JILPTリサーチアイ 第16回
改正労働契約法をめぐる調査を通じて[注1]

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調査・解析部 調査員 渡邊 木綿子

2016年9月28日(水曜)掲載

JILPTでは、労働政策の立案・実施や評価に資するよう、法改正等をめぐる労使の対応状況等について調査している。その一環として、私もこの間、パートタイム労働や有期契約のあり方等に係る調査に携わり[注2]、その経緯から、現在は平成24年8月に改正された労働契約法をめぐる調査等を担当している。

無期転換ルールに企業はどう対応しようとしているのか

同法の関連では、この間に2度、企業アンケート調査を実施した[注3]。その中で、有期契約が反復更新されて通算5年を超えた場合は、労働者自身の申込みに基づき無期契約に転換しなければならないとする、無期転換ルール(第18条)に係る調査結果は、実に思い掛けないものだった。

1回目の平成25年調査は、同法の全面施行(4月)より3ヶ月時点で実施したため、「対応方針は未定・分からない」とする回答が最多ながら、次いで多かったのは「通算5年を超える有期契約労働者から、申込みがなされた段階で無期契約に切り換えていく」であり、「適性を見ながら5年を超える前に無期契約にしていく」や「雇入れの段階から無期契約にする(有期契約での雇入れは行わないようにする)」を合わせると、何らかの形で無期契約にしていく割合が、フルタイム契約労働者を雇用する企業で42.2%、同・パートタイム契約労働者でも35.5%にのぼった(図表1)。

2年後に行った2回目の平成27年調査でも、無期転換派は伸張した。前回と比較して方針未定や無回答の割合が減少するとともに、「有期契約が更新を含めて通算5年を超えないように運用していく」と回答した企業が半減。その分、何らかの形で無期契約にしていく割合が、フルタイム契約労働者を雇用する企業で23.9ポイント増の計66.1%、同・パートタイム契約労働者では27.6ポイント増の計63.1%と、いずれも大幅に上昇した。

図表1 無期転換ルールへの対応方針

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無期転換に前向きな企業が多いのはなぜか

法改正後、間もない平成25年調査から、無期転換に前向きな企業が多かったのはなぜだろうか。何らかの形で無期契約にしていく理由の一つとして、付随して実施したヒアリング調査で指摘されたのは、「そもそも更新上限を設けてこなかったこと」。そして、「通算5年超にも及ぶ長期勤続者は、既に簡単には雇止めできない(するつもりもない)実質無期状態にある」と受け止められてきたこと[注4]だった。

法改正以前の状況を、厚生労働省「平成23年・有期労働契約に関する実態調査」で確認すると、有期契約労働者を雇用している事業所のうち、契約の更新上限を設定している割合は、12.8%(勤続年数の上限でみても12.3%)にとどまり、40.1%の事業所は「出来る限り長く」就業してもらいたいと回答していたことが分かる。そして実際、有期契約労働者にもっとも多い勤続年数が5年を超えている割合も、33.6%にのぼっていた。

また、ヒアリング調査では、「適性を見ながら5年を超える前に無期契約にしていく」理由として「有期契約を試行的雇用期間として活用してきたこと」も指摘された。同様にみると、13.1%の事業所が、有期契約労働者を雇用している理由(上位3つまで複数回答)の一つに「正社員としての適性があるかどうかを見極めるため」を挙げている。また、有期契約労働者を雇用している事業所の52.0%には「正社員転換制度」があり、そのうち23.1%(全体ベースで12.0%)は、転換実績も「ある程度ある」とする実態にあった。

こうした状況を踏まえ、平成25年調査で、契約更新の上限設定と正社員登用制度・慣行の導入状況で作成したダミー変数を説明変数とし、無期転換ルールへの対応方針を被説明変数とする多項ロジット分析を行うと(モデル②)、契約の更新上限を設けず、正社員への登用制度・慣行を導入してきた企業では、確かに(いずれも持たない企業に比べて)「適性を見ながら5年を超える前に無期契約にしていく/雇入れの段階から無期契約にする」方針や、「通算5年を超える有期契約労働者から、申込みがなされた段階で無期契約に切り換えていく」方針を採用しやすい傾向が見て取れる(図表2)。一方、契約の更新上限のみを設けてきた企業では、「有期契約が更新を含めて通算5年を超えないよう運用していく」方針を、採用しやすい傾向も浮き彫りになった[注5][注6]

なお、主な業種や雇用者規模(モデル①)との関連では、契約更新の上限設定や正社員登用制度・慣行の導入状況を追加することで、有意性が消失したり弱まったりするものが多くみられる。主な業種や雇用者規模の特徴として、見掛け上、観察された事象が、実はこれらの説明変数に媒介されていること等を意味している。

こうした雇用管理手法は、各社の経営・事業展開のあり方や人材の確保・活用の狙い等に裏打ちされ、導入・実施されてきたものだろう。それならば、無期転換ルールをめぐる対応方針についても、(少なくとも当面は)その延長線上で考えるのが合理的ということだろう。このことは、法改正等をめぐる企業の対応が、従前からの雇用管理手法に依存しやすいことを示唆していると思われる[注7]

なお、本調査では、無期転換ルールをめぐる企業の対応方針として、フルタイム、パートタイムの契約労働者について、それぞれもっとも当てはまるものを1つ選択してもらっている。そうした中では、既に勤続5年超の有期契約労働者が一定程度、みられる現状を踏まえた当面の方針(合理性)と今後、新たに採用する有期契約労働者が増大していく中でのそれは、異なってくる恐れもあろう。こうした局面の変化等を捉えるためにも、継続的に動向を把握していく必要があると思われる。

図表2 多項ロジット分析による推定結果

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無期転換に前向きな企業が増大したのはなぜか

それでは、平成27年調査で、無期転換に前向きな企業が増大したのはなぜだろうか。変化の理由は、何らかの形で無期契約にしていく企業を対象に、無期転換のメリットや課題を尋ねた結果に表れている(図表3)。まず、無期転換のメリット(複数回答)として「長期勤続・定着が期待できる」(前回調査より10.8ポイント増)や「要員を安定的に確保できるようになる」(11.1ポイント増)と感じる企業が増加した。昨今の人手不足で危機感が高まるなか、企業が有期契約から無期契約への転換を通じ、人材の囲込みを進めようとしている様子が窺える。

また、無期転換すると雇用管理上、課題になること(複数回答)として「正社員の新規採用に対する影響」が7.1ポイント低下している。売り手市場で新規学卒者等の採用が困難になる中、団塊世代の多くが最終退職を迎えることも背景に、有期契約労働者の無期転換が、要員問題に与える影響に対する懸念が後退していること等もあるのだろう。

なお、何らかの形で無期転換していく企業は増大したが、「既存の正社員区分に転換する」や「各人の有期契約当時の業務・責任、労働条件のまま、契約だけ無期へ移行させる」などといった、無期化の形態については無回答の割合も増加した。上記のような情勢を背景に、何らかの形で無期契約に移行せざるを得ないと大筋の方向性を固めつつも、具体的な内容については未だ、詰め切れていない企業が少なからずあるとみられる。

そうした意味で、法改正等をめぐる企業の対応は、雇用情勢にも左右されやすい。その影響を議論する上では、タイミングも重要であることを示唆していると思われる。なお、無期転換ルールへの対応方針に係る調査結果についても、ひとたび景気の急変等に直面すれば、形勢が傾く恐れもある点には留意する必要があるだろう。

図表3 無期契約に転換するメリットと課題

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無期転換は、有期契約労働者にどのような意味をもたらすのか

それでは、仮に無期転換ルールに前向きな対応が実現したとして、有期契約労働者にとってはどのような意味をもたらすのだろうか。そのヒントを得たいと、本年度は無期転換ルールに前倒しで対応している企業等を訪問し、労働組合の見方を含めてヒアリング調査している。

それによると、例えば、有期契約労働者の一斉無期転換を果たした労働組合からは、「反復更新を繰り返し、企業側も実質無期雇用と認める状態にありながら、職務や勤務地に限定がある以上、決して崩せなかった無期契約化の壁を突破することが出来た。『これでようやく安心して働くことが出来る』等の声が寄せられるとともに、上長の更新権限も取り払われて、職場の雰囲気も改善したようだ」とする評価が示された。

また、通算5年を超える有期契約労働者を対象に、今秋から随時、転換申込権を付与することで合意に漕ぎ着けた労働組合は、「これまでも一般職区分を新設するなどして正社員登用の拡大に取り組んできたが、一定のスキルレベルに達して上長推薦を得て、登用試験もクリアする必要があった。今後は、働き方に依らず勤続要件を満たせば誰でも無期転換を申請でき、必要なセーフティネット(病気休暇の創設や有給休暇の取得単位の改善等)も受けられる。有期契約労働者は多様な属性で構成されているだけに、希望に沿った雇用区分に着実に登用・転換されていくような仕組みが必要」などと指摘する。

調査は継続中だが、こうした取り組みに接して感じるのは、有期契約と職務内容や労働時間、勤務地範囲の限定性といった、働き方の硬直的な連動が切り離され、無期契約の中に多様な働き方を許容する雰囲気が(再)形成されようとしていることである。

この点に関連して、有期契約の活用理由(複数回答)ダミーを説明変数とし、無期転換ルールへの対応方針を被説明変数とする多項ロジット分析を行うと、「定期的に人材を入れ換えるため」等については、「有期契約が更新を含めて通算5年を超えないよう運用していく」方針を採りやすい。反面、「正社員とは労働時間や人事体系等が異なるため」等の理由で有期契約を活用してきた場合には、「通算5年を超える有期契約労働者から、申込みがなされた段階で無期契約に切り換えていく」方針を採りやすい傾向も浮かび上がった(図表4)。

そうした理由であれば本来、「有期契約にする=期間を定めなければならない」必然性は薄く、無期契約でも正社員とは異なる処遇・労働条件の雇用区分を設定すれば良い。その意味で、無期転換ルールを一つの契機に、こうした理由での活用部分がより適正な方向へと、是正される可能性があることを示唆していると思われる。

図表4 多項ロジット分析による推定結果

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脚注

注1 本稿の執筆に当たっては、高橋康二副主任研究員より貴重なご示唆をいただいたことに、心より感謝申し上げたい。

注2 労働政策研究報告書No.126『有期契約労働者の契約・雇用管理に関するヒアリング調査結果─企業における有期労働契約の活用現状と政策課題─』(平成22年)、調査シリーズNo.88『「短時間労働者実態調査」結果─改正パートタイム労働法施行後の現状─』(平成23年)、JILPT第2期プロジェクト研究シリーズNo.3「第5章 改正パートタイム労働法以後の短時間労働者の雇用管理の現状と課題」(平成24年)、調査シリーズNo.114『「社会保険の適用拡大が短時間労働に与える影響調査」結果─短時間労働者に対する社会保険の適用拡大に伴い、事業所や労働者はどのように対応する意向なのか─』(平成25年)等。

注3 調査シリーズNo.122『改正労働契約法に企業はどう対応しようとしているのか─「高年齢社員や有期契約社員の法改正後の活用状況に関する調査」結果─』(平成25年)、調査シリーズNo.151『改正労働契約法とその特例に、企業はどう対応しようとしているのか 多様な正社員の活用状況・見通しは、どうなっているのか─「改正労働契約法とその特例への対応状況 及び 多様な正社員の活用状況に関する調査」結果─』(平成27年)。なお、特例に関連して、調査シリーズNo.130『「高度の専門的知識等を有する有期契約労働者に関する実態調査」結果』(平成26年)。

注4 その意味で、有期契約の活用実態を踏まえつつ、通算5年を超えた労働者自身が転換申込権を行使する形で、「日本型」の無期転換ルールが構築されたことや、無期転換ルールの新設とともに「雇止め法理」が法定化されたことも寄与していると思われる。

注5 法改正以前の状況を、厚生労働省「平成23年 有期労働契約に関する実態調査」結果で確認すると、そもそも有期契約の更新回数の上限を「設けている」事業所は、「学術研究,専門・技術サービス業」(28.5%)や「教育,学習支援業」(22.4%)等、また、勤続年数の上限は「製造業」(24.0%)等に多くみられた。さらに、有期契約の更新回数や勤続年数の上限を「設けている」割合は、事業所規模が大きいほど多くなる傾向(5~29人でそれぞれ12.5%、11.1%に対し、1,000人以上では38.2%、45.8%等)にあった。

注6 なお、契約の更新上限と正社員登用制度・慣行をいずれも有する企業は、「有期契約が更新を含めて通算5年を超えないよう運用していく」方針か、「適性を見ながら5年を超える前に無期契約にしていく/雇入れの段階から無期契約にする」方針の両極を採用しやすい傾向も見て取れる。

注7 平成27年調査でも同様の多項ロジット分析を行うと、契約の更新上限を設けず、正社員への登用制度・慣行を導入する企業が、前回調査より大幅に増加する(フルタイム契約労働者で前回60.8%→今回71.4%、パートタイム契約労働者でも同順に40.3%→63.1%)中で、上記をより鮮明な傾向として確認することが出来る。なお、とくにパートタイム契約労働者について、正社員登用制度・慣行の導入が急速に拡がっている背景としては、改正パートタイム労働法など政策の相乗効果もあるとみられる。