等級からの抜擢を容易にする環境を整えようとしている。
  7. 役職と等級の分離や成果よりも行動を重視するといったこれまでの日本が導入してきたものに近い性質を持つ人事管理は、既存事業のオペレーションを担う現業と新規事業開発を担うファウンダーの双方に対して、適した制度となっているようである。その際、ファウンダーに対しては、かつての1980年代にブルーカラーを対象に言われていたような職場内のローテーションを通じた能力開発というよりは、儲けの種を蒔いて育てていくことができるポテンシャルを潜在的に有した人材の活動を妨げないために導入されている面がある。つまり、制度の原則は同じでも、その運用を柔軟に変更しながら制度が活用されていると言える。いずれにせよ、こうした両極に位置づけられると考えられる役割の双方をカバーできるという性質を考えると、既存事業と新規事業の2つを組織内に抱える企業において、能力主義の部分的改良という選択は、一定の合理性があると考えられる。二兎を追える以上、こうした制度を維持することが非効率的であるとは必ずしも言えない部分があると思われる。以上より、事業活動の変革をもたらすことが期待されるような活動を企業内で持続させる上で、能力主義に基づく人事制度は一定の合理性を有していると言える。

    図表2 能力観別に見た人材選抜のルール

    図表2画像

    出所)執筆者作成。

政策的インプリケーション

  • 「長期雇用モデル」の根強さと一部の業種において存在する「雇用流動モデル」の人材活用は、併存している状況にあると考えられる。この構造を念頭に、雇用をめぐる議論を行っていくべきだと考えられる。
  • 企業は「能力観」の転換を伴いながら人事制度の改訂を継続している。企業の「能力観」の推移を把握した上で、必要な支援策を検討してく必要があると考えられる。

政策への貢献

労働政策の効果的、効率的な推進(ハローワーク等現場活用を含む)に活用予定。

本文

研究の区分

プロジェクト研究「雇用システムに関する研究」
サブテーマ「雇用システムに関する研究」

研究期間

平成29~令和3年度

執筆担当者(五十音順)

梅崎 修
法政大学キャリアデザイン学部 教授
西村 純
労働政策研究・研修機構 副主任研究員
藤本 真
労働政策研究・研修機構 主任研究員
山邊 聖士
労働政策研究・研修機構 事務補佐員

関連の研究成果

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