イギリスの育児休業制度および両立支援策

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JILPT 主任調査員補佐 樋口 英夫

はじめに

イギリスにおける合計特殊出生率は、2016年時点で1.8と先進諸国の中では高い水準にある。人口は持続的に増加し、2016年の6,565万人から、2030年には7,000万人を超えると予測されており、高齢化の進行も、他の欧州諸国に比して緩やかとみられる。女性の就業率は、過去40年にわたって上昇傾向にあり、2017年には7割を超えたところだ。産業構造の変化のほか、差別禁止法制の整備や社会保障給付の制度改正などの影響による可能性が指摘されている(注1)

育児休業関連の制度は、女性の就労拡大を背景に整備が行われてきた。以下、制度の変遷や現行制度の概要などを紹介する。

1. 制度の導入と変遷

(1)出産休暇制度の導入

イギリスにおける産前・産後の休暇制度は、1976年に導入され(注2)、妊娠・出産を理由とした解雇の禁止と併せて、出産休暇終了後の仕事への復帰が権利として初めて保障されるに至った。また、これに先立って実施されていた出産休暇中の給付制度についても、従来の定額の給付が見直され、支給期間18週のうち最初の6週間について、直前の給与額の9割が支給されることとなった。1970年代は、女性の労働市場への参加が進んだ時期であり、これには子供を持つ女性のパートタイム労働を通じた就業拡大が寄与したことが指摘されている(注3)。前後して、1970年平等賃金法が施行(1975年)され、また1975年性差別禁止法が成立するなど、職場における処遇や求人、あるいは教育・サービスの提供を含め、男女間の差別禁止に関する法整備が進んだ時期といえる。

これらの制度を原型に、以降、1980~90年代を通じた制度改編や適用要件の緩和などで、育児休暇・手当制度の適用対象となる女性労働者の範囲が拡大した。

(2)ワーク・ライフ・バランス政策の推進

1997年の労働党政権成立以降、育児関連の休暇制度や支援制度の整備が進展した。前保守党政権が、育児・介護は女性が担うべき役割であるとの意識や、労使関係の問題は労使の自主的な決定に委ねるべきであるとする伝統的な考え方などから、こうした施策の推進に消極的であったのに対して、労働党政権は発足の翌年に打ち出した雇用関連法制の改革構想の中で、「男女の家事と職務上の負担の対立を緩和する家族にやさしい政策」を柱の1つに位置づけ、出産休暇の改善や父親休暇の導入、柔軟な働き方を申請する権利、あるいは包括的な保育戦略など、法制度の整備や政策の拡充を進めた(注4)。女性の就業率の上昇に伴う柔軟な働き方へのニーズの高まりに加え、人口構成の変化や貧困問題への対応などの観点から、政府の側でも女性の就業率の向上を重視していたことがある。また同時に、長時間労働の是正や生産性の向上も意識されていたという(注5)

一方、企業の間でも、長期的な景気拡大に伴う人材不足から、人材確保とその定着を主な目的として、柔軟な働き方に対する関心が高まっていたといわれる。ただし、中小企業を中心に多くの企業にとっては依然として、ワーク・ライフ・バランスは利益の拡大よりもむしろ負担増につながりかねないとして懸念の対象と捉えられ、政策の推進(特に法制化)について賛同を得ているとは言い難い状況にあった。

ワーク・ライフ・バランスの企業にとっての利益への理解を促し、その普及を推し進めることを目的として、政府は2000年3月、「ワーク・ライフ・バランスキャンペーン」を立ち上げた。ワーク・ライフ・バランスの推進は企業と労働者の双方に利益となり、また広く経済的・社会的にも有益であるとの主張がなされ、具体的な取り組みとして、法定出産休暇・給付の拡充(給付対象となる期間を含む休暇期間の延長、給付額の引上げ)に加え、法定父親休暇と法定父親給付、また子供を持つ親に柔軟な働き方を申請する権利が新たに導入された。

図表1:育児休業制度・手当制度の変遷
  育児休業制度 各種手当
1970年代以前  

1912:国民保険制度(National Insurance)導入
出産一時金(maternal benefit)の導入

1948:出産手当(Maternity Allowance)導入
13週の定額の給付を支給(拠出制)

1953:出産手当の支給期間を18週に延長

1970年代

1976:出産休暇制度(Maternity Leave)導入
産前11週、産後29週まで、出産休暇後の仕事への復帰の権利を保障、出産予定週の11週前までに、当該の雇用主の下で勤続2年(週16労働時間未満の場合は5年)が要件

1977:出産手当(Maternity Pay)の導入
18週のうち最初の6週について、直前の給与の9割相当額を支給(勤続期間要件は出産休暇と同等)

1980年代

1987:出産休暇制度の勤続要件(勤続2年)を満たすべき時期について、出産予定週に先立つ11週から15週に延長

1987:法定出産給付(Statutory Maternity Pay)及び出産手当(Maternity Allowance)の区分の導入
- 法定出産給付:最初の6週に関する給与の9割相当額の給付を含む、計18週の給付
- 出産手当:法定出産給付の資格要件は満たさないが、定額手当の受給資格がある者向けの18週の手当
なお定額手当については、勤続要件を廃止、前年に6カ月間の国民保険加入を伴う雇用を新たに要件化。

1990年代

1994:出産休暇制度14週まで要件を廃止(EU指令による)、当該の雇用主の下で勤続2年の場合は追加で14週

1999:両親休暇制度(parental leave)導入
子供が5歳に達するまで、13週間の無給の休暇取得の権利(EU指令に基づく法整備)

1994:法定出産給付の受給要件を緩和、過去12カ月のうち26週の国民保険加入(出産手当については過去66週のうち52週)が新たな要件に

2000年代

2000:資格要件なく取得可能な出産休暇の期間を14週から18週に延長、前年に年間を通じて就業していた場合(雇用主を変更した場合を含む)には、追加で11週(計29週)の休暇取得の権利を付与

2003:出産休暇を52週に拡大、最初の26週(通常出産休暇)と追加的出産休暇26週に。条件保護の期間を26週に拡大。父親休暇(Paternity Leave)を導入、2週間の休暇取得が可能に。また、柔軟な働き方の申請権を導入(6歳未満の子どもを持つ被用者が対象)。

2003:定額手当の支給期間を12週から20週に延長、全体の支給期間は18週から26週に。また法定父親給付(Statutory Paternity Pay)を導入、週平均給与額の9割または定額の手当のいずれか低い額を支給

2007:定額手当の期間を20週から33週に延長、全体の支給期間は26週から39週に(法定出産給付・出産手当とも)、また休暇期間中、10日を上限として就業を認める制度(keeping in touch days)を導入。

2010年代

2011:父親休暇の拡充(追加的父親休暇:母親が早期に職場復帰する場合、残余期間を代わりに取得可能)

2013:両親休暇、13週から18週に延長(EU指令改正に伴う制度改正)

2014:柔軟な働き方の申請権、全ての被用者に拡大

2015:共有両親休暇(shared parental leave)導入、出産休暇の未取得部分を両親で共有、分割取得も可能に(追加的父親休暇は廃止)

2015:共有両親手当(shared parental pay)導入、出産給付の未受給部分を両親で共有

(3)「現代的職場」改革

保守党・自由民主党による連立政権は2011年5月、「現代的職場」(Modern Workplaces)と銘打った施策パッケージ案の中で、出産休暇を父母間で共有可能とする制度の導入を打ち出した。母親の休暇取得に重点を置く従来の制度を改め、両親に同等の権利を付与するとともに、取得期間の柔軟性を高めることなどで、父親の休暇取得の促進をはかり、母親の負担を軽減することが目的として掲げられた。前後して実施されたコンサルテーションに対する、企業や労使団体、非営利組織などからの制度導入への賛同を受けて、共有両親休暇制度が2015年に導入された。また、併せて提案されていた、柔軟な働き方の申請権に関する対象の拡大は2014年に実施された。

2. 現行制度の概要

現在の育児休業関連制度は、産前産後の出産休暇(出産(養子)休暇、父親休暇および共有両親休暇)と、育児休暇に大きく分かれる。これに、家族の緊急の状況への対応に目的を限定した時間単位の休暇取得の制度がある。なお、妊娠・出産を理由とする差別や不公正な取り扱いは、法律上禁止されており、労働者は雇用審判所への提訴を通じて、法的救済を仰ぐことができる。

(1)出産休暇制度

①法定出産休暇

妊娠中の女性被用者を対象に、産前産後で最長52週間の休暇取得を認める。休暇は一括で取得することとされ、うち産後2週間(工場労働の場合は4週間)は、安全衛生の観点から取得が義務づけられている。休暇取得に関する事前予告は、出産予定週の15週前、また休暇開始予告は開始日の28日前までとされる。勤続期間に関する要件はない。

取得可能な52週の休暇期間のうち、最初の26週分は「通常出産休暇」と呼ばれる。この間に復職する場合は現職復帰、労働条件の保障が前提となる。また、これを超える部分(最長26週)は「追加出産休暇」と呼ばれ、この間に復職する場合は、現職または同等の職に復帰することができる。

休暇取得者は資格要件(注6)を満たす場合、最長で39週まで法定出産給付(SMP)を受給することができる。支給額は、最初の6週間が従前の週平均給与額の90%、以降33週は所定の額(2017年度で週140.98ポンド)との間でいずれか低い額となる。支給は雇用主が行うが、うち92%は社会保険料の減額により還付される。

また、SMPの受給資格がない者(自営業者を含む)については、出産に先立つ期間における一定以上の就労・所得(注7)を要件に、拠出制の出産手当制度が適用される。支給期間は法定出産給付と同等の39週、最初の6週分は従前の週当たり平均収入額の9割、残る期間については定額手当との間でいずれか低い額が支給される。支給は、ジョブセンター・プラス(公共職業紹介機関)が行う。

②法定父親休暇

父親に認められている休暇で、産後8週目までに1週間または2週間を1回取得することが可能。勤続期間(出産予定週の15週前までに26週以上)が資格要件となり、休暇期間中は、法定父親給付として、給与額の9割または所定の手当額のいずれか低い方の額が支給される。

③共有両親休暇

法定出産休暇52週のうち、母親に取得が義務付けられている産後2週間を除く50週分について、両親間で分割して取得を可能とするもの。3期間(1期間は最低1週間)まで分割して取得が認められ、両親とも取得要件を満たす場合は、重複する期間に休暇を取得することもできる。配偶者・パートナーとともに育児の責任を負っていること、いずれかが法定出産休暇または出産手当に関する権利を有することを前提として、勤続期間(出産予定週の15週前までに当該の雇用主の下で26週以上)、また休暇期間中も同一の雇用主との雇用関係にあることが要件となる。加えて、配偶者・パートナーについても、就業実績および賃金水準に関する要件を満たすことが求められる(注8)

両親のうち一方が法定出産手当の受給資格があり、もう一方についても法定父親手当等の受給資格を有する場合、共有両親手当を受給することができる。

(2)育児休暇制度

我が国における育児休暇制度の一部は、前項の法定出産休暇(または父親休暇・共有両親休暇)に含まれるが、法定の権利は1年が上限であり、これ以降については同等の制度は設けられていない。育児を理由とする休暇制度としては、無給の両親休暇制度がある。雇用主の下で勤続期間が1年を超える被用者に、子供が18歳になるまで計18週の休暇取得を認めるもので、取得は1週間を単位とし、年間の取得上限は子供1人当たり4週までとされる。

また、育児目的には限定されないが、柔軟な働き方を申請する権利が認められている。勤続期間が26週を超える従業員が対象となり、雇用主は従業員からの申請を真摯に検討することが義務付けられている。

図表2 柔軟な働き方の例
  • パートタイム労働:契約上の労働時間を通常より短時間にする。
  • 在宅勤務:契約上の労働時間の全てまたは一部について、自宅等で就業する。
  • 期間限定労働時間短縮:連続した一定の期間、労働時間を短縮し、その後通常の時間に戻す。
  • ジョブ・シェアリング:パートタイム契約を結んだ二人の労働者が一つのフルタイムの仕事を分担する。
  • フレックス労働:勤務時間を労働者が決定する。通常は合意された一定のコアタイムを含む。働いた時間分の賃金が支給される。
  • 圧縮労働時間:通常よりも短い期間内での総労働時間数を契約する。例えば週5日勤務相当の総労働時間数のまま、勤務日数を週4日に変更。
  • 学期間労働:子供の学校の休暇中は無給休暇を取ることができる。
  • 年間労働時間:年間の総労働時間数を契約し、それに基づいて週の労働時間を決定する。

(3)看護休暇制度

我が国の看護休暇制度に相当する制度はないが、家族の緊急の状況への対応に目的を限定した無給の時間 単位の休暇取得(time off for dependants)の権利 が認められている。これも、被用者を対象とした制度 だが、勤続年数や労働時間等による資格要件はなく、 また取得可能な期間の上限や取得の形態等に関する規 定も設けられていない。ただし、当該の状況が事前に 分かっている場合は、緊急とはみなされないため、time offの取得はできない。この場合、上述の育児休暇を取得することとなる。

3. 育児休業制度の利用状況

(1)利用状況について

各種休暇制度の利用状況に関するデータは定期的に収集されておらず、取得者数や属性別の取得状況等、またその推移等は不明である。なお、OECDによれば、母親の出産・両親休暇の取得率は、2013年時点で58%であった(注9)。また一方、父親休暇については、2009年の調査において、取得率は55%であったと報告されている(注10)

なお、雇用年金省(注11)の分析によれば、父親休暇の取得率は、相対的に規模の大きい民間企業や公共部門で高いほか、時間当たり賃金の水準が高い父親の方が、取得率が高くなる傾向にある。職種別には、専門職や準専門・技術職で相対的に高い。

(2)利用しにくい状況に関する要因

妊産婦に対する差別状況に関する調査結果をまとめたビジネス・イノベーション・技能省と平等人権委員会の報告書(注12)によれば、調査に回答した母親の11%が、妊娠・出産を理由とする解雇(1%)や、選択的な整理解雇(職場の同僚は対象とならなかった)(1%)、悪い扱いを受け退職せざるを得ないと感じた(9%)、と回答している。また、出産休暇を取得した母親の9割が、雇用主は出産休暇の取得に快く応じたと回答する一方、妊娠中や職場復帰の際の支援に不満を感じたとする回答も2割強を占める。さらに、母親の半数は、妊娠・出産によりキャリア上の機会や仕事上の地位、雇用の安定にネガティブな影響が生じたと回答、うち24%は、柔軟な働き方を申請した(認められた)ことがネガティブな結果につながった、としている(注13)

一方、ビジネス・イノベーション・技能省(注14)は、父親による休暇取得を左右する要因として、給与水準、組織文化・社会的文化、制度の柔軟性(利用しやすさ)、労働市場(企業の姿勢・キャリアに関する展望)の4点を挙げている。また、他国における父親の休暇取得状況を分析、取得率に影響しうる要因の一つとして、休暇取得中の給付による所得代替率を挙げている(代替率が相対的に高い北欧諸国では、父親による休暇取得率も高い傾向)。また例えば、働く親の支援に関する非営利組織Working Familiesの調査(注15)では、共有両親休暇取得を妨げる要因として、経済的な理由を挙げる父親が約半数との結果を報告している。

また、企業は父親休暇に必ずしも積極的な反応を示していない。例えば、イギリス商業会議所(BCC)の調査では、回答企業1,300社の52%が父親休暇の導入は損失につながるとしており、ほぼ同様の結果は、小企業連盟(FSB)による調査でも報告されている(注16)。上記の平等人権委員会による2009年調査では、休暇取得を希望する父親のうち、36%は休暇を取得した場合に仕事へのコミットメントを疑われることを、また44%は昇進に支障が出ることを、それぞれ懸念している。

4. その他両立支援策

子供を持つ世帯向けの金銭的支援制度として、児童給付及び児童税額控除がある。

①児童給付

16歳未満(子がフルタイムの教育・職業訓練を受けている場合は20歳未満)の子を扶養している者が対象。支給額は、第1子が20.70ポンド/週、第2子以降は1人当たり13.70ポンド/週(2017年)。なお、世帯内に収入が年間5万ポンドを超える所得者を含む場合は、課税対象となる。

②児童税額控除

16歳未満の子を扶養している者が対象となる。家族控除545ポンド/年と、児童加算として1人当たり2,780ポンド/年からなり(このほか、障害を持つ子供について加算あり)、収入等に応じた減額措置がある。なお、2017年4月以降の新規申請者については、家族控除は廃止、また支給対象とする子の数も原則2人までに制限されている。

③その他(託児費用の補助)

また、イングランドでは、託児費用の補助が実施されている。自治体がサービス提供者である託児所、就学前教育組織等の2~4歳児について週15時間、年間570時間(38週)分までの託児費用が無料となっている。加えて2017年9月からは、一定未満の所得水準の就労世帯を対象に、3~4歳児について週15時間分、年間1,140時間(38週)分の無料化が導入され、従来の制度と合わせて週30時間分が無料で提供されることとなった。

加えて、雇用主が従業員に託児バウチャー(金券)を提供する場合、これに関する社会保険料を免除する制度も実施されている。雇用主が提携する外部機関または雇用主自身が発行するバウチャーについて、週55ポンドを上限として、従業員が給与に替えてこれを受け取る場合、この部分の社会保険料が免除されるというもの。政府によれば、2018年時点で5万組織超がバウチャーを提供しており、約60万世帯が利用している(注17)

参考レート

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