1996年 学界展望
労働法理論の現在─1993~95年の業績を通じて(5ページ目)


非典型雇用

論文紹介「『パート』労働者の賃金差別の法律学的検討」

道幸

水町勇一郎「『パート』労働者の賃金差別の法律学的検討」を取り上げます。本論文はヨーロッパ大陸諸国、特にフランスとドイツでは、パート労働者とフルタイム労働者の平等取り扱い原則を、法律上明文化しており、最近ILOのパートタイム労働に関する条約で、平等取り扱いが強調されているという実態にもかかわらず、我が国ではパートとフルタイムとの賃金平等原則の導入に消極的である。その理由としては、年功賃金制度と賃金平等原則は相入れず、我が国のパートは、実態として、いわゆる短時間労働者というより単純労働者でもあるということです。この問題について必ずしも十分な検討がなされていないという問題関心から、パート賃金差別問題を本格的に検討したものです。

最初、フランス、ドイツの状況を検討した上で、分析手法を設定している。具体的には、我が国のパート労働者の低賃金の要因として、短時間制、非定着性、低拘束性、異市場性の4点を挙げている。それぞれの側面が低賃金を合理化、正当化するかという観点から検討する。その際の分析の基軸というのは、経済的合理性と法的正当性の観点です。経済的合理性とは、利益を最大化しようとする個人の合理的な行動の結果として、論理的に説明されうること。法的正当性については、我が国の法体系の構造及び比較法的視点を視野に入れつつ、等しきものは等しく、等しからざるものは等しくなく、扱えという平等命題にかなっているかどうかから判断している。この分析の仕方と分析の基軸から、具体的な分析を行っております。

先ほど述べた四つの側面のうち、賃金差別を合理化するものは、結局、低拘束ゆえの低賃金である。これは経済的合理性もあるし、法的正当性もあるということです。

次に、具体的な法律政策の観点からは、パート賃金差別に対する法律政策としての救済法理として、五つの考え方を打ち出しております。一つは、同一労働の者に対する賃金差別を違法とする。2番目は、同一労働の者に対する著しい賃金差別を違法とする。3番目は、同一義務の者に対する賃金差別を違法とする。4番目は、同一義務の者に対する著しい賃金差別を違法とする。5番目は、同一義務の者に対する賃金差別を違法とし、かつ同一労働の者に対する不相当に大きい賃金差別を違法とする。このうち本論文は3番目、つまり同一義務を前提とした同一賃金という観点を打ち出しています。

その際に、パートとフルタイムといっても、結局いろんな対応があるので、バート等を非正規従業員として、それとフルタイムを比較して、同一義務かどうかを判断すべきだという視点を打ち出しております。

この論文は、賃金差別をどういう観点から正当化するか、特にパートの場合はどうかということを分析視角、分析基軸、いずれも明確に出して検討した点で非常に興味深い内容になっています。特に水町さんはフランス、ドイツについて本格的な研究をしておりますから、そういう意味からも、この問題に対する最適任者だと思います。

ただ、具体的な結論については若干疑問があります。拘束力で賃金格差が発生するというのは何となしにわかるんですけれども、では、拘束力の分、つまり同じ仕事をしていても配転を命じられるかもしれないとか、出向を命じられるかもしれないという部分が、いわば賃金格差の分なのかが問題になります。非常に目配りの効いた議論をしていて、説得力があると思います。問題は低拘束性ゆえに賃金が安くてもいいということが、果たして正当な理由になるんだろうかということはやはり疑問だということです。

やや揚げ足取り的な疑問かもしれませんけれど。

中嶋

ありがとうございました。山川さん、いかがですか。

討論

拘束性と賃金との関連

山川

今おっしゃったことは、低拘束性という事実と賃金の低さとの関連性を立証することが難しいという点でしょうか。

道幸

非常に単純に言えば、外形的に同じ労働をしていても、正社員は拘束があるから賃金は高くてもいいんだということになります。そうすると、たとえば正社員の賃金がパートの2倍だということを考えますと、その差額というのは拘束されているから、その分多く払っているという額になります。つまり額に反映するから意味があるという議論ですから、残業するかもしれない、もしくは配転されるかもしれないということで、賃金が2倍なんだろうかということをどう考えるかです。

山川

ひょっとしたら拘束性は1.5倍かもしれないし、1.2倍かもしれない。そういうことですか。

道幸

その問題もありますし、その点については、ある意味で裁量の問題だと考えるとその部分については、あまり論理的には詰められないわけです。ですから、詰められる部分だけで判断できるだろうかということですね。

山川

おっしゃられるとおり、同一義務というものをどの程度具体的に考えられるかですね。理論的に明快で、経済学のアプローチを十分に消化して取り入れている点は、非常に注目すべきだと思いますけれども、正社員は、「義務」とまではいえなくても「期待」しているということで賃金が高い部分もあるかもしれない。そもそも本当に拘束性の違いの分だけ賃金が高い部分もあるかという対応関係の問題もありますけれども、仮に対応関係があったとしても、それは「義務」に関連しているかどうかですね。

中嶋

この論文は、今の非典型のパートタイマー等に対する使用者の賃金政策がおかしいという論文なんですか。それとも、今現実にパートタイマーが正社員より単価当たり賃金が低いとして、低いのはやむをえないんだということを論証しようとした論文ですか。

道幸

後者の感じはするんですね。

中嶋

そうすると説明のための論文、現状を経済学を交えて法学的に説明した論文ですか。つまり是正のための法理論と、追認のための法理論というのがあるとすると、現状追認のための法理論じゃないかと私は思った。今後、これが応用されて、是正もしかるべきだということになると、同一義務等の定義をはじめ、改善点というか、解明するべき点というのを、もうちょっと詳細化してもらいたかったですね。

道幸

今まであいまいに言われたことを、ある程度視点をはっきりして検討したという点では、非常に注目すべきものだと思います。ただこういう議論をすると、私はやる気があるんだと言った場合に給料を2倍にしていいのか。労働義務というのは、もっと客観的、ドライに考えるべきものじゃないだろうかと考えます。

中嶋

私はパートですけれども配転もさせて下さい、残業もさせてください、それから早く来て準備もするし、後始末もします、ミーティングにも出させて下さい、こういうふうに言った人には賃金を上げなきゃいけないということになるとすると、そう簡単にはいかないんじゃないかという趣旨ですね。

道幸

それは契約内容が違うからという議論をするでしょう。そのような契約内容でなくともそういう申込みをした場合どうするかとかいう問題は残ります。

中嶋

そうすると、契約内容との関係はどうなるの、契約意思でそうなったということと、別に意欲を持っているということはどうなんだろうね。

道幸

意欲になるとやっぱり主観的な問題になるから、論理的に説明できないと思います。ですから、使用者に法的な権限が与えられていることで、賃金額は高いという説明になるでしょう。

等しきものは等しく

道幸

あともう一つ疑問なのは、たとえばこういう賃金の平等というか、差別の問題を考える場合に、障害者に対して同じ賃金を払うというのは、法的には正当でないことになりますか。この場合は、健常者と能力が違うということを一応前提すると、能力が違う人に同じ賃金を払うというのは、法的には正当でないという議論になるんですか。水町論文の例でいえば、低拘束のパートに正社員と同一賃金を支払うことは不当と評価されますか。

山川

そこまでは言ってなくて、この論文は、義務内容が同じ場合に違う賃金を払うことは正当でないということでしょうね。

中嶋

賃金算定の要素に、能力を入れていけないということは言っていないんですよ。それは当然除いてあるんです。それ以外の要素で差別が生じているとしたら問題があるということなんじゃないですか。

道幸

ただ、分析手法のところでは、等しきものは等しく、等しからざるものは等しくなく扱えと書いています。

山川

そうですね。確かにそれが基軸になるでしょうけれども、法的正当性にはいろんな観点がありますから。「同一義務同一賃金」と言う観点からは、たとえば家族手当をどう考えるかも問題になりうると思います。

道幸

今言ったような障害者に対する賃金を、健常者と同じだけ払うという場合に、違法だという議論は難しいでしょうね。

経済学的アプローチの意味

山川

この水町論文の意図は、おそらく、単なる現状説明というだけではなくて、たとえば経済的にも合理性がない賃金差別は、おそらく法的にも正当性がないという点にあるのではないか。経済的に合理性があっても、統計的差別のようなものは法的正当性がないということはあるのですが、そういう経済学的なアプローチからのチェックもかけられるという点はあるんじゃないんでしょうか。

中嶋

失礼だけれども、経済学者はこういう分析をしていってこうですということはよく言うけれども、規範としてこうなるべきですということは、あまり言わないでしょう。法学者はその前提の材料がないから、法的視点しかないので契約理論とか権利義務論しか言わないでしょう。水町さんは、この双方をつなごうとしたんでしょうね。私などにはとてもできない手法で、非常におもしろかったですね、私は。

道幸

もっといろんな側面というか、先ほど言った低拘束性の具体的中身等の、サブの切り口みたいな部分をもう少し出すと、説得力が増すのではという感じがします。ただ、このようなアプローチは、労働法がほかの領域と接点を結ぶ出発点だということは重要でしょうね。

中嶋

いずれにしても、こういう論文が出てきてくれると、頼もしい反面、自分の前途は悲観せざるをえない(笑)。

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