障害者・就労困難者向け給付の厳格化の動き
障害者や就労困難者に対する社会保障給付の引き締めに関する改正法が、9月に成立した。コロナ禍以降の非労働力人口の増加や、財政逼迫を背景に、給付の支給条件の厳格化や支給内容の見直し等を通じて、給付受給による非労働力化を防止しつつ給付支出の削減をはかることが企図された。しかし、当初案に盛り込まれていた障害者向け給付の大幅な削減が与党内部から強い反発を招いたため、政府はこれを撤回する形での法案成立を余儀なくされることとなった。
障害等への給付引き締めで就労促進と支出削減を企図
コロナ禍以降の非労働力層の拡大や、財政の逼迫を背景に、政府は障害者・就労困難者向けの給付が就労の妨げとなっているとして、是正に取り組む意向をかねてから示していた(注1)。政府の分析によれば、健康問題を理由とする非労働力人口はおよそ300万人で、2019年以降で80万人増加しており、また障害・健康問題に関連した給付の受給者も400万人超(稼働年齢人口の10分の1相当)にのぼる。こうした状況への取り組みの一環として、2025年3月に開始されたパブリック・コンサルテーションにおける方針文書(注2)では、低所得世帯全般を対象とした給付であるユニバーサル・クレジット(注3)と、所得の多寡を問わず一定の障害がある場合に支給される個人自立手当(Personal Independence Payment)に関する制度改正を行うとの方針が示された(注4)。
このうちユニバーサル・クレジットについては、基本となる支給額(単身の場合月400.14ポンド、またカップルの場合は月628.10ポンドなど)(注5)以外に、障害や健康問題がある場合に加算される額(月423.27ポンド)(注6)が大きいことが、就労困難を訴えるインセンティブを申請者に与えているとの見方から、政府は基本支給額の実質ベースでの増額を図る一方で、障害等による加算については改定を凍結のうえ支給要件も厳格化(注7)し、かつ22歳未満層は加算分の支給対象から除外するなどの内容を盛り込んだ。また個人自立手当(注8)については、より重い健康問題を抱える層に支給対象を限定するとして、障害の度合いに関する要件を引き上げる方針を示した(注9)。政府はこれらの制度改革により、2029年度までに年間48億ポンド(うちユニバーサル・クレジットで10億ポンド、個人自立手当で35億ポンド)の給付支出の削減が見込めるとの試算を示していた。
多くの与党議員が反対、個人自立手当の改革は先送りに
改革案により、多くの受給者が給付を断たれるとの見通しから、受給者や支援団体がこれに強く反発したほか、研究者やシンクタンク、あるいは議会の雇用年金委員会などからも懸念が聞かれた(注10)。とりわけ、個人自立手当の要件厳格化が、就労困難度が高く給付を必要とする多くの受給者を支給対象から除外し(注11)、結果として貧困の拡大につながりかねないことが問題とされた。
政府は、コンサルテーションの終了を待つことなく、一連の内容を盛り込んだ法案を6月半ばに議会に提出した(注12)が、ここでも与党議員の120人あまりが政府の改革案に反対の立場を示し、法案の採択が困難となった。このため、既存の受給者等についてユニバーサル・クレジットの障害等加算の減額を行わないことや、個人自立手当の制度改正を一旦撤回すること(注13)などの譲歩を経て、法案は9月初めに成立に至った(Universal Credit Act 2025
)。主な制度改正としては、ユニバーサル・クレジットの基本額について今後4年間、インフレ率を上回る改定を行うこと(2029年度までにインフレ率プラス4.8%を想定)、また障害等による加算を2026年4月以降の新規申請者から現行の約半額(月217.27ポンド)に減額のうえ改定を凍結すること、ただし既存の受給者、顕著な障害の基準を満たす者、終末期と判断された者については、従来の支給額を継続すること、など(注14)。個人自立手当の削減策が撤回された結果として、当初想定されていた48億ポンドの支出削減はほぼ消失することととなった(注15)。
注
- Get Britain Working White Paper
(本文へ) - Department for Work and Pensions "Pathways to Work: Reforming Benefits and Support to Get Britain Working Green Paper
"(本文へ) - 低所得層を対象とした複数の給付を統合する制度として、2013年から段階的に導入され、2026年3月には旧制度からの受給者の移行完了を予定(House of Commons Library "Managed migration: Completing Universal Credit rollout
")。(本文へ) - 方針文書にはこのほか、10億ポンドを投じる障害者や長期失業者向けの就労支援の拡充や、受給者が就労を試しても給付の受給資格を即座に見直さない(Right to Try)、既存の拠出制の求職者手当と就労困難者向け手当(生活・補助手当)の統合による新たな失業手当制度の導入(実質的には、生活・補助手当の支給期間を有限化する措置)など、関連する制度改革の方針が盛り込まれていた。(本文へ)
- 単身の場合は25歳未満で月316.98ポンド、25歳以上で月400.14ポンド、またカップルの場合は双方とも25歳未満でそれぞれ月497.55ポンド、いずれかが25歳以上の場合でそれぞれ月628.10ポンドなど。このほか、後述の障害等による加算や、子供がいる場合、あるいは保育費などの加算がある。(Universal Credit - What you'll get
)(本文へ) - 就労やその準備のための活動が困難(limited capability for work and work-related activity)と判断された場合、月423.27ポンドを加算。(本文へ)
- 既存の就労能力評価を廃止、後述の通り支給要件を厳格化した個人自立手当を受給している場合のみ受給を認める、というもの。なお、現行制度でも介護手当の受給権が個人自立手当と連動しており、厳格化の影響を免れない。(本文へ)
- 個人自立手当は、日常生活に関する部分と移動に関する部分に分かれ、それぞれに設定された評価項目に基づいて支給の当否が決定される。日常生活の評価項目としては、食事の支度や飲食、健康・治療管理、入浴などのほか、発話・聞き取り、読む、他者との交流、金銭管理など、また移動については、外出の可否やその計画・実行、移動能力。2025年度の支給額は、障害の度合いが相対的に軽度と評価された場合でそれぞれ週73.90ポンドと29.20ポンド、より重度と評価された場合で110.40ポンドと77.05ポンド(Personal Independence Payment (PIP)
)。(本文へ) - 政府案は、各評価項目で計8ポイント以上という従来の受給要件に加えて、1つ以上の項目で高いポイント(4ポイント以上)を得ることを新たに要件化するもので、支給対象から除外される受給者については、13週間の支給延長を行うとしていた。(本文へ)
- 例えば、議会雇用年金委員会の検討会(Get Britain Working: Pathways to Work
)では、改革案に批判的なエビデンスが多く寄せられた(House of Commons Work and Pensions Committee 'Get Britain Working: Pathways to Work - Written Evidence
')。(本文へ) - 政府の推計によれば、2029年度には既存の受給者の37万人、新規申請者の43万人が、制度改正により支給対象から除外される。(本文へ)
- Universal Credit and Personal Independence Payment Bill (PDF:1,004KB)
(本文へ) - The Timms Review
。社会保障・障害担当大臣
のほか専門家等による改正内容の見直し作業で、障害者や支援団体、介護者等の当事者の関与を得るとの方針が示されている。なお、法案成立後の10月末に、政府は未公表となっていた制度改正に関するパブリック・コンサルテーションの結果を公表している(Department for Work and Pensions "Government Response to the Pathways to Work Consultation (PDF:2.4MB)
")が、提出された約4万8000件の大半は、制度改正を前提とした質問項目への回答ではなく、個人自立手当の審査基準について現状維持を求める意見であったとされる。(本文へ) - House of Commons Library "Changes to Universal Credit rates from April 2026
"。なお、障害等加算における22歳未満層の扱いは、今後の検討の結果を待つこととなった(議会雇用年金委の検討会報告書に対する政府の回答文書(Department for Work and Pensions "Get Britain Working: Pathways to Work: Government Response (PDF:181KB)
")による)。(本文へ) - House of Commons Library 'Universal Credit and Personal Independence Payment Bill 2024-25: Progress of the bill
'によれば、ユニバーサルクレジット関連で約2億ポンドの削減。(本文へ)
参考資料
- Gov.uk
、UK Parliament
、legislation.gov.uk
ほか各ウェブサイト
参考レート
- 1英ポンド(GBP)=211.09円(2025年12月24日現在 みずほ銀行ウェブサイト
)
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