1999年 学界展望
労働法理論の現在─1996~98年の業績を通じて(6ページ目)


Ⅴ 集団的労働法

論文紹介

毛塚

それでは、続きまして、集団的労働法の分野から、石井保雄「職場占拠法理の研究(1)~(10完)」を取り上げたいと思います。大変長大な論文ですが、岩村さん、お願いします。

職場占拠の三類型化

岩村

石井論文は、アメリカ・フランスの比較法研究をもとにした長大なものです。ここでは日本法に関する部分だけをご紹介します。

この論文の問題意識は、従来の学説は、職場占拠が持つ三つの現実的な機能、つまり、労働市場統制機能、団結維持機能、そして、雇用・賃金確保機能を必ずしも区別して論じていない、だから、この三つの類型を区別しながら、その職場占拠の正当性を検討しようというところにあります。ただ、石井さんがこの中で検討しようとしている正当性は、占拠者の退去と懲戒処分という、民事上の正当性に限定されます。

そして、比較法的な検討を経た上で、次のような解釈論を提示しています。

第1が、団結維持機能型職場占拠についての正当性です。ここでは、石井さんは、こうした職場占拠は、スト中の企業内組合活動であると法的に性格づけています。スト中であるので労働契約は停止している。したがって、組合員は、従業員としてではなく、使用者と対抗関係にある。また、業務阻害状態はすでに発生しているから、平時と同じ労使関係を論じることもできない。さらに加えて、生活施設的な性格を持つ物的施設については、生産活動施設と区別して考えるべきであるという前提をとります。

その上で、具体的な結論として、スト中の職場集会と、闘争本部としての施設の利用は、すでに業務阻害が発生しているし、また、生活施設的な性格を持つ施設の利用についてであれば、そもそも業務の阻害もないから、正当性は広く認められると主張します。またスト中の施設内での示威行動も、会社構内ではあるが、しかし作業場外で行われる場合は、業務阻害性はあまり問題にならない。また、作業場内でも業務阻害が生じうるけれども、スト中の行動であることを考慮すると、その程度を中心として正当性肯定の可能性を探るべきであると主張されます。

第2に、労働市場統制機能型職場占拠の正当性ですが、石井さんの結論は、これはピケの正当性と同じ議論になるというのです。ピケと職場占拠とは、ストに付随したり、あるいは補助的な機能を果たすものであるけれども、労務の不提供そのものとは区別され、正当性評価が独立して行われるべき争議行為であると言います。阻害できる操業の範囲は、争議組合員の労働力と結合して維持・運営されていたものに限定され、また、職場占拠の排他性は、ピケによる就労の阻止・妨害の対象労働者いかんに応じて判断基準を考えるべきである。具体的には、争議脱落者に対しては実力で阻止してよい。それから、もともとの非組合員で争議不参加者に対しては平和的説得に限られる。しかし、それでも一時的阻止は可能であって、通常業務への就労が妨げられても、直ちにピケは不当であるとはならないと主張します。

3番目の雇用・賃金確保機能型職場占拠の正当性は、倒産時を想定して論じています。石井さんによりますと、倒産時の職場占拠は争議行為である。それは、会社整理、生産業務を阻害するとともに、支払賃金や退職金の確保を目的とする行為であるから争議行為であるということになります。この労働者の構内滞留は、使用者・管財人との団体交渉の開始や展開のための圧力行動として、また、賃金債権とのかかわりで、それを実現するための留置権、同時履行の抗弁権に類似する構造を持つ。これはほかに現行法上、有力・十分な救済手段がないことに起因する「自力救済」行為である。そして、その正当性は手段の相当性で判断すると言います。

対使用者との関係では、会社の倒産に反対して、会社施設構内にとどまること自体は争議行為として適法であると言いますし、対管財人との関係でも、団交義務を肯定した上で、当然に職場占拠は不当とは言えないと述べています。

別除権者や一般債権者との関係でも、これらの者も争議行為の対象相手となりうる当事者性があると言い、職場占拠は、交渉取引を通じて、紛争をみずからに有利に展開させ、解決の実現を図ろうとするためのものであるから、それ自体、正当な争議権の範囲内にあると述べています。

この論文は、従来、職場占拠の類型の中で一まとめにしてきたものを、三つに分類して、それぞれについて正当性の判断枠組みを立てようとしている点で、これまでとは異なる着眼点を持っていると言えます。また、職場占拠だけに検討範囲をとどめず、争議行為や組合活動全般にまで目を配って職場占拠の正当性を議論しようとしているところも、論文として非常に広がりのあるものになっていると思います。

独自の解釈論が打ち出されていますが、それが成功しているかという点では、なお検討の余地があるように思います。

第1に、本論文は、争議行為と組合活動の概念を、行為類型で区別をしていませんから、団結維持機能型の場合に、なぜ職場占拠を、争議行為とわざわざ切り離して、組合活動として把握するのかが、どうもうまく理解できません。たとえば、団結維持機能型に含まれる示威行動を、石井説は、スト中の組合活動と位置づけます。しかし、もし同じ示威行動をスト中ではなくて就労時間中に行うと、それは平常時の組合活動となるでしょう。もしこの平常時に行った示威行動によって業務阻害が生ずるとどうなるのか。石井説だとこれは違法な組合活動になるのか、それとも、これは業務阻害が生じるから争議行為だと言うのか。後者だとすると、わざわざ示威行動をスト中の組合活動と性格づける必要もない。したがって、争議行為と組合活動を区別する必要もないと思います。

それから、スト中の闘争本部の設置を組合活動だと言うのも、理解に苦しみました。まさにこれは争議行為の中核であって、これが争議行為に入らないと言うのはどういうことなのかよくわかりません。

2番目の労働市場統制機能型も、結論としては、ピケの正当性判断の基準と一致すると石井論文は言いますが、しかし、これも、労働市場統制機能型という分類をしたことからくる、論理必然的な結果ではないかという気がします。

3番目の雇用・賃金確保機能型については、債権確保のために必要があるというだけで、争議労働者を、一般債権者や別除権者と異なる特別扱いをする根拠になるのだろうかという疑問があります。石井説が示す解決は、企業倒産時に、企業資産などをとにかく早く確保したほうが勝ちだという、法的に見たときにきわめて好ましくない結果になると思います。

全体として見ると、職場占拠の類型を3類型提示していますが、正当性が認められるかどうかという法律効果をもたらす要件設定としては、その類型化がまだ不明確ではないかという気がします。より行為類型とか行為者などに則して具体的な要件を設定した上で、それぞれの要件ごとに正当性の中身を考えていく必要があるのでないかという感想を持ちました。

討論

団結維持機能型職場占拠は組合活動か

毛塚

ありがとうございます。大内さんのご感想はいかがですか。

大内

この論文では、団結維持機能型職場占拠をスト中の組合活動と位置づけています。まず問題となりうるのは、これをあえて組合活動と位置づける必要性がどこにあるのかということです。概念定義上、団結維持のためのものであり業務阻害性が類型的にないということで組合活動と位置づけているのかもしれませんが、こう位置づけることによって、職場占拠の正当性の範囲がかえって狭くなるのではないかという気がします。確かにストライキ中の組合活動ということで、労働契約関係は停止しており、その限りでは使用者の指揮命令権は排除できますが、施設管理権の方は排除できないはずです。職場占拠のときには、その企業に労務を提供するためにいるわけではないから、施設管理権がいっそう強く作用してくるはずです。それに対しては、石井さんは「生活の場」論というのを持ち出しています。しかしこれは、少なくとも国鉄札幌駅事件判決(最三小判昭和54年10月30日)のような考え方を前提とすれば、かなり難しい主張であると思えます。もちろん、石井さんもこの点は自覚されているようですし、判例のほうに問題があるとも言えるわけですが、職場占拠の問題が、組合活動の定義や正当性という難問に不必要に引きずり込まれているような印象を受けました。

もう一つは、雇用・賃金確保機能型職場占拠についてですが、ここでは石井さんは自力救済型の争議行為を認めています。破産手続における労働債権の保護が現行法は不十分ということで、自力救済型の争議行為を認めるというのは非常に大胆な見解だと思います。だから、軽々しく論じられないのですが、ただ、細かい点でまず気になるのは、注でも少し書かれていたように、争議行為の対抗行為性を抵当権者、つまり、取引の相手方との関係でも認めるとすると、相手方の企業にも従業員がいるということを考慮しなければならないのではないかという点です。たとえば、債権回収に支障が生じたような場合、相手方の企業の従業員の雇用、賃金、そういうものへの配慮も必要であって、一方の企業の従業員の自力救済を認めるということでは、なかなかバランスのとれた解決はできないのではないか。とくに今日のような経済状況を考えると、そのようなことまでも考慮に入れなければならないのではないかと思えます。

毛塚

なかなか厳しいご意見ですが、確かに団結維持機能型職場占拠をスト中の組合活動に位置づけることに関して言えば、私もあえて組合活動と言わなくても、争議行為を含む団体行動権で理解しておけばいいのではと思います。ただ、非定型的ないし付随的争議行為の法的評価というのがもともと諸般の事情論ですので、職場占拠の場所の性格が違法性の評価に対して影響を与えることはやはりあるわけですから、石井さんが単に使用者の所有権や占有権という権利の侵害という一般的性格において語るのではなく、労働契約関係におけるその機能面に着目して、占拠場所が作業場所か食堂といった生活空間かを問題にして議論していることは納得できるのではないですか。

雇用・賃金確保機能型に関しても、確かに法の整備がない部分を実力でカバーすることを正当化するのはけしからんという議論もわかりますが、もともと職場占拠やピケットの正当性判断が諸般の事情という形で例外的許容の範囲を確定する作業と理解すれば、労働債権の確保が不十分な対応しかなされていない事情が、職場占拠の正当性ないし違法性の評価に跳ね返ってくるというのも、あながち不当な議論とも言えない気もしますが……。

労働債権の確保で正当化できるか

岩村

私は、倒産時の職場占拠におよそ一般的に正当性があるというのは、きわめて問題だと思います。自力救済を完全に肯定するわけですから。これは、とくに倒産状態のときにはきわめて問題が大きい。もちろん、場合によって、何かの条件があれば、倒産時の職場占拠も、ひょっとすると正当性がありうるかもしれない。ですから、全く正当性がないと言うのは極端かなという気はします。しかし、およそ正当であるというのは、明らかに行き過ぎだと思います。

大内

とくに第三者の権利にも影響を及ぼすことがあるということを考慮すると、今、岩村さんがおっしゃったのは当然のことだと思います。何で抵当権者が犠牲にならなければだめなのかという感じがどうしてもします。抵当権者にしてみれば、法律が抵当権者を保護するということについて何の責任もないわけです。

岩村

保護があるからこそお金を貸したわけだからね。それが、企業がつぶれたら途端にパーになるのでは、お金を貸す人がいなくなってしまう。

大内

抵当権者がよほどひどいことをやっているとか、そのようなきわめて限定的な場合にしかこの主張は説得力を持たないのではないかと思います。つまり、倒産企業の従業員だけを見ていたら、このような議論になるのかもしれないけど、関係者を全部見れば別の形の議論も十分ありえるはずです。

毛塚

ただ、労働債権の確保に法的な不備があることをどう評価に入れるかではないですかね。

大内

その不備を誰がカバーするのかです。労働者が負担するのはおかしいとします。では、誰にその負担を転化するのか。抵当権者でいいのかという問題なのです。

毛塚

その辺は難しいですね。この論文は、とくに倒産問題に関してはきわめて今日的課題で意義のあることだと思うんですが、皆さんのご意見ではなかなか賛同しがたい……。

大内

すごみのある見解だとは思います。

岩村

それだけすごみのあることを言うには、いろいろなことにもっと目を配って議論しないと難しいと思います。

毛塚

本論文は、先ほども言いましたが、所有権を当該社会関係において機能的にとらえていくべきで、一般の債権者にとっての所有権と、労働者にとっての所有権では違うものとして理解すべきであるとの主張が基本にあります。この点は、重要な視点だろうと思います。ただ、現実の裁判法理の中で受け入れるためには、せっかくの類型化作業を生かすために、もう少しリファインしてほしいというご指摘のようですので、今後に期待したいと思います。