2003年 学界展望
労働経済学の現在─2000~02年の業績を通じて(6ページ目)


6 女性の就業選択

論文紹介(安部)

Masaru Sasaki, "The Casual Effect of Family Structure on Labor Force Participation among Japanese Married Women"

消費生活に関するパネル調査の1993年のデータを用いて、女性の就業が同居によって促進されているのかどうかを検討している。その際、同居決定が内生変数であることを考慮して、住居形態、長男・長女であるかどうか、兄弟姉妹の数、などを操作変数として用いたロジット推計を行っている。その結果、内生性のコントロールは推計値にはほとんど影響を与えず、同居は女性の労働参加を高めるという結果が示されている。この論文では、被説明変数に既婚女性の労働力参加を用いているが、例えばパート就業とフルタイム就業では、同居が与える影響は違ってくるかもしれない。同居が既婚女性の家庭内生産を代替しているとすると、それはフルタイム就業を促すが、パート就業はむしろ同居していない家計でより促される可能性はないか。また、学歴の影響が夫婦独立に推計に入れられているが、夫婦の学歴分布は一定のパターンを持っていることや、学歴が雇用形態に影響を与えていること、夫の所得の影響は学歴別で異なる可能性があることなどが、どの程度推計値に影響を与えているのか、やや疑問である。

Yoshio Higuchi, "Women's Employment in Japan and the Timing of Marriage and Childbirth"

消費生活に関するパネル調査のデータを用いて、女性の就業・結婚・出産について分析した論文である。失業率が高いときに入職を迎えた女性は、魅力ある仕事が見つからないため、早く結婚する傾向がある一方、入職後の失業率が高いと、結婚を遅らせる傾向が強い、ということが示されている。これらは、どちらもコーホート効果である。一方、論文中に図示されている結婚や出産の年齢別推移のもっとも一般的な傾向は、遅いコーホートの結婚が遅くなっているということのように見受けられる。また、このような隣接したコーホートの場合(この論文で使われているデータでは、生年の差は10歳である)、「入職時失業率」はともかく、「入職後女性失業率」はオーバーラップが多いはずである。そのような場合に、論文中でなされているシミュレーションがどのような意味を持つのか、やや疑問である。育児休業制度の影響についても分析されており、同制度が継続就業に有意な影響を持つことが示されている。これについて、女性労働者の定着を促したい企業は育児休業を導入する可能性が高いことが指摘されているが、長期就業を志向する女性がそういう制度のある企業を選択する可能性も大きいのではないかと思われる。

阿部正浩「女性の労働供給と世代効果」

44歳以下のサンプルで、女性の労働供給の実情を分析している。世代別の既婚率・雇用就業率等の集計をしている。大卒では若い世代ほど、ダグラス=有沢法則が弱くなっていること、結婚・出産・育児による中断が若い世代ほど多くなっていることが示されている。若い年齢層での女性の就業行動について、世代を明示的に議論したことは、意義深い。一つの問題点は、雇用者を一つとして扱っており、正社員・パートの区別をしていない点である。若い世代でも学校卒業後に非正規就業をするケースも増えているとされており、この点はもう少し詳細な分析が有用と思われる。また、細かい点として、回帰分析についても、いくつかの部分については、隣接したコーホート間の比較が行われている。たしかに、法律の施行等の影響の検証には、隣接したコーホートの分析も意義があるであろうが、そのー方で、隣接したコーホートの経験は類似しており、したがって必ずしも大きな世代効果にはならない可能性があることにも注意が必要と思われる。

紹介者コメント

安部

女性労働に移ります。女性の労働供給に関する三つの論文を取り上げました。

佐々木論文ですが、これは自分の親ないし夫の親との同居が、女性の労働参加にどういう影響があるかを分析したものです。同居すると家事労働を親がやってくれるので、妻のほうが就業できるのか。あるいは逆の可能性として、親と同居するような人たちであれば、女性は働かないという考え方が強いので、同居すると、かえって働かないのか。分析にあたっては同居と就業とが一緒に決定される内生性のコントロールが課題になります。要するに、同居しているから、ある日突然、やはりこれなら働こうと思い始めるよりは、むしろ働こうか、働くまいか、同居しようかしまいか、そんなことをいろいろ考えたあげくに、では、同居しながら働くことにしましょうとなっていきますと、同居していることが就業率を上げているのではなくて、結局、同居も就業も一緒に決まっているのではないか。その操作変数として使われたのが、兄弟の数や住居形態などです。多分、これは長女、あるいは長男だと同居しやすいとか、一人っ子だと同居しやすいとか、あるいは持ち家かどうか、一戸建てかマンションか、あるいは家の広さが同居には影響を与えるけれども、女性の就業には影響を与えないのだという前提で、この推計を行っています。得られた結論としては、同居の内生性というのが、ポテンシャルには重要なわけなのですけれども、このようなやり方でコントロールしたとしても、あまり影響はなかったという結論になっています。

次が樋口論文です。消費生活に関するパネル調査を使って、結婚するかどうか、子供を生むかどうかというようなことが、コーホート別にどういう状況になっているかを、まず単純集計しています。年齢を固定して、違うコーホートの動きを見ると、後に生まれた世代のほうが、未婚でいる割合が高く、子供がいない割合が高い。そういうことが母親に当たる世代の人たちのコーホート別に確認できる。その後いつ結婚するかとか、あるいは子供を生むかとか、あるいは仕事を続けるかどうかを、サバイバル・アナリシスで分析しています。その中で、樋口先生が何度も言及されているのが失業率に関してです。失業率が高いときに入職した女性が、早く結婚する傾向があるかどうか。これは何かといいますと失業率が高いときに入職すると雇用機会がよくないので、早く結婚する。入職後に失業率が高くなると、将来に対する不安や、ここで仕事をやめたら、なかなかいい職につけないと予想する。入職時は失業率が高いと結婚したり、仕事をやめたりするが、入職後に労働市場の状況が悪くなるということは、むしろ仕事のほうに向かせることが示されています。ただ、ちょっと疑問に思うのは、コーホート別に見てせいぜい大体10年ぐらいしか違わないなかで失業率の推移だとかを見ているわけで、かなりオーバーラップがあるだろうと考えられます。

また、コーホート効果がかなり出るけれども、これを入職時失業率とその後の失業率というようなことで代表させているが、本当にそれだけなのか疑問です。多分、この半分あたりのところが均等法世代、つまり学卒時にちょうど均等法施行になったような世代だと思いますので、それはどういう影響を与えているのでしょうか。

さらに、継続就業に関してですが、育児休業制度があると長期勤続になると述べられていますが、長く働こうと思っている人は、そういう企業や職業に就職する。例えば公務員とかですね。女子学生に「何で公務員になりたいの?」と聞くと、大体「続けられるから」という答えが返ってくる、育児休業制度を外生的に入れて、それがどういう効果を持っているかというのは、ちょっと難しいのではないかなと思いました。

ただし、樋口先生ご自身も女性の定着を促したい企業は育休を入れるのではないかということは、論文中に言及されています。

次に阿部論文ですが、これは44歳以下の女性について、就業状況を分析しております。世代効果を正面に出したということで、非常に価値があると思います。一つ問題に感じたのは、正社員とパートを分けていないことです。この論文が収められている本自体は、大卒を中心に考えているので、学歴に関してはちゃんと区別しているのですが、私は女性の就業ということでは、正社員かパートかの区別が非常に重要ではないかと思っています。

大卒のパートは非常に少ないが、高卒だと多い。高卒は正社員もいるが、パートも多い。正社員として働くということで考えますと、大卒であることの効果は、そう小さくないのではないかと思います。そういう意味で、パートも、正社員も、その他の雇用就業形態の者も足してしまっており、実態がつかめていないかもしれないという印象を持ちました。

討論

同居の就業に及ぼす効果

川口

佐々木さんの論文ですが、同居が労働力参加に及ぼす影響というのは今までよく行われてきた研究ですが、常に同居の内生性の問題が指摘されてきたわけで、そういう問題に一つの回答を与える、いい論文だと思いました。

それで、インストルメント注7に使われている家が持ち家かどうかというのは、これまた内生なのではないかと最初は思ったのですが、佐々木さんは注意深く分析して、家族構成を同居のインストルメントにしたうえでは、就業の式の説明変数として、家を持っているかどうかは有意には労働力参加を説明しないとして、持ち家か否かはやはり外生なのだという話をしています。完成度が高い論文だなと思いました。

冨田

僕は、親と同居するかどうかが、女性が働き続けるかどうかの重要な戦略として決まっているのかなとずっと思っていたのですが、伝統的な日本の家族構成をよしとするかどうかで、同居するかどうかが決まってくるというところが、とてもおもしろかったですね。しかし、伝統的な家族構成をよしとする人は、夫の両親と住むけれども、働くことをサポートしてほしいときには、自分の両親と住むかなという気がするのですがね。

安部

ただ、同居の場合に、違う方向に働く可能性があります。もちろん家事をやってもらえるというのはあるのですが、介護という問題のときは、就業にはおそらくマイナスです。しかし、ある程度若いサンプルだということで、家事を手伝ってもらうというほうで大体解釈できるのでしょう。

太田

同居で就業が促進されるということを考えると、要するに子供の面倒を見てもらうことによるのかな。まあ、普通の家事かもしれませんが、結局、そういうサービスが十分に市場で賄えないという含みを持つのかなと。アメリカでは、こういう研究はかなりあるのでしょう?

川口

この前学会に行ったらアメリカ人が、この論文を見て、アメリカのデータでも注8、やはり親と同居していると働くようになるのだという話はしていましたね。

太田

そうですか。やはり、市場で調達できないサービス部分というのは、アメリカでもやはりあるのですね。

川口

程度がどうだったかというのは、よく覚えていないのですけれどもあるのではないかと思います。

太田

イメージでは、アメリカでは、お手伝いさんやベビーシッターがいて、親と同居しなくても大丈夫のような仕組みがわりとできているのかなと思ったけれども、必ずしもそうではないということですね。

安部

ベビーシッターに家に来てもらって、非常にインフォーマルな雇い方をする場合があると思うんですよね。

冨田

昔、イギリスのデータを分析したとき、病気になったときに親に助けてもらえると答えた女性ほど、出産後も働き続けているという結果が出たと思うのですが。同居していなくても、近くに住んでいる親のサポートが必要だというのは、日本にかぎらないような気かします。

太田

近くにいるということもありますよね。

冨田

一緒に住んでなくて、家事育児を手伝ってもらえるのがベストかもしれないし。

太田

そうですね。「近くにいる」という変数があれば、よりおもしろいかもしれないですね。子供の数、特に小さい子がいると、親に預けたほうが、就業がより促進されるかもしれないですね。例えば食器を洗ったりとかだと、夫婦分業でかなり対応できる。おそらく子供を預けられるということがキーになるのではないかなと思うのですけれども。クロス集計してもおもしろかったかもしれない。

景気と進学率

太田

樋口先生の論文も非常におもしろい。安部さんは、ちょっと留保すべき部分があるのではないかというご指摘でしたけれども、興味深い結論が得られていると感じました。それで、思ったのですが、樋口論文のロジックでは、失業率が悪化すると、いい就業機会が見つからないから、早めに会社をやめて結婚しましょうとなりますが、例えば高卒の女性の場合に、失業率が悪化したときは、オプションとして学校に逃げ込むということがありそうですね。学校に逃げ込むと、企業の評価がよくなるのか知りませんけれども、それによって結婚年齢が後ろに下がっていく。学校が介在したような効果もあるのではないでしょうかなという気がするのですね。

安部

そうですね。

太田

だから、もしも簡単であれば、進学選択に関しても、景気の影響という部分も含めたうえでの結婚時期に対する効果の測定をやってもおもしろいのかなという気がしますね。

安部

女性の四年制大学への進学率は、1990年代の中ごろから、非常に上がっています。短大は減ってきてます。

太田

四大が上がってますでしょう。だから、多分、高卒で出ても、あまりに仕事がないということで、「やっぱり、大学に行かないとね」ということがかなり効いてきているのではないか。

安部

そうですね。四年制大学への進学率が上がっているのは、大分若い人たちですが。

結婚・出産と就業

川口

育児休業が勤続に与える影響に関しての安部先生のコメントは、おっしゃるとおりで、やはりもともと長いこと働くつもりの人は、そういう制度があるところを選ぶと思います。この家計経済研究所のパネルの質問項目の中に、「そういう制度があるのを知っていて、今の職場を選びましたか」というような質問があるのですが、そういうのを使ったら、内生性の問題は結構回避できるのではないかと思います。育児休業の法制化の外生的なショックで説明することもできるのではないかと思います。

太田

育児休業の効果は、勤続年数で見ているのでしたね。育児休業は子供には効かないのでしょうか。

冨田

例えば働いている人だけを取って、子供が1人か2人かという場合、育児休業が効いてきそうな気がしますね。

太田

そうですね。樋口論文にどうして入ってないのか、ちょっと不思議に思っています。

安部

若い世代は未婚者が増えている。樋口先生も、そういう結論ですが、未婚者が増えており、就業意欲が高まっている。若い世代ほど、結婚しないで働くようになったということですね。均等法が施行になったので、結婚しないで働くようになっているというんですね。

太田

阿部論文の他のメッセージとしては、結婚や出産を選択してしまうと、やめる傾向が強くなっているということですかね。

安部

就業と結婚が二者択一になる傾向があると。ただ、これは多少、議論のあるところかもしれません。結婚して仕事をやめる傾向が若い世代ほど強まっているということを言う人がいますから。でも、本当に強まっているのかどうか。逆に産休を取って働き続けるという人たちも人数としては増えているわけですから、結婚や出産をして仕事をやめるという人が増えているかどうかは、必ずしも、明らかではない。

太田

もしも若い世代ほど、結婚で仕事をやめやすくなっているということであれば、樋口論文とつなげると、その効果は実は失業率の動向で説明できるということになるのでしょうか。阿部論文は、係数が変化しているということを指摘されていて、樋口論文は、その係数の変わり方は、実は労働市場の需給バランスの影響だという関係になるのでしょうか。ただ、継続就業率が学卒時の失業の影響で変わって、それが結婚にも間接的に影響を与えるというふうに読めるかというと、初職の継続就業のサバイバル分析の結果からいえば、学卒時の失業率は有意に出てこない。ここから、不本意就業が結婚を早めるというような議論が導き出されるかという点に関しては、微妙かもしれません。にもかかわらず、出産と結婚に関しては、世代効果も大きいということですから、何かほかの面で影響があるのかもしれない。

冨田

僕は結婚後も働き続ける女性が増えてきているというイメージを捨て切れないので、この数字や結果に違和感があるのです。

以前より、結婚でやめる女性が増えていることを説明できるのは、勤めている会社の労働条件が悪くなってきたことくらいですか。

川口

学卒時の失業率や価値観の変化など、いろいろなことが入ってきますよね。それが何なのかというのは、まだ謎が残るという形になるのですかね。

安部

中身が何であるかは多少議論の余地は当然ありますが、実際問題として、女性の場合、世代効果が非常に強く出ます。これは日本に限らず、アメリカでもやはり非常に強く出ています。歴史的にも女性の就業が増える特徴的な世代があるみたいですね。

川口

たしかに女性の賃金上昇だけでは説明できない部分がとても大きいという話はありますね注9。やはり、日本の景気が悪いから、そのショックが大きすぎるのではないですか。

安部

そうかもしれないですね。1997年の『就調』で見ても、20歳とかそのあたりの非正規就業がかなり多い。

冨田

阿部論文の分析を正社員だけに限ってやってみると、全然違う結果が出る可能性があるということですか。

安部

そういうこともあるかもしれませんし、やはり継続就業というと、パートで継続就業ももちろんあって悪くはないのですけれども正社員のイメージです。若い世代ほど、パート・アルバイトの比率が上がっている。少し前の、バブル期ぐらいに就職していれば、継続就業でいくのだけれども、その後の世代は継続就業しているかもしれないし、いないかもしれない。これも一種の世代効果ではあるのですけれども。

文中注

(下記注を作成するにあたり、原稿段階での尾高先生の「提言」を参考にさせていただきました。)

  • 注7 回帰分析の右辺の変数を動かすものの、左辺の変数は直接動かさない変数。左辺の変数が動いたときに同時に右辺の変数も動いてしまうという「内生性」の問題があるときには右辺の変数から左辺の変数への因果関係は推定できない。しかし、この変数の動きで説明される右辺の変数の動きが左辺の変数に与える影響を調べることで、右辺の変数から左辺の変数への因果関係を推定できる。日本語では操作変数。
  • 注8 Heather Antecol and Kelly Bedard, "The Decision to Work by Married Immigrant Women: The Role of Extended Family Households," Claremont Colleges Working Papers.
  • 注9 David Neumark and Andrew Postlewaite(1998), "Relative Income Concerns and the Rise in Married Women's Employment," Journal of Public Economics,70:157-183.
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