JILPTリサーチアイ 第62回
コロナ休業時の賃金補償と労働者のキャリア[注1]

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雇用構造と政策部門 主任研究員 高橋 康二

2021年5月11日(火曜)掲載

1 はじめに

本稿では、昨年(2020年)の全国緊急事態宣言の時期における休業の有無とその際の賃金補償の状況により、労働者のその後のキャリアがどのように異なるのかを分析する。結論として、休業時に賃金補償をまったく受けなかった労働者は、転職する傾向は見られないが、失業・無業化する傾向は強いことが明らかになる。

不況期の雇用対策の柱の一つとして、雇用調整助成金がある。その役割の一つとして、企業が労働者に支払う休業手当の一部を補填することを通じて、休業対象の労働者の雇用を継続させるとともに生活を安定させられることが挙げられる。他方、同助成金の濫用に対しては、淘汰されるべき企業や産業の延命に繋がるとの批判が以前よりある。

上記の批判は、企業が労働者に休業手当を支払えなければ、労働者が成長産業や競争力のある企業に移動していくことを念頭に置いている。しかし、休業手当を得られなかった労働者が、うまく転職できるとは限らない。休業手当が得られない状況に痺れを切らして退職したが転職先が見つからず、そのまま失業する者もいるかもしれない。なかには無業化する者もいるだろう。本稿は必ずしも雇用調整助成金制度について議論するものではないが、その際の参考材料となることも期待しつつ、コロナ禍において休業時の賃金補償の不足や欠如が労働者のキャリアにどのような影響を与えているかを検証する。

JILPTのアンケート調査(後述)では、労働者に対し、全国に緊急事態宣言が発令された2020年4~5月の休業の実態とその際の賃金補償の状況、さらにその後のキャリアを詳細にたずねている。本稿では、それらの設問を用いて、休業を命じられながら賃金補償が不十分だった労働者について、転職する傾向があるのか、それとも失業・無業化する傾向があるのかを明らかにする。

2 データと変数

本稿で使用するのは、JILPTが継続的に実施している「新型コロナウイルス感染拡大の仕事や生活への影響に関する調査」の第1回~第4回調査である。一連の調査は、連合総研の「第39回勤労者短観」(2020年4月)を前段調査として、5月、8月、12月、2021年3月に同一個人を追跡しつつ実施されている。サンプリングの手順はやや複雑であるが、大まかには、インターネット調査会社のモニターから、全国の労働者の分布に等しくなるよう層別抽出をしていると考えてよい[注2]。本稿では、前段調査を含めすべての調査に回答している、2020年4月1日時点の民間企業労働者を分析対象とする。

本稿で用いる主要な変数について説明する。被説明変数となる労働者のキャリア類型は、(1) 2020年4月から2021年3月まで同一企業に勤め続けている者(定着者)、(2) 2020年5月から2021年3月の間に、失業・無業の経験なく転職している者(転職者)、(3) 2020年5月以降に失業・無業を経験している者(失業・無業経験者)、の3区分変数である[注3]

説明変数は、休業の有無とその際の賃金補償の状況である。調査票では、まず2020年4~5月に「休業(待機)を命じられたことがあった」か、「1日の勤務時間の長さが、通常の1/2未満になったことがあった」か、「月の勤務日数が、通常月より減少したことがあった」かをたずねている。そして、それらのいずれかに該当する者に、「通常通りの賃金が支払われた」、「通常通りの賃金の60%以上が支払われた」、「通常通りの賃金の60%未満が支払われた」、「『休業支援金・給付金』が支払われた」、「『休業支援金・給付金』を申請中・申請予定」、「いずれも、もらっていない」の6つの選択肢を提示している。ここでは、これら6つの選択肢に「休業なし」を加え、また該当件数が少ない「『休業支援金・給付金』を申請中・申請予定」を「『休業支援金・給付金』が支払われた」と統合して、6区分の変数を作成した。

なお、本稿が問題とするのは労働者の自発的な転職、失業・無業化行動であるため、解雇や雇い止め等により非自発的に離職したことが明らかなケースは除外されている[注4]。また、4~5月の時期の休業の有無とその際の賃金補償の状況に注目する関係上、4月に転職したことが明らかなケースも除外している。その結果、分析に用いるケースは2445件となる。

3 分析結果

図1は、分析対象者の2020年5月以降のキャリアを示したものである。ここから、定着者が88.7%と圧倒的に多く、転職者が7.5%、失業・無業経験者が3.8%となっていることが分かる。

図1 2020年5月以降の労働者のキャリア類型(N=2445、%)

図1グラフ

注:非自発的離職者は除いて集計。以下の図表においても同じ。

図2は、2020年4~5月の休業の有無とその際の賃金補償の状況を示したものである。ここから、全体の73.6%は休業を経験していないことが分かる。他方、休業を経験した者についてみると、「通常通りの賃金が支払われた」が8.6%と最も多く、「いずれも、もらっていない」が7.5%でそれに次いでいる。コロナ休業時の賃金補償の状況は、二極化していると言ってもよい。

図2 休業の有無とその際の賃金補償の状況(N=2445、%)

図2グラフ

注:「休業支援金・給付金を受給・申請」は、「『休業支援金・給付金』が支払われた」と「『休業支援金・給付金』を申請中・申請予定」を足し合わせたもの。以下の図表においても同じ。

休業の有無とその際の賃金補償の状況により、労働者のその後のキャリアがどのように異なるのかを示したのが、図3である。ここから、休業を経験していない場合や、休業があっても通常の賃金の60%以上が支払われている場合には、定着者の割合が90%前後と高いことが分かる。これに対し、通常の賃金の60%未満しか支払われていない場合や、休業支援金・給付金を受給・申請している場合には転職者の割合が10%以上と相対的に高くなっており、いずれももらっていない場合には転職者に加えて失業・無業経験者の割合も相対的に高くなっている[注5]

図3 休業の有無とその際の賃金補償の状況別にみた労働者のキャリア類型(%)

図3グラフ

それでは、個人属性、職場属性をコントロールした上で、休業の有無とその際の賃金補償の状況がその後のキャリアに与える影響をみるとどうなるか。表1は、労働者のキャリア類型を被説明変数、休業の有無とその際の賃金補償の状況を説明変数、性別、年齢、学歴、生計維持者か否か、雇用形態をコントロール変数とした多項ロジスティック回帰分析の結果を示したものである(モデル1)。ベースカテゴリーは「定着者」である。

ここから、休業を経験していながらいずれの形でも賃金補償を受けていない場合、5%水準で失業・無業化しやすくなることが読み取れる。他方、休業の有無とその際の賃金補償の状況は、転職しやすさに影響しているとは言えない。

また、コントロール変数の効果をみると、年齢が若いほど、生計維持者ほど転職をしやすいこと、非正規労働者は転職も失業・無業化もしやすいことが読み取れる[注6]

表1 労働者のキャリア類型の規定要因(モデル1)(多項ロジスティック回帰分析)

表1 画像

注1:ベースカテゴリーは、「定着者」。

注2:**:p<0.01、*:p<0.05、†:p<0.1。(ref. )はレファレンス・グループ。

注3:雇用形態(非正規労働者)は、2020年4月時点のもの。

表2は、性別、年齢、学歴、生計維持者か否か、雇用形態に加え、産業[注7]、職業[注8]、企業規模をコントロール変数として、同様の多項ロジスティック回帰分析をしたものである(モデル2)。

ここから、有意水準は10%であるが、休業しながら賃金補償を受けていない場合には、やはり失業・無業化しやすいことが読み取れる。他方、モデル1の場合と同様、休業の有無とその際の賃金補償の状況は、転職しやすさに影響しているとは言えない。

コントロール変数についてみると、年齢、生計維持者か否か、非正規労働者の効果はモデル1とまったく変わらない。産業では飲食店、宿泊業と医療、福祉の場合に転職しやすく、職業では輸送・機械運転職の場合に失業・無業化しやすく、企業規模では概して大企業の場合に定着的であることが読み取れる。

表2 労働者のキャリア類型の規定要因(モデル2)(多項ロジスティック回帰分析)

表2 画像

注1:ベースカテゴリーは、「定着者」。

注2:**:p<0.01、*:p<0.05、†:p<0.1。(ref. )はレファレンス・グループ。

注3:雇用形態(非正規労働者)、産業、職業、企業規模は、2020年4月時点のもの。

以上から、休業しながら賃金補償を受けていない状況が問題であることが窺える。そこで参考までに、どのような人々がそのような状況に行き着きやすいのかを分析したい。なお、この状況は、厳密には「休業を経験している」ことと「休業補償を受けていない」ことの両方が重なり合って生じているが、簡便のため、どのような人々が「休業しながら賃金補償を受けていない」状況に該当しやすいのかを、二項ロジスティック回帰分析により明らかにする。

被説明変数は、表1表2で用いた「いずれも、もらっていない」ダミーであり、説明変数は性別、年齢、学歴、生計維持者か否か、雇用形態、産業、職業、企業規模である。表3は、その結果を示したものである。

ここから、非正規労働者ほど、飲食店、宿泊業で働く者ほど「休業しながら賃金補償を受けていない」状況に該当しやすいことが読み取れる。特に、飲食店、宿泊業の効果が大きい。飲食店、宿泊業の労働者がコロナ禍の職業生活で様々な不利益を被っていることは高橋(2021b)に記されているが、ここに、もうひとつの不利益の種が見出せたと言える。

表3 「休業しながら賃金補償を受けていない」状況の規定要因(二項ロジスティック回帰分析)

表3 画像

注1:**:p<0.01、*:p<0.05、†:p<0.1。(ref. )はレファレンス・グループ。

注2:雇用形態(非正規労働者)、産業、職業、企業規模は、2020年4月時点のもの。

4 おわりに

本稿の分析により、休業しながら賃金補償を受けていない場合には、(自発的に)失業・無業化しやすいことが示された。賃金が貰えないことへの焦りや、そのような企業への不信感から、次の勤務先が決まっていない状態で企業を離れることもあるからだろう。もっとも、それは5%ないし10%水準で有意な効果であるにとどまり、統計的には必ずしも頑健な結果とは言えないかもしれない。しかし、この分析結果は、失業・無業化を促進するのは休業そのものではなく月収の低下であるという高橋(2021a)の分析結果とも整合しており[注9]、内容的には頑健であると言える。

改めて本稿の結論をまとめてみたい。休業時に賃金補償をまったく受けなかった労働者は、転職する傾向にはないが、失業・無業化する傾向が強いということが示された。分析結果を別の角度からみると、休業時に何らかの形で賃金補償がなされることは、転職は妨げないが自発的な失業・無業化は防ぐことにつながるということになる。その限りにおいて、企業が休業時に通常の賃金や休業手当を支払えない場合には、雇用調整助成金、(雇用保険被保険者でない労働者を対象とした)緊急雇用安定助成金、休業支援金・給付金などの手を尽くして、できる限り賃金を補償するよう努めた方が望ましいと言える。

なお、本稿が扱ったのは個々の労働者の短期的なキャリアであって、マクロかつ長期的な労働移動の趨勢ではない。また、非自発的な離職も分析対象から除外されている。それゆえ、本稿の結論は、雇用調整助成金制度についての議論に直接反映されるべき性質のものではない[注10]。とはいえ、コロナ休業時の賃金補償が、転職は妨げないが自発的な離職にともなう失業・無業化は防いでいたという事実発見は、それらの議論において参照されるべきであることは間違いない。

参考文献

脚注

注1 コロナ禍における休業に対しては、休業手当が支払われるケースのほか、通常通りの賃金が支払われるケース、企業からは何も支払われないが今般導入された休業支援金・給付金が支給されるケースなどがあると考えられる。ここでは、それらを総称して「コロナ休業時の賃金補償」と呼んでいる。

注2 調査実施概要の詳細は、渡邊(2021)を参照されたい。

注3 具体的には、第1に、2020年5月以降の各月の就業状況をたずねる設問において一度でも失業・無業状態だったことがある者を「失業・無業経験者」とした。第2に、失業・無業の経験がない者のうち、4月から翌3月までの間に「離職も退職も、全く経験していない」者を「定着者」とした。第3に、失業・無業の経験がない者のうち、4月から翌3月までの間に「前の仕事を離職、退職後、再就職した」者を「転職者」とした。その際、4月中に転職をしていることが判明している者は除外した。

注4 具体的には、新型コロナウイルス感染症に関連した影響として、「会社からの解雇」、「期間満了に伴う雇い止め」、「勤め先の休廃業・倒産に伴う失業」のいずれかがあったとする者を除外した。

注5 ちなみに、「いずれも、もらっていない」場合に失業・無業経験者の割合が高い傾向は、正規労働者、非正規労働者の別に集計しても見出せる。正規労働者において失業・無業経験者の割合は全体で2.2%、「いずれも、もらっていない」で4.2%であり、非正規労働者においては全体で7.3%、「いずれも、もらっていない」で12.5%である。

注6 これらのコントロール変数の効果は、高橋(2021a)でも見出せた通りである。

注7 件数が50未満の産業(電気・ガス・熱供給・水道業、郵便局・協同組合、わからない)は、「その他の産業」に統合している。

注8 件数が50件未満の職業(保安・警備職、建設作業・採掘職、わからない)は、「その他の職業」に統合している。

注9 高橋(2021a)表2(3)を参照。

注10 これに対し、企業アンケート調査を用いて、雇用調整助成金利用企業の特徴と助成金の効果を扱ったものとして、小林(2021)、酒光(2021)がある。