2003年 学界展望
労働経済学の現在─2000~02年の業績を通じて(3ページ目)


3 転職

論文紹介(冨田)

中馬宏之「中高年の転籍出向における成功要因」

本論文は、大企業から系列外企業に転籍出向した中高年労働者についてそれが成功だったかどうかに影響を与える要因を、個々の転籍出向者のマイクロデータを使って分析している。ここでは、転籍出向の成功・失敗に大きな影響を与える要因の一つとして転身マインド(求職者が受入企業を知る前にどれだけ転身意欲を示しているか)に注目する。送出企業における賃金が低いほど、受入企業における賃金が高いほど転身マインドは高くなると考え、それぞれの賃金関数を推計し、そこから得られる賃金も説明変数に加えて転身マインドに影響を与える要因を分析している。その結果、送出企業で職務遂行能力が高いと評価された人ほど転身マインドが低いことが確認された。さらに、転籍出向の成功・失敗に影響する要因をみると、この転身マインドの高い人ほど成功するほか、受入企業の社長のワンマン度が高いほど失敗する確率が高く、送出企業と受入企業が長期的なつながりがあるほど成功する確率が高くなっている。ここから、中馬は、転籍出向者の転身してやり直したいという前向きな気持ちを高める努力を事前に行うこと、性格など私的情報を転籍出向者と受入企業との間で交換されるような仕組みを設けることを提案している。

大橋勇雄・中村二朗「転職のメカニズムとその効果」

本論文は、離職理由、職種間移動、転職年齢などの影響に注目しながら、転職によりジョブ・マッチングが改善しているかどうかを分析している。まず、企業特殊的技能が存在するとしても、賃金が生産性に一致しうることを理論的に明らかにする。そして、勤続にともなう賃金の上がり方(年功度)が急な人ほどマッチングがよいと考えて、転職前と転職後の賃金の上がり方を比較している。そして、離職理由によって転職のコスト・ベネフィットが異なることを明らかにした。転職を経験していない労働者の賃金年功度に比べると、よりよい仕事を求めて前向きな理由で転職した人の転職前の賃金年功度は低い。つまり、彼らのマッチングが悪かったことを意味する。そして、転職することにより転職前よりも賃金年功度が高くなっていることはマッチングが改善したことを意味し、これは転職のベネフィットがコストを上回るケースでもある。一方、会社都合で転職した人は、前向き理由で転職した人に比べて、転職前の賃金年功度が高かったこと、求職活動に十分な時間が取れなかったためにマッチングのよい転職先を見つけるのが難しく、転職のコストがベネフィットを上回るケースとなる。

黒澤昌子「中途採用市場のマッチング」

本論文は、中小企業に転職した労働者の満足度や賃金に影響を与える要因を分析し、中途採用市場でのマッチングを高める政策について議論している。経営者の人柄、労働時間などの情報を求職者に開示すること、会社からの誘いとならんで、民間職業紹介を通じた転職が転職者の満足度を高めることがわかった。こうした入職経路が経営者の人柄など細かな情報を伝えることができるのであろう。ここで注目すべき事実発見の一つは以下である。前職までに関連する仕事経験年数の長い人ほど、転職先での生産性が高く、また、転職先でのOff-JTの時間数も短くてすむと企業は評価している。しかし、関連する仕事経験年数の長い転職者ほど初任給や現在の賃金が高いわけではない。その理由はこうである。労働者の生産性は企業の外からは見えにくいため、他社から提示される賃金はその労働者の生産性よりも低くならざるをえない。したがって、その労働者が働く企業も他企業が提示する(生産性よりも低い)賃金を支払うだけでよい。中途採用市場で評価されないのであれば、労働者は専門的な仕事能力を身につけようとはしない。黒澤は、職業ごとに仕事能力のシグナルとして機能する公的資格や企業外研修が必要であることを指摘している。

紹介者コメント

冨田

さて、私の担当は転職の論文です。関連する論文の中から、ここでは中馬論文と大橋=中村論文、黒澤論文の三つを紹介します。

中馬論文はおもしろいデータを使っています。大企業から系列外に転籍出向した人のデータを使って、転籍に成功したのはどんな人かを分析しています。結論を簡単に言いますと、転籍に成功したのは転職マインドの高い人である。つまり転身してやり直したいという前向きの気持ちを持っている人ほど転籍に成功している。また、どんな企業に転籍した人が成功したかを見ると、受入先企業の社長がワンマンでない、成長が見込まれる企業である、受入先と送出企業との間に交流がある、などです。転職マインドの役割もふくめて、結論は特に目新しくないかもしれませんが、それをデータできちんと確かめています。

中馬論文の政策提言は、カウンセリングなどを通じて転身マインドを高めること、受入先企業との間で情報交換をしっかり行うことです。どんな人が転職して成功するかは非常に重要なテーマですので、こうした研究の積み重ねが、今後も必要だと思います。

二つ目が、大橋=中村論文で、これも非常にいい論文だと思います。最初の問題提起は、マッチングが改善したかどうかを、転職前と転職後の賃金カーブの傾きを比べることで評価しています。マッチングの悪い企業で働いている人は、勤続が長くなっても賃金はあまり上がらない。マッチングがよくなれば、勤続とともに賃金がどんどん上がっていく。転職前後の賃金の上がり方で転職が成功したかどうかがわかることになります。おもしろかったのは、転職によってマッチングが改善するかどうかが、かなり離職理由によって異なることです。例えば会社都合の離職と、自分に合った仕事を求めての前向きの離職、この二つの場合を比べますと、転職前の職場での賃金カーブの上がり方は、前向きで転職した人のほうがかなり低い。一方、転職して、新しい職場での賃金の上がり方を見ますと、会社都合よりも前向きの理由で転職した人のほうが、賃金カーブの上がり方が急になります。賃金カーブから判断する限り、前向きで離職した人はマッチングがよくなって、転職に成功したことになります。

この論文の前半で議論している重要な点は、賃金を生産性の代理指標として使っていいかどうかを理論的にきちんと詰めていることです。私の読んだかぎりでは、企業特殊熟練があったとしても、賃金と生産性が一致する場合があるというふうに読めます。もし、一致しない場合、そのときは、賃金の上がり方を生産性の指標として使って分析できなくなりますが。また、分析対象になった人が転職した年齢は平均26歳で、現在の会社に平均14年勤めていますのでここで分析しているのは若いときの転職が中心で、サンプルのなかに40代以上のいわゆる中高年の転職はあまり多くないのではないかと思います、ですから、中高年の転職を考える場合に、ここでの議論をそのまま使っていいのかやや疑問です。

最後が黒澤論文の紹介になります。この論文を読んで最初に感心したのは、どういう分析がしたいかをはっきり意識して、アンケートの調査票をつくっていることです。転職経験者で、いま同じ会社で同じ仕事をしている2人のデータが比較できるように調査票が設定されている。そうすることで、職場とか仕事の違いをコントロールして転職者の転職後の満足度等を分析できます。転職者で、今の仕事に関連する仕事経験がある人に対して企業の満足度は高く、業務達成度も高いと判断しています。ところが、そうした人たちの賃金を見ると、転職したときの初任給、あるいは現在の賃金を見ても、高いわけではない。黒澤さんの解釈としては、労働者の能力は企業の外からは非常に見づらいという技能に関する情報の不確実性があるので、外部からオファーされる賃金は本来の生産性よりも低い賃金になる。だから、今働いている企業も外部で得られる賃金さえ払えば、その労働者を定着させることができる。だから生産性ほどには賃金を払っていない分、企業は収益を受け取っていると考えるわけです。黒澤さんの政策提言として、転職市場を考える場合に、公的な資格などが評価されるようになれば、技能に関する情報の確実性が高まって、外部からオファーされる賃金がもっと高くなるのではないか。そうすると、転職しやすくなる。それがマッチングを改善するのではないかと考えるわけです。そういうストーリーがうまく描けるのかどうかは、少し考えてみなければならないと思います。

討論

転籍・出向者の実力と性格

太田

中馬論文を興味深く読みました。とにかくデータのすばらしさが際立っています。また、性格要素というなかなか見えづらいものまでデータ化しています。これを説明変数に入れて推計すると、ビッグ5と呼ばれている性格要素が成功・不成功をかなり決めているという部分があって、これはとても興味深いと思いました。ひょっとすると、中高年にとっては、朗報的な部分があるのかもしれないなと思います。つまり、これまで蓄積した業務知識とは違って、性格的なものは個人の努力で何とかなる部分かもしれないという気がするのです。

ただ、私がまだ十分理解できていない点は、ここで取り上げられている転籍出向者の中には、外に出してもやっていけると見込まれた優秀な人が、かなりピックアップされている可能性はないのかということです。特に業務上の知識が豊かな人が多いのではないか。もしもそうであるならば、性格的な要素が効くということは、初めに最低限の実力があって、それにプラスして、そういうマインド的な部分が大事になってくるということになります。その部分をピックアップしている可能性もないわけではないかなと思うのですが、いかがでしょうか。

冨田

おそらく企業は、相手企業にとってもプラスになる人を選抜して転籍させるのが普通だろうと思います。ですから、今、太田さんが言ったことは十分あると思います。

中馬論文で、ビッグ5因子という性格に関する変数が転籍を成功に導く重要な要因だというのは、たしかにおもしろいですね。ただ、太田さんとちょっと違うのは、中高年になると性格は変えられないのではないか(笑)。ただ、自分が潜在的に持っている性格を、カウンセラーと話すことによって顕在化して転身マインドが高まり、転籍がうまくいくことは十分あるだろうという気はしますね。

それから、どんな人が転籍して成功するのかというところは、いろいろな読み方ができますね。一つは、太田さんが今指摘したように、出身企業で役職の高かった人ほど成功していますね。ところが、出身企業で職務能力が高く評価されている人は成功していないという結果も出ています。同じような性格がプラスにも、マイナスにも効いているので、ちょっと性格に関する結果を一般化するのは難しいのではないかな。

川口

そうですね。やはり性格のところはおもしろいなと思いまして、具体的にどういうのが誠実性とか、開放性と分類されているのか詳細に見てみると、誠実性というのは、例えば几帳面とか、勤勉とか、計画性。これに対して誠実性がないというふうに判断されるのが、いいかげん、ルーズ、不精、軽率、飽きっぽい、無頓着、無節操、怠惰というのが並んでいて、これを見ると、性格という部分もあるのかもしれないけれども、直接的に仕事ができるかどうかそのものではないかなという気もしたのですね。開放性のところも、やはり好奇心が強いとか、臨機応変だとかで、それは仕事の評価として、上司に当たる人が書き込むという部分がある。性格のみならず、仕事ができるかできないかという評価が、実を言うとある程度含まれているのではないかなという印象を持ちました。

太田

そうかもしれません。中村=大橋論文もそうですし、黒澤論文もそうですが、転職した際の生産性がポイントになると思います。私自身も、転職後に仕事を経験していくなかで、どれだけ賃金の伸びのスピードが速いかということは一つの指標になると考えています。というのも、マッチングの程度が高い場合には、努力や訓練投資が活発に行われるので、生産性が高まっていく。それを企業が認識して、高い賃金をつけていく。そうすると、例えば前向きな離職で、高いマッチングの企業を目指して離職して、そこで就職した場合には、入ってからの賃金の伸びのスピードが、かなり速いのではないかということです。この点では、中村=大橋論文の結果に大いに納得しました。ただ黒澤論文では残念ながら、転職後の業績のよさが、なかなか後の賃金の伸びに結びついていないという結論が得られています。黒澤論文のサンプルはやや小さい企業ですので、経済全体に関してそうなのかどうかははっきりしません。

それから、冨田先生が出された論点に関係しますが、転職者が年功的な処遇のトラックに乗るか乗らないかということもあると思います。どの段階の転職であれば、生産性と賃金が乖離するか。ひょっとすると、中高年の転職だったら、生産性と賃金がほとんど一致しているようなケースも考えられなくはないと思います。逆に、若い場合だったら、残りの期間が長いということがありますから、賃金と生産性とに比較的大きな乖離が発生するのかもしれない。だから、そのあたりが考えるポイントかなという気がしますね。

転職者の賃金表

安部

ただ、どうなのでしょうか、賃金制度として、転職者とそうではない人、例えば生え抜きは違うトラックということはありうるのですか。

冨田

まず、転職者を同年齢の人と比べて、どこに位置づけるかということですね。

安部

ええ。まあ、最初は違う位置というのはありうると思うんですよ、やはり経験が少ないので。ただ、その後、どういうふうに処遇していくかということですが、例えばマッチングの質がよくて、生産性が上がっている人に対しては、賃金を上げなければならないとすると、昇格を早くさせるとか、そういうことなのですか。

冨田

おそらく、最初は、賃金テーブルのなかで長期勤続の従業員の平均的賃金か、それよりちょっと低い賃金のところにして、数年間の働きを見て調整していくのでしょうね。これは基幹労働力となる中高年の中途採用の場合ですね。そうではなくて、定型業務の人たちの中途採用もあるでしょう。そういう人の賃金表はまた別でしょう。あと一つ重要なことは、マッチングのいい転職をするために必要なことは何かです。大橋=中村論文からすると、在職中から求職を始めることがマッチングを高めると読み取れます。

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