ディスカッションペーパー25-02
タスク需要と若年者の地域間移動
―男女別・学歴別の分析
概要
研究の目的
本研究の目的は、職業別のタスクスコアに基づいて、日本の都道府県における労働需要の質的な差異を測定し、様々なタスクに対する需要の地域差とその変化が若年者の地域間移動に与える影響を検証することである。
研究の方法
厚生労働省の「職業情報提供サイト(日本版O-NET)(以下「日本版O-NET」 という)」で公開されている職業別の数値情報、総務省「国勢調査」個票データおよび日本の都道府県を単位とした地域の労働市場および社会経済特性に関する複数のデータを用いた二次分析
主な事実発見
1980年代後半から2010年代後半にかけての4期間において、地域別のタスク需要と20代の若年者の地域間移動の関係を学歴別・男女別に分析した結果、次の点が明らかになった。 第1に、地域間のタスク需要の格差は若年者の地域間移動の意思決定に影響を与えている。高度な対人スキルが求められる「非定型相互タスク(例:マネジメント業務)」の需要が少ない県から多い県へ若年者が移動する一方で、身体的な負荷が大きい「非定型手仕事対人タスク(例:サービス・ケア業務)」の需要が多い地域から少ない地域へ移動する傾向が見られる。これは、若年者が高スキル・高需要の仕事が多い県へ流入し、身体的負荷の大きい仕事が多い県から逃れる傾向があることを示している。一方で、全国的に需要が減少している「非定型手仕事身体タスク(例:運転・建設・農林漁作業)」の需要が多い地域への移動傾向も観察されている。
第2に、若年者の地域間移動には男女差が存在する。女性は高度な頭脳的タスクである「非定型分析タスク(例:分析業務)」や「非定型相互タスク(例:マネジメント業務)」の多い地域へ移動する傾向にあるが、男性にはこのような傾向が見られない。また、男女ともに、全国的に需要が減少している「非定型手仕事身体タスク(例:運転・建設・農林漁作業)」の需要が多い地域への移動も観察される。
図表1 都道府県間移動率に関する推定結果(加重固定効果モデル)
男女計 | 男性 | 女性 | |
---|---|---|---|
女性 | -0.0366** | ||
[0.0178] | |||
大学卒以上 | 0.982*** | 1.112*** | 0.784*** |
[0.0759] | [0.0790] | [0.0782] | |
タスクスコアの差異: | |||
非定型分析 | -0.164 | -0.251 | -0.820* |
[0.301] | [0.443] | [0.418] | |
非定型相互 | -0.808* | 0.176 | -2.318*** |
[0.429] | [0.691] | [0.622] | |
定型認識 | 0.0155 | -0.238 | 0.272 |
[0.180] | [0.310] | [0.476] | |
定型手仕事 | 0.293 | 1.075** | 1.550*** |
[0.290] | [0.402] | [0.546] | |
非定型手仕事身体 | -1.064*** | -1.050** | -3.430*** |
[0.383] | [0.430] | [0.863] | |
非定型手仕事対人 | 0.833*** | 0.637** | 1.579*** |
[0.158] | [0.295] | [0.239] | |
観測数 | 34,170 | 17,135 | 17,035 |
決定係数 (R-squared) | 0.932 | 0.934 | 0.945 |
調整済み決定係数 | 0.928 | 0.925 | 0.937 |
注:括弧内の数値は、出発地となる都道府県でクラスタリングした標準誤差を示している。被説明変数は47×46の都道府県ペア間の移動確率のロジット変換値。制御変数および年ダミーは省略。タスクスコアの係数が負(正)で統計的に有意な場合、人口は当該タスクの需要が少ない(多い)地域から多い(少ない)地域に移動する傾向があることを示す。*** p<0.01, ** p<0.05, * p<0.1。
第3に、若年者の都道府県間移動には学歴による差異が見られる。大学卒以上の若者は頭脳的なタスクの地域差に敏感で、特に、男性では高度な対人スキルを要する「非定型相互タスク(例:マネジメント業務)」が多い地域、女性では高度な分析スキルを要する「非定型分析タスク(例:分析業務)」が多い地域への移動する傾向がある。一方、高校卒以下の若者では、地域のタスク需要の格差と都道府県間移動の間に統計的に有意な関係は見られない。大学卒以上の者は高校卒以下の者に比べて都道府県間の移動率が高い。特に大卒以上の女性は、高度なスキルを要する分析的タスクの需要が多い地域への移動する傾向があり、これは高学歴の若年女性が都市圏へ移動する要因の一端を説明している。
図表2 学歴別の都道府県間移動率に関する推定結果(加重固定効果モデル)
大学卒以上 | 高校卒以下 | |||||
---|---|---|---|---|---|---|
男女計 | 男性 | 女性 | 男女計 | 男性 | 女性 | |
女性 | -0.224*** | 0.0892*** | ||||
[0.0159] | [0.0230] | |||||
タスクスコアの差異: | ||||||
非定型分析 | -0.231 | 0.330 | -0.961*** | 0.193 | 0.0529 | -0.645 |
[0.272] | [0.337] | [0.317] | [0.318] | [0.633] | [0.648] | |
非定型相互 | -0.790** | -1.096** | -0.728 | 0.0398 | 0.622 | 0.0273 |
[0.352] | [0.470] | [0.676] | [0.568] | [0.922] | [0.904] | |
定型認識 | 0.0363 | 0.142 | 0.964** | -0.274 | -0.166 | 0.0172 |
[0.206] | [0.330] | [0.394] | [0.232] | [0.418] | [0.562] | |
定型手仕事 | 0.746*** | 1.322*** | 0.700 | -0.023 | -0.096 | 0.427 |
[0.269] | [0.445] | [0.664] | [0.481] | [0.536] | [0.665] | |
非定型手仕事身体 | -1.335*** | -1.097* | -1.013 | -0.277 | -0.0782 | -1.133 |
[0.328] | [0.545] | [0.976] | [0.639] | [0.637] | [0.981] | |
非定型手仕事対人 | 0.908*** | 1.320*** | 0.356 | 0.384 | -0.181 | 0.427 |
[0.212] | [0.241] | [0.397] | [0.264] | [0.432] | [0.350] | |
観測数 | 17,124 | 8,627 | 8,497 | 17,046 | 8,508 | 8,538 |
決定係数 (R-squared) | 0.974 | 0.981 | 0.977 | 0.955 | 0.958 | 0.968 |
調整済み決定係数 | 0.970 | 0.975 | 0.970 | 0.948 | 0.944 | 0.958 |
注:括弧内の数値は、出発地となる都道府県でクラスタリングした標準誤差を示している。被説明変数は47×46の都道府県ペア間の移動確率のロジット変換値。制御変数および年ダミーは省略。結果の読み方は図表1に同じ。*** p<0.01, ** p<0.05, * p<0.1。
政策的インプリケーション
本研究の分析結果に基づく政策的示唆は次の3点である。
- 変化する労働市場に効果的に対応するためには、需要が増加しているタスクに関連する分析スキルや対人スキルの育成を支援することが重要である。
- 地方で高度なスキルを持つ若年労働者を引きつけるためには、ICT資本への投資促進など戦略的な雇用開発が効果的である可能性がある。
- 地域の労働市場データを積極的に活用し、マッチング支援を充実させることが求められる。
政策への貢献
労働政策の効果的、効率的な推進(ハローワーク等現場活用を含む)のための基礎資料として活用されることが期待される。
本文
研究の区分
プロジェクト研究「技術革新と人材開発に関する研究」
サブテーマ「技術革新と人材育成に関する研究」
研究期間
令和6年度
執筆担当者
- 小松 恭子
- 労働政策研究・研修機構 研究員
- 勇上 和史
- 神戸大学 教授
- 張 楚
- 神戸大学大学院
- 麦山亮太
- 学習院大学 准教授
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