「低賃金労働者」の実質賃金が15.3%上昇
 ―2019~24年、EPI推計

カテゴリー:雇用・失業問題統計

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  • 国別労働トピック:2025年5月

リベラル系シンクタンクの経済政策研究所(EPI、ワシントン)は3月24日、米国の低賃金労働者(10パーセンタイル:賃金分布の下位から10%に位置する者)の実質賃金(時給)が2019~24年の間に15.3%上昇したと推計するレポート(注1)を発表した。中央値の労働者は5.8%、高賃金労働者は6.9%の伸び率にそれぞれとどまっている。EPIでは、労働市場の逼迫と、政府による経済対策などが相まって、低賃金層の賃金上昇につながったと指摘している。

低賃金層の伸び率は、高賃金層や中央値の2倍以上

EPIのレポートは、国勢調査局と労働統計局による人口動態統計(Current Population Survey、CPS)のマイクロデータを利用し、2019~24年にかけての米国労働者の賃金の動向を分析した。労働者の賃金分布を十分位ごと(10~90パーセンタイルの9区分)にきざみ、それぞれの区分に位置する労働者について、物価動向を踏まえた実質賃金上昇率を算出している。

それによると、賃金分布の下位10パーセンタイルに位置する低賃金労働者の実質賃金上昇率は15.3%で、各区分で最も高かった。中央値である50パーセンタイルの労働者(5.8%増)、区分内で最も高い90パーセンタイル(賃金分布の下位から90%、つまり上位から10%)の高賃金労働者(6.9%増)の2倍以上の伸び率を示している(図表1)。

図表1:労働者賃金分布十分位ごとの実質賃金伸び率(2019~24年、%)
画像:図表1

注:10thは賃金分布の下位10パーセンタイルに位置する労働者を意味する。

出所:経済政策研究所ウェブサイト

なお、同期間のインフレ(物価上昇)率は21.3%、年間約3.9%で、名目賃金上昇率はこれを上回る39.8%であった。

直近5年間の「力強い伸び」

同レポートはさらに、1979年以降の景気循環を5つの期間(1979~84年、1989~94年、2001~06年、2007~12年、2019~24年)に分け、それぞれの時期における賃金分布の下位10パーセンタイルに位置する労働者と中央値にあたる50パーセンタイルの労働者の実質賃金の推移も分析している。

それによると、下位10パーセンタイル労働者の実質賃金上昇率は、1979~84年が14.9%減、1989~94年が2.2%増、2001~06年が0.3%減、2007~12年が2.1%減で、直近2019~24年の15.3%増が、いかに「力強い伸び」であったかを示している(図表2)。

図表2:1979年以降の景気循環期における労働者の実施賃金の伸び率(下位10パーセンタイルと中央値)
画像:図表2

注:10thは賃金分布の下位10パーセンタイル、50thは同50パーセンタイル(中央値)に位置する労働者を意味する。

出所:経済政策研究所ウェブサイト

一方、中央値の労働者の実質賃金の伸び率は、1979~84年が1.4%減、1989~94年が0.7%減、2001~06年が2.8%増、2007~12年が1.5%減だった。2019~24年の5.8%増は、下位10パーセンタイル値の労働者と比べると小幅な伸びとなっており、この間に両者の賃金格差が縮小したことを示している。

賃金上昇の背景①―労働市場の逼迫

2019~24年はコロナ禍に見舞われた時期を挟む。この間、特に低賃金労働者の実質賃金が大きく伸びた背景について、EPIは「労働市場の逼迫」と「経済政策の効果」をあげる。具体的には以下のように、その理由を説明する。

労働市場の逼迫については、(1)失業率はコロナ禍のピーク時に月単位で極端な上下動を経験したが、2024年はわずかに上昇したものの、年間平均4.0%程度と低い水準で推移したこと、(2)2024年における25~54歳の働き盛り層(prime age)の労働参加率は80.7%で、コロナ禍前2019年の80.0%とほぼ同水準に回復したこと、などを指摘する。

失業率の低さは、労働者が相対的に不足していることを意味し、雇用主は労働者を引きつけ、あるいは、その雇用を維持するために、より一層の努力を強いられる。このため、失業率の低い(=人手不足の)労働市場では、低賃金労働者は労働市場でより良い条件を享受し、賃金上昇も早まる。

また、コロナ禍の初期には数百万もの雇用が突然失われ、その後、急速に回復した。このことは、通常であれば労働者を特定の仕事に縛り付け、より良い雇用機会を求める求職活動を妨げる障壁が除かれたことを意味する。これが、賃金上昇の抑制効果を軽減し、多くの低賃金労働者が退職し、より良い仕事を見つけることにつながったとみられる。

賃金上昇の背景②―政策効果

また、EPIレポートは、直近5年間における、特に低賃金労働者の賃金の急劇な上昇は偶然によるものではなく、パンデミックおよびその後に生じた深刻な経済的課題に対応するための、意図的な政策決定の結果であるとの見方も示している。

コロナ禍の初年度には、失業保険の拡充と拡大、経済的影響給付、児童税額控除、州・地方政府の支援などの措置を盛り込んだ大規模ないくつかの歳出法案が、連邦議会で可決された(注2)。これらの法律は、労働者とその家族が不況を乗り切るための救済策を提供した。より具体的には、雇用の急増を助長し、低賃金労働者に、より良い雇用機会と力強い賃金の伸びをもたらすことができた、と評価している。

最低賃金と賃金上昇

EPIレポートは最低賃金と賃金上昇の関係についても言及している。米国では2009年以降、連邦最低賃金が時給7.25ドルのまま据え置かれている。ただし、その間に全米50州のうち半数以上が独自に最低賃金を引き上げており、さらに州内の郡や市などがより高い最賃を設定しているところもある。

同レポートによると、2016~17年に最賃を引き上げた州では、引き上げなかった州に比べて、賃金分布の下位10パーセンタイルに位置する労働者の賃金の伸びが2倍に達した。だが、その後、2017~19年はこうした州間における賃金上昇率の差は縮小した。その要因としては、この時期の各州の労働市場は低失業率のもとで逼迫しており、企業が労働者を確保するためにより高い賃金を提示したことで、最賃引き上げの直接的な影響を受ける労働者の割合が相対的に少なかったためとみられる。このことからEPIでは、州最賃の引き上げは低賃金労働者に対して、「逼迫した労働市場であれば得たであろう利益」を確保する効果がある点を指摘している。

またEPIは、2019年以降、賃金分布の下位10パーセンタイルに位置する労働者の賃金が15.3%上昇したにもかかわらず、生活費を稼ぐことは、不可能ではないにしても、依然として困難であると指摘している。2019年から2024年の間に最低賃金が引き上げられた州では、2024年におけるこの層の労働者の平均時給は15.24ドルであり、引き上げられなかった州(12.85ドル)よりも18%以上高い。EPIの「ファミリーバジェット・カリキュレーター(Family Budget Calculator)」(注3)によると、時給が12.85ドルであっても時給15.24ドルであっても、米国のいかなる郡や大都市圏においても、「控えめながらも適切な生活水準(子どものいない単身者にとっての基本的な家計)」を実現するには不十分な水準であるとされている。

さらにEPIによると、2025年1月1日、21の州が最低賃金を引き上げ、920万人以上の労働者に恩恵をもたらした(注4)。その影響を受けた人々の20.4%の収入が貧困ラインを下回っており、ほぼ半数(48.5%)の収入は貧困ラインの2倍未満だったという。EPIでは、連邦政府が最賃を2009年以降据え置いているのは政策の不作為だと批判し、「低賃金労働者の実質賃金上昇を確保するためには、連邦最低賃金を引き上げることが不可欠だ」と強調している。

参考資料

  • 経済政策研究所ウェブサイト

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