新たな労働時間政策案に対する労働者の反応
―IAB調査
メルツ連立政権は、発足前に公表した連立協定の中で、現行の最長労働時間制度をより柔軟に運用し、労働者が超過勤務(残業)を行った際のインセンティブを強化する方針を打ち出している。ドイツ労働市場・職業研究所(IAB)がこの新たな政策案に対する労働者の意識を調査した結果、回答者の3分の1が、1日の最長労働時間(10時間)を超えて働いてもよいと考えていることが明らかになった。また、残業に対する金銭的なインセンティブは、特に若年層の労働者にとって魅力的であり、受け入れられやすいことも分かった。
提示された労働時間政策案
メルツ連立政権は、連立協定の中で、現行の労働時間制度をより柔軟に運用し、残業に対するインセンティブを強化する方針を示している。具体的には以下のような施策が盛り込まれている:
- EU労働時間指令の順守を前提として、将来的には最長労働時間を「1日単位」ではなく「週単位」で設定し、労使双方のニーズに、より適切に対応する。
- 団体協約等に基づく所定のフルタイム労働時間(注1)を超える勤務に対して支払われる残業手当を、非課税とする。
- 社会保険料に対する税制優遇措置などを通じて、パートタイム労働者(Teilzeitbeschäftigte)が労働時間を延長する場合のインセンティブを強化する。
これらの案は、少子高齢化の進行や人手不足への懸念が高まる中で打ち出されたものだが、使用者団体と労働組合団体の間では、依然として意見の隔たりがある。特に、政権が掲げる「週単位での最長労働時間」の導入については、労働安全衛生に関するリスクの増大や、労働時間と余暇時間の境界が曖昧になるといった問題点が指摘されている。また、残業手当に対する非課税措置については、フルタイム労働者のみが恩恵を受ける制度設計となっており、パートタイム労働者には適用されないため、「公正性」の観点から問題視されている。さらに、この制度を導入した場合、フルタイムで働く男性の労働時間がさらに長くなる一方で、家庭内の育児や介護を担う傾向が強い女性パートナーの労働市場への参画が妨げられる可能性も指摘されている。
IABは、以上の労使や専門家らによる指摘を踏まえた上で、「労働者自身は、今回の新たな方針をどのように評価をし、また政策が導入された場合にどのように行動するのか」を探るために、オンライン調査(IAB-OPAL)を行った。今回の分析に利用された情報は、2025年4月12日から5月11日の1か月間に収集されたもので、調査には合計6,006人が参加した。分析対象はそのうち、社会保険加入者であって、フルタイムまたはパートタイムの雇用労働者である。
フルタイム労働者の10%が頻繁に1日10時間超勤務
現行の労働時間法(ArbZG)は、「1日の労働時間は8時間を超えてはならない。ただし、6か月間または24週間の平均で1日8時間を超えない限り、最大で1日10時間まで延長することができる(例外あり)」と規定されている(3条)。また、労働者の健康と安全を守る観点から、「労働時間中の休憩(第4条)」および「1日の労働終了後に少なくとも11時間の連続した休息時間を確保すること(例外あり)」についても明記されている(第5条)。
IABが実施したオンライン調査によると、回答したフルタイム労働者の10%が、頻繁に1日の最長労働時間である10時間を超えて勤務していることが明らかになった(図表1)。
この点についてIABは、労働時間法により例外が認められてるグループ(例:農業、医療、介護等)や、そもそも同法の適用対象外である特定層(例:協約外職員、管理的職員、公務従事者、陸・海・空の運輸従事者等)が含まれている可能性を指摘している。
図表:1日の労働時間が10時間を超えることはあるか
出所:IAB OPAL(2025)
3分の1が1日10時間超の勤務を許容
IABは、労働者に対して、現行の労働時間法で定められている「1日10時間まで(6か月間で1日平均8時間以内に収まる場合)」という上限規制について、どのように考えているかを尋ねた。その結果、「1日10時間を超えて働いてもよい」と回答した労働者は全体の34%、つまり約3分の1に上った。一方で、「1日の労働時間に上限を設けるべきではない(=無制限とすること)」に対しては、73%が明確に反対しており、過労防止の観点から「労働時間の上限は必要である」と回答した割合は84%に達している(図表2)。
この結果から、一定の柔軟性を認めつつも、過労防止のための規制そのものには広く支持があることがうかがえる。
図表2:現行の労働時間上限規制をどう思うか
出所:IAB OPAL(2025)
残業手当支給の不確実性が浮き彫りに
雇用主から残業を依頼された場合の対応について、IABの調査では、7%の労働者が「残業はできない」と回答した。一方で、51%は「残業は可能だが、手当が支給されない、または手当の有無が不明」と回答している。この51%のグループには、①残業時間を「労働時間口座(Arbeitszeitkonto)」に蓄積し、後日に休暇などで相殺している者、②残業分が基本給にあらかじめ含まれている管理職や裁量労働制の対象者、などが含まれている可能性が高い。なお、残業手当を受け取れると明確に回答したのは43%であったが、その中でも「働いた時間に応じて割増の残業手当が確実に支給される」と回答したのは、わずか14%にとどまっている。
この結果から、連立協定が提案する「非課税の残業手当」が導入された場合、その恩恵を確実に受けられる労働者は限定的である可能性が高いとIABは指摘している(図表3)。
図表3:残業を依頼されたら、どうか。残業手当はどうか
出所:IAB OPAL(2025)
若年層ほど「手当付き残業」に前向き
IABはさらに、「非課税の残業手当によって手取りが約2割増えるとした場合」という仮定のもとで、残業への意欲がどう変わるかを調査した。その結果、30歳以下の若年層では約6割が「追加の残業をする」と回答した。一方で、この割合は年齢が上がるにつれて徐々に低下し、61歳以上の高齢層では37%にとどまった。
この結果から、非課税の残業手当が導入された場合、特に若年層にとっては強い動機づけとなる可能性がある一方で、年齢層による意欲の違いも無視できないことが明らかとなった(図表4)。
図表4:手取りが2割増加する非課税の残業手当が支払われる場合、残業するか(フルタイム労働者)
出所:IAB OPAL(2025)
パートタイム労働者の残業意欲はフルタイム労働者を下回る傾向
非課税の残業手当はフルタイム労働者のみに適用される制度であり、パートタイム労働者はその恩恵を受けられない。このため、メルツ政権は、パートタイム労働者が労働時間を延長しやすくするよう、社会保険料に対する税制優遇策などの導入を検討している。
IABの調査では、こうした政策的背景をふまえ、パートタイム労働者を対象に、「一時的な特別手当(ボーナス)」が支払われる場合に週の労働時間を恒久的に延長するかどうかを尋ねた。具体的には、パートタイム勤務者に対し、「雇用主との合意により、契約上の週労働時間を恒久的に10時間延長する。その見返りとして、追加の1時間ごとに200ユーロ、合計で2,000ユーロ(税引前)の一時金を受け取る」という仮想的な制度が提示された。
この仮定に基づく質問に対し、「インセンティブがあっても労働時間は延長しない」と回答した割合は、全年齢層でフルタイム労働者よりも高い結果となった。このことから、パートタイム労働者の間では、一時的な金銭的報酬のみでは労働時間の恒常的な延長を促すには限界があることが示唆される。
なお、年齢層別に見ると、フルタイム労働者と同様の傾向が、パートタイム労働者にも見られた。30歳以下のパートタイム労働者の48%が、「恒久的に労働時間の延長を受入れる」と回答した一方で、61歳以上の高齢層では、その割合は24%と半分にとどまる(図表5)。
IABはこの結果について、若年層のパートタイム労働者は、高齢層よりも仕事・家庭・余暇のバランスにおいて柔軟性が高い可能性があると指摘している。
なお、これまでの他の調査結果においても、パートタイム労働者の「勤務時間を増やしたい」とする希望にはばらつきがあり、調査によって高めに出る場合もあれば、低く出る場合もあった。また、過去の研究では、勤務時間を短くしている主な理由として、「仕事と家庭の両立が困難であること」が挙げられており、これがパートタイム勤務を選ぶ背景になっていることが分かっている。そのため、フルタイム労働者のように年齢に比例した傾向(グラデーション)を明確に描くわけではないという特徴がある。
図表5:一時的な特別手当が支払われる場合、週労働時間を恒久的に延長するか(パートタイム労働者)
出所:IAB OPAL(2025)
さらに分析を進めた結果、週25時間未満しか働いていないパートタイム労働者は、すでに週25時間以上働いているパートタイム労働者に比べて、1回限りのボーナスを条件とした労働時間の恒久的な延長に、より前向きな傾向が見られた。
ただし、実際にどの程度の雇用主が、このようなボーナスを支給しつつ、追加の労働時間を意欲的に提供するかについては、現時点では明らかになっていない。
労働時間の柔軟化と展望
以上のとおり、労働時間に対する労働者の考え方は、雇用形態や年齢等によって、様々であることが判明した。また、今後、連立協定に基づく法改正が行われた場合、雇用主は、フルタイム労働者に対しては、非課税の残業手当を支給するために労働時間口座の活用を調整したり、パートタイム労働者の労働時間を延長するため調整など、個別の対応策を講じる必要があるとIABは指摘している。
なお、現在懸念されている人手不足から生じる「労働時間の確保」に関しては、上述のような労働時間制度の柔軟化のほか、法定祝日を1日減らす案や、病休の増加を抑制するために症状発現初日の手当支給を廃止する案なども議論されている。しかし、現地報道(注2)によると、いずれの案も実現の可能性は非常に低いとされている。
注
- ここで言うフルタイム労働とは、協約で定められた時間については週34時間以上、協約で定められていない時間については週40時間以上の労働時間を指す。(本文へ)
- tagesschau.de(09.06.2025) Ist der Pfingstmontag noch zeitgemäß?
(https://www.tagesschau.de/wirtschaft/feiertage-arbeit-debatte-100.html)Deutsche Welle(01/11/2025January 11, 2025), Public health: Businesses seek to cut sick pay in Germany(https://www.dw.com/en/public-health-businesses-seek-to-cut-sick-pay-in-germany/a-71266243
)(本文へ)
参考資料
- IAB Forum (17. Juni 2025)
Mehr Anreize, mehr Flexibilität, mehr Arbeit? Wie Beschäftigte auf die Pläne der neuen Bundesregierung reagieren würden
(https://iab-forum.de/mehr-anreize-mehr-flexibilitaet-mehr-arbeit-wie-beschaeftigte-auf-die-plaene-der-neuen-bundesregierung-reagieren-wuerden/)
- Verantwortung für Deutschland Koalitionsvertrag zwischen CDU, CSU und SPD
(21. Legislaturperiode)
(https://www.spd.de/fileadmin/Dokumente/Koalitionsvertrag2025_bf.pdf (PDF:1,952KB))
- tagesschau.de(09.06.2025)Ist der Pfingstmontag noch zeitgemäß?
(https://www.tagesschau.de/wirtschaft/feiertage-arbeit-debatte-100.html)
- Deutsche Welle(01/11/2025January 11, 2025)
Public health: Businesses seek to cut sick pay in Germany
(https://www.dw.com/en/public-health-businesses-seek-to-cut-sick-pay-in-germany/a-71266243)
参考レート
- 1ユーロ(EUR)=172.37円(2025年7月15日現在 みずほ銀行ウェブサイト
)
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