2003年 学界展望
労働経済学の現在─2000~02年の業績を通じて(4ページ目)


4 若年

論文紹介(太田)

岡村和明「日本におけるコーホート・サイズ効果─キャリア段階モデルによる検証」

本論文では、世代という属性が賃金構造に及ぼす効果のうち、世代のコーホートの大きさが賃金に与える影響を分析している。基本的なキャリア段階モデルによれば、コーホート・サイズの拡大が賃金に与えるマイナスの影響は、労働者の経験年数が長くなるにつれて減少する。本論文はこのような仮説を日本について検証し、男性・女性ともに高卒よりも大卒でコーホート・サイズ効果が顕著であることを明らかにした。これは、教育水準の高い労働者のほうが、より多くの職場訓練を経験していることを示唆する。また、大卒男子については、キャリア段階モデルの予想に反して、コーホート・サイズ効果は職場経験を積み重ねても解消されないことが明らかになった。他方、大卒女子については、コーホート・サイズ効果は職場経験を通じて解消されることが見いだされた。著者の解釈は、男性の場合には経験年数を通じて持続的な企業内訓練が行われているのに対して、女性の場合にはある程度まで経験を積むと訓練量が減少しがちであるという、日本企業の訓練政策が背後にあるというものである。結局、大卒男性では学卒入職時のコーホート・サイズ効果は残存し続けることになり、その段階での雇用機会の多寡がきわめて重要となる。

玄田有史「結局、若者の仕事がなくなった─高齢社会の若年雇用」

本論文は、最初に若年の就業環境の変化を、公刊統計を用いて中期的に追跡している。そこで明らかにされているのは、常用雇用に就く若年の比率が近年において低下傾向にある反面、若者の勤続年数は90年代を通じて変化しておらず、フルタイムの中でも長時間働いている者の比率は上昇していることである。この結果から、著者は若年の意識変化よりもむしろ需要不足が常用雇用比率を低めていると推論している。さらに、中高年の雇用維持が若年の採用を縮小させるという「置換効果」について分析を行っている。用いたデータは『雇用動向調査』の従業員500人以上の事業所であり、そこで得られる労働流出入の様々な指標を、従業員に占める45歳以上比率で説明した。その結果、45歳以上比率が高い事業所ほどフルタイムの採用・離職、パートタイムの採用・離職、出向、配置転換などの労働流入率や労働流出率が低いことが判明した。新卒採用率や中途採用率、さらには求人予定数についても、45歳以上比率が高い事業所ほど低下する傾向にあった。このような結果から、著者は高齢社会での若年と中高年のベストミックスのために必要なのは、中高年大学卒が賃金調整を無理なく受け入れることができるような環境整備であるとしている。

Yuji Genda and Masako Kurosawa, "Transition from School to Work in Japan"

本論文は、『若年者就業実態調査』の個票を用いて、若者が最終学校を卒業する時点における就職状況が、その後の雇用状況に長期的な影響を与える、いわゆる「世代効果」を検証している。最初に、学卒直後にフルタイム常用の仕事に就く確率が推計されているが、それによると学卒時点よりも1年前の失業率が有意なマイナスの効果を与えている。ここから、雇用環境の悪化が若年のフルタイムヘの就業を阻んでいることがわかる。他方、学卒後最初に就いたフルタイム常用の仕事を辞める確率を推計したところ、学卒時の労働市場が買い手市場であった場合には、将来の離職確率が高まることが判明した。本稿の解釈は、買い手市場においては、労働者が不本意就業に陥りやすく、そのために離職性向が高まるというものである。また、推定結果から、学校在学時の就職指導やアドバイスが不本意就業を抑制する効果を持つことが判明している。よって、著者たちは学校の就職指導体制をより効果的なものへと改善することが重要であると指摘している。さらに、調査時までに経験したフルタイム常用の仕事の数を、多項ロジットモデルで推定したところ、この場合にも学卒時の失業率は有意な影響をもたらしていた。

紹介者コメント

太田

今度は若年がテーマです。若年の問題は、最近、特に注目され、分析されている分野の一つだと思いますが、その背景として、若い人の失業率が急速に高まっているということがあるかと思います。15~24歳あたりで見れば、軽く10%を超えるという状況になっています。また、それにリンクするような形で、フリーターの数が急激に上昇していて、1997年段階で151万人と言われています。2002年の『就業構造基本調査』の結果はまだわかりませんが、おそらくは、もっと増えているのではなろうかと思われます。

さらに、若い人の離職が目立つようになってきているということも、社会問題としてある。今から紹介する玄田=黒澤論文は、「七五三離職」に焦点を当てています。「七五三離職」とは、要するに中学新卒者のうち、新たに仕事についた人の7割が3年以内に会社をやめてしまうということで、高卒は5割、大卒は3割で、それで「七五三」というふうに言うわけですが、このような現象をどのようにしてとらえるかということが課題になっています。一つの考え方は、若年の意識変化が重要で、職業観や仕事に対する取り組み姿勢がかなり劣化しているために、それが若年の離職率を押し上げているという議論があります。しかし、玄田=黒澤論文では、そういうものよりも、むしろ労働市場の需給バランスの影響が、「七五三離職」に大きな役割を果たしているのだという議論がなされています。すなわち、卒業したときの就職環境が非常に悪くて、なかなか仕事が見つからないときには、どうしても不本意就業ということが引き起こされる。そのために、そういう人たちが後で離職してしまう、いわゆる「世代効果」の存在を実証的に明らかにしています。さらに、この研究は、学校在学時の就職指導やアドバイスが、どうやら不本意な就業を抑制するのに、ある程度の役割を果たしうるという結論を得ています。さらに、データの調査時点まで経験したフルタイム常用の仕事の数を推計してみたところ、やはり学卒時の失業率が有意な影響をもたらしていたことを確認しています。総じて、この論文は若年離職に関する「世代効果」についての分析のメルクマールと言えるのではないかと感じました。

ただ、「世代効果」の存在を認めたうえで、今後詰めるべきポイントは残されているのではないかと感じています。要するに不本意就業が離職を引き起こすということなのですが、どういう点で不本意なのかをもっと明らかにすべきではないかということです。職種が不満なのか、なかなか自分の能力を発揮できないと思っているのか、就職先の先行きに対する不安はどうなのか、もっと「相性」というような部分で考えるべきなのか、そのあたりの区別も今後考える必要があるのかなという気がしました。ただ、非常に綿密な研究で、大変おもしろく読みました。

もう一つ、「世代効果」に関して申し上げますと、玄田=黒澤論文は、どちらかというと意識変化というものはあまりないとしています。私もダイレクトな影響は少ないと思います。ただ、ひょっとすると企業の認識として、今の若者は魅力に乏しいと判断していると、それが企業の採用行動そのもの、要するに需要にフィードバックする可能性があるのは否定できない。そこまで考えたうえでの「世代効果」の分析が今後なされていく必要があるという気はいたしました。

それから、再び玄田さんの、今度は「世代効果」ではなくて、「置換効果」を分析している、「結局、若者の仕事がなくなった」という論文です。これは、要するに企業内もしくは事業所内の中高年層の比率が高まると、若年層の採用が抑えられる傾向が強まることを実証的に明らかにしたものです。中高年の雇用維持の代償としての若年の就職難という側面があるのではないかということが玄田さんの指摘で、おそらくその背景の一つとして年功賃金の問題があり、それを維持するためには、若年の採用を抑えざるをえない。だったら、何とか中高年に賃金カットをより受け入れやすくすることによって、若年の採用をもっと促進させることができるのではなかろうかということが指摘されています。

おそらくは玄田論文で述べられているとおり、「置換効果」の存在はかなり頑健だろうと思います。いくつかの研究を総合すれば、次のような感じになるのではないかと思います。一つは、若年労働と中高年労働には代替関係があるということです。これは後で取り上げる三谷論文で明らかにされています。二つ目は、中高年比率の高い企業や事業所では、新規採用の抑制が行われやすい。これは、玄田さんなどの分析によります。三つ目は、労働組合のある企業では、「置換効果」がより強く働きやすい。私の知る限りでは、まだ2点ぐらいですが、そういう研究があります注2。四つ目は、定年年齢の効果です。これは玄田さんが『仕事のなかの曖昧な不安』の中に書かれている点ですけれども、61歳までの定年年齢の延長を実施したり、検討している企業では若年採用が抑制されやすい。結局、中高年の雇用維持が若年の採用を抑え込むという形の世代間の対立図式が見えるわけですが、これにどう対処するかは非常に難しい問題です。ただ、「置換効果」に関しては、年功的な賃金の影響について、直接検証する作業が必要となると思います。

3本目は岡村論文です。岡村論文は、コーホート・サイズ効果についての非常に丁寧な実証分析で、大変興味深く読みました。『賃金センサス』にはl歳刻みで標準労働者の賃金が掲載されていますが、それを使って、うまくコーホート効果注3を抽出していると思いました。どういう話をしているかというと、ある世代で、その世代に属する人たちの数が多くなれば、それがその世代の賃金の下落圧力をもたらす。ただし、一つの仮説として、就業経験年数が長くなるに従って、そういう賃金の下落圧力は薄まっていくということが考えられます。というのも、その世代が技能を蓄積していくプロセスで、熟練労働者に変わっていって、他の世代の熟練労働者との代替性が高まる可能性があるからです。そこで、その仮説を日本について実証しようということです。分析結果としては、コーホート・サイズ効果は男性で顕著に観察されています。ただし、大卒男性に関しては、コーホート・サイズ効果が職場経験を積み重ねても解消されないという、アメリカの実証研究とは異なった結論を出しています。女性については、コーホート・サイズ効果はあるが、職場経験を通じて解消されていくということで、男性とは異なります。それを岡村論文は、企業内の訓練の程度が、男性と女性でかなり違うことがここに反映されていて、男性、特に大卒の男性の場合には、継続的に訓練が行われていくことで、ほかの世代との代替性が低いままになる。そのためにコーホート・サイズ効果は消えない。他方、女性ではあまり継続的な訓練が行われないので効果が消えるのだという議論を展開しています。非常に興味深い結論だなと思いました。ただ、コーホート・サイズ効果が大卒男性で恒久的な影響を持つという点を、持続的な訓練にどこまで求められるのかという点は、今後、きっちりと検証すべき仮説かなと思いました。というのは、大卒男性の場合、急傾斜で、ときには生産性と乖離するような賃金プロファイルが成立しています。そうした場合、その効果がピックアップされる可能性はないか。要するに大卒男性で、比較的規模の大きい企業に入る場合には、給与は初任給から徐々に積み上げていくわけですね。もしもそうであれば、より内部化している大卒男性でコーホート・サイズ効果が出やすいというのは、訓練よりも賃金制度みたいな話が介在しているのかもしれないという気もします。もちろん、そのような賃金制度が企業内訓練の必要性によって規定されているという話も可能ですが、賃金傾斜にはインセンティブの側面もありますので……。いずれにせよ、興味深く読ませていただきました。

討論

川口

玄田=黒澤論文を読んで、注意深い論文だと思いました。特によく考えていると思ったのが、卒業時の就職状況が内生になる可能性の指摘です。大学院に行くことなどによって、自分が卒業するタイミングを変えることができる。それも考慮して推定している。追加的な発見として、やはり女性の正社員就業確率に就職状況が与える影響がとても大きいことがあります。結局、これは女性がマージナルな労働者として市場で扱われているという部分が出ているのではないかということで、これもおもしろい発見だと思いました。そして、一度就職してしまうと、その後は、労働市場の状況によって、いいところに移っていくという効果もあまりない。卒業したときの就職状況がずっと尾を引く。男女の違いということに関しても、玄田=黒澤論文は発見が多い論文だなという感想を持ちました。

置換効果と企業の衰退

川口

もう1本の論文の、置換効果に関してですが、やはり45歳以上比率の内生性という問題注4がどうしてもあると思います。ある企業が衰退していっているという第3の要因があって、それが高齢者を増やし、若い人をとらないということにもつながるという内生性です。その部分を何とか解消して、推定するような方法はないだろうかということを思いました。一つ考えられるかなと思ったのは、例えば45歳以上と30~45歳の人の比率が、その企業の成長トレンドを代理できるのではないかということです。企業の趨勢をあらわすような説明変数を作り、推定に加えることによって、置換効果をもう少し詳しく見ることができないかなと。

太田

その点に関しては、玄田さん自身も考えていて、最近、内閣府のプロジェクトで一緒に仕事をしたのですが、そこで、まさにおっしゃった点に関して、検討を行っています。そこでは、45歳以上の比率だけを見るのではなくて、30歳以上の常用労働者の中で45歳以上の人の占める比率などを説明変数に用いて、若年などの採用が抑制されることが高齢化をもたらすという同時性バイアスを修正した推計を行っています。それでも結論は変わらなかった。ただ、おっしゃるような問題点は、この論文では、まだ残されているということだろうと思います。

安部

太田さんがフリーターの数を言われましたが、あれは注意して見る必要があると私は思っています。『労働経済白書』が151万人、リクルートの『フロム・エー』は344万人と2倍の差があります。『フロム・エー』は無業者を多数含めた計算のようです。厚生労働省の数字は、私が確認したところによると、大学生で1年以上勤めアルバイトをした男性は常用労働者に入る。

太田

そうですか。

安部

そこで、厚生労働省の数字の学生アルバイトの部分を修正したのが、最近日本労働研究機構で出した報告書(注:調査研究報告書No.146『大都市の若者の就業行動と意識』)の冒顕に、『労調特調』から推計した190万人という数字です。

太田

趨勢的な動きも載っているのですか。

安部

いや、それは載ってないです。151万人よりは、そちらを使ったほうが多少は「フリーター」の実態と近いかと思います。

コーホート効果

安部

それと、玄田=黒澤論文や、その他のこのタイプの論文で、ちょっと私が疑問に思っているのは、学卒時に、労働市場の状況がいいとマッチングがよくなるというけれども、逆に企業の側は、あの世代は生産性が低いというふうに見ていることはないのでしょうか。

また、川口さんは、女性に関して玄田=黒澤論文を非常に評価しておられますが、私はちょっと疑問です。例えば『就調』で大卒者の有業率を見ると、少なくとも最近のデータを見る限りは、20代くらいの大卒女性は短大卒よりずっと働いているようです。そういう意味で、教育の効果はあるというのが、私の印象です。これは有配偶についてですけれども、無配偶ではほとんど変わらないという感じです。『学校基本調査』では、学校を卒業した時点で就職率を見ると、大卒のほうが短大卒よりも低いという時期が長くありました。しかし、20代までを97年の『就調』で見ると、顕著に有配偶の短大卒の人は仕事をやめています。

さらに、この論文と後の樋口論文は似ており、学卒時の失業率とその後の失業率推移というのは、基本的にコーホート効果を分析しているのだと思います。しかしコーホート効果を分析する場合に、アイデンティフィケーションをしようと思えば、それなりにコーホートが離れてないと意味がないのではないかと思います。1年、2年違ったぐらいで実質的な識別はできるのでしょうか。もちろん、その期を境にバブルが崩壊したとか、男女雇用機会均等法の成立などの、特殊要因があれば多少別ですけれども、近いコーホートで大きく違う、というのは通常は考えられないのではないかと思います。そうすると、サンプルがある程度多期間にわたればともかくとして、比較的近い年齢の人のサンプルでコーホート効果と言ってもどのくらい実質的なものか、疑問です。それと、重要な問題としては、コーホート効果を卒業時の失業率とその後の失業率という二つの変数で代表させるのがいいのかなという気がします。

太田

安部さんが指摘された1点目については、バブル時に入社した社員は使いものにならないという人がいるようで、ひょっとするとそれはあるかもしれません。ただ、そのような人たちでも現状では雇用は維持されている。バブル期に入社した人たちの平均生産性が低いということであれば、労働者にとっては希望するところに入れたのだけれども、雇用調整がその世代に加速する可能性はあるでしょう。もしもそのような現象が今後観察されるようになると、「世代効果」と言われるものの別の側面をピックアップできるという気もしますね。それと、アイデンティフィケーションの問題は確かにありますし、失業率だけが世代効果を代表するのではなかろうという点も、まさにおっしゃるとおりだろうと思います。実際、いくつかの要因が影響を与える可能性があるのですが、とりあえず労働市場の需給の一つの構成要素ではないかと思って説明変数に入れてみると、非常に有意な影響があったということでしょう。

ただ、玄田=黒澤論文に関してですが、若年については、学卒時に求人が集中することで、その時点での労働市場の需給が仕事とのマッチングのクオリティーを決定する面が強いと思うので、それに注目することは、一つのありうべき考え方ではなかろうかという気はしますね。

安部

学卒時の状況に大きく影響されるというのは、ある種の非効率だというふうにも考えられるわけですね。学卒時に非常にアンラッキーだったけれども、次に景気が好転すれば、ちゃんと転職できているとしたら、生涯賃金で見たら、岡村さんとは考え方が違って、コーホート効果というのはない、それが正常な状態というふうに考えることもできるわけですね。

冨田

世代効果に関するアメリカの実証分析の結果はどうなっていますか。アメリカでは世代効果は消えるのですか。

川口

岡村さんが参照しているウェルチの論文注5では、消えます。

冨田

もし世代効果がアメリカでは消えるが、日本では消えないのであれば、それを考えるのはおもしろいテーマですね。企業内の賃金の決まり方とか、何が違うから日本では世代効果が消えないのでしょうか。

太田

日本の場合には、若いころ、特に学卒時が非常に強い規定力を持つということは、何か悲観的な話になりますね。だからこそ、今、政策的に就業意識を高めましょうとか、とりあえず若い人を早く就職させるためにインターンシップやトライアル雇用に力を注いでいる。そういうことしかやりようがないのか。

中間形態の可能性

安部

逆に言うと、労働市場がもっとフレキシブルであれば、多少の格差は残るにしても、生涯所得で見れば関係ないのだということかもしれないですね。

あともう一つは、長期雇用システムというのは、ある意味硬直的で、非正規と正規で賃金格差が大きい。企業特殊的熟練などを言い出せば、また話は違うかもしれませんが、私は、パートと正社員の賃金格差に興味があります。合理的な差でないとすると、パートと正社員の中間的な形態がないかという話が出てくる。その中間がないものだから、女性労働者にはものすごく頑張って正社員でいつづけるか、あるいは完全に諦めるしか選択肢がない。ある意味同じことが当てはまるかもしれないと思うのは正社員で就業できないからフリーターになってしまうということです。中間的なところがあれば、またちょっと違うかもしれません。

ただ、中間的なところがなぜ出てこないのかという疑問が出ます。つまり経済合理的には、そういうものがあってもおかしくないのですが、市場の自発性に任せていても生まれてこない。制度的要因もあるかもしれません。

川口

これは何の証拠もなくて言うのですけれども、生涯雇用制度の中で、トレーニングの機会が、20代前半あたりに集中するようにデザインされていて、ある程度の年の人がこのパスに入ることはそもそもできないというシステムがあるのではないかなという気がします。

安部

そうかもしれないですね。

川口

経済学的とは言えないかもしれないけれども、例えば年上の人をトレーニングするということの難しさや、そういった社会的な要因も絡まっているのではないかなという気がします。

若年と中高年の競合

安部

若年ということで言うと、若年の採用が減っているということですが、若年が中高年の中途採用などに押されているというところはないのでしょうか。

太田

新規の採用者数に占める若年層の比率は、最近、低下傾向が著しいですね。ただ、規模によって違い、若年採用─要するに年齢計の採用者数に占める若年の割合ですが─が大企業ほど落ち込む傾向が激しい。それがどういうロジックによるのかは理解が難しいのですが、ひょっとすると、大企業ほど訓練コストが高いとするならば、若年を採用して、訓練をして一人前にしていくのは、かなりコストのかかるプロセスなので、コスト削減のためではないか。先ほど川口さんがおっしゃったように、良質な訓練機会が消えていってしまっている。他方、中小企業の中には、これがチャンスだとばかりに採用している企業もある。ただ、それが若い人の満足になかなか結びつかないので、ひょっとすると、それが転職を押し上げている部分があるのかなという気がしますね。

安部

大企業でもリストラがある。それで中高年が労働市場に流入する。昔なら、大企業をその年齢でやめる人はいなかったのに、そういう人たちが職探しをする。そうすると、若年で何の実績もない労働者との競争になる。若年労働者は少なくとも履歴書上何もない。ポテンシャルはあるとしても、リスクがある。しかし中高年であれば、一応これまでの職歴としてこれをやってきましたというのがある。しかもその「質」とでもいうべきものが、以前よりも向上しているかもしれない。そうすると天秤にかけた結果、若年が押されてしまうということはないのでしょうか。

太田

中途採用の壮年層と学校を出て間もない若年層を天秤にかけて、中途採用のほうが得だという判断があるのかもしれません。若い人の学力や能力が低下しており、企業内で一人前にするのに以前よりコストがかかるようになっているかもしれません。そうなってくると、より高い世代のほうがまだ安心できるという側面というのがあるのかもしれないですね。ということになれば、若い人の失業状態を解消していくためには、マッチングの改善も必要でしょうが、若年に上の世代の人と対抗できるぐらいの実力をつけさせる教育の役割が重要になってくるという気がしますね。

川口

中高年の人たちと若い人が競争するというときに、中高年の人たちは大企業がオファーしている良質な訓練機会を得ることができた人たちで、そのオルタナティブがないとするならば、その機会に恵まれなかった若年層にとって競争は厳しいですよね。太田先生のほうから教育の話が出ましたが、学部を卒業してその後さらに磨きをかけるような教育機関、例えばビジネススクールは、日本ではあまりポピュラーではない。若年失業で問題になっている層とビジネススクール卒層の話は、ちょっと別なのかもしれないのですけれども。大企業がオファーする良質な訓練機会以外の機会があれば、もっと流動化する部分が出てくるのかなという気はしますね。

冨田

昔、中小企業は若い人が来てくれさえすれば、あとは自分のところで育てていたはずです。ところが、いまは即戦力を求めて、手間暇のかかる新人の育成をしなくなってきている。すべての企業が即戦力を求めれば、新人が仕事を通じて技能形成できる場がなくなってしまいますね。

文中注

(下記注を作成するにあたり、原稿段階での尾高先生の「提言」を参考にさせていただきました。)

  • 注2 前掲野田論文および太田聰一(2002)「若年失業の再検討」玄田有史・中田喜文編『リストラと転職のメカニズム』第11章、東洋経済新報社。
  • 注3 同一の時代に出生した集団のことをコーホートと呼ぶ。同一のコーホートに属する個人は、社会現象や法律の施行などの面で、同様の経験をする(他のコーホートとは異なる経験をする)ため、コーホート特有の経済行動に特徴が出たり、特有の経済的利害を持ったりする。このようなコーホートの特徴を、コーホート効果と呼ぶ。
  • 注4 ある事柄 x が他の事柄 y に与える影響を、因果関係の意味で推定しようとするときに、 y に影響を与えるその他の要因が x と同時に変化してしまうために、 xy に与える因果関係をデータより推定できないという問題。置換効果の例において x は中高年比率であり、 y は若年労働者の新規採用である。中高年比率が高い企業は中高年比率が高いがゆえに新規採用をしないのではなく、企業が衰退しつつあるために中高年比率が高く、かつ、新規採用も抑制されているという可能性が考えられる。事柄 x を決定する要因が、事柄 x を経ずして、事柄 y に直接影響を与えてしまうような状況において x は内生性を持つ。
  • 注5 Finis Welch(1979) "Effects of Cohort Size on Earnings:The Baby Boom Babies' Financial Bust," Journal of Political Economy,Vol.87,No.5,s65-97.
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