資料シリーズNo.280
タスクの日米比較からみた日本の労働市場の特徴と変化
―日本版O-NETと国勢調査(1980~2020年)を使用した分析から得られた示唆―

2024年3月29日

概要

研究の目的

本研究の目的は、ICTやデジタル化などの技術革新に着目し、タスクの日米比較を通じて、日本の労働市場の特徴及びその変化について明らかにすることである。具体的には、以下の2点について検討する。第1に、1980年から2020年にかけて、日本の労働市場におけるタスク・スキルの分布がどのように変化してきたかを確認し、米国の状況と比較する。第2に、日本と米国で同じ職業に就いている就業者のタスクの特徴を比較する。

研究の方法

  • 厚生労働省の「職業情報提供サイト(日本版O-NET)(以下「日本版O-NET」)」で公開されている職業別の数値情報および総務省の「国勢調査」の個票データを用いた二次分析
  • 日本版O-NETと米国O*NETで公開されている職業別の数値情報を用いた事例分析

主な事実発見

1. 日本の労働市場におけるタスク・スキルの分布の変化

第1に、日本版O-NETと国勢調査の個票データを職業でマッチングしたデータを使用して、1980年から2020年にかけてのタスクの分布の変化を確認した。Acemoglu and Autor (2011)のタスク分類を一部修正して、「非定型分析タスク」「非定型相互タスク」「定型認識タスク」「定型手仕事タスク」「非定型手仕事身体タスク」「非定型手仕事対人タスク」の6つのタスク指標を作成した。分析の結果、次の点が明らかになった。

日本と米国の共通の傾向として、高度なスキルを必要とする「非定型分析タスク」及び「非定型相互タスク」が増加する一方で、身体的な作業を伴う「定型手仕事タスク」及び「非定型手仕事身体タスク」が減少していることが確認された。

一方で、日米間で相違点も見られた。米国では、ITの導入により「定型認識タスク」が減少しているのに対し、日本では1980年以降、「定型認識タスク」が一貫して増加していることが観察された。また、日本では、対人スキルを要する「非定型手仕事対人タスク」が1990年以降に増加傾向にあることが明らかになった(図表1)。

図表1 タスクの分布のトレンドの日米比較

【日本(1980年~2020年)】

図表1画像【日本(1980年~2020年)】:例:日本版O-NETと国勢調査を職業でマッチングしたデータを用いて、日本の労働市場におけるタスクの分布のトレンドを確認、米国の結果(Autor, Levy, and Murnane(2003:1296)と比較1画像:

【米国(1960年~1998年)】

注)日本については、日本版O-NETおよび国勢調査の個票データより筆者計算。米国については、Autor, Levy and Murnane(2003)p.1296より引用。

第2に、Liu and Grusky(2013)に基づき、「分析スキル」「創造性スキル」「コンピュータースキル」「科学技術スキル」「ケアスキル」「マネジメントスキル」の6つのスキル指標を作成し、1980年から2020年にかけてのスキルの分布の変化を確認した。分析の結果、次の点が明らかになった。

日本と米国で共通の傾向として、1980年以降、「ケアスキル」及び「分析スキル」を必要とする職業が日米ともに増加していた。一方で、日米間で相違点も見られた。米国では、「コンピュータースキル」や「創造性スキル」、「マネジメントスキル」を必要とする職業は一環して増加しているが、日本ではそのような傾向が見られない。また、「科学技術スキル」を必要とする職業は、米国では横ばいであるが、日本では減少している。日本におけるスキル分布は、1990年代前半のバブル経済の崩壊を境に変化していることも観察された(図表2)。

図表2 スキルの分布のトレンドの日米比較

【日本(1980年~2020年)】

図表2画像【日本(1980年~2020年)】:例:日本版O-NETと国勢調査を職業でマッチングしたデータを用いて、日本の労働市場におけるスキルの分布のトレンドを確認、米国の結果 Liu and Grusky(2013:1350)と比較

【米国(1979年~2010年)】

注)日本については、日本版O-NETおよび国勢調査の個票データより筆者計算。米国については、Liu and Grusky(2013)p.1350より引用

第3に、性、年齢、就業形態、学歴、国籍、産業、地域、配偶者の有無などの属性別のタスク・スキルの分布の変化を確認した。分析の結果、属性に応じてタスク・スキルの分布およびその変化に差があることが確認された。特に、女性、就職氷河期世代の若年男性、外国人労働者におけるタスクの分布の変化は顕著であった。これらの結果は、タスク分布の変化が技術革新だけでなく、女性の就業率の増加といった人口構造の変動や、雇用慣行などの制度的要因の影響も受けている可能性があることを示唆している。

2. タスクの日米比較・米国のタスクの時系列比較

日本版O-NETと米国O*NETの職業別の数値情報を用いて、コンピューター化やデジタル化の進展の観点から、「人事課長」から「ビル清掃」に至るまでの15職業のタスクの特徴について日米間で比較した。特に、ICT導入に伴い重要度が増すと考えられる「PC・データ活用タスク」、ICTと補完的な関係にある「人材育成・管理タスク」、ICTによって代替される可能性のある「反復・定型作業」の3つのタスクに着目した。分析の結果、日本と米国とで次のような相違点が見られた。

第1に、日本ではプログラマーを除くほぼ全ての職業で、「PC・データ活用タスク」の重要度が米国と比較して相対的に低いことが確認された。第2に、日本では、看護師、デパート店員、施設介護員、酪農従事者、航空整備士、トラック運転手、ビル清掃といった現場労働職では、「PC・データ活用タスク」の重要度が米国より相対的に低い一方で、「反復・定型作業」の重要度が米国より相対的に高いことが示された。これらの結果は、特に現場労働職において、米国ではPCやデータを活用することで、定型作業の効率化が図られているのに対し、日本ではPC・データの活用が十分ではなく、定型作業の効率化が進んでいない可能性を示唆している。

さらに、米国における時系列データを用いて、2005年から2022年にかけての同一職業内でのタスク変化を確認した。この期間において、多くの職業において、「PC・データ活用タスク」や「人材育成・管理タスク」の重要度は上昇傾向にあるか横ばいである一方で、「反復・定型作業」の重要度は低下傾向にあるか横ばいであることが確認された。これらの結果から、この17年間で、米国ではコンピューター化やデジタル化が進展し、ホワイトカラー、ブルーカラー職種を問わず多くの職業で、「PC・データ活用タスク」の重要性が増していると考えられる。また、コンピューター化やデジタル化により「反復・定型作業」が代替され、より高度な「人材育成・管理タスク」などへのシフトが進んでいる可能性も示唆される。

政策的インプリケーション

本研究の分析結果を踏まえた政策的インプリケーションは以下の5点である。

  1. 企業や行政において、ICTやAIの活用を推進するための積極的な取り組みが求められる。
  2. ICTやAIの普及が進む中で、これらの技術を効果的に活用するスキルや、ICTやAIに代替されにくい非定型的なスキルの育成が重要である。
  3. 少子高齢化による労働力不足が進む中で、多様な人材(女性、若者、外国人など)の能力を有効に活用し、生産性の向上を図ることが求められる。
  4. 日本標準職業分類や日本版O-NETを含む、公的統計における職業分類の改善と統一が必要である。
  5. 日本版O-NETに掲載される職業情報の収集を継続するとともに、その質の向上を図ることが重要である。

政策への貢献

労働政策の効果的、効率的な推進(ハローワーク等現場活用を含む)のための基礎資料として活用されることが期待される。

本文

研究の区分

プロジェクト研究「技術革新と人材開発に関する研究」
サブテーマ「技術革新と人材育成に関する研究」

研究期間

令和5年度

執筆担当者

小松 恭子
労働政策研究・研修機構 研究員
靳 璇
労働政策研究・研修機構 アシスタントフェロー
江 天瑶
労働政策研究・研修機構 アシスタントフェロー
勇上 和史
神戸大学 教授
楠瀬 千尋
早稲田大学大学院修士課程
(元労働政策研究・研修機構 アシスタントフェロー)
麦山 亮太
学習院大学 准教授

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