適正な賃金とは?
 ―外国人就労をめぐる雇用エージェンシーの判断が議論呼ぶ

カテゴリー:労働法・働くルール労働条件・就業環境

ドイツの記事一覧

  • 国別労働トピック:2025年7月

2025年1月、南西部バーデン=ヴュルテンベルク州の印刷会社「SV Druck」が直面した“外国人就労の不許可”の一件が、外国人労働者の賃金水準をめぐる議論を呼んでいる。同社は、難民申請中の外国人2名を出荷アシスタントとして、法定最低賃金の時給12.82ユーロで雇用する予定で、1月初旬に地元の移民・統合局へ就労許可を申請した(就労開始予定は2月1日)。しかし、1月20日、同社の想定に反して申請は却下された。理由を問い合わせたところ、同地域の同職種における賃金水準(時給14ユーロ)に達していないことを理由に、地元の雇用エージェンシー(注1)が同意を拒否したことが明らかとなった。その結果、就労を希望していた2名が雇用されることはなかった。

「賃金アトラス」が示す適正な賃金水準

雇用エージェンシーによると、該当地域における「出荷アシスタント」の賃金水準は時給14ユーロである。さらに、連邦雇用エージェンシーが運営する「賃金アトラス(Entgeltatlas)(注2)」によると、類似職である「印刷アシスタント」は時給15.98ユーロ、「倉庫・輸送アシスタント」は時給16.52ユーロとされている。これらの水準を踏まえ、法定最低賃金である時給12.82ユーロでは「適正」とは認められなかった。

皮肉なことに、同社のドイツ人出荷アシスタントは、時給12.82ユーロで勤務している。ただし、午後8時以降は25%、深夜0時以降は40%の夜勤手当が加算され、最終的な実質時給が14ユーロを超える場合が多い。にもかかわらず、雇用エージェンシーはこれらの手当を加味せず、基本賃金のみを基準として判断したようだ。

滞在法(AufenthG)」第39条に基づくBAの判断

難民申請中の外国人がドイツで就労許可を得るには、滞在法(AufenthG)第39条(注3)に基づき、連邦雇用エージェンシーの同意が必要である。

この同意判断においては、ドイツ人やEU市民を優先的に雇用する措置(いわゆる「優先審査」)が実施されているかどうか、また提示された労働条件が地域および同等職種と比較して適正であるかどうかが審査される。特に、提示された賃金が連邦雇用エージェンシー(BA)の「賃金アトラス」に示される水準を大きく下回ると判断された場合、申請は却下される可能性が高い。

この制度は、外国人労働者を不当な搾取から保護するとともに、ドイツ国内の労働市場の歪みを防止することを目的としている。しかし現実には、「ドイツ人労働者が時給12.82ユーロで働いている事業所において、外国人労働者が同条件での就労を希望しても、当局の判断により就労許可が下りない」といった事態が生じている。

各地で散見される“就労不許可”

SV Druck社の件は、決して希な事例ではない。例えばハンブルクでは、都市計画会社「Argus」が、アゼルバイジャン出身の製図技師を、同様の資格を持つドイツ人従業員と同じ賃金で雇用しようとしたところ、「賃金が低すぎる」として、当局から却下された。ベルリンでは、VR制作会社がインド出身のゲームデザイナーを月額2500ユーロで雇用しようとしたが、これも却下された。

2024年に当局が却下した外国人の就労申請は約9万件。そのうち約2万7000件は「賃金がドイツ人よりも低い」と判断したものだった。

「賃金アトラス」と適正な賃金水準の捉え方

連邦雇用エージェンシー(BA)が運営する「賃金アトラス」は、約4000の職種について、国内の雇用主が提出する法定社会保険加入者の給与明細データ(所得税、健康保険、年金などを含む)に基づき、フルタイム従業員の月額総支給額(Bruttoentgelt)の中央値賃金を提示するデータベースである。地域、年齢、性別などによるフィルタリングが可能であり、雇用主や訓練希望者、求職者、キャリアカウンセラー等にとって有益な参考資料となっている。なお、極端な高所得者の影響を避けるために、平均値ではなく中央値が用いられている(注4)

加えて、連邦統計局による「協約賃金(Tarifverdienste(注5)」や民間企業が運営する給与情報サイト「GEHALT.de(注6)」なども、賃金水準を把握する手段として広く用いられている。

「適正な賃金水準」の判断には、このほか、企業規模(一般に大企業の方が賃金水準は高い傾向にある)、組織構造(伝統的な企業の方が垂直的で、スタートアップ企業等では水平的なことが多い)、インフレなどの経済要因なども含め、複合的な視点が求められる。

滞在法第39条に基づき、雇用エージェンシーが外国人の適正な賃金水準を判断する制度は、一見“保護”を目的とした仕組みに見えるが、現場ではむしろ“排除”される結果につながることもある。今回のように外国人の就労が不許可となるケースが続き、議論が大きくなれば、「適正な賃金水準」とは何かを改めて見直す契機となる可能性もある。

参考資料

参考レート

2025年7月 ドイツの記事一覧

関連情報

GET Adobe Acrobat Reader新しいウィンドウ PDF形式のファイルをご覧になるためにはAdobe Acrobat Readerが必要です。バナーのリンク先から最新版をダウンロードしてご利用ください(無償)。