「高関税政策」に対する労使の反応

カテゴリー:雇用・失業問題労使関係労働条件・就業環境

アメリカの記事一覧

  • 国別労働トピック:2025年5月

トランプ政権が国内産業保護のために打ち出した諸外国に対する高関税政策への波紋が広がっている。全米自動車労組(UAW)は3月26日、「自由貿易による災害に終止符を打つ」と評価。一方、国際港湾倉庫労働者組合(ILWU)は4月28日、「関連する労働者の壊滅的な失業につながる可能性がある」と警鐘を鳴らした。経営者団体である米国商工会議所(U.S.Chamber of Commerce)のニール・ブラッドリー最高政策責任者は、「広範な関税は増税であり、消費者物価を押し上げ、経済に悪影響を及ぼす」と批判している。世論調査や各種報道では、高関税政策がインフレを招くことを懸念する意見が目立つ。

大規模貿易赤字の脅威に「国家非常事態宣言」

2025年1月20日発足の第二次トランプ政権は、貿易赤字の削減、国内産業の保護・育成などの観点から、海外からの輸入品に高率の関税をかける政策を進めている。こうした「高関税政策」の主な内容は、(1)世界共通関税(相互関税)、(2)国別関税(メキシコ・カナダ、中国)、(3)品目別関税(鉄鋼・アルミ、自動車)、に大別される。

4月2日に出した大統領令「米国における年間貿易赤字の大規模かつ持続的な増加要因である貿易慣行是正のための相互関税による輸入規制の実施」(注1)では、「二国間貿易関係における互恵性の欠如、異なる関税率と非関税障壁、および米国の貿易相手国の経済政策が、国内の賃金と消費を抑制している」と現状を問題視した。そして、「年間の大規模かつ持続的な貿易赤字が、米国の国家安全保障と経済に対する異常な脅威を構成している」と主張。「その脅威の全部、またはかなりの部分が、主要な貿易相手国の国内経済政策と、世界貿易システムの構造的不均衡という、米国外にある」として、「この脅威に関して国家非常事態を宣言する」と表明した。

この大統領令では、上述の(1)について、世界のほとんどの国や地域の輸入品を対象に一律10%の基本税率をかけたうえで、貿易赤字が大きい国や地域に対して、異なる税率を上乗せする方針を示した。例えば、日本には各国一律の10%に、上乗せ分を含め計24%を課税することとした(その後、上乗せ分の課税は90日間(2025年7月9日まで)停止)。

トランプ政権は、各国が米国製品にかける「高関税」のほか、為替操作や、輸入を事実上阻む「非関税障壁」なども問題視している。米政府は上述の課税水準をスタートラインとして、状況に応じて課税実施時期の延期や税率引き下げ案の提示などの「妥協策」を交えつつ、各国当局と個別に取引し、新たな関税水準等の設定交渉を進めている。

労組の賛否は分かれる

こうした「高関税政策」に対して、米国内では国内産業の保護に寄与すると評価する一方で、高いインフレを招いたり、経済を減速させたりすることなどへの懸念が強い。労組のコメントや各種報道を見ると、米国の労働組合や労働者の意見は分かれている。

全米自動車労組(UAW)は3月26日、「自動車労働者への勝利で実現する自動車関税は(旧)NAFTA(北米自由貿易協定)と自由貿易による災害に終止符を打つ」と肯定的に受け止めるコメントを出した(注2)。さらに「現在、フォード、ゼネラルモーターズ、ステランティスでは、自動車業界幹部がメキシコへの雇用移転を決定したことを受け、数千人の自動車労働者が解雇されている」「米国で販売される数百万台の自動車は、海外で低賃金・高搾取の労働力によって製造されている」と指摘。そのうえで、今回の関税政策が「工場に製品と良質な自動車関連の仕事が再び供給されることで得られる経済的利益は莫大なものとなり、ミシガン州からテネシー州に至るまでの地域社会全体に連鎖的な影響を及ぼすだろう」と展望している。

一方、国際港湾倉庫労働者組合(ILWU)は4月28日、「何十万もの雇用が世界貿易に依存しており、世界の2大経済大国間(米中)の貿易が縮小すれば、関連する労働者の壊滅的な失業につながる可能性がある」と警鐘を鳴らす(注3)

全米鉄鋼労組(USW)は4月2日、「関税は戦略的投資、厳格な調達基準、労働者の労組参加を促進する労働法など、国内生産と雇用を増やす政策と組み合わせる必要がある。政権は、企業が関税を口実に、消費者にとって不利益をもたらす、不当な価格のつり上げを防ぐ措置を講じなければならない」との見解を示している(注4)

ナショナルセンターである米労働総同盟・産別会議(AFL-CIO)は「関税の戦略的な使用は、私たちの産業を支援し、国内の雇用を保護するための効果的なツールとなり得る」としながらも、「わが国の製造基盤に投資する政策と、労働組合を組織し団体交渉する労働者の基本的権利を促進する強いコミットメントが伴わなければならない」とクギをさしている(注5)

インフレへの懸念

経営者団体である米国商工会議所(U.S.Chamber of Commerce)のニール・ブラッドリー最高政策責任者は4月2日、「全国の企業から寄せられた声は、これらの広範な関税は増税であり、米国の消費者にとって価格を引き上げ、経済に悪影響を及ぼす」と批判した。そのうえで、「政策立案者には、現行の税制の延長、規制の均衡化、そして米国のエネルギーの潜在能力を最大限に引き出すといった、経済成長を促す政策の加速に注力するよう強く求める。企業と労働者に広く市場を開放し、雇用機会の創出と価格低下を進めるべきだ」と訴えている(注6)

米国小売業リーダー協会(RILA)は同日、「新たに発表された関税と、米国企業に対して予想される報復関税は、米国経済を不安定化させ、国内の製造業と成長を強化する目標を損なうリスクがある。私たちは、大統領と彼の経済チームに対し、彼の最初の任期を支えた成長志向の政策、すなわち減税・雇用法を放棄しないよう強く求める。経済と家計に永続的なダメージを与える前に、私たちはホワイトハウスにその方針を再考するよう強く求める」と新たな関税政策に異を唱えるコメントを出した(注7)

全米小売業協会(NRF)が3月31日に発表した、全米の消費者約2,000人を対象にした世論調査(2025年3月25~27日に実施)の結果によると、関税が価格に与える影響を76%が懸念している(食料品(76%が懸念、以下同)、医薬品(71%)、家庭用品(67%)、衣料品(66%))(注8)。また、75%が政府の最優先事項を「インフレ対策と食料品などの日用品のコスト引き下げ」だと考えており、「貿易赤字の削減に注力すべきだ」と考えている人は37%にとどまった。

また、金融大手JPモルガン・チェース社のジェイミー・ダイモン会長・CEO(最高経営責任者)は4月7日、「最近の関税措置はインフレ率を押し上げる可能性が高く、多くの人が景気後退の可能性をより強く意識するようになっている」と懸念を表明した(注9)

参考資料

  • 国際港湾倉庫労働者組合(ILWU)、JPモルガン・チェース社、全米小売業協会(NRF)、全米自動車労組(UAW)、全米鉄鋼労組(USW)、米国小売業リーダー協会(RILA)、米労働総同盟・産別会議(AFL-CIO)、日本経済新聞社、日本貿易振興機構、ニューズウィーク、ブルームバーグ通信、ホワイトハウス、各ウェブサイト

関連情報