2003年 学界展望
労働経済学の現在─2000~02年の業績を通じて(1ページ目)


1 失業

論文紹介(太田)

Masahiro Abe and Souichi Ohta, "Fluctuations in Unemployment and Industry Labor Markets"

この論文では、産業別労働市場に着目して日本における失業率上昇の背景を探ろうとしている。労働者の属する産業によって他産業への移動可能性が異なりうるとすれば、全産業を対称的に取り扱う従来の産業間ミスマッチ指標を用いて失業率の変動を説明することには無理があると主張したうえで、1988年から2000年までの『労働力調査特別調査』を用いて産業別の労働者の失業動向を検討している。その結果、近年では建設業およびサービス業の寄与が上昇していることが明らかにされた。また、産業間の労働性向を分析すると、前年末無業者は前職と同一の産業へ移動する傾向が強いことがわかった。失業へのインフロー確率を、経済全体の求人率と産業の求人率で回帰したところ、大きくはないものの、産業の求人率が失業確率にマイナスの影響をもたらすことが判明した。さらに、失業者が再就職するまでの期間についてサバイバル分析を適用した結果、前職産業の求人率の上昇は、有意に転職期間を縮小させていたことが判明した。これらの実証結果から著者は、日本においては産業による労働市場の分断がマイルドではあるものの存在しており、それが失業率の悪化に寄与しているのではないかと結論づけている。

Kei Sakata, "Sectoral Shifts and Cyclical Unemployment in Japan"

本論文では、部門間シフトが日本の失業率に与える影響を再吟味している。過去の代表的な研究であるブルネッロの分析では、雇用成長率の散らばりを表すリリエン指標は日本の失業率に有意な影響を与えていないとの結論が得られていた。本論文は、基本的にはブルネッロの分析手法に則っているが、次のような点で異なる。第1に、産業分類をより細かく設定したこと、第2に推定期間にバブル崩壊後を含めたこと、第3に単位根や共和分の問題を厳密に取り扱ったこと、第4に、景気循環局面の効果を分析したこと、である。得られた結論は、たしかに失業率とリリエン指標との間には長期的な関係は見いだせなかったが、短期的には、とりわけ不況期においてリリエン指標が失業率を高めるというものであった。さらに、男女別に分析を行った結果、リリエン指標の与える効果は男女で異なることが判明した。すなわち、男性の場合には、部門間シフトは短期的に失業を上昇させるが、女性の場合には、そのような傾向は観察されなかった。ただし、不況期においては一定の効果が見いだせた。総じて、不況期において部門間シフトが失業率を高めがちであることから、著者は業種雇用安定法にポジティブな評価を与えている。

大日康史「失業給付におけるモラルハザード:就職先希望条件の変化からの分析」

失業給付の受給がモラルハザードを引き起こすかどうかについて、公共職業安定所の窓口調査というユニークなデータを用いて分析を行っている。この調査では、各求職者の属性と再就職先の希望条件(失業時点と現時点)、さらには失業給付の受給の有無が把握されていることから、失業給付の受給者が、非受給者に比して再就職先の希望条件をどの程度下げにくいかを検証することができる。希望条件としては、賃金水準、産業、職業をピックアップした。ここでの被説明変数は、対数希望賃金あるいは前職と異なる産業や職種を希望した場合のダミー変数である(後者の場合にはプロビット推定が行われる)。説明変数は労働者の固有効果、失業期間、および失業期間と固有効果の交差項である。その際に、受給するか否かについてのセレクション・バイアスを修正するために、2段階推定法が用いられている。推定結果によれば、失業期間が1ヵ月延びた場合の希望賃金下落率は、給付受給者のほうが非受給者よりも0.9%ポイント小さい。また、受給者のほうが失業期間の延長が希望産業や職種の変更をもたらしにくいことが示されている。総じて、失業給付の受給はモラルハザードを引き起こすとの結論を得ている。

紹介者コメント

太田

それでは、失業というテーマから始めたいと思います。

日本の失業率はかつてない高水準になってきており、非常に大きな社会問題として認識されているのですが、これにきちんと対処しようとすると、その原因が一体どこにあったのかを明らかにしたうえで、その原因に応じた政策を考えていく必要があると思います。今回は、日本の失業率の上昇を実証的に分析した三つの論文を取り上げてみました。

阿部=太田論文ですが、これは『労働力調査特別調査』の個票データを使った点に特徴があります。ここで注目しているのは産業です。日本の失業率が急上昇した要因の一つとして「受け皿の崩壊」があったのではないかというのが、この論文の着想ではないかと思います。非常に失業しやすいセクター、例えば建設業などに、マイナスのショックが特に降りかかったのではないかという議論は前からあります。そういうことを考えるとこれまでの分析のように一様なものとして労働市場をとらえるのではなく、産業に着目した点に、一つのメリットがあると思います。

また、産業大分類というきめの粗さはあるものの、様々な離職や失業のフローや、過去にどの産業にいた人が再就職しやすいかどうか、といったデータを産業別に提示している点には資料的な価値があると思います。

ただ、仔細にこの分析結果を見ると、産業全体でかなり状況が悪化しているのは明らかであるという感じです。また、転職期間の推計において、前に就いていた産業の求人率が転職期間に影響を与えるということを見いだしていますが、その効果は必ずしも大きいわけではないと私は見ています。ですから、著者は、最終的に産業間の移動がスムーズになるような政策を期待していますが、それが実際にどの程度失業の減少に結びつくのかは、あまりはっきりしないのではないか。やはりマクロショックという要因がかなり大きいのではないかというのを逆に読み取った次第です。

次の坂田論文も、産業に注目した部門間シフトの問題を取り扱っています。とても慎重な時系列解析が行われている点が印象に残りました。特に景気がよいときと悪いときで、非対称な影響が見られること、すなわち景気が悪いときにこそ部門間シフトが失業に悪影響を与えていることを見いだしていますが、これは大きな発見であって、これまでの分析では必ずしも明らかにされてこなかった点です。ただ、これは阿部=太田論文の中でも指摘しましたが、リリエン指標は産業を対称的に扱います。A産業とB産業があったとして、例えばA産業で10%雇用が伸びて、B産業で10%雇用が下がったケースと、全く逆のケースを、リリエン指標で見れば同じ値を取る。しかし、もしもA産業の技能がB産業には通用するけれども、B産業の技能がA産業に通用しないような場合には、両ケースが同じような影響を失業率に与えるかどうかははっきりしません。このようなことが日本でもないのかどうか。さらに付け加えれば、雇用増加率のバラツキは、あくまで労働移動の結果だという側面がある。だから、労働需要そのものを示してはいません。しかも焦点となるのは、そのうち新卒者に対する需要部分を除いた部分、すなわち中途採用者に対する需要です。このような指標がうまくできればいいなと思います。

三つ目の大日論文も、非常に興味深い論文だったと思います。失業給付は、セーフティーネットとして失業者の安心を担保するための重要な手段ですが、そこにはモラルハザードの問題がどうしてもつきまとうということがずっと言われてきました。大日論文のメリットは、そのモラルハザードはどの程度かを、データからはっきりと導き出した点にあります。特に、使用データが、職安に直接出向いて収集したものであること、また、実際にどの程度、希望条件を変えているのかを直接聞いたところに、大きなメリットがあり、非常にいいデータを使っていると思います。しかも、分析手法が大変洗練されているという印象を持ちました。

ただ、希望産業や職種が前と同じかどうかを、モラルハザードの判定材料の一つにしている点には若干の疑問があります。本来なら他の産業で働きたかったが、なかなか仕事が見つからないので、元にいた産業で探し始める、ということも可能性としてはあるわけですから、そこは、もう少し詰めることができる部分かなという気がします。

全体的には、やはり失業の実証研究はまだまだ少なくて、不明点もまだ明らかにされていないものが多いという印象です。そもそもUV分析はどの程度有効なのか、果たして需要不足失業と構造的・摩擦的失業というふうに分解ができるのかどうか、というところに疑問の余地がないわけではないですし、また長期失業者の増加が一体何をもたらすのかについての実証研究も、やや少ないような気がします。

経済のグローバル化や急速な技術の進歩が失業率にどのような影響を与えたのかという点も残念ながら十分には明らかにされてこなかったのではないのか。また、賃金の硬直性が失業の原因と言われたりもしますが、それが日本では実際どういう役割を果たしてきたのかということもよくわかっていない。これだけわかっていないことが多いと、なかなか政策的にどう対処すればいいのかという話に結びつかないのが残念だなという気がします。もう少し実証研究の蓄積が必要ではないかというのが全体の印象でした。

討論

失業と産業間移動

川口

この3本のうちで最初に読んだのは坂田論文ですが、部門間移動が激しく行われているときに失業率が高くなる、景気が悪いときには、その効果はより大きくなるというくだりを読んで、景気が悪くなったときに、政府が公共投資をやることで、人工的に建設業部門への労働移動のようなことが起こる。そこに逆の因果関係があるのではないかと思いました。坂田論文では、どの産業からどの産業へという細かい分析はなされていなかったのですが、次に阿部=太田論文を読ませていただいたところ、あまり建設業は特殊な動きを見せてないという雰囲気はありますよね。そういう形で、この二つの論文が補完的になっていて、おもしろいと思いました。

太田

阿部=太田論文と坂田論文は「産業」という切り口から考察していますが、ひょっとすると「職業」も非常に大きな影響を与える可能性がありますね。例えばブルーカラーワーカーがホワイトカラーになりにくいとか、そういうものがあるとするならば、もっと職業を念頭に置いた分析というのもあってしかるべき、という気はします。

冨田

この2本の論文は産業間移動に着目していますが、職業もおもしろいのではという太田さんの指摘ですね。地域間で失業率がかなり違いますので、地域間移動もおもしろそうですね。ほかの切り口もあるのでしょうね。

女性の転職と失業

安部

私もよくわかっていないかもしれないのですけれども、パート労働は、この場合どのように解釈されているのですか。例えば阿部=太田論文は、男性だけでしたよね。

坂田論文のほうは、女性を別に取り上げていますが、これはどうなのでしょうか。

川口

企業特殊的な人的資本の重要性というのを、これでとらえようというアイデアですよね。

安部

でも、多分、坂田論文はセクトラルシフトの変数で、女性を使っているということではないですよね。

太田

変数としては、共通して使っている。

安部

共通ですね。だから、女性労働者のセクトラルシフトと、男性労働者のセクトラルシフトみたいなことを分析していない。

太田

それは、やっていない。

安部

だから女性の失業について、主に職探しのビヘイビアが最近変わっているということはないでしょうか。つまり、以前だったら職探しをしなかった人がしているということはあるのでしょうか。ちょっと本題からは外れるかもしれないのですけれども。

太田

例えば不況で仕事が見つけにくくなったために労働市場から撤退する女性が、以前に比べて減ってきているのではないでしょうか。そういったことが女性失業率を押し上げている面はあると思います。それも女性の問題を考える際に重要な視点だと思います。失業と就業の間のリンクばかり見ていると、本当の姿は見えにくい。特に女性の場合は、非労働力の関係も含めて注意して見る必要がありますね。

また、女性の非正規就業が、はっきりと増えてきていますが、そういう構造変化が、失業にどのような影響を与えたのかということに関しては、まだまだ研究の蓄積がないのでわからないというのが正直なところではないでしょうか。例えば、もともと雇用の安定性が低いパートやアルバイトの増加自体、失業率を高めるという見方もありますし、そうではないという考え方もある。非常に仕事に就きやすい、コンペティティブなマーケットがそこで成立しているのだから、パートやアルバイトの増加は、それほど失業には影響を与えないという議論もひょっとすると成り立つかもしれません。だから、このあたりは今後ちょっと詰めないとわからないなという感想を持ちますね。

雇用保険制度と失業者の就職行動

安部

例えば大日論文のテーマは、モラルハザードということですが、非正規雇用で、低賃金で安定しない職であっても、失業した人は取りなさい、という話なのでしょうか。つまり、失業給付をもらっていると、仕事があっても取らないということになりますが、逆に「よくない仕事でも就きなさい」という話なのかどうか。

川口

時間をかけた転職は、いいマッチをもたらすという解釈も可能ですね。留保賃金が下がっていくということがいいことか悪いことかというのは、やはりなかなかわからないと思います。

太田

留保賃金が下がらない場合に、いいことというのは、どういうことですか。

川口

留保賃金が下がらない結果として、いいマッチを得られることはプラスだと思います。それが、失業保険のそもそもの目的でもあるわけですよね。

太田

これは、そもそも失業状態が、オン・ザ・ジョブ・サーチ(仕事に就きながらの求職活動)に比べて、効率的かどうかという基本的な問題と関係すると思います。失業状態は、速やかに解消すべきであり、生産性に関するロスも大きいことからとりあえずインタリム・ジョブ(一時的な仕事)といいますか、そういう職に就いておいて職探しをすることも考えられます。他方、オフ・ザ・ジョブ・サーチのほうがよい仕事が見つかるというのならば、インタリム・ジョブに就く必要はないかもしれません。ところが、日本では、オフ・ザ・ジョブ・サーチとオン・ザ・ジョブ・サーチの効率性の比較が、これまで行われてこなかったので、そのあたりの判断もなかなか下しにくいのが、ちょっと残念な点です。

安部

理論的には、留保賃金が下がるか下がらないかという話も当然ありえますが、同時に、現実に雇用保険の財政は非常に厳しくても、政治的に保険料は上げられないといった状況にあるということを所与として、政策的なスタンスということになると、パートでも、アルバイトでも、失業から脱却してほしいというのはあるのではないでしょうか。

太田

それは考えられます。

冨田

どのような状況をジョブマッチングがよくなったと考えたらいいのかな。正社員として就職できたかどうかというのも判断基準の一つのような気がしますが。

安部

そうはいっても、正社員に必ずだれでも就職できるという状況は、やや非現実的かもしれません。被雇用者の2割は、もう非正規職員ですし。

失業政策の二つの方法

太田

政策面ではどうでしょうか。現在、失業に対して行われている政策には、大きく分けて二つあると思います。失業状態への移動(インフロー)を抑止しようという政策と、もう一つは、失業状態から再就職(アウトフロー)しやすくしようという政策ですね。どちらが有効か、また相互にどういう関係があるのかということは、重要なポイントだと思います。例えば、非常に産業構造の変化が激しいときに、無理にインフロー抑止政策を行えば、かえって経済に大きなダメージを与えてしまう可能性がないわけではありませんね。それで、アウトフローをもっと増やすということでいうならば、大日論文にあるように、失業保険の受給自体が希望条件を引き下げないような効果を持っているならば、これを制度の中で防止するための仕組みを考えるというような話にもなってくると思います。

私自身は、どちらかというと、今のような状況でインフローを抑止する政策は非現実的で、それよりは、大日論文のような議論に基づいて、アウトフローを促進していくような政策が求められるという印象を持っています。

川口

インフロー抑止というのは、具体的には、解雇を難しくするなどということでしょうか。

太田

それもあります。他には、ワークシェアリングの議論で、雇用維持をした企業に国が助成金を払う、といったような政策は、典型的なインフロー抑止策だと思います。しかし、仮に構造的に不況な業種というものがあり、そこで人員削減が避けられないという場面で、緊急避難的なワークシェアリングを行っても、それはおそらく一時的な効果しか持たないでしょう。それが長期的にみて本当にいいことなのかはわからないという気がします。ただ、そういった政策論議は、残念ながら、研究の中でもあまりなされてこなかったように思います。最近、雑誌などに出てきてはいますが、正面切って取り上げた分析は少ないですね。

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