労働政策研究報告書 No.185
働き方の二極化と正社員
―JILPTアンケート調査二次分析結果―

平成28年11月30日

概要

研究の目的

正規雇用(正社員)と非正規雇用(非正規雇用労働者)の労働条件格差が社会的関心を集める一方で、正社員の働き方をめぐっても、長時間労働・残業、それに伴うストレスや健康への影響、転勤による家庭生活への支障等、様々な問題が指摘され、正社員と非正規雇用労働者の働き方の二極化の解消が求められている。

上記の背景のもと、この報告書では、JILPTがプロジェクト研究サブテーマ「正規・非正規の多様な働き方に関する調査研究」の一環として実施した3つのアンケート調査の二次分析により、正社員と非正規雇用労働者の働き方の二極化の解消のために必要な方策を示す。

具体的には、正社員転換の推進、正社員の労働負荷の抑制、限定正社員制度の普及の3つの政策課題に、より円滑かつ効果的に取り組むための方策を提示する。

なお、正社員と非正規雇用労働者の働き方の二極化の解消に関しては、上記3つのほか、処遇格差の是正が重要な政策課題であるが、このテーマについてはJILPTではすでに別の方法で取り組んでいるため、この報告書では直接的な分析対象としていない。

研究の方法

JILPTが2013年度に実施した、以下3つのアンケート調査の二次分析

  • 2013年7月~8月実施「職業キャリアと働き方に関するアンケート」
  • 2014年1月~2月実施「多様な就業形態と人材ポートフォリオに関する実態調査(事業所調査・従業員調査)」
  • 2014年3月実施「正社員の労働負荷と職場の現状に関する調査」

主な事実発見

1.正社員転換先の特徴、転換後の就業実態

  • 正社員転換を内部転換(内部登用)と外部転換(外部採用)に分けると、内部転換を実施している事業所は、非正規雇用労働者への能力開発を積極的に行なっていた(第2章)。また、正社員転換後の仕事に求められる技能レベル、賃金水準は、外部転換者より内部転換者の方が高かった(第3章)。他方、正社員と非正規雇用者労働者の賃金格差が小さい事業所ほど外部採用に積極的であり(第2章)、実際に外部転換者は中小企業に多く分布していた(第3章)。
  • 正社員転換の意味合いが男女で異なっていた。具体的には、女性の場合、男性と比べて正社員への転換が起こりにくいだけでなく、正社員転換後も早期に離職しやすいこと、女性の正社員転換者は女性の新卒者と比べても離職しやすいことが明らかになった。
  • 正社員転換者の仕事に求められる技能レベル、賃金水準は、新卒で正社員となっている者と比べて低かったが、労働時間は、必ずしも長いわけではなかった。(第3章)。

2.人事管理・産業特性と正社員の労働負荷

  • 賃金およびその上昇幅の規定要因の分析から、正社員、特に若手正社員に対する人事管理のありようが、産業ごとに大きく異なっていることが確認された(第4章)。そのこともあってか、若手正社員の心理的負荷を高めている労働負荷の内容が、産業ごとに異なっていた。具体的には、「教育、学習支援業」においては、業務量や責任感に起因する長時間残業が、「宿泊業、飲食サービス業」においては、最低限の休日・休暇を確保できない状況が、「金融業、保険業」においては、成果管理にともなう問題が指摘された(第5章)(図表1)。

    図表1 労働者が指摘する職場や会社の問題(複数回答)

    図表1画像

    資料出所:本報告書図表5-2-4より。
    注: 太字は、それぞれの問題の指摘率が最も高い産業。

  • 若年の雇用吸収先として期待が持てる産業であるが、正社員の残業の多さ、若年正社員の離職率の高さ、正社員のメンタルヘルス不調者の多さが懸念される情報通信業における、長時間残業の要因とその影響が明らかにされた。具体的には、他産業と比べて情報通信業においては、仕事の「量」の多さ、およびそれを労働者自身でコントロールできない状況に起因して長時間残業が発生しており、そのことにより仕事に対するモチベーションが低下するとともに、労働者が離職するリスクが高まっていることが示された(第6章)。また、情報通信業は個人業績の評価が賃金上昇に大きな影響を与える産業であるが(第4章)、成果・業績による月給変動の可能性が長時間労働の発生に関与していた(第6章)。
  • 長時間労働の発生には人事管理のあり方が影響を与えていることも明らかにされた。具体的には、正社員の目標達成に向けた「指導・管理」の頻度、「最低評価をされた正社員への措置」の厳しさなど、成果主義人事の運用面での厳しさが労働時間に影響していることが示された。また、労働者が仕事の量をコントロールできない状況が長時間労働をもたらしていることも、改めて確認された(第7章)。

3.限定正社員の活用・就業実態

  • 仕事の定型性や労働時間、賃金面において、限定正社員は無限定正社員と非正規雇用労働者の中間にあった。そして、限定正社員の仕事に対する満足度を、無限定正社員のそれと比べると、賃金、仕事内容、能力開発に対する満足度は無限定正社員の方が高いが、労働時間に対する満足度は限定正社員の方が高かった(第9章)。
  • 正社員転換者が限定正社員になりやすいこと、逆に言えば限定正社員の雇用区分が彼らの受入れ先としての役割を果たしている可能性があることが示唆された(第3章)。そして、限定正社員の仕事に対する満足度を分析したところ、非正規雇用から正社員転換により限定正社員になった者は、そうでない限定正社員よりも、賃金、労働時間、仕事内容、能力開発機会に対する満足度が高かった(第9章)。
  • 企業における限定正社員の存在・導入が、周辺労働力の再編成を意味しているのか、基幹労働力の働き方の多様化を意味しているのかについては、職種によって答えが大きく異なっていた。具体的には、「事務職」、「生産・技能職」の限定正社員の場合は、管理職へのキャリアパスが伸びておらず周辺労働力の再編成としての側面が強く、「営業職」の限定正社員の場合は、それが伸びており基幹労働力の働き方の多様化の側面が強かった。他方、「接客・サービス職」の場合は、非正規雇用から管理職への移動が連続的に可能であり、その中間地点の働き方として限定正社員の雇用区分が導入されていると考えられる(第8章)。

政策的インプリケーション

1.正社員転換の推進

  • 正社員転換の質を高める上で、内部転換の仕組みに優越性がある点に注目する必要がある。具体的には、キャリアアップ助成金など既存の制度を用いて内部登用による正社員転換を一層推進していくことが求められる。また、トライアル雇用奨励金、ジョブカード制度や、ハローワークによる求人開拓などを通じて外部転換(外部採用)を支援・促進する際には、それらの量を増やすことに加えて、仕事に求められる技能レベルや賃金水準の高い優良企業等の門戸を広げるよう働きかけていくことも求められる。
  • 女性の正社員転換者が転換先に定着しにくい傾向が示されたが、その背景として、女性正社員の職務レベル、賃金水準の低さが関係している可能性がある。企業や組織での女性の活躍が求められる中で、女性が非正規雇用に滞留してしまう現状を改めていくためにも、正社員の職場における男女間での職務レベルの格差、それに伴う賃金の格差の是正が求められる。
  • 正社員になると長時間労働に直面するとの不安などから、正社員転換を躊躇している非正規雇用労働者は少なくないと考えられる。彼らに対し、正社員転換者の働き方についての適切な情報を提供することも求められる。

2.正社員の労働負荷の抑制

  • 労働負荷を抑制する方策に関しては、法律による労働時間の規制が中心であり、その必要性は疑い得ないが、それを補強する形で、労働負荷の内容や発生メカニズムが産業ごとに異なることを踏まえた方策も求められる。いわば、労働時間が「どのくらい長いか」に加えて「どのように長いのか」という「労働時間の質的側面」にも目を配る必要がある。
  • 長時間労働・残業を抑制する上では、法律による規制に加えて、新しい労務管理手法の導入実態およびそれが労働時間に与える影響、そもそも労働者が仕事の量をコントロールできない状況がなぜ発生しているのかなどについての調査研究が、引き続き求められる。

3.限定正社員制度の普及

  • 限定正社員制度の普及が、正社員の働き方の多様化と非正規雇用労働者の正社員転換の促進という2つの目的に適うことが、改めて確認された。厚生労働省では、限定正社員制度の導入を推進すべく、実態調査、法的位置づけの検討、好事例の収集などに取り組んでいるが、これらの取り組みは維持されるべきである。
  • 他方、限定正社員制度の存在・導入が、企業内での労働者のキャリアに与える影響を明らかにするためには、「限定正社員」という形式的な特徴にとらわれず、その背後にある企業内の労働力活用の実態も注視する必要がある。限定正社員制度に関する実態調査、好事例の収集などに取り組む際に、そのような視点を取り入れていく必要があろう。

4.労働市場の望ましい姿

  • 本報告書が提示する、働き方の二極化を解消するための諸方策が志向している労働市場の姿を図示すると、図2のようになる。これを総体として見ると、労働負荷が重い仕事に就く労働者が減り、職務レベルの高い仕事に就く労働者が増える――図の左上に向かう――ベクトルが浮かび上がる。

    図表2 本報告書の結論から導かれる労働市場の姿

    図表2画像

    資料出所:本報告書図表終-2-1より。

政策への貢献

厚生労働省内に設置されている「正社員転換・待遇改善実現本部」、「長時間労働削減推進本部」の活動に貢献することが期待できる。

本文

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研究の区分

プロジェクト研究「非正規労働者施策等戦略的労働・雇用政策のあり方に関する調査研究」
サブテーマ「正規・非正規の多様な働き方に関する調査研究」

研究期間

平成27年度~28年度

執筆担当者(肩書は公開時点)

高橋 康二
労働政策研究・研修機構 副主任研究員
李 青雅
労働政策研究・研修機構 アシスタント・フェロー
小野 晶子
労働政策研究・研修機構 主任研究員
高見 具広
労働政策研究・研修機構 研究員
三家本 里実
一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程
小倉 一哉
早稲田大学商学学術院 教授
池田 心豪
労働政策研究・研修機構 主任研究員
森山 智彦
下関市立大学経済学部 特任教員

関連の研究成果

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