1996年 学界展望
労働法理論の現在─1993~95年の業績を通じて(8ページ目)


国際労働関係

論文紹介「国際的労働関係と労働基準法」「国内における国際的労働関係をめぐる法的諸問題」「国外における国際的労働関係をめぐる法的諸問題」

中嶋

七つ目のグループで、国際労働関係についての諸論文を簡単に私からご紹介します。まず、1994年10月の日本労働法学会で「国際的労働関係の法的課題」という統一テーマでシンポジウムが行われました。その際には、報告者が、労働法関係から4人、国際私法学関係から1人登場しまして、報告及びシンポジウムが行われました。きょう取り上げるのは、その中での労働法学の立場からの荒木さんと野川さんの二つの論文を、そしてその前に、それらと時期を同じくして『季刊労働法』に発表された山川さんの論文を取り上げます。

したがって、山川隆一「国際的労働関係と労働基準法」、荒木尚志「国内における国際的労働関係をめぐる法的諸問題」、野川忍「国外における国際的労働関係をめぐる法的諸問題」の3本ということになります。しかし、重複する部分もありこれを並列的に取り上げてもあまり意味がないと思いますので、むしろ総論と労働基準法部分を山川論文から、そして、集団的労働法関係に関しては荒木論文から、そして、労働市場法論に関しましては野川論文からというふうに、パッチワークですが、時間の関係でそういうふうにご了承いただきたいと思います。

実はこの国際的労働関係をめぐる裁判論は、相当以前から始まっているにも関わらず、労働法学研究者は、いわばなかなか手を出しにくかったテーマでありまして、これまで多くの論説は、「国際的労働関係」を扱う場合にも国際私法学者によってなされてきたと言っていいと思います。もちろん、まったく労働法関係に足跡がないわけではなくて、これらの論文を見れば、幾つか引いてありますが、基本的な論争が始まったというほどではなかったと思います。それが、これらの今回の諸論文をきっかけにして、労働法学内部においても国際的労働関係の法的課題が論じられるきっかけがつくられたという意味で、非常に画期的と言うのが大げさであれば、高く評価すべきことに異論はなかろうと思います。

論点は四つあります。第1に労働渉外事件における国際裁判管轄の問題、つまり、法廷地の問題、第2に、労働渉外事件にいかなる国の労働法が適用されるか、その決定基準はいかなるものであるかという、いわゆる抵触法の問題、第3に、労働諸法規はいかなる地域的適用範囲を有するかという問題、第4には、その結果、どのように労使の権利義務が規律されるかという、実質法と言われている問題です。

まず、山川論文はこのうちの第2と第3を主として扱っています。

そこでは国際的労働関係の意義、つまり、渉外性を持つことがこのテーマの前提ですから、渉外性を持つというのはどういうことかということが論じられまして、個別的労働関係と団体的労使関係、労働市場法の三つについて、たとえばこういう場合、たとえばこういう場合というふうに挙げられています。

そこで、山川さんは、適用法規の決定に関しては二つの枠組みがあるのだということを指摘します。第1が、国際私法上の準拠法の選択のアプローチ、これは我が国の国際私法上の法例7条を中心としたアプローチの仕方、その例としては実際上、裁判所ではシンガー・ソーイング・メシーン判決があったということ。第2のアプローチの仕方は、問題となっている労働関係に、問題となっている法規の適用範囲が及ぶかという、いわゆる地域的適用範囲の確定というアプローチの仕方。

通常、国際私法の準拠法の選択の仕方というのは、私法取引法のグローバルな性質というのに着目するので、どこの国の法を適用しても構わないのだという、合理性の要請がある。この結果、外国法であっても構わないのだから、外国法の適用可能性があることになる。そうすると、当然、国内法との抵触が生ずる可能性がある。このことを考えて各国は、裁判所にとって渉外事案に対する法の選択基準の定め方、いわゆる抵触規則を定めることになる。それが日本では法例だ、こういうような順序になります。それから、地域的適用範囲の確定の手法は、主として公法の適用の際にとられる手法でありまして、公権力の行使に関することだから、自国法を適用するのが通常である。すなわち公法の属地性、すなわち外国公法不適用の原則が生ずる。そこで裁判所は、当該事案が自国の法規の地域的適用範囲に含まれるかどうかを検討することになる。そうすると、次の難問は、労働法はこのうちのどちらに関わるか、あるいは両方に関わるのではないかということが問題意識の出発点で、どういうふうにこれを確定するかということだろうと思います。もっとも、山川論文によると、この二つのほかに、近時、新しいアプローチの仕方が検討され始めたということが紹介されていますが、これは省略します。少し、詳細に紹介してみます。

第1は、労働契約の準奏法に関してです。

我が国の法制及び法理論を総合しますと、準拠法選択の確定の順序は、[1]当事者の意思(法例7条1項)、[2]準拠法に関する当事者の黙示の意思の探索(労務給付地を推定するのが一般的であるとされます)、[3]給付地が一定しないときには営業所所在地の法を適用するということ、[4]最後に、行為地法(契約締結地法=法例第7条2項)であると考えられ、諸外国の事情も概ね同様であると述ベています。

そこで、こういうふうにして準拠法が決定されたならば、これは徹底的に自由に貫かれるか。当事者の意思、あるいは黙示の意思というものが自由に貫かれるかというと、労働法の場合はそうはいかない。特に、労働基準法についてはそうはいかないのだということが述ベられます。そこで第2に、当事者自治の限界、換言すれば公法的規制の斟酌に関して考察が加えられていきます。そこにも三つの手法がありまして、まず公序理論による規制(法令7条を前提とした、その例外としての法令33条を適用する方法)、次に、公法の属地的適用理論による規制(法令とは別枠の手法とされます)、さらに、強行法規の特別連結理論による規制(結果的に法令7条によらずに、労務給付地という特別な連結点により連結させて適用するというもののようです)、というのがそれらです。

ちなみに、現在の状況としては、我が国の裁判例は、準拠法や域外適用に触れることなく労基法を適用してきた。有名な三和プラント事件なんか典型的なものです。政府、すなわち労働省の行政解釈では、労基法の公法的側面については属地主義、私法的側面については法令ないし給付地法が適用される。こういうことのようです。

そこで、第3に、それではどの方向がいいかということになります。山川さんの結論は次のようなものです。

[1]労基法の刑罰法規の側面は、同法8条のいわゆる「事業」という概念による、一種の現場適用主義からすると、当然、日本国内に所在する事業を対象としているのである。したがって、国内における違反行為が制裁の対象となる。[2]労基法の持つ行政取締法規としての側面については、やはり刑法の考え方に従って、国内の事業について、国内での行為に対してのみ適用される。[3]それから、労基法が持つ民事法的側面についてです。これは民法などと同様に、法令7条の選択ルールによる場合もあるが、当事者の選択により労基法の適用も排除できるとすると、刑事罰、行政的監督により実効性を確保しようとする労基法の規制システムとは合致しないことなどを挙げて、労基法は絶対的強行法規性を有するのだから、契約準拠法のいかんにかかわらず、渉外事犯に関しても直接的に強行的に適用される。こういうふうな考え方をとります。

第4に、結論として、山川さんは、労基法それ自体が地域的適用範囲を定めていると解釈されることを強調しまして、同法は日本国内に所在する「事業」に適用され、同法違反行為が国内においてなされた場合に限って適用が認められる、他方、民事責任の根拠としては労働者の所属「事業」が国内にある限り、違反行為が外国で行われた場合にも適用があると述べています。

次は、荒木論文についてです。

荒木さんも、労基法の適用に関しては、山川さんと大差ないと思ったんですが、ただ、荒木氏は、罰則の担保のない個別的労働関係法の適用法規の決定について触れております。たとえば、男女雇用機会均等法を取り上げまして、これは絶対的強行規定とは解されないから、法令7条による選択を認めた上で同33条の公序を柔軟に解釈して、対処すべきである。それから、判例法理の扱いはどうかということなんですが、これは公序理論の操作によって個別的に対応すべきだと述べています。

それから、集団的労働関係につきましては、一般に契約当事者の個人の意思によって処理できない事柄であるから、そもそも準拠法選択の自由は認められない。そのうちでも不当労働行為制度について特に独立して論じますが、これについても行政救済制度であるから、公法的規制として属地的適用に服するのだと、こう述べております。ただ、ちょっと問題にしているのは、在日外資系従業員が外国本社の組合に加入して、外国本社組合が在日会社に団交を申し込んで拒否された場合には、労働委員会に救済を求められるかという問題を立てまして、これには幾つか考え方があることを指摘したうえで、荒木氏は、資格に合致すれば申立ては認められると、こういう考えを示しております。しかし、基本的には、労基法ほどの難しい問題は選択問題に関してあまりなさそうだという一般的な印象は受けるわけです。

それから、三つ目の野川論文は国外における、つまり海外勤務の場合の法適用を中心に、労働市場法の国外適用についても論じたものです。なお、ここには国際的労働関係法全体の論点については、野川さんの非常に要領のいいが作成されていますので、これをそのまま掲げておきます。

[1]個別労働関係(労働給付地国外)
国籍・本拠地
労働者 日本 日本 外国 外国
使用者 日本 外国 日本 外国
(a) (b) (c) (d)
  • (a)海外勤務、派遣法上の海外派遣
  • (b)日本人の海外雇用
  • (c)現地人従業員の雇用関係
  • (d)外国人の外国での雇用関係
[2]集団労使関係(労使関係展開地国外)
住所・所在地
労働組合 日本 日本 外国 外国
使用者 日本 外国 日本 外国
(a) (b) (c) (d)
  • (a)国外組合員の法的地位
  • (b)国内労働組合の海外活動
  • (c)現地従業員組合の活動
  • (d)海外の労働組合の活動
[3]労働市場(労働市場の領域ないし参入関連行為のいずれかが国外)
領域ないし行為地
労働市場 日本 海外
関連行為 海外 日本
(a) (b)
  • (a)日本を目的とする海外での職業紹介、労働者派遣等
  • (b)海外労働市場への労働者派遣等

出所:野川忍前掲論文。

さて、労働市場法との関係に関しては、二つが論じられます。

第1は、国外における国内労働市場への参入を目的とする行為。その際、原則的には職安法の地域的適用範囲が国内に限られることから職安法は不適用ということになるが、ただし、求人、求職の申込みの受理が国内で行われるときには職安法の適用を認めるべきことという平成5年の労働省「国外にわたる労働力需給調整制度委員会」報告書を支持するもののようです。また、労働者供給に関しては供給業者が国内におり、国外の労働者を国外において国内の事業者に供給する場合には、当該供給行為が国内に対して行われるものとして取り扱い、職安法の適用を是認します。さらに、国外から国内への労働者派遣については、派遣元事業主が国内にいる場合の派遣方の適用は肯定し、派遣元事業主が国外におり、かつ国外に所在する労働者を国内の派遣先に派遣する場合には、現今の国外からの外国人労働者の派遣に対する有効な規制という観点からは十分ではないことにはなるものの、国外に対する指導監督の方法がないことなどから、やはり派遣法の適用は難しいのではないかと考えておられるようです。

第2は、国外の労働市場への参入を目的とする国内の行為です。この点、国外への国内からの派遣に関しては、労働者派遣法23条3項が、労働大臣への届出を条件として、このような「海外派遣」への同法の適用を認めているから問題なく、むしろ国外派遣中の労働関係に関する法の適用が問題であると指摘しています。

これら、3論文に対するコメントということになりますが、ここにはご本人の山川さんがおられますから、時間の関係もあり、議論を通してそれらを見ていくということにしたいと思います。

道幸さん、どうですか。

討論

道幸

こういう難しい問題は、知識や能力が不足していてほとんど理解できません。たとえば、外国籍の企業が日本で営業活動を行い、かつ日本の裁判所である問題を処理する際に、なぜ外国法を適用できるのか。結局、契約の自由だからということなんですか。公法の部分はちょっと別でしょうけれども、私法的な意味では脱法的な行為をしてもいいという議論なんですか。無知をさらした質問ですけれど。

準拠法選択の自由

山川

民法であれば、渉外性のある問題については、契約に関する準拠法選択の自由があるわけですね。それと同じように考えていいかどうかですが、私自身は労基法は選択の対象にはならないと考えております。

中嶋

質問の意味は、そもそも準拠法選択の自由というのはなぜ生まれたかということなんでしょう。

山川

その点は、そもそも契約は当事者の意思でつくり出すものであるから、渉外事件の準拠法も当事者の意思で左右してよいと、一般的には言われています。何かわかったようなわからないような話ですが。

道幸

日本人同士の間ではできないんでしょう。日本の会社で日本人を雇った場合に、アメリカ法に基づいて雇うということはできませんか。

山川

それはできないですね。

中嶋

労基法については私も強い公法的性格を持っているからご指摘でいいと思うんですけれども、そのほかの労働法規ですね。荒木さんが扱ったようなことについては、山川さんは荒木さんとは意見が違うんですか。

山川

まだ自分ではっきり結論が出ていないのですけれども、問題は、たとえば、雇用機会均等法のような罰則がない法律ですね。基本的な視点としては、罰則がなくても、行政の関与が非常に強いものについては当事者の準拠法選択の自由は排除されると思っています。たとえば、アメリカの雇用差別禁止法は罰則がありませんけれども、当事者が外国企業であれ、選択によってその適用を排除することは考えられないと思います。それは、国の政策としてそういう立法を行政の取締りという形で実施していく意思があるからだと思います。

ただ、雇用機会均等法は、行政の関与もそう強くないわけですね。かつ、努力義務規定もありますから、結論的には、現在の規制システムを前提にすれば、準拠法の枠組みで準拠法選択を認めて、あとは、荒木論文のように、場合によって公序による制約を活用するというアプローチでいいかなとも考え始めています。これは比較法的には異例のことで、外国人は、雇用平等法が当事者の選択によって排除されるのはおかしいと思うかもしれませんが、それは日本の雇用機会均等法の規制が弱いことの結果ではないかと思います。

道幸

ボーダーラインの例ですか。

山川

ボーダーラインということですね。いずれにせよ、基本的には、刑罰の有無が唯一の基準ではないと思います。

道幸

つまり、行政だから国の政策としての側面があるということになれば、裁判システムである政策を実施しているという点はどうですか。行政と特定の契約の司法上の強制とは全然違うという議論ですね。

実質法的指定

中嶋

あと、準拠法指定とともに「実質法の指定」というものが取り扱われていますが、あれは広く認められた概念なんですか。

山川

ええ。労基法を選択するという場合、通常の抵触法的指定では、労基法自体が契約内容とは別に適用されることになりますが、実質法的指定とは、契約の中に労基法の条文を書く代わりに、労基法によって契約を規律すると約束することです。

中嶋

そうすると、個別的当事者が契約すべきことについて、この法律がそれにかわりますということを約定として行うわけですね。

山川

ええ。

中嶋

それはあなたの考えだと、外国の何か「公正基準」のようなものを日本で適用しようとしても、それも当然できないわけでしょう。

山川

たとえば、アメリカの年齢差別禁止法については、アメリカ系企業が日本でアメリカ人を雇っている場合、域外適用がなされますから、年齢差別は日本においてもできないんです。しかし、その場合でも、アメリカの裁判所ではなく日本の裁判所が年齢差別禁止法を適用することは予定されていないと思います。ただ、契約内容として、うちの会社では年齢差別をしませんということを定めるのは自由ですね。そうすると、そういう条項を書く代わりに、契約内容は年齢差別禁止法によると書くこともできるはずですね。それが実質法的指定です。つまり、法律を適用しようとするのではなくて、契約の中身を法律と同じにするということです。それから、公法の属地性理論と私見との違いですが、両者に共通性はありますが、私のアプローチは、公法という概念に依拠するよりは、労基法という個々の法規の特殊性に着目しているんですね。

中嶋

そうすると、公法の属地的適用論理というのは別個にあるけれども、労基法の独自性を考えれば、当然それに当たるということですね。

集団的労使関係の問題

山川

そうですね。話題は変わりますが、荒木論文と野川論文で出てきた集団的労使関係には、非常に難しい問題があります。つまり、労使関係の所在地と具体的に問題となる行為の所在地が別になることがありうるわけですね。たとえば、海外進出企業で労働問題が起きたが、現地ではらちがあかないから、組合員が日本の本店にやってきて団交要求をして拒否されたという場合は、労使関係は海外だけれども、不当労働行為自体は国内で起きている。また、逆に、日本国内の労使関係での組合活動家が海外の支店に派遣されている場合に、そこで嫌がらせ行為をなされたというケースは、労使関係は国内ですけれども、嫌がらせという不当労働行為は海外で行われています。そういう場合には、労使関係地を基準とするのか、不当労働行為地を基準とするのか、という問題が生じます。争議行為でも同じ問題が起きますけれども、その辺が難しいところです。

道幸

ありうることですね。

中嶋

前者の問題に関しては、国外組合からの救済申立ての道も閉ざしたくないという考えのようですね。

道幸

今の場合は両方とも労働委員会で取り扱えるという議論ではないの。

山川

荒木論文では、日本の主権領域内で展開されている労使関係に起因した不当労働行為については日本の労働委員会が取り扱いうると言っていますが、労使関係に起因した不当労働行為という観念をどこまで広げられるかということですね。

道幸

さっきの二つの例だったらどうですか。

山川

さっきの海外進出企業の例では、労使関係は国外ですね。

道幸

ただ、日本で問題が発生した形にしたら、もう国内問題になるのでしょう。

山川

そうですね。不当労働行為地は日本ですし、さらに、労使関係の意味をどう考えるか。

道幸

だから、どこで考えるかですね。たとえば、スミダ電気みたいなことで、韓国から団交要求したらおかしいけれども、組合員が日本に来て団交を要求したらどうなりますか。

山川

野川論文は、現地の組合員が日本にやってきて団交を拒否された場合には、申立てができるという方向を指向するようですね。確かに団交拒否という不当労働行為自体は国内で生じたわけですね。ただ、それによる被害も国内で生じたと考えるんでしょうか。それとも、労使関係に対する悪影響は国外で生じたと考えるのか。

中嶋

労使関係に起因するといっても、怪しげな指令をしたのが問題なのか、現場で拒否したのが問題なのかというようなことがよくわからないね。

いずれにしても、私も今後やってみたいテーマではある。

では、この議論はこれくらいにします。

最後に、全体的な感想を簡単にお願いします。

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