2003年 学界展望
労働経済学の現在─2000~02年の業績を通じて(7ページ目)


7 賃金

論文紹介(川口)

篠崎武久「1980~90年代の賃金格差の推移とその要因」

この論文では公表データを用いて、1980年代から1990年代にかけての賃金格差の推移を記述し、分散分解のテクニックを用いて賃金格差を年齢階層内の賃金格差要因と年齢階層間の賃金格差要因に分解している。正規雇用者の全般的な傾向として男性の賃金格差は80年代に拡大したものの90年代はほぼ横ばい、一方、女性の賃金格差は80年代に拡大、90年代初頭に縮小の後、90年代後半に再度拡大している。『賃金構造基本統計調査』の企業規模10人以上を用いた分析によると男女ともに1980年代の賃金格差の拡大は人口構造の高齢化が主因であるが、90年代には同一年齢階層内の賃金格差の縮小が主因となり賃金格差は減少あるいは横ばいである。ことに45歳から59歳の男性中高年グループでの格差縮小は大きい。賃金の指標としてボーナスなどを含む年間給与総額に変更したところ、男性の間の賃金格差は90年代に入り減少したことが明らかとなった。また、90年代に入り増加した非正規雇用者をサンプルに含めると男性の賃金格差は80年代に拡大の後90年代に横ばい、一方、女性の賃金格差は一貫して拡大していることが明らかになった。

Takeshi Kimura and Kazuo Ueda, "Downward Nominal Wage Rigidity in Japan"

この論文では『賃金センサス』と『毎月勤労統計』より得られるデータを用いて、賃金の下方硬直性があるかを検証している。具体的には産出量の変化率、有効求人倍率、GDPデフレーター、所定内労働時間の変化率といった経済変数から予想される賃金変化率と実際の賃金変化率の乖離が実際の賃金変化率ゼロ付近で大きくなっているかを検証している。『賃金センサス』より得られる1976年から98年までをサンプル期間としたパートタイマーを除く産業別時系列データを用いたパネル分析の結果は賃金の下方硬直性を認めている。一方で『毎月勤労統計』より得られたパートタイマーを含む1976年から2000年までをサンプル期間とした時系列分析では下方硬直性の存在を認めていない。著者らは1998年第2四半期と99年に観察される大幅な賃金下落がこの結果の違いをもたらしているとしており、同じデータを用いてもこれらの年をサンプルに含めないと下方硬直性の存在がみとめられることを示している。また年齢別のデータを用いて下方硬直性は中高年で認められるとしている。

安部由起子「地域別最低賃金がパート賃金に与える影響」

タイトルの通り、各県別に毎年設定される最低賃金がパート労働者の賃金に与える影響を分析している。日本の最低賃金は平均的な賃金に比べて低いことが知られており、著者は主に最低賃金が賃金の下限の有効な制約になっしているかを調べている。より具体的には『パートタイム労働者総合実態調査』の1990年、95年の個票を用いてパート労働者の賃金分布を調べ、その分布の下位部分に最低賃金がどれだけ「食い込んでいるか」を調べている。本論文で、的確かつ簡潔にサーベイされているように、最低賃金制が雇用をどれだけ奪っているかという研究はアメリカで非常に盛んで、実際に政策決定にそれらの研究が大きな影響を与えている。それらの研究で識別情報として用いられるのは州別の最低賃金であり、それらは州議会で地方分権的に決定されている。一方、興味深いのは「目安制度」と呼ばれる日本の最低賃金決定の中央集権的構造であり、最低賃金をそろえることにより日本の賃金を平準化しようという政策目標である。結果として、県別最低賃金+5%までに分布する女性パート労働者の割合は地方で高く、都市部で低い。全般でみて、その比率が低いことなどから著者は日本の最低賃金制度は実勢にあまり影響を与えていないと結論している。

紹介者コメント

川口

最初には、篠崎論文です。公表データを使った論文で、非常に注意深くデータを使って1980~90年代にかけての賃金格差、年齢階層内の格差と年齢階層間の格差に分解するというテクニックを用いて分析しています。まず最初に、その分析の対象となる賃金格差の全般的な傾向ですが、男性の賃金格差は、80年代に拡大していたものが90年代に入ってほぼ横ばいになっている。一方で女性の賃金格差は、80年代に拡大、90年代初頭に縮小して、90年代の後半に、また拡大していて、おもしろい動きをしています。『賃金構造基本統計調査』の企業規模10人以上を用いた分析によると、80年代の賃金格差の拡大は、人口構造の高齢化による。高齢者の間での賃金格差は高いので、人口構造が高齢化すると賃金格差が拡大するという理屈で説明できます。90年代には、同一年齢階層内の賃金格差の縮小が起こっていて、その結果として、賃金格差は減少あるいは横ばいという状態を示しているといいます。45~50歳のグループでは、賃金の指標として、ボーナスなどを含んだ年間給与総額を使ったところ、男性の間の賃金格差は90年代に入って減少しており、要するに中高年の賃金格差が減少しているという発見をしています。ただ、非正規雇用者をサンプルに含めると、80年代には男性で拡大、90年代には横ばい。おもしろいのは、女性のほうの賃金格差で、非正規雇用者を入れると、さらに大きく拡大しているということが明らかになっていることです。年齢階層間、あるいは階層の中の賃金の動きがどういうふうになっているのかが、非常に包括的に描かれている興味深い論文でした。

感想なのですけれども、教育水準別のグループをつくることが可能だったら、教育水準別の分析も見てみたかったなと思いました。また最近のアメリカの研究成果でも、80年代には賃金格差が拡大し、90年代に入って、ほぼ横ばいになっていることが報告されています。アメリカでは連邦最低賃金が80年代に実質で一貫して下落したのがその原因という分析がなされているのですが、日米の制度が違うことを考えると、日本とアメリカの賃金格差の傾向が同じだったことは、共通する何か根本的な変化というのがあったのかということを思わせて、興味深かったです。

この篠崎論文の分析対象から外れるのですが、カードとディナルドが90年代に入ってコンピュータ化はいっそう進んだにもかかわらず、賃金格差が拡大していないことを指摘して、スキル・バイアスド・テクノロジカル・プログレス仮説注10が当てはまらないのではないかという話をしています。そういうことも考慮に入れて、日本の1980年代、90年代の賃金格差の動きといったものを考えると結構おもしろいのではないかなと思います。

次の論文は、失業とも密接なかかわりがある賃金の下方硬直性の話です。これは金融政策とも深くかかわっている非常に重要なトピックだと思います。インフレターゲットの話が巷ではよくされていますけれども、その一つの理由は物の値段は下がっているけれども、賃金は下がらないから、雇用が奪われるというものです。しかし、賃金がどれだけ下方に硬直的かという研究は意外となかった。この木村=植田論文では、下方硬直性についてマクロデータあるいは産業別のデータを使って調べています。その方法ですが、GNPなどのマクロの変数から予想される下方硬直性がもしもなかったとしたら、その均衡する賃金がゼロを下回ったときに、均衡賃金と現行賃金の間の差が広まる形で出てくるかどうかを使って、賃金が下方硬直的かどうかを識別するというものです。

この時点では、『賃金センサス』が98年までしか手に入らなかったのですが、98年、99年には大幅な賃金下落が起こっていると彼らは主張して、それで『毎月勤労統計』を用いてパートタイマーも含めた1976年から2000年をサンプルの期間として分析を行っています。この分析では、賃金の下方硬直性はなくなっているといいます。それで、年齢別のデータも用いて分析していますが、下方硬直性は、中高年の間では認められるという結論を導いています。

結果が違う理由は、サンプル期間が変わっているから結果が違うのか、これは同僚の大竹先生のご指摘なのですけれども、パートタイマーがサンプルに入っていることが結果を変えているのか。『毎月勤労統計』を使った実証結果で、賃金が下方に伸縮的であるという結論を導いていますが、パートタイマーの賃金が落ちることによっている可能性があると思います。それを考えますと、正規従業員の賃金が下方硬直的なのかどうか、パートタイマーの賃金が硬直的なのかどうか、二つを分けた分析がされると、よりいっそうおもしろいという感想を持ちました。政策的なインプリケーションまで踏み込んで考えてみますと、賃金が下方に伸縮的であるということは、必ずしも労働市場を均衡させるに十分なほど伸縮的であることを意味しないと思うのです。下方に伸縮的だから、労働市場は大丈夫という結論にはいかないのではないかという印象を持ちました。

3番目は安部論文です。タイトルのとおり、各県別に毎年設定されている最低賃金が、パート労働者の賃金に与える影響を分析しています。国際比較で見てみますと、日本の最低賃金は、平均賃金に比べて低いことが知られていて最低賃金が賃金の下限として制約になっていないということになっていますが、では、実際に最低賃金が、パート労働者の賃金に影響を与えるぐらいに制約になっているかを、この論文は主に見ています。結局、ポイントになるのは、賃金分布の下位部分に、最低賃金が実際にどれだけ食い込んでいるかという部分です。結論として得られているのは、かなり地域差が大きいということと思います。できるだけ全国で最低賃金の水準を同じにしようという目安制度で最低賃金が決まっているため、均衡賃金が低いような北海道や九州といった地域では、最低賃金近辺、具体的には最低賃金+5%といった範囲の時給で働いている人が非常に多いといったように、地域別にかなり異なった結論を導いています。全般的に見てみると、やはり今まで国際比較で述べられてきたように、日本の最低賃金は、平均的な賃金から比べると低いという話で、あまり制約となっていないという結論になっています。

これは非常に重要な論文だなと思います。アメリカの最低賃金は、80年代にインフレが進んだから、実質的に下落したという話があるのですが、木村=植田論文の中でも示唆されていたように、パート労働者の賃金が下方伸縮的である可能性があるとすると、デフレーションが進むと、名目で提示されている最低賃金が一気に制約になってくる可能性があると思います。

安部先生もサーベイの中でご指摘になっているように、最低賃金が制約になるかどうかというところも非常に大事ですが、アメリカの研究を見てみると、最低賃金が上がったときに、最低賃金に引っかからないような労働者の賃金まで上がるという波及効果が発見されていて、そういったことも考えてみると、意外と最低賃金の影響を受けている層は多いのではないかとの感想を持ちます。それで、これは安部論文の中では踏み込まれていない部分ですが、最低賃金があることによって、どれだけ雇用が奪われているのかは非常に重要なトピックだと思います。これも安部さんが指摘されていることですが、日本の最低賃金は、全国大体同じパーセンテージで変わるため、アメリカの研究で用いられているように、州ごとに最低賃金の変化の幅が違うことを用いて、雇用がどれだけ喪失されたかを調べる方法が使えないという難しさがあるわけです。

たしかにそれはそうなのですが、では、雇用がどれだけ奪われているかを調べることは不可能なのか。論文をいろいろ見てみたのですが、イギリスでも、やはり最低賃金がどれだけ雇用を奪っているかという研究はあって、イギリスも基本的に全国統一で、同時に最低賃金が上がる制度をとっている。それでも彼らは最低賃金が制約にならないときの賃金の分布と、最低賃金が制約になっているときの分布とを計算して、その、二つを比較することによって、どれだけの雇用が奪われてしまったのかを計算しています。たしかにイギリスの研究を見てみると、どういう分布の仮定を置くかによって、非常に結果が変わるということは指摘されていて、問題がないわけではないのですけれども、ことの重要性にかんがみるに、どれだけ雇用が奪われているかという研究は、やはりなるべく早い時期にされるべきなのではないかと思います。

例えば宮崎を見てみると、95年時点で、最低賃金から5%の範囲で働いているパート労働者の比率が43%に上っているわけで、それを考えると、結構雇用が喪失されてしまう可能性が大きいのではないかと思います。実質的な最低賃金は、先ほど申しましたとおり、デフレーションで上がっていますから、それを考えると、雇用が奪われている可能性、ことに地方で奪われている可能性が非常に高いとの印象を持っています。

討論

パート賃金の下方伸縮性

安部

木村=植田論文とも関係するのですが、パート賃金が本当に下方伸縮的かという点について、何か根拠があるのですか。

川口

それは木村=植田論文以外、特にないのですけれども。

安部

私は、むしろ違う印象を持っています。例えば今の時点で考えると、男性の正社員、女性の正社員、女性のパート、この三つのグループで賃金を比べると、多分、男性の正社員が一番伸びが低いと思います。一番伸びているのが、女性のフルタイム。最近のデータでは、男性の正社員は平均的には名目でも落ちているくらいだと思います。

では、パートの時給が本当に落ちているかというと、平均で見たら、多分、一定くらいなのではという印象です。この三つのグループで比べると、パートは、平均をとれば、時給は伸びている。少なくとも男性の正社員のほうが落ちているという印象ですね。東京などでは、パート賃金は最低賃金が有効な制約ではないところまで上がっています。だから、パートだから下方伸縮的かと言うと、そうなのかなと。

川口

中高年の正社員の賃金が一番落ちているのは確かだと思います。今まで、マーケットでついている賃金よりも高い賃金をもらっていた層から落ちているというのはあると思います。ただ、パートの賃金決定を考えたときに、長期契約的な側面はないですよね。毎回毎回、市場が均衡するように賃金が決まっているというふうに考えると、北海道や九州が不景気の打撃を強く受けているとすると、均衡の賃金が落ちている可能性がある。データ的なサポートがないのですが、落ちている可能性はあるのではないか。仮にそれが平均で落ちてなくても、雇用が奪われて、下の部分が切られている可能性もあるのではないか。

安部

最低賃金に最も影響を受けるのは沖縄だと思います。ですから、雇用喪失ということでいいますと、やはりどこよりも沖縄ではないかという印象ですね。

また政策も、県ごとで変わらなかったと言うんですが、80年代ごろは変わった時期もあったのです。というのは最低賃金を全国一律に近くしようというふうに誘導していた時期があったわけです。東京を基準として、例えば北海道の最低賃金は83%だったのが、90%まで上がったのですね。その後は、その水準でとまっていた。ですから、上がり方が違っていた時期はあったわけです。ただ、昔のことを分析する価値がどれほどあるのかと思ったのと、昔はパート労働がそれほど一般的でなかったということもあって、分析しませんでした。

たしかに、雇用喪失の分析は、やるといいとは思うのですが、やはり個票データがないとなかなかわからない話でして、個票データにアクセスできる方がやられることは重要だと思います。

パート資金の最低賃金制約性

太田

そもそも最低賃金は、県ごとに委員会があって、ある種の労使のバーゲニングによって決まっているような印象を受けるのですね。その際に、おそらく賃金分布とかの資料を見ながら、あまりに高くすると、どこまで引っかかるかを検討しながら慎重に決めているとすると、そもそも過度に制約にならないように決めているという考え方はできないですか。

安部

県ごとに委員会がありますが、結果だけを見ますと、中央が出してくる目安とほとんど変わらないのです。1円違うかどうかというレベルです。1円をめぐって、一所懸命やるのだと聞いたことがあります。ただ実際問題、目安どおりに動いている。いろいろな資料をもとに議論しているようなのですが、その実態は必ずしもあまり明らかでない。パート労働で見ますと、最低賃金審議会に出てくる資料では、最低賃金付近に多数の労働者がいるという内容のものが、出ることがあるそうです。『パート実態調査』は5人以上のパート事業所が対象ですが、それ以外のありとあらゆる雇われ方で働く人で見ると、有効になっているのかなということはあるのですね。ただ、真相は藪の中というようなところはあります。

最近は、情報公開制度があるので、関連する集計データも見ることができるようになりましたが、集計の方法なども含め、課題が多いという印象を持っています。私が書いていることも、5人以上のパートに関しては有効な制約ではないと言っているだけで、ほかのいろいろなところでは制約になっているかもしれないという可能性は拭い去れない。ただ、パートで有効な制約でないというのは、私の知る限り事実だと思いますので、パートで有効な制約であるというのは、一般的には間違いだということは言えると思うのですが。

太田

先ほどの川口さんの波及効果というのは、どこから出てくるのですか。

安部

現実問題としては、ファストフードレストランでも、勤続に応じて、時給で10円ぐらいの格差はある。だとすると、最低賃金によって下が上がりますから、そのときに、下が上がってきたので10円の格差を保とうとしたら、こっちも上がるという説明もあります。日本では、パートの賃金と最低賃金の上昇率が、大体同じです。最低賃金付近の賃金労働者は必ずしも多くないのですが、最低賃金とパートの平均的賃金の格差は、ほとんど一定です。最低賃金の上昇率と全く同じぐらい、大体、賃金を上げているということかもしれません。

太田

なるほど、何らかの影響はあるかもしれないが、それで底を形成しているとはまだ言えないという感じなのですね。

安部

ええ。底は全然形成していないし、パート労働が多いのは都会です。そういうところのパート労働者の賃金を上げることに、最低賃金は何ら寄与していないと私は思います。つまり東京の最低賃金は今、708円です。典型的なパートの就業機会だと、時給800いくらですから、この人たちの労働条件を上げようというときに、最低賃金では絶対に無理です。もっとも、これはアメリカでも同じことで、最低賃金でまともに賃金を上げられるのは、全体の労働者から見れば数%でしょうか。

冨田

安部さんが使っている企業調査アンケートに、パートの人の時給は何を参考にして決めますかという質問の選択肢に最賃はありますか。

安部

最賃もあります。

冨田

東京など、最賃がパート賃金に与える効果が小さい地域は、パートの有効求人倍率でほとんど説明できることになりますね。最賃が影響しているのか、労働市場の受給が影響しているのかはわかりそうな気がしますが。

安部

パートの有効求人倍率というのは結構値が変わります。パートの賃金がそれに反応しているかどうかはよくわかりませんが、パートはやはりマーケットが賃金を決めている市場だという印象ではあります。

下方硬直性モデルの評価

太田

木村=植田論文について質問させてください。私はまだ、モデルがよく理解できてないのですが、目標にする賃金変化率が、ある賃金変化率Mという水準以下になれば、Mと目標にする賃金変化率の間のある点が実現されるということですよね。そうすると、全体に賃金変化率が低いケースでは、目標とすべき賃金変化率が少し上昇したとしても、実現される賃金上昇率はあまり高まらないのではないか。今、検証したいのが賃金が下がりにくいという仮説であれば、もっと簡単に検証できないかな。

川口

ポイントになってくるかなと思うのは、w*という水準の計算の仕方で、均衡賃金をここで仮想的に計算しているわけです。まともなときに想定されているような市場をクリアする賃金水準を説明する式で、ひどい経済状態のときの均衡賃金というのを計算していいのかなという疑問もある。だから、不況が来て、w*にも影響を及ぼすし、下方硬直性にも影響を及ぼすとすると、かなり識別が難しいかなという印象は持ちました。

太田

そのとおりですね。何か簡単にできないのかなと。要するに景気のよいときと悪いときで、係数が変わってくるとかですね。けれども、得られている結果はイメージに合うように思います。ただ、解釈としては、98年以降が消えたということですが、これはあまりに状況がひどくなったので、消えたということでしょうか。モデル内で説明できるのですか。

川口

モデル内で説明できるかどうかはわからないのですけれども、論文中に、φというのが縦軸についているグラフが掲載されています。これが高ければ高いほど、伸縮的だという話です。同じデータを使っても、98年までのところは低く伸縮性があるけれども、98年以降は高くなっているので伸縮的になったという結論を、この論文では下している。97年の推定でも、パート労働者も入っていますから、同じサンプルでやっても、こういう結果が出ているというふうにも解釈できますね。

太田

けれども、φだけで硬直性の議論ができるのかどうか。

川口

このモデルで説明できないぐらいに仮想均衡賃金が思い切り下がっていると、やはりφが小さいまま出てくると思うんです。

太田

それはありそうですね。

川口

現行の賃金が下がっているのだけれども、仮想均衡賃金が、それ以上の割合でぐっと下がっているとするならば、やはり硬直性はあるという話になるわけです。

太田

なるほど。

川口

やはり今の経済状況で、労働市場を均衡させるような賃金水準がどこかを知るというのは、結構難しいなと思いますね。

ちょっと補足ですが、篠崎さんは、84~89年の変化、89~94年の変化に関して、どの年齢層で変化が起こったのかを分析しています。例えば男性の89~94年の変化を見てみると、45~49歳層は、格差が縮小している。その上の層も縮小している。こういう分解をしている。それで、89~94年に関しては、同じ年齢層の中でも賃金格差が狭まったとしています。94~99年の部分はないかなと思って、篠崎さんにメールを書いたところ、わざわざつくってくださいました。それを見ると、94~99年に関しては、同じ層でまた格差が拡大している。ボーナスが減った人と減らなかった人といった格差が、意外と出ているのかなという気がしたのですね。

冨田

格差縮小、拡大、縮小、拡大と来ている。だから、どの5年をとるかによって、全然イメージが違ってくるのではないかな。94年までのデータを見るイメージと、5年付け加えたのでは全然違う。

川口

そうですね。女性の若年層、20~24歳も、94~99年に関しては、同じ層でまた格差が拡大している。

安部

女性の格差が拡大しているのは不思議ですね。

太田

冨田先生のおっしゃる時点のとり方というお話でいけば、やはり景気ですかね。

通説では、賃金格差は、景気のいいときに縮小して、悪いときに拡大する。

冨田

そういう感じになっていますか。

太田

ただ、ロジックをちゃんと出せと言われると困るのですけれども。

冨田

企業間格差が縮小したり、拡大したりしているのが反映しているのではないか。

安部

それは反映するのではないでしょうか。

冨田

景気がいいときに、中小企業の賃金が相対的に上がって、格差が縮小するということを、今考えているのですか。

太田

イメージ的にはそうですね。それと、需給がかなり逼迫すると、それこそ、あまり目ぼしい人ではなくても奪い合いになって、全体的に格差が縮小すると。規模間もそうだし、学歴間はちょっとわかりませんが、採用基準の動きなどが反映されているのかもしれないですね。

冨田

では、太田さんが言うように、篠崎さんの論文が、景気との関連がわかるような分析になれば、もっとおもしろくなるということでしょうか。

太田

そうだと思います。ただ、実際にできるかどうかは、よくわからないのですが。

安部

今、短大卒や高卒の女性は非常に就職が難しいし、それで賃金が下がっている。それと大卒の女性との格差が広がっているという可能性もある。昔だったら、高卒でこの年齢に達すると、ある程度の賃金になったのが、今はそういう人たちがごっそりと抜けているという可能性もあるかもしれません。

文中注

(下記注を作成するにあたり、原稿段階での尾高先生の「提言」を参考にさせていただきました。)

  • 注10 技能偏向的技術進歩仮説。80年代に米国で起こった賃金格差の拡大を説明する仮説のひとつ。コンピューターの進歩などに代表される技術進歩が高技能労働者の生産性を低技能労働者の生産性より相対的に引き上げたとする。
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