2003年 学界展望
労働経済学の現在─2000~02年の業績を通じて(9ページ目)


おわりに

太田

今回の学界展望で取り上げられた論文を読んで、大変勉強させていただきました。好き勝手に評してしまい、的外れな主張をしている部分も多いと思いますが、どうかご容赦いただきたいと思います。全体に、緻密な実証分析が多かったというのが率直な印象です。判例や転籍事例を統計分析の対象とするような新しい試みもなされており、とても興味深く感じました。

それから、若年の就職問題、中高年の転職問題、そして高齢者の継続雇用問題と、世代別に近いテーマになったことも今回の特徴かもしれません。長期不況下で、それぞれの世代が異なる問題を抱えており、しかもそれらが相互に依存している複雑な状況を示唆する論文もいくつかあったように思います。私自身の課題としては、これらの分析で得られた豊富かつ多様な知見をどのような枠組みの中で整理すればいいのか、じっくり考える必要があるなと思っています。本日は長時間にわたり、本当にありがとうございました。

安部

今回座談会で取り上げた論文は、どちらかといえば、就業・雇用形態・失業・転職などを主に扱ったものが多く、その一方で、賃金に関するものがやや少なかったという印象があります。例えば女性労働では、就業に関する分析が多く、男女間賃金格差等のものは少なかったと思います。賃金や家計所得が、最近の労働市場の環境によってどのように影響を受けているのか、また、所得税や社会保険料等の家計としての負担がどのように変わってきているか、などは、今後重要な課題になってくると考えられます。また、高齢者就業は、年金給付の減額が予想されるなかで、今後重要性を増してくる問題といえると思います。これまでは男性高齢者の労働供給に焦点が当てられることが多かったのですが、今後はもっと女性高齢者の労働供給についても、特に最近のデータを用いた分析がなされることが望ましいと思います。

川口

25本の論文を一気に読みまして大変勉強になりました。それぞれを丁寧に読んだつもりなのですが、私の知識不足ゆえに、意図を誤解している部分もあるかもしれません。的外れな批判もあったかと思います。著者の方からのご指摘をいただければまことに幸いです。力作ぞろいの25本の中で、私の中で特に印象に残った論文は、データより因果関係を識別することに労力を割いた論文です。単純に左辺を右辺に回帰したというのではなくて、よく考えて、工夫をして、経済学的に意味のある関係を限られたデータから推定しようとぎりぎりの努力をしている論文。そういう論文に強い共感を覚えました。また、経済学的、政策的に重要な仮説に挑戦しているものの、データの制約ゆえに必ずしも決定的な結論が得られなかった論文。やはり共感を覚えるとともに、今後、大規模データが収集されかつ公開されていくことを願ってやみません。そういう意味で、議論の中では触れられませんでしたが、家計経済研究所のパネル調査のプロジェクトは大変画期的だと常々思っていて、ありがたく思っています。駆け出しの研究者の端くれとして、このような場に参加させていただいたことをありがたく思います。冨田先生、太田先生、安部先生、刺激的な議論をどうもありがとうございました。また、編集部事務局の方にも、いろいろとお世話になり、ありがとうございました。速記者の方には不明瞭な発言を丁寧に書き取っていただいたことを御礼申し上げます。

冨田

学界展望の締めの言葉を川口さんに言ってもらったので、私は、学界展望に参加させていただいた感想をいくつかお話しします。まず、学界展望で取り上げる論文を選ぶときに感じたことがあります。一つは、労働経済学のコンファレンスに基づく注目すべき論文集がこの3年間に二つ出版され、そのなかに収められた論文の多くが今回取り上げられたことです。『雇用政策の経済分析』と『リストラと転職のメカニズム』です。コンファレンスの場など、研究者が集まって時間をかけてしっかり議論することが、いい論文が生まれる条件の一つかなと思いました。もう一つは、これまでの学界展望に比べると、英語で書かれた論文をより多く取り上げました。海外の研究者に日本の労働市場を正しく理解してもらうためには、私たちが英語で研究成果を発表するしかないと思います。これからも英語で書かれたいい論文がどんどん出てくることを期待します。

4人で議論をしているなかで気づいたことは、国際比較の問題です。世代効果はアメリカでは解消するのに、日本ではなぜ解消しないのかという話がありました。あるいは、雑談のときだったかもしれませんが、日本以外の先進諸国では高学歴の女性ほど労働力率がはっきりと高いのに、日本ではなぜそうならないかという話もありました。とりあえず、私たちができることは海外の研究成果の文献サーベイをきちんとやることですが、海外の研究者との共同研究がもっと活発になることが必要だと思います。日本労働研究機構でもそうした国際比軟を念頭においた研究をかなり実施していますが、労働調査的なものにくらべると労働経済学のそうした研究がやや少ないのではないでしょうか。最後はスポンサーヘのお願いになってしまいましたが、皆さん、長時間にわたり、熱心に議論していただき、ありがとうございました。

(この座談会は2002年12月24日に東京で行われた)

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