2003年 学界展望
労働経済学の現在─2000~02年の業績を通じて(5ページ目)


5 高齢者

論文紹介(安部)

清家篤「年齢差別禁止の経済分析」

定年を境に、高齢者の就業機会が限られたものになっていること、特に生産性の高い高齢者が定年によって労働市場から退出していること、求人についての年齢制限があることが、高齢者の求人を少なくしていること、等をいくつかの事実をもとに示したうえで、年齢差別禁止の必要性と、そのための条件について議論している。定年が現在、果たしている機能について、(1)年功賃金、(2)年功的昇進制度、(3)解雇権制限のもとでの雇用調整手段などを挙げている。また、アメリカでは、年齢差別禁止法のもとで、主として公的年金や企業年金により、実際にはある年齢に退職が集中する傾向があることを紹介している。高齢化社会においては、高齢者が定年によって能力を発揮できない状況をなくす必要性から、定年が現在果たしている「機能」をなくすような、雇用制度の変更が必要であろうと議論している。

三谷直紀「高齢者雇用政策と労働需要」

定年延長により、50歳代後半の就業機会は増えたが、60歳代前半の就業機会はそれほど増加していない。また、60歳代前半男性の就業率はバブル期にやや上昇したものの、その後は低下しており、これにはバブル崩壊後の労働需要の減退が大きく作用していると説明されている。

高齢労働者の賃金関数(時間当たり仕事収入を被説明変数とする)を推計することにより、在職老齢年金の受給者の時間当たり賃金がそれ以外の場合に比べて低くなっていることを示している。これについては、内生性の問題がある可能性がある。つまり、在職老齢年金を受け取る個人に、観察されない属性において、それ以外の労働者よりも賃金が低くなる要因があれば、在職老齢年金受給者の賃金が低いことは、制度の影響であるといえない可能性もある。また、在職老齢年金の1994年の改正は、高齢者の雇用就業を促進したとされている。しかし、この推計では、在職老齢年金制度の影響を受けるか否かを必ずしも完全に特定していないため、これを制度の影響といえるかどうか、若干疑問である。

大橋勇雄「定年後の賃金と雇用」

在職老齢年金が、高齢者の労働時間や賃金にどのような影響を与えているか、バーゲニングモデルを用いて分析している。在職老齢年金は、労働時間が長くなる(月収が上昇する)にしたがって年金給付が減らされるという構造を持っているため、限界的な労働供給によってもたらされる限界収入が、賃金率よりも低くなることにより、高齢労働者の労働時間は社会的に望ましい水準を下回っていることを示している。そしてこのことが、個別労働者の労働時間を短くし、「ワークシェアリング」を促し、高齢労働者の労働参加率を高めていると議論する。ただし、このバーゲニングモデルでは、労働参加についての分析はほとんどないようである。その点から考えると、在職老齢年金制度が労働参加率を高めているかどうかは、必ずしも明らかでない。

紹介者コメント

安部

次は、高齢者について、論文を3点挙げさせていただきます。

清家論文は、まず定年を境に働かなくなる傾向を、統計的に示しています。定年によって、労働市場を退出する。しかしながら、退出している人たちは、結構生産性が高そうであるが、採用の年齢制限が、高齢者の求人を少なくしていると議論しています。それで、次に年齢差別禁止というような方向に持っていくための条件を示しています。年功賃金である限りは、定年制が雇用調整として働いているので、年功度を何とかしないといけない。これは昇進制度にも言えて、上の人が辞めないと、下の人が昇進できないので、これも改めないと、年齢差別禁止ということにはならない。解雇権の制限も雇用調整を難しくしているが、定年制によって、容易に雇用調整ができる。年齢差別禁止を言うならば、これもなくしていく必要がある。アメリカでは今、建前上年齢差別を禁止していますが、実際問題としては、ある年齢で企業年金を受け取ると非常に有利になる制度設計がしてあり、それで、年齢差別禁止とはいっても、ある年齢で退職するケースが多い。ただ、最近はまた違ってきているのかもしれません。

次が、三谷論文です。これは多様な内容を含んでいます。まず、高齢者に関する施策を時系列で細かくサーベイしています。これは有用だと思います。定年延長があって、50代後半の男性の就業率は、非常に上がっていますが、60歳を超えると、それほどでもない。でも男性の60~64歳層は、変わった動きをしているとされています。それは何かといいますと、バブルのころからバブル後にかけて、就業率が上がっていることです。この時期は、例えばアメリカでは高齢者が働かなくなる傾向にあったのに、日本では、男性が働くようになったということで、これは非常に顕著な状況でした。しかし、バブル崩壊の後、ちょっと時間が経ってくると、やはりこれも下がってきている。ですから、公的年金などが充実してきて、高齢の男性が働かなくなってきていたのですけれども、それが一時期上がって、しかし、その後、景気の後退が主な要因と思われるのですが、下がってきている。それで、ここでは、先ほど太田さんの担当のところで、建設業の影響というお話がありましたが、三谷論文では、60歳代前半の雇用機会の拡大には建設業の寄与が大きいと指摘されています。また、これは大橋論文でも言及されていて、多少議論がある点なのですが、公的年金の在職老齢年金の制度改正が平成6年にありまして、平成7年より施行になったのですが、それを機会に在職老齢年金制度は、一変したような様相があります。例えば、統計を見ますと、平成6年には、受給権者数は46万人程度ですが、平成10年には93万人になっている。制度変更の影響は非常に大きい。

三谷先生の議論は以下のようなものです。一定の収入を確保したい高齢者は、年金がもらえるものですから、仕事からの収入が少なくていい。少なくてもいいから、賃金が下がり、企業が雇用してくれる。しかし考えてみると、年金がもらえる人は低い賃金でも働くということなので、留保賃金が下がるということですが、理論的にはどうでしょう。普通、お金を持っていれば、留保賃金は上がるのではないかという気がします。在職老齢年金が就業促進的か、就業抑制的かは議論のあるところですが、在職老齢年金をもらっていると、賃金が低いということを、回帰分析などで示されています。賃金があまり高くない就業機会なので在職老齢年金を受け取れるという面もあります。あまりに収入が多ければ、そもそも在職老齢年金は受け取れないので、内生性の問題が出てきます。回帰分析の被説明変数が、仕事当たりの仕事収入ですが、在職老齢年金のダミーの係数が負になるので、在職老齢年金をもらっていれば、低賃金で雇え、それで就業促進的であるということですが、これは理論的な解釈としてどうなのかなという疑問を持っています。

大橋論文は、バーゲニングモデル注6を使って、在職老齢年金があるときどういう均衡になるかということを理論的に分析しています。結論から言うと、年金がない場合が、何も規制がないという意味で効率的だとしますと、年金があると、それに比べて労働時間が短くなる。また、短時間で就業する人が増えるので、それによって、ほかで労働需要が生まれるのではないかというようなことを言っておられます。しかし、これもちょっと疑問がないでもありません。たしかに高齢者1人当たりの労働時間は短くなるのですが、在職老齢年金そのものは、ちょっとでも働けば、年金をカットするという仕組みが今埋め込まれているので、本当に就業促進的と言えるのかどうかという意味で、多少、私は疑問を持っています。

全体的には、高齢者の問題は、長期的には、やはり就業促進にならないといけないと思います。まず、労働力が減少するということがあります。ですから、短期的なことはともかくとして、長期的には高齢者も働いてもらわないとならない。また、長寿化がありますので、もうちょっと長く働かないと、生涯の消費を賄えない。さらに、高齢者の健康状態がよくなっているので、効率性の面からも、長く働くことが合理的になる。清家さんのおっしゃる年齢差別禁止は、長期的には正しい方向なのだろうとは思いますが、若年の問題もありますので、長期目標と短期目標は違うかもしれません。

討論

継続雇用制度は不十分か

太田

今、多くの企業が継続雇用制度を持っていますね。今の状況は、高齢者の就業を促進させたいのだけれども、このまま放置していても、促進できそうにないので、無理やり促進させようとしているような印象を受けるのですが、促進させたい理由というのは、長期的には労働力が不足するので何とか働いてもらいたいということと、長寿化を、自分でファイナンスすべき、ということですね。

安部

あともう一つ、これはもう少しリアルな問題として、公的年金の受給年齢の上昇があります。

太田

そうですね。公的年金の問題もありますね。いずれにせよ、今の状況を放置しておいたのではだめだということですよね。私の疑問は、それほど政策的に介入しなければならないのかということです。企業はすでに定年後の継続雇用をやっています。ということは、おそらく残ってほしい人には残ってもらえる制度を事実上備えているわけです。備えているにもかかわらず、うまくいってない理由の一つは、やはり不況だとしか言いようがないのではないか。その状況の中で、制度的に延ばそうとしても無理がある。

それから、先ほど労働力不足が来るという話がありましたが、本当に来るのでしょうか。たしかに労働力は減少するでしょうが、生産性の上昇でカバーできるかもしれないし、そのころには、もっと需要が減退して、結局は失業率も大して変わらないということもありうるわけです。そういうような中で無理に推し進めていったらいいのかどうかは、私自身、なかなか見極めがつかないというのが正直なところです。

冨田

そうですね。60歳定年で、企業が必要とする人だけに60歳以降の継続雇用の機会を与えるというしくみであれば、うまくいっていると思います。企業が必要としない人にまで継統雇用しなければならないかどうかが、太田さんが疑問に思っているところでしょう。この大橋さんのモデルで、60歳定年を迎えた人たちは、単純労働の人に比べれば生産性が高い。それで、企業と個々の労働者が交渉して雇用条件が決まるというケースですね。継続雇用制度でいえば、希望者は全員雇用を継続できるけれども、労働条件に関しては個々に決まるということですね。

安部

そうです。だから、賃金が低いこともありうる。

冨田

そうすると、企業が必要とする人だけではなくて、希望者全員が継続雇用できるような制度がありうるということですか。

安部

希望者全員といっても、モデルでは条件が非常に低い人もいる可能性はあるわけです。だから、希望者というとき、ある程度の賃金でということになりますと、希望者全員ではないことになると思うのです。要するに交換の利益がある範囲においてやりましょうという話です。4分の3の労働時間だと公的年金に入らなくてもよく、かつ年金を全額取れるという制度がありますので、労働供給をゆがめるという話ですね。交換の利益がある範囲において自由にやれば、うまくいきますという話ですから、そういう意味でいけば、太田さんがおっしゃったように解釈していいのだと思います。

太田

交換の利益が生み出されにくいような要因、例えば年功賃金がそれに相当するならば、その点を変えることで効率性が上がるかもしれませんね。賃金プロファイルを急傾斜に設定しすぎて、定年後に急激に賃金が落ちた際に労働意欲が大きく落ち込んだりするような非効率的な部分が制度の中に入っている可能性はあると。

安部

いや、大橋先生は、そうではないと言っています。

太田

大橋先生は違いますね。定年前の段階を切り離して議論しています。ただ、高齢者の継続雇用が進んでいる企業は、あまり年功的ではないところが多いのではないでしょうか。

冨田

人事考課に問題がなく、能力・成果主義が機能している企業ほど60歳代前半の継続雇用制度が実施されているというような実証分析が、いくつかありますね。

政策の全体的効果

太田

例えば、継続雇用の導入状況の分析をした「65歳現役社会推進モデル事業実態調査結果報告書」(高年齢者雇用開発協会)ではそのような結論が得られていますね。そういうことで、何らかの要因で定年後の処遇が一律になってしまうような人事管理制度の未熟さみたいなものがあるのであれば、それは直していくのが効率的でしょう。ただ、これらも企業自身が対処すべきことですから、行政としては、それをバックアップするぐらいのものかなという気がするのです。

それから、先ほど安部先生がおっしゃったように、本来ならば、全体の効果を見る必要がある。要するに高齢者雇用継続給付金であっても、それが高齢者の仕事をどの程度喚起して、その反面、若年者の雇用にどういう影響を与えているかということをトータルで判断するべきなのだけれども、まだ、そのトータルの判断ができてないというのが現状ですね。そのような方向での分析も求められているのかもしれません。

川口

そうですね。ターゲットになっている層と、ターゲットからちょっと外れた層だと、全然、効果の出方が違うという話をしていますが、やはり全体を考えなきゃいけないという話とも関係があると思うのですが、ターゲットより少し上の層は、雇用状態がよくなっていないということをおっしゃっていますよね。

年金制度との関係

太田

清家論文で、人的資本レベルの高い人ほど引退しがちな年金制度設計になっているということがあります。やはり、年金制度の改革も必要になってくるのではないかという気がします。現状のような年金制度を維持して、じわりじわりと給付開始年齢を後ろに持っていって、だから、継続雇用が必要なのだという発想で、本当にこのままやっていけるのかなという気がしますね。

川口

技能が高い人ほどやめるような年金システムになっているのは、やはり在職老齢年金が低賃金の人たちだけが対象になっているという問題も当然あるわけですね。そう考えると、一括で支払われるような年金の額を減らして、賃金補助の性格がある在職老齢年金の部分を増やすというのを、もっと高賃金層にも当てはめていくという改革をすれば、公的年金の方面からの労働者の継続的な就業を促進するようなことにつながっていくのではないですか。

安部

もうちょっと年金を高所得者にも支給したほうがいいという話ですか。

川口

一時金で払う部分は減らして、そのかわり、働いたら支給するという形での、賃金補助のような形で年金をプラスする。結局、在職老齢年金も、一時金でもらえる部分は減るけれども、働けば、その分補填するような形で、年金をもらえると。

安部

まず2割カットです。それからあとは当分そのままです。2割カットの後は、今度はマージナルに所得が1万円増えたら5000円年金カットの段階があって、それでさらに収入が上がると、全額カットになる。

川口

現在は月収34万のところでディストーション(歪み)が起こっている。この部分をなくすような改革をすれば、今のような高技能の人ほど退職することが望ましいというインセンティブはなくなる。

安部

そうですが、年金を支給しなければならないわけです。年金財政の点からは、難しい。

川口

一時金で払ってしまう部分を減らすという調整はできないのですか。

安部

年金は全額払うけれども、税金で取り上げるのが多少現実的です。つまり、賃金が高いと年金がなくなるというので、ディスインセンティブになる。それで、逆に全額払ってしまって税金で取り戻す。要するに年金も高いし、賃金も高い人ですから、課税所得が高いわけで、税金で納めてもらう。そういう主張もあります。アメリカでは年金のEarnings Testは、ある年齢層からはなくなりました。昔は在職老齢年金に近い形で、ある一定のところまでは年金を支給するのですけれども、それ以上はカットしていましたが、それをやめました。ただ財政的な配慮から、全く取らないというわけにはいかない。

川口

税金を取るときにも、ディストーションがあるわけですよね。

安部

もちろんそうなのですが、税金のディストーション対策は包括的にやるということ、つまり公的年金は、今、ほとんど課税されていませんから非課税の縮小です。

冨田

年金の専門家でない労働経済の専門家がしゃべっても、先に進まないね。

安部

年金支給開始年齢との関係から65歳定年実現という強いイニシアティブは、もう何年も前からあります。ただ、太田さんのご議論のようなこともありますので、65歳定年には程遠いかもしれません。

在職老齢年金も、2002年4月から変わり、65~69歳も適用となりました。長寿になるということや、高齢者がより健康になるということで、効率性の面からも、もうちょっと長く働くべきだというのは、長期的にはいいと思うんです。

太田

働くことはいいと思います。ただ、社会と接点を持ちたいとか、健康のために働いている人もかなりいるのではないか。高齢者の失業が大変だとか、生活が大変だといいますが、やはり高齢者の場合には、少しほかの世代とは違った部分もあるので、別の手だてで対応する部分も必要になるのかなという気がしますね。

労働組合の効果

安部

組合は、長期雇用とか、60歳以上の雇用の導入には、効果があるのでしょうか。

太田

組合のほうから要望を出すということはありますよね。

冨田

ありますね。多分、組合がある企業のほうが賃金が高いでしょうから、そこの組合員は年金もたくさんもらえます。だから、組合が頑張っているわりには、組合員が継続雇用を希望しないところが多いかなという気がしますね。

川口

組合が提案するときというのは、その分賃金が落ちてもいいから、という形になるわけですよね。

冨田

組合が「希望者全員を認めてください」という形で要望する場合だったら、賃金はダウンしてもということになるでしょうね。

太田

そうでしょうね。

冨田

しかし、組合員は60歳以降の継続雇用にそれほど強い意欲を持っていなかったんじゃないかな。年金の支給開始年齢が1,2歳上がるくらいでは、組合員の意識も変わらない。ただ、支給開始年齢が63,64歳と上がっていくと、組合員の意識がかなり違ってくるのではないでしょうかね。

安部

数年前ですと、春闘で、賃金上昇が全然見込めなかったわけですから、賃金以外の目標として企業年金とか、継続雇用とかと言われた時代もありましたが、それももう最近では言わなくなったような気もしますね。

冨田

以前、55歳役職定年で、60歳定年後は会社で必要とした人だけが残れる制度の会社で働いている人と話したことがあります。55歳で役職を離れて一営業マンに戻ったとき、この5年間の働きぶりが大切だということで仕事に身が入ると言っていました。また、60歳定年後、継続雇用を認められる人は半分くらいだという会社では、定年が近づくと従業員は健康にも留意して元気で働けることをアピールするそうです。希望者全員でないほうが、モラールは高いようですよ。現在の企業の継続雇用制度も、それほど悪くないのではないかなという気がします。

文中注

(下記注を作成するにあたり、原稿段階での尾高先生の「提言」を参考にさせていただきました。)

  • 注6 少数の経済主体が、経済的利益の配分をめぐって交渉をすることをバーゲニングと呼び、その決定プロセスをモデル化したもの。