比較法研究における「比較対象」の範囲

本コラムは、当機構の研究員等が普段の調査研究業務の中で考えていることを自由に書いたものです。
コラムの内容は執筆者個人の意見を表すものであり、当機構の見解を示すものではありません。

労使関係部門 研究員 仲 琦

以前、中国の有期契約と解雇制度に関して論文を書いたことがある。中国では、労働力の流動化と労働者の労働意欲を促進するために、期間の定めのある労働契約を通常の契約形態と想定していることを冒頭に書いた上で、有期契約規制と解雇規制を分けて検討したが、「このような場合、有期契約労働者が契約期間中に容易に辞職できなくなるが、人身拘束問題が生じないか」という質問を受けた。

関連規制を調べたところ、中国の労働法と労働契約法上の解雇規制は、いずれも期間の定めの有無によって区別を設けることはない。労働者側からも、30日前に書面形式で雇用単位(使用者)に通知すれば、有期契約の契約期間途中にもかかわらず、いつでも辞職することができる注1) 。即ち、使用者から労働者を解雇する場合も、労働者から辞職する場合も、中国では、労働契約に期間の定めの有無によって、規制が変わることはない。日本では、有期労働契約の期間途中に、労働者が辞職するには「やむを得ない事由」が要求される注2) ため、労働者の人身拘束問題が生じる可能性があるが、中国では、このような問題が生じることはない。

このように、比較法研究をする際に、日本から見て「当たり前」と思われる制度も、比較対象国によっては違ってくる場合がある。直接な比較対象となる法律条文だけでなく、その前提となる法制度や考え方等の違いをも視野に入れないと、比較対象国の法制度を正確に把握することはできない。

もう一つの例として、ドイツの有期労働契約法制を素材に説明しよう。ドイツのパート有期法(Gesetz uber Teilzeitarbeit und befristete Arbeitsvertrage)4条2項1文は、「有期雇用労働者は、客観的な事由が異なる取扱を正当化する場合を除き、労働契約の期間設定を理由として、期間の定めなく雇用される比較可能な労働者よりも不利に取り扱われてはならない。」と定めている。

条文の中では、無期契約労働者と比較して、有期契約労働者をより有利に取り扱う場合、それが認められるかどうかを直接に定める文言はない。ここで反対解釈をすると、有期契約労働者に対するより有利な取扱は認められることになる。そして、筆者もこのように考えてきた。

しかし、当機構の他の研究員がドイツ現地でヒアリングして、持ち帰った情報によると、パート有期法4条2項には明確な規定はないが、労働法上の平等取扱原則(arbeitsrechtliche Gleichbehandlungsgrundsatz)により、結果として、有期契約労働者に対してより有利な取扱をする場合、無期契約労働者も平等な取扱を要求することができ、一方的に有期契約労働者を優遇することができないということであった。

これをきっかけに、筆者はドイツの関連情報を収集、分析し、有期契約労働者をより有利に取り扱う場合、ドイツの法律家が、どのような考えの下で、一方的に有期契約労働者を優遇することができないという結論にたどり着いたのか、その思考過程を整理してみた。

即ち、パート有期法4条2項においては、有期契約労働者を優遇する場合の措置に関して何ら明確な規定を置いていない。そして、同項の法源であるEU有期契約指令(1999/70/EC)上の関連規制も、片面規制となっており、有期契約労働者に対する優遇を禁止しているわけではない。しかし、これだけでは、パート有期法4条に対する反対解釈によって、有期契約労働者に対する優遇が認められるという結論に達することはできず、単に「この場合に関しては、現行法上の規定がない」ということになる。そして、パート有期法が施行されるまでに,有期契約を理由とする異別取扱を規制してきた判例法理である労働法上の平等取扱原則が,この場合に限って適用されることになる。

労働法上の平等取扱原則の下で、有期契約労働者が有期契約を理由に優遇されることは、逆に無期契約労働者が無期契約を理由に不利益取扱いを受けることを意味し、無期契約労働者は、その労働条件を有期契約労働者のそれと平等にするように請求することができる。その結果、有期契約労働者に対する一方的な優遇ができなくなる。この限りでは、個別法上明文の規定がない場合、ドイツは当該個別法の条文を反対解釈するのではなく、その法源やより一般的な規定に遡って、明確な法的根拠を探すことになる。

このように、比較法研究をする際に、直接な比較対象となる法規制だけではなく、関連する法規制の仕組み全体をも研究対象とし、それを正確に理解する必要がある。しかし、法律家としては、例えば自国の条文に対する法解釈の仕方は、すでに「空気」のような当たり前の存在となっており、比較対象国の法制度との違いに気づくことはなかなか困難である。政策決定のために、まず外国の法制度に関する正確な情報を提供する必要があるが、筆者は、その責務の重さを改めて実感した。

  1. 労働契約法37条: 30日前に書面形式で雇用単位に通知することによって、労働者は労働契約を解除することができる。
  2. 民法628条参照。

(2016年10月14日掲載)