2003年 学界展望
労働経済学の現在─2000~02年の業績を通じて(2ページ目)


2 雇用調整

論文紹介(川口)

川口

このパートで紹介する論文のうち2本は雇用の部分調整モデルの推定を行っている。

基本モデルは InLit=β0+β1Inyit+β2In(wit/pit)+(1-λ)InLit-1+uit とあらわされるが、itはそれぞれ企業、時間を示す添え字である。Litは雇用量、yitは生産量、(wit/pit)は実質賃金である。「最適雇用量」は要素首要関数より生産量、実質賃金の関数となるはずなので、今期の雇用の最適雇用量からの乖離がどれだけ前期の雇用量に依存しているかを見ることで、雇用調整の速度を見ようというのがアイデアである。すなわちλか1に近ければ雇用調整は速く、0であれば緩慢である。係数λは雇用調整係数と呼ばれる。

野田知彦「労使関係と赤字調整モデル」

この論文では、労働組合の存在が労使間の情報共有をスムーズにし、赤字期の雇用調整をよりスムーズなものにしているかどうかを検証している。従業員数100人以上1000人未満の未上場企業116社の1988年から1994年までのパネルデータを用いて部分調整モデルを労働組合の有無別に推定している。部分調整モデルは赤字期と通常期で雇用調整係数が変化しうる形で拡張されている。実証結果は従業員数300人以上で労働組合のある企業の雇用調整係数は通常期には組合のない企業のおよそ半分である。一方、赤字期に雇用調整の係数が通常期の約3倍にまで上がることを示している。しかし組合のない企業や従業員300人未満の企業では雇用調整係数に変化は見られない。この実証結果をもって、筆者は労働組合が労使間の情報共有をスムーズにし赤字期の雇用調整をスムーズにすることに貢献していると労働組合の存在に比較的ポジティブな評価を加えている。

駿河輝和「希望退職の募集と回遊手段」

この論文では企業退職募集の回避手段に関して二つの仮説が検討されている。一つ目の仮説は配置転換や出向が希望退職の募集を減らしているか、という仮説であり、二つ目の仮説は雇用保護を賃金カットで行うことが可能かという仮説である。一つ目の仮説は希望退職募集の有無を売上高成長率や従業員の構成といった説明変数のほか配置転換や出向が行われたかを示すダミー変数に回帰することで検討されている。大阪府下の企業を対象に1992年から96年までに行われた雇用調整を聞いたサーベイより得られた484社のデータを用いた分析の結果は、配置転換や出向は希望退職の募集確率を減らしていないというものであった。また、有価証券報告書より取られたデータを用いて部分調整モデルを企業本体の従業員と在籍出向者を含めた従業員のそれぞれのデータで推定している。すなわち出向で雇用調整が行われているなら、本体の従業員のみにサンプルを限ると雇用調整の速度は速く、一方、出向者を含むサンプルでは雇用調整速度が遅くなるという仮説を検証している。しかし、製造業9社の80年代後半から90年代後半のデータを用いた分析の結果、そのような事実は観察されなかった。

一方、二つ目の仮説は既存の研究の雇用調整モデルより得られた推定パラメータを用いて、生産量の10%減少に対して仮に賃金が一定だったとしたときの雇用の減少量、ならびに雇用を減少させないためにどれだけ賃金が引き下げられるべきかをシミュレートしている。雇用調整に3年を要する場合それぞれ2%前後、10%から20%となっている。

大竹文雄・藤川恵子「日本の整理解雇」

日本の労働者の雇用は判例より成立している解雇権濫用法理とよばれる裁判所の判断基準により手厚く保護されている。整理解雇(仕事がなくなったために起こる解雇)が有効であると裁判所で判断されるためには(1)解雇整理の必要性、(2)回避努力義務、(3)被解雇者選定基準、(4)説明義務の4要件のすべてが満たされる必要があるとされている。この論文では、判例を数量分析するという興味深い手法を用いて、企業の整理解雇が裁判所に有効であると判断されるためにはどのような客観的な状況が必要かを分析している。分析の対象は「判例体系CD-ROM」に掲載されている戦後の整理解雇に関する判例205件である。まず興味深いのは判例全体の中で労働組合の存在が判例から読み取れるケースが全体の88%にのぼっている点である。この発見より判例法のメリットを受けているケースは労働組合員に多いのではないかと予想している。この発見は組合のある企業では赤字が出るまで雇用調整がされないとする先の野田論文の結論と整合的である。また、整理解雇が有効であると判断される確率は赤字連続年数の増加関数であることが示されており、赤字調整モデルに違った角度からのサポートを与えている。

紹介者コメント

川口

インフロー抑止、アウトフロー促進という話が出たところで、インフロー抑止のほうに関係する話ですが、既存の雇用を守るということを考えたときに、日本では労働者の雇用は判例で基本的に手厚く守られていますが、守られているという実態がどの程度のものなのかを分析する、あるいは、実際に法的に解雇が正当化される状態とはどのような状態なのかを考える、というのがトピックとしてあります。解雇が法的に正当化されうる状態の一つとして、企業が赤字を出す状況があるという仮説があります。そういう話が、大竹=藤川論文、野田論文という二つの論文でなされています。

大竹=藤川論文は解雇に関する裁判例を分析した論文ですが、企業が赤字を出している場合、実際に解雇が正当であると裁判所に判断される状態となる確率が高まることを明らかにしています。

それと補完的な関係にあるのが野田論文です。かつてから研究が進んでいる赤字調整モデルを、労働組合との絡みで分析しようという論文です。普段、企業が黒字を出しているときに解雇や雇用調整を行うことは難しいが、企業が赤字を出すというような非常事態が起こると、労使間の合意が成立しやすくなり、解雇が進むという話を実証しています。パネルデータを用いた実証の結果、労働組合があり、かつ従業員規模が300人以上1000人未満という中規模の企業においては、赤字期には雇用調整の速度が速まるということを示しています。

そういう意味で、この二つの論文は整合的です。大竹=藤川論文で、裁判例の分析をした結果、労働組合の存在が認められるケースが88%にのぼっています。基本的に、こういう解雇に関する紛争が起こるのは労働組合があるときなのだということを解明しているのですが、それと野田論文の結果は非常に整合的です。労働組合があるから、基本的には雇用調整は難しく、雇用調整ができるのは、赤字が出ている状態なのだ、ということだと思います。

駿河論文は、やはり失業へのインフローを起こしうる希望退職の募集を考えるというものです。そのオルタナティブとして、出向や配置転換などによって、希望退職の募集を減らすことができるかどうかを見ているのですが、配置転換・出向と希望退職の間に代替関係は特にないというのが結論です。

それぞれの論文は非常におもしろいのですが、例えば大竹=藤川論文に関して言うと、かなりの頁数を割いて、解雇の裁判が白と出るか、黒と出るかを、判例文の中に理由を求めて回帰分析を行うという形で分析されていますが、仮に裁判官が最初に、白か黒かというのを決めて、その後で判例文を書くというプロセスがあるとすると、結局、結論が先にあって、後で理由が書かれるという、循環論法に陥ってしまうようなところが若干あるという気がしました。ですから、判例文そのものと外部の経済情報をつなぐような研究をするとおもしろいのではと思いました。

野田論文では、労働組合に対して非常にポジティブな評価を下しています。労働組合があると、赤字が出たときに、労使双方のコミュニケーションがうまくいって、雇用調整が進むという解釈をしていますが、これはネガティブに取ると、労働組合があるがゆえに、かえって雇用調整が最後の最後までできず、雇用調整ができないから赤字までひどくなってしまうという面もあると思うので、労働組合の評価に関して言うと、賛否両論ありうるのではないかという印象です。

駿河論文ですが、これは大変興味深いトピックです。ただ、結論に関して若干疑問を持ったのは、希望退職の募集が行われるような状態と、配置転換・出向が行われる状態というのは、どちらも会社の状態が悪いということで共通しており、それが同時に起こってしまうので、その二つに代替関係を見つけるのは非常に難しく、何かもう少し考える余地があるのかなと思いました。

討論

雇用調整の赤字モデル

太田

雇用調整の赤字モデルは、日本発の非常にすばらしいモデルで、経験則をベースに組み立てられており、推定式のフィットもいいし、大変な成果です。一方、その背後にあるメカニズムは何でしょうか。赤字になると、企業の存続が危ういからというのはよく主張されます。重要なのは赤字になることだと。しかし赤字よりも少し手前の黒字でも、やはり危ういことには変わりないのかもしれない。将来的に赤字になるかもしれない。そうなってくると、企業の収益が、明示的に雇用調整の中に組み込まれるようなモデルの開発をすべきではないか。収益が低下すると雇用調整が行われるが、赤字になると、それはさらによく行われる、というような議論の立て方があるのではという気がしますが、いかがでしょうか。

川口

そうですね。やはり企業の収益が雇用調整に及ぼす影響は連続的にありますが、赤字になったところで一気に実施するというのは、一種の非連続性ですね。それに対して、法律的背景というのはあるかと思います。もしも裁判官が、ちょっとでも黒字を出している状態と赤字を出している状態を全く違うようにとらえているとするならば、それはありうるのではないか。

太田

大竹=藤川論文では、解雇の必要性充足に関して、赤字連続年数が有意に出ていません。本当に赤字が大事なのかどうかは、判決上、微妙な気がします。だから、判例の縛りの話をするのか、放っておけば倒産だというような状況を考えるのかでは、解釈が微妙に違ってくる気がしますね。

川口

そうですね。

冨田

南山大学の村松さんが書いていますが、赤字になったら銀行から融資を受けにくくなるとか、取引が現金決済でないとできなくなるなど、労働以外の要因に赤字が影響し、企業の存続に影響が出てくるのではないですか。

太田

それは十分考えられますね。そこの峻別をうまくできないか。

川口

あと、難しいと思うのは、部分調整モデルでは最適な雇用水準を推定していますが、その最適な雇用水準が、赤字になったときに非連続的に変わるとすると、結局、雇用調整速度が変わっているのか、それとも最適水準そのものが変わっているのかということが識別できないことです。そういう欠点があると思います。

太田

出向については、川口先生がおっしゃるとおり、代替かどうかを見つけるのは非常に難しいと思います。実際に代替できるケースは多分あるのだと思います。子会社がたくさんあって、空いているポストがわりとある。そういうときには、子会社のほうに送り出すということはもちろん考えられますが、例えば子会社の生産性自体、非常に落ち込んでいるようなときには、一気に解雇に持っていったほうが、グループ全体にとっていいということも十分ありうるわけですよね。だから、そもそも代替や補完は状況によって決まってくる点があると思うので、子会社の数や、収益状況などを入れ込んだデータセットをつくって分析していくと、意外といろいろなことがわかるのではないかという気がします。

雇用過剰感と労働者の責による離職

冨田

ところで、大竹=藤川論文に関連して、私のところの大学院生が『雇用動向調査』からおもしろい数字を見つけてきました。離職理由をみると、経営上の都合と同じくらいの人数の本人の責による離職者がいて、雇用過剰感が高まると本人の責による離職も増えています。たぶん、業績が悪化した企業は、本人の責ということでかなり解雇していそうです。希望退職や整理解雇だけ見ていたのでは、雇用調整の一部しか見ないことになります。自発的離職もそうでしょう。

太田

そうですね。半分辞めさせられたというようなケースでも、自発的離職の中に入ってしまっていることもあるでしょうね。そもそも、ストックデータを使って、雇用調整速度などを分析する際には難しい問題がありますね。できれば退職者が何名で、それをどの程度補充していてというようなフロー面でのデータを使った分析が、もっとなされてしかるべきだと思います。

川口

フローデータでは、何がわかればいいのでしょうか。

太田

雇用削減については、自然減などで対応できる部分もかなりあるわけですね。そうすると、過去1年間の定年退職者、解雇者、自発的離職者、新規採用者の、できれば年齢別データがあれば……。

川口

これは後の「若年」のところで、玄田論文などが扱っているようなデータですか。

冨田

『雇用動向調査』なら、大体、今、太田さんが言ったことはわかりますね。

太田

ただ、事業所ベースでしょう。欲しいのは企業をずっと追跡したフローのデータですよ。しかも、その企業が赤字か黒字かわかればいい。そこは『雇用動向調査』では見られませんね。そういうデータをどこかで開発すれば、いろいろなことがわかるようになる。何とか、厚生労働省にお願いしたいという気がします。

組合の存在意義と信頼性

安部

ちょっと労働組合の話で質問したいのですが、まず労働組合があると、赤字のときに解雇しにくいという話ですね。これが効率的なのかどうかというのが一つ。

もう一つ、今、組合はいろいろな意味で存在意義が問われていますよね。解雇などに関して、組合が企業の言いなりになっているとか、企業内組合はあてにならないので、個人で入れる外の組合に入るとかですね。別に解雇に限らず、組合は最近、労働者の多数からは必ずしも支持されていないという面があると思います。その辺はどうなのでしょうか。

川口

組合があって雇用を守ってくれることによって、効率を上げる可能性もあると思います。例えば企業特殊的な人的資本の蓄積を促進する可能性がある。先ほど、景気が悪いときには、本人の責で職を失う人が増えるという話がありましたが、普通は逆ですよね。労働市場が悪くなっているわけだから、一生懸命働くわけで、不況期には難癖をつけて解雇を行うインセンティブが会社にはある。そういったものから労働組合が労働者を守っているということであれば、企業特殊的人的資本の蓄積を促進することによって効率性を上げている可能性はあると思います。賃金後払型の契約を考えると、後で払ってもらえると思うから、若いころに一生懸命働き、モラルハザードを起こさず、全体的な効率性が上がっているということはあると思います。またいったん労働組合が信頼を失ってしまったら、そういうメカニズムが働かなくなってしまいます。そういった危険性も考えると、労働組合が雇用調整を遅らせることが、直接的に効率性を下げているかどうかは、なかなか言えないという気はします。

太田

それは、企業の内部の人にとっては意外と効率的かもしれない。しかし企業の外部の人にとっては、マイナスではないかという印象を持っています。すなわち、企業の外部の人、まだ働いていない人たちが、労働組合の存在によって、採用されにくくなっているのではないか。これは野田さん白身がやっている分析注1なのですが、組合がある企業は、新卒採用をしたがらないことが明らかにされています。インサイダーを守ろうとすると、採用を抑制せざるをえない。もちろんこのことが内部的には、企業の効率性を上げる側面があるのは、川口さんがおっしゃるとおりだと思いますが、トータルで見てどうかというのは、まだ検討の余地があるという感じがします。

冨田

今回の学界展望では労働組合を取り上げなかったので、3年後にはぜひやってもらいましょう。

文中注

(下記注を作成するにあたり、原稿段階での尾高先生の「提言」を参考にさせていただきました。)

  • 注1 野田知彦(2002)「大阪企業の新卒労働需要分析」『提言:地域発の雇用政策に向けて』第4章、関西経済研究センター。
次ページ 3 転職