労働政策研究報告書No.230
「二極化」以後の非正規雇用・労働
―公的統計等の公表データ集計・個票データ分析より―

2024年5月30日

概要

研究の目的

正規雇用・労働(正社員)と非正規雇用・労働(非正社員)の労働条件や働き方の「二極化」が問題とされて久しい。本報告書では、そのような問題認識が成立してから一定の年数が経過していること、非正規労働者保護を目的とした法政策の導入、労働力不足の進行など大きな環境変化が生じていることを踏まえ、非正規雇用・労働の実態に関する知見を更新し、主として2010年代において正規・非正規の「二極化」にかかわる問題状況がどのように変化したのかをまとめた。

研究の方法

公的統計等の公表データ時系列集計および個票データ二次分析。

主な事実発見

■公表データの時系列集計より(第1部)

  • 第1章によれば、役員を除く雇用者に占める非正規労働者の割合(非正規率)は、頭打ちとなり、女性や54歳以下の現役世代(とりわけ若年層)では低下傾向にある【図表1】【図表2】。また、従業員数10人以上の企業における有期雇用労働者の割合(有期雇用率)も2017年をピークに低下傾向にある【図表3】。
  • 第2章によれば、非正規労働者の就業形態選択理由をみると、「正規の職員・従業員の仕事がないから」の割合が低下し、「自分の都合のよい時間に働きたいから」の割合が上昇している【図表4】。事業所側の非正規労働者活用理由をみると、2010年から2019年にかけて「賃金の節約のため」の選択割合が低下し、「正社員が確保できないため」の選択割合が上昇している。

図表1 非正規率(男女別、%)図表2 非正規率(年齢別、%)図表3 有期雇用率(男女別、%)

図表1概要:役員を除く雇用者に占める非正規労働者の割合(非正規率)は、概ね2015年ごろから頭打ちとなっている。女性に関しては、低下傾向にある。
図表2概要:役員を除く雇用者に占める非正規労働者の割合(非正規率)を年齢別にみると、54歳以下の現役世代(とりわけ若年層)では、2010年代に低下傾向に転じている。
図表3概要:従業員数10人以上の企業における有期雇用労働者の割合(有期雇用率)は、2017年をピークに低下傾向にある。

出所:図表1図表2は総務省「労働力調査(詳細集計)」(2011年はデータなし)、図表3は厚生労働省「賃金構造基本統計調査」(2019/20年で集計対象が異なる)より。

図表4 非正規労働者の就業形態選択理由(%)

図表4概要:非正規労働者の就業形態選択理由をみると、2013年から2022年にかけて「正規の職員・従業員の仕事がないから」の割合が低下し、「自分の都合のよい時間に働きたいから」の割合が上昇している。

出所:総務省「労働力調査(詳細集計)」より。

■個票データの二次分析より(第2部)

  • 第3章によれば、非正規労働者のうち、「正社員として働ける会社がなかったから」という理由で非正規労働者となった者の割合(不本意非正規率)は、2010年から2019年にかけて低下しており、特に若年層においてその傾向が顕著であった。なお、学歴別、職業別、産業別、企業規模別など労働市場のどのセグメントにおいても不本意非正規率は低下していたことから、全体として正社員への転換のハードルは下がっており、正社員として就職・転職する上で何らかの困難を抱えている者が不本意非正規労働者として残っている可能性が示唆される。(厚生労働省「就業形態の多様化に関する総合実態調査」より)
  • 第4章において、男女別の賃金関数により正規・非正規間の賃金格差を推計(コントロール変数は教育年数、経験年数、経験年数二乗、職業、企業規模、産業)したところ、依然として差は残るが、2010年から2019年にかけてその差は2~4%ポイント縮小した。(厚生労働省「就業形態の多様化に関する総合実態調査」より)
  • 第5~6章において「正社員を確保できないため」「学卒等一般の正社員の採用、確保が困難なため」といった理由で非正規労働者を活用・雇用している事業所・企業の特徴を分析したところ、それらの事業所・企業では正社員の賃金水準は低いが、正社員と非正規労働者の賃金格差は小さく【図表5】、いわゆる「同一労働同一賃金」への対応にも積極的であり、教育訓練実施率や正社員転換制度導入率も高いことが浮かび上がってきた【図表6】。ちなみに、それらの事業所・企業で働く非正規労働者は必ずしも正社員転換希望率が高いわけではないが、正社員転換制度が導入されている場合や、その際の転換先として短時間正社員などの限定正社員が設定されている場合には、正社員転換希望率が高い可能性がある。(厚生労働省「就業形態の多様化に関する総合実態調査」および「パートタイム・有期雇用労働者総合実態調査」より)

図表5 パートタイム労働者の活用理由と時間あたり賃金(円)


図表6 パートタイム労働者の雇用理由と正社員転換制度導入率(%)

図表5概要:「正社員を確保できないため」という理由でパートタイム労働者を活用している事業所では、正社員とパートタイム労働者の賃金格差が小さい。
図表6概要:「学卒等一般の正社員の採用、確保が困難なため」という理由でパートタイム労働者を雇用している企業では、正社員転換制度の導入率が高い。

出所:図表5は本文図表6-5-10、図表6は本文図表5-3-9に基づき作成。

  • 第7章において、いわゆる「無期転換ルール」実行後の無期転換者の実態と意識を分析したところ、同じ仕事をしている正社員との待遇の違いに関して、無期転換により多様な正社員になった者の不満は必ずしも強くないが、昇進可能性についての不満は他の雇用区分よりも強かった。また、無期転換を経て引き続き非正社員である者は、元々無期雇用である非正社員よりも、正社員転換希望割合が高く、同じ仕事をしている正社員との待遇の違いに関する不満も強かった。(JILPT「多様化する労働契約の在り方に関する調査」より)
  • 第8章において、派遣労働者の今後の働き方の希望を分析したところ、派遣元において「無期雇用派遣労働者の登用制度」の情報提供がある場合、キャリアコンサルティング相談窓口がある場合に、派遣労働の継続を希望する傾向がみられた。また、週実労働時間が短い派遣労働者がとりわけ派遣労働の継続を希望する傾向にあること、短時間の派遣労働者で派遣労働の継続を希望しているグループは、特殊な勤務管理の下で働いている場合が多いことが確認された。(厚生労働省「派遣労働者総合実態調査」より)

政策的インプリケーション

非正規労働者の割合は頭打ちになり、既に女性や若年層では低下に転じている。有期雇用の割合も2017年をピークに確実に低下し始めている。また、賃金節約のための非正規雇用活用は後退、正規・非正規間の賃金格差は縮小し、不本意非正規率の低下と積極的な非正規選択理由の上昇もみられる。これらの事実から、正規・非正規の「二極化」問題は、一定程度は縮小したと言える。

しかし、この問題は一朝一夕で解決されるものではない。労働政策の課題として「二極化」問題が解決されたか継続しているかと問われれば、継続していると言うべきである。それに加えて、より重要なのは、「二極化」にかかわる問題の性質が変化していると認識することである。

序章での先行研究レビューにより、「二極化」の下での非正規雇用・労働に関する調査研究においては、大別して、①正規・非正規間の労働条件格差、②不本意非正規労働者の実情、③非正規から正規への転換、④正規・非正規の中間区分のあり方が論じられてきたことを確認した。これらの論点に引きつけながら、「二極化」にかかわる問題の性質の変化と、それを踏まえた政策含意を述べると、次のようになる。

  1. 正規・非正規間の労働条件格差については、非正規の賃金ペナルティのわずかな縮小が確認されたものの、依然として賃金や雇用の安定性の格差は大きい。いわゆる「同一労働同一賃金」の施行状況を注視するとともに、昨今の人手不足を好機と捉えて労働基準監督署においてその遵守を徹底していくことが求められる。また、コロナ下における非正規労働者の雇用減少の要因も引き続き検証していく必要がある。
  2. 不本意非正規率が低下するなかで、個別事情は様々あると考えられるが、正社員として就職・転職する上で何らかの困難を抱えている者が不本意非正規労働者として残っている可能性がある。それゆえ、彼らへの支援の軸足を、求人開拓、職業紹介、企業内での正社員登用促進から、より基礎的な職業訓練や就職活動支援へと移していくことが有益である。他方で、時間選択における自由度の高さが、非正規雇用・労働の積極的側面として改めて注目される。そこから、有期雇用が減少するなかでの短時間労働者の増加、さらには非正規労働者のフリーランス・ギグワーカーへの転身が予見され、「フリーランス新法」の施行状況の注視が必要である。
  3. 非正規から正規への転換に関しては、これまでとは逆に、正社員の賃金水準が低いがゆえに正社員が不足しているなかで、人を集めやすいという理由でパートタイム労働者などを活用しており、企業・事業所としても彼らの正社員への転換を進めたいが、本人たちが必ずしもそれを望んでいないという構図が見出せた。ここから、価格転嫁などを通じて正社員の賃金を引き上げること、これまでとは別の観点から短時間正社員など限定正社員の導入を推進することが必要である。
  4. 正規・非正規の中間区分のあり方をめぐっては、無期転換の本格化を踏まえた議論が必要となるが、その際、「無期転換ルール」そのものは有効に機能していると考えられることから、企業の人事管理での取り組みが重要となる。まず、無期転換により引き続き非正規労働者である者が、元々無期雇用である非正規労働者と比べて待遇に関する不満が強いことから、彼らの意欲と能力を十分に活かせるよう賃金等の処遇を見直していくことが求められる。また、無期転換により限定正社員となった者が、(待遇に対する不満は総じて弱いものの)昇進に対して不満を抱いていることから、彼らを長期的な視点で育成するとともに、昇進を含めた広い意味での処遇の公正性を高めていく必要がある。

政策への貢献

政策論議の基礎資料として活用される予定。

本文

章別分割版

研究の区分

プロジェクト研究「多様な人材と活躍に関する研究」
サブテーマ「多様な人材と活躍に関する研究」

研究期間

令和5年度

執筆担当者

高橋 康二
労働政策研究・研修機構 主任研究員
森山 智彦
労働政策研究・研修機構 研究員
岡本 武史
労働政策研究・研修機構 アシスタントフェロー
福井 康貴
名古屋大学大学院環境学研究科 准教授
西野 史子
一橋大学大学院社会学研究科 教授

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