労働政策研究報告書 No.212
企業の賃金決定に関する研究
概要
研究の目的
今後のよりよい賃金決定の仕組みの実現に寄与すべく、日本企業における人事・賃金制度の実態とその制度の下での賃上げの実態について明らかにする。
研究の方法
文献調査、ヒアリング調査
主な事実発見
- 現在の仕事内容と格付けされる等級に一定の関係を持たせていた企業は、15社中7社あった(図表1参照)。一般社員層においても、格付けの際に現在の仕事内容を重視する企業が一定数存在する。成果主義の弊害が指摘された2000年代半ば以降から2010年代においても、こうした現在の仕事内容と格付けされる等級の関係性を強めようとする動きは維持されている。ただし、労働市場における職務価値を格付けの基準としていた企業は少数であった。言い換えると、企業横断的に通用するような外部労働市場での職務価値に基づいているというよりは、事業運営主体としての企業自身の観点から、ポストや個人の業務内容の序列を設計し、それに基づいて社員の格付けを行おうとしている。
- 多くの企業において、基本給における主たる賃金表として、かつての「積み上げ型」の賃金表ではない賃金表が導入されている。シングルレートや「ゾーン別昇給表」など、資格等級ごとにあるべき賃金水準が設定されているような賃金表の導入が進んでいる(図表2参照)。このことから、成果に応じて賃金をドラスティックに変動させるというよりは、格付けされる資格等級が同じであれば受け取る賃金額も変化しない、もしくは資格等級において設定された標準的な賃金水準付近に収まるようなかたちに賃金表が変容している。つまり、変動ではなく固定の要素が強まっていると言える。とはいえ、その際のあるべき賃金水準は、外部労働市場など企業外で横断的に形成される相場に基づいて設定されるというよりは、自社の過去の賃金水準なども加味しつつ企業独自で設けられている場合が多く、企業内の賃金と外部労働市場の相場の間に一定の距離を保とうとする日本的な特徴は、今なお維持されている。
図表1 事例企業の社員格付け制度の呼称と特徴
注)現在の仕事との結びつきにおける「強」、「中」、「弱」は事例間の相対的な比較に基づく。
出所)ヒアリングより執筆者作成。
- 企業の「ベースアップ(以下ベア)」について確認してみると、全ての事例において「ベア」が実施されているわけではなかった。個社の状況や労使としての課題意識に基づいて、「ベア」を実施しない選択を行っている事例もあった。「ベア」実施企業について確認すると、「ベア」の配分において個別化が進んでいる傾向が見られた。その背景には、「ベア」部分の賃上げが、社員全体の生活水準の向上というよりは、職場が抱える課題解決や社員の働きぶりに応じた昇給額の確保に活用されていることが挙げられる。このように、「ベア」自体の目的に変化が生じていることが窺われる。
- 賞与(一時金)交渉について見てみると、代表的な決定方法としては「業績連動方式」と「月数交渉方式」の2つがあった。2014年以降に「月数交渉方式」から「業績連動方式」に変更した事例もあり、「業績連動方式」を採用する企業が増加していることが窺われる。これら2つに該当しない方式を採用している企業もあったことを考慮すると、賞与(一時金)の交渉においても、多様化が進んでいることが窺われる。とはいえ、いずれの方式であっても、ミニマムの水準が設定されており、従来からあった賞与(一時金)の安定性は維持されている。
図表2 基本給の特徴
出所)ヒアリングより執筆者作成。
- この間の地域別最賃の上昇に伴い地域の賃金相場が上昇する中でのパートタイマーの賃金管理について見てみると、事例企業の中には課題に直面しているものもある(った)。1つの課題として、評価反映部分の昇給が相場の上昇によって相殺されてしまうという問題が発生していた。こうした課題に対して、企業の労使は、(ア)地域相場の変動を受ける賃金項目と社員の働きぶりを反映させる賃金項目を切り分ける、(イ)能力反映部分の支払時期を調整することなどを通じて、直面する課題に対応しようとしている。企業内の人材マネジメントの効率性を損なわないようにしつつ、労働市場全体の賃金の底上げを実現する上で、労使が一定の役割を果たしている。
政策的インプリケーション
- 賃金には大きく「インセンティヴの側面」と「生活給の側面」の2つの機能があると考えられる。この2つの機能を損なわずに両立できるような環境を整備していく必要がある。正社員の賃金が労働市場からの影響をあまり受けない中で組織のルールに基づいて決定されている以上、組織の中で労使がよく話し合える環境を整備していく必要があると思われる。
- 賃金にかかわる政策をより実りあるものにする上でも、企業内の労使が果たす役割は小さくない。企業内の労使によってパートタイマーの賃金において「インセンティヴの側面」が維持されつつ、地域別最低賃金の上昇による賃金の底上げが実現されていた。このように、賃金の持つ2つの機能を損なうことなく、望ましい賃金政策を展開する上で、企業内の労使がよく話し合える体制の整備が求められていると思われる。
政策への貢献
労働政策の効果的、効率的な推進(ハローワーク等現場活用を含む)に活用予定。
本文
研究の区分
プロジェクト研究「働き方改革の中の労働者と企業の行動戦略に関する研究」
サブテーマ「労働時間・賃金等の人事管理に関する研究」
研究期間
平成29~令和3年度
執筆担当者
- 西村 純
- 労働政策研究・研修機構 副主任研究員
- 前浦 穂高
- 労働政策研究・研修機構 副主任研究員
- 山邊 聖士
- 労働政策研究・研修機構 事務補佐員