1996年 学界展望
労働法理論の現在─1993~95年の業績を通じて(2ページ目)


総論

論文紹介「労働市場の変化と労働法の課題」

山川

それでは、まず、菅野和夫=諏訪康雄「労働市場の変化と労働法の課題」を取り上げます。

この論文は、労働法を広い意味での労働市場システムを規制するものととらえて社会経済の構造的な変化の中での将来に向けた労働法制の役割を検討するものです。

内容をご紹介していきますと、はじめに、高齢化に伴う構造的な労働力不足といった中長期的な状況や、日本の経済的地位の向上に伴う世界経済における役割の変化などを背景に、日本型雇用システムの変化の予測が示されます。具体的には、[1]長期雇用の縮小と流動化、[2]年功的処遇から能力的処遇への変化、[3]働き方の多様化と柔軟化、[4]縦型組織からネットワーク型組織への変化が挙げられています。

続きまして、労働市場と法の関係が原理的に検討されます。まず市場と法の一般論については、法律とは、市場メカニズムの基盤を整備したり、あるいは市場ルールを整備したりすることによって市場の機能の円滑化を図るものだと位置づけます。その中でも労働法の役割は、伝統的に市場取引における弱者としての労働者を保護するために国家が介入するというものであったけれども、そのコンセプトは変わってきていると指摘されます。

すなわち、労働法あるいは社会保障法も含めて、その目的が一定限度達成され、個人としての労働者が台頭しつつあるという状況変化を受けまして、将来へのコンセプトの視点を打ち出します。その視点は、労働市場における取引の円滑化ないし交渉へのサポートというものです。従来においても、労働法は市場取引における交渉力のサポートという意味を持ってきましたので、従来と共通点はありますけれども、その中身が、たとえば適職選択の自由を広げるというように変わってきているということです。

今後の労働法制の課題としては、外部労働市場、内部労働市場ともにさまざまなものが挙げられておりますけれども、特に重要な点は、教育訓練への支援、労働市場の整備、個別交渉へのサポートです。最後に、今後の労働法制のあり方として、このような基本的観点を踏まえて、具体的な政策提言がなされております。

外部労働市場に関しましては、転職へのサポートシステムを充実させるということです。たとえば、職業紹介機関を整備する、あるいは労働市場に関する民間活力の利用を図る、さらには能力開発について、個人への支援というものを考えていくことなどが挙げられます。内部労働市場につきましては、たとえば労働契約法制の整備や、個別化や多様化に対応した内部労働市場のルールの調整を考えていくといったようなことです。他方では、裁量労働制や、女子保護の規定についての規制緩和の提言もなされております。

さらに、関連する課題といたしまして、個別紛争処理法制の整備が特に取り上げられております。これはたとえば、窓口機能とあっせん機能の双方を果たし、利益紛争も取り扱う第三者機関を設置するといったことです。

そのほか、企業内における労働者の援助システム、あるいは組合の自助的な機能への期待にも言及して、この論文は終わっております。

交渉力のサポートという観点

以上で内容紹介を終わってコメントに移りますが、最近、日本型雇用の変化に関して多くの論文が出てきております中で、最も根本にさかのぼった議論をするとともに、議論の対象についても最も包括的な論文であると思います。内容的に見ると、最も明確な特色は、労働法を交渉力の弱い労働者へのサポートシステムととらえて、そこから現代の状況に適合した法政策のあり方を検討している点です。従来も、労働者が使用者との関係で交渉力が弱いことは言及されてきましたけれども、その位置づけは、たとえば従属労働といった概念の説明の一部に用いられているだけでした。しかし、この論文は交渉力の弱さを正面に据えて、交渉という機能的な概念によって議論を組み立てた点に特色があると思います。

その結果、権利義務論というよりは、政策論が縦横に展開されていますし、また、伝統的な権利義務の議論では、内部労働市場に重点が置かれる傾向がどうしても出てきますが、こういった視点によって、外部労働市場も重視した議論が行われています。さらに交渉というプロセスに焦点を置くことによって、その延長としての紛争処理の問題がクローズアップされています。しかも、紛争処理でも、権利義務を取り扱う裁判のみならず、相談とか助言といった交渉へのサポートの作用も視野に入っています。

その他のコメントは後で述べますが、いずれにいたしましても、この論文は、今後の労働政策あるいは雇用政策の方向性を示すものとして非常に重要なものであると考えます。

討論

中嶋

どうもありがとうございました。

それでは、今の論文紹介について、道幸さん、いかがでしょうか。

的確な問題状況の把握

道幸

確かに問題状況把握は的確だと思います。クラシックな労働法の立場から言えば、議論する際の基本的な視点、たとえば個人としては交渉力が弱いという場合に、それを修正する権利義務のような規範的な概念を前提に展開してくれたほうが、わかりやすい。そういう発想自体を超えようという論文でしょうが、市場論的アプローチとクラシックな権利義務的な流れとがどう関連するかというのが、今後の課題になるのではないかと考えました。

中嶋

今聞いていると、山川さんと道幸さんで少しこの論文に関する基本的な認識に差があるのかなと思いました。山川さんは、個人としてはなお交渉力が弱い労働者のいわば環境整備という点から書かれている、道幸さんは、少し労働者像を変えて、あまり交渉力の弱くない労働者たちの環境整備という、その点が中心的にとらえられた論文ではないかという指摘のようにお聞きしましたけれども、どうなんでしょうね。この論文は、労働者像や労働法はいわば二分化していくという認識なのか、依然として、一つの労働法思想というもので、各種の労働者は統一的に把握されるという、そういう認識なんでしょうか、山川さん、どうでしょうか。

山川

労働者の交渉力の弱さは相対的なものですが、中間的な労働者層が広がっていると指摘されていますので、伝統的な労働者像が全面的に変容してきているという認識ではないように思います。

個人としての労働者の位置づけ

中嶋

「集団としての労働者」から「個人としての労働者」への変容が説かれていますね。これの理解に関わることでしょうが、労働者は絶対的な弱者というタイプは確かに減少している、相対的な弱者、あるいはもはや弱者と見るべきではないといったタイプも目立ち始めたので、労働法制が想定する労働者像は画一的でありえなくなったということは我々も異論はない。そのとおりだと思いますが、集団としての労働者から任意的に使用者に立ち向かうことができる個人としての労働者というもの、これは社会経済学的にはそういう人々が現存するという認識は、労働法に先行しているんでしょうか。

山川

その点の調査は難しいと思いますが、この論文では、そうした自己の責任でリスクを引き受けながら取引を行うという労働者が増えつつあることは否定できないと述べていますね。そう考える場合には、交渉は現実にどういう形で行われるかを考える必要があると思います。つまり、「給料を上げてくれ、そうでなければ私は会社をやめる」という交渉が現実にどれぐらい行われるのか。また、そういう形以外の交渉はどのようなものなのか。この点は力関係のみならず、人間関係や文化の問題とも関わりがありそうです。

中嶋

公的保護と自己決定との微妙なバランスに配慮しなければならないというところが一番難しいところだと思いますが、保護の要らない労働者というのもいるという認識は、社会学的ないし経済学的にはありえますかね。

山川

そういう場合には、労働者と言えるかどうかの問題も生じないでしょうか。

外部労働市場と起業家市場

山川

逆に考えていくと、この論文に対する疑問というよりは、さらなる展開の余地があるということなんですが、一般には外部労働市場が内部労働市場の外に広がると考えられますけれども、労働者にとっては、たとえば開業するという選択もあるわけですね。そうすると、外部労働市場の外や隣に、起業家市場ないし事業家市場があって、それと労働市場との限界が不明確になってきているような気がします。交渉力の弱さについては、たとえば、退職して個人で事業を始めたばかりの人は、労働者とそう変わらない。ですから、交渉力の弱さから議論を展開すると、起業家に対する支援策も考えられます。たとえば労災保険の特別加入のようなシステムをつくるという方法もありますが、そのほかに、起業そのものに対する支援システムもありうるわけです。それは労働法の領域を超えてしまいますので、この論文の対象にはならなかったのかもしれませんが、その辺も視野に入りうるような気がします。

道幸

労働市場ということから言えば、個別企業の属性を超えた転用可能性というか、外部労働市場で自分をより高く売れるという形で、キャリアとか資格とか、そういう中身が変わっている。それに見合ったような自立が必要で、それを外部からサポートすべきというのは、確かに指摘のとおりだと思います。企業内部で労働者が自立していくためには、内部であるルールをつくっていくという場合の個人の強さと、それから、外部労働市場に出るという形の個人の強さが問題になります。やはり企業内における個人の交渉力の弱さの問題というのは残っていくのではないか。その点では、相談体制等では若干議論されていますけれども、労働者集団的な役割ということに、こういう問題関心からどう展開できるかなというのは、非常に興味を持っております。これは意図的に論じなかったのかもしれません。

山川

論文の焦点は個人としての労働者に置かれていますけれども、内部労働市場における制度的な問題については組合が重要であるということは指摘されています。たとえば、人事システム全般の構築などは、個人としての労働者がいかんともしがたい領域ですね、どのようにサポートシステムをつくっても。その場合、労使の話し合いで制度的な枠組みをつくっていくことが重要になりますから、その点では、団体的な労使関係の果たすべき役割が大きくなります。

組合の機能

道幸

その場合に、今までの組合とは違うようなイメージの組合を前提としているのですか。

山川

そこが難しいところですね。つまり、組合の機能がどうなっていくのか。論文の最後では、交渉支援に関連して組合のサービス機能について言及されていますけれども、具体的にどうするのかは、今後、検討すべきだろうとされています。

中嶋

従来は法律学者というのは、社会経済システムに対応してつくられた法制度を解釈するのが中心で、あまりこういう法律をつくるべきだというのを非常に広い形で提言したことはなかったんじゃないですかね。1990年代になって、諏訪さんや菅野さんが各所で法学者として立法政策論議に参加し始めた。まずその功績は非常に大きいということは間違いないでしょうね。

ただ、私からすると、あまりに盛りだくさんで、道幸さんの言われるのもそういう意味も含んでいると思いますが、少しターゲットを絞らないと論じにくい。ただ、これは今後労働法学研究者が菅野=諏訪論文を一里塚として自分が勉強した分野、得意な分野を詳細化していくに際しての示唆を与えてくれているという功績は非常にあったと思います。ここ10年来最もすぐれた論文の一つだと評した方もあると聞いており、それは私もそのとおりだと思いますが、一つは珍しいということもその評価の中にはあったのではないか。これからはこういうのが珍しくなってはいけないわけですね。多分法学者もこういうのに参加しなければいけないと思います。

それから、これはやはりホワイトカラーの現在の労働状況というものが、基本的には頭の中に想定されているということは言えますでしょうか。

山川

中間層の増大や工場労働中心の労働法からの転換について指摘されていますので、やはりホワイトカラーが念頭に置かれていると思います。ただ、ホワイトカラー一般の問題を超えて、現在の日本特有の状況をどの程度重視するかについては、論文の前半と後半で、少しスタンスの差があると思います。たとえば、前半で指摘される流動化の傾向は、これまでの雇用慣行を考えれば、特殊日本的なファクターがかなりあるわけですね。

それから、規制緩和に伴って経済構造が変わる結果生ずる労働力の流動化と、その際のソフトランディングのあり方などといった特殊日本的なファクターについては、労働法のコンセプトの変容とどう関連するかはあまり議論されていないような気がします。具体的な法政策の提言の中には、もちろん出てきておりますけれども。

規制緩和論との関連

中嶋

もう一つ、昭和56年のいわゆる第2次臨調以来の規制緩和論ですね。本論文はそれをも意識しているか、それともそれはたまたま時期的に一致しただけであって、労働法の内部事情としても、当然こういう方向が考えられなければならなかったというふうに読めるか、道幸さん、どうでしょう。

道幸

労働法における規制緩和というのと、いわば経済法における規制緩和という意味は全く違いますから。特に職業紹介とか派遣とか、そういう部分についての規制緩和はある程度イメージは持ちやすいのですが、それ以外の領域における規制緩和というのは、労働法自体がなくなるということかもしれません。結局、規制緩和の具体的中身をどう考えるかということだと思います。

むしろ最近は、内部労働市場の労働契約につき、規制緩和というより、法的な規制を強めていく、基準法とは別な契約論的な規制による規制強化という側面が注目されます。内部労働市場における規制強化と外部労働市場における規制緩和という大きな流れがあり、規制緩和に伴うサポートシステムが必要であるというのが全体像ではないかという感じがしております。

現在の労働法理論への影響は

中嶋

最後に、こういう論文の方向で個人としての労働者、それから自由な意思と能力を持った労働者というようなものにも焦点を当てて考えていくということになりますと、現在の労働法理論ですね、法規、制度ではなくて、理論としてこういう方向に変わりうるというようなもの、たとえば変更解約告知理論、あるいは解雇権濫用理論、こういったものにそういう法思想が影響を与えうるということはありますでしょうか。

山川

労働者の交渉力が向上してきたという点からすれば、理論的にはそういう余地もあると思いますが、しかし、相対的には弱者であることには変わりがないわけですから、そう一直線の論理でいくものではないような気がします。

道幸

就業規則の不利益変更もそうだけれど、パターナリスティックな議論、つまり首を切らないから一定程度使用者に広範な権限を認めろという議論に対しては、自立した判断主体たる個別労働者の意思等を媒介にして、リスクを労働者に課すというのは変更解約告知的な発想です。だから、そういうのには結びつくと思いますけれども、変更解約告知が問題になった状況における労働者というのは、決して強い労働者ではないことをどう考えるかは残されています。

山川

変更解約告知が出てくるのは、交渉力の強弱という点のほかに、個別紛争だからという点もあります。つまり、集団的処理が可能であれば、就業規則の変更法理がありますが、それでできない問題について変更解約告知が出てきうる。これは労働契約の個別化に対応したものであるという位置づけもできるように思います。

「労働市場」から考える

道幸

素朴な疑問は、労働市場というものに着目する議論が、最近すごく多いんですけれども、労働市場から物を考えたほうが、労働法全体が見やすいというのが、大体共通の傾向なんですか。

山川

共通の傾向とは言えないでしょうけれども、政策論としては考えやすいですし、あとは経済学者なり社会学者なりとの議論の共通の土俵ができる。やっぱり権利義務だけの議論をしていると、なかなか共通の土俵はできないのではないでしょうか。

道幸

それは大きいですね。いわば政策論にも権利論にも、かつ社会学とか労働経済学にも全部適応できるというメリットはあります。

中嶋

社会科学的視点ね。その可能性を示してくれたというような感じがします。

では、これはこれで終わりまして、次に進みます。

論文紹介「労働者の引退過程と法政策」

道幸

岩村正彦「労働者の引退過程と法政策」は、労働者の引退過程という労働法と社会保障法の接点を具体的な法政策の観点から詳細に検討しているということで、総論で取り上げました。

60歳代前半層の民間労働者の職業生活から年金生活――これは引退生活ですが――への移行過程という観点から、1994年年金法及び雇用保険法等の改正を検討したものです。

まず最初に年金支給開始年齢の引き上げの観点から、今回の改正点の目的をとらえなおしています。

今回の改正点につき、支給開始年齢の引き上げは、高齢者雇用の促進という政策目標達成のための手段であったと言われているが、高齢者雇用の動向を左右する要因としては、必ずしも決定的ではなかった。つまり、高齢者雇用の促進という政策目標があるから、支給開始年齢を引き上げるという文脈は成立しない。むしろ今回の改正の基本的な目的は、まさに高齢化の中で年金財政の安定化が目的だったということを認識すべきだという見解を明らかにしております。

具体的には、引退過程の現状と課題として、まず60歳から64歳までの雇用の実態、それから2番目に引退過程の政策課題として、四つの観点を提起しています。一つは、長期的な視点に立っているかどうか。2番目は、労働者のニーズに合った質、量の雇用を堀り起こすことをしているかどうか。3番目は、不足する生計費相当分を補う公的措置があるかどうか。最後に、経過的なものなのか確定的な政策なのか。

それを踏まえて、94年法の検討を行っております。

具体的には、まず年金についての改正点として、支給開始年齢の段階的引き上げ、それから部分年金の創設、賃金と年金の調整、雇用保険給付との関係が挙げられております。

次に高齢者雇用との関係については、高齢者雇用継続給付の問題と高齢者雇用政策の展開について紹介しております。

全体としては、今回の改正点につき、賃金補填機能、就労促進機能、それから、労働力需要の刺激を強めるという意義は認めております。

同時に、非常に複雑な制度と見通しの悪さで、制度の効果の計測を難しくするおそれがあるということを、さらに、全体的視野の欠如が制度全体の効果を減殺しているという可能性もあるという指摘がなされています。特に、年金財政の縮減部分を雇用保険に転嫁したという点については、財政的な改善を図るという目的が、年金だけでは一定程度実現したけれど、雇用保険とトータルに考えますと、財政効果は弱められているという批判です。

次にコメントに入りますが、年金法の改正をめぐる問題を目的と政策の具体化という観点から明快に論じています。労働法の研究者としてのこの論文で学んだというのが正直な感想です。

ただ、外部からの印象めいたことを言うと、社会保障の政策論と法理との関係がどうなっているか、こういう問題を検討する場合に、法学者独自の議論というのはありうるのだろうかが気になりました。

討論

中嶋

山川さんはいかがですか。

山川

岩村さんらしく論理の展開が早い論文で論理についていくのに苦労しました。しかも財政政策論の観点にも踏み込んでいるので非常に意欲的だと思いました。

年金政策と雇用・労働条件

山川

一つのコメントとしては、年金政策には、一方では実質的賃金補助によって労働力需要を刺激するというメリットがあり、他方で、年金によって賃金水準が抑制されるというデメリットもあるという指摘があるんですが、それは必然的に生ずるトレードオフではないかという感じがします。法政策によってそれを解決することができるかどうかですね。これは年金と雇用を考えるときに必然的について回る問題ではないか。

中嶋

年金政策と雇用政策の相関関係を法学者が論じたというのは、あまり見たことないんですが……。

山川

比較法では、たとえば森戸さんの論文(「雇用法制と年金法制」『法学協会雑誌』109巻9号・12号、110巻1号)がありますね。

中嶋

今回は取り上げませんでしたが、比較法的にはそういう手法がなされるようになってきました。現実の年金制度と雇用政策の関係を相関的に論じたという功績は大きいんでしょうね。

山川

そうですね。

中嶋

ただ、たとえば厚生省の政策に対してというか、あるいは政府の方向に対して、岩村さんが独自の観点から異を唱えているというような部分はあるんですか。

厚生年金法改正の論点

道幸

ええ、問題は残ると言っています。政策論から言えば一貫した議論を展開できるけれども、現実の政治過程でこれは修正せざるをえなかったという部分を明らかにしたという点では非常にわかりやすい。

同時に、なぜ政治過程でそういう修正がなされたかという問題を分析する研究領域があるとも思いました。

中嶋

確かに、岩村さんは、今回の1994年厚生年金法改正立法過程の最重要論点は、満額年金の65歳支給開始実施を前提として、60歳代前半層の所得保障(「別個の給付」)をどうするかであったと指摘し、前改正時(1989年)にも同じ議論があり、結局「繰上減額支給制度」が採択されたが、今回は「部分年金制度」(報酬比例部分の年金支給)が選ばれた。しかし、今回の部分年金制度は「高齢化に伴う年金財政の圧迫を防止するという支給開始年齢の引上げ」という政策目的とは相入れないので、従前の繰上減額年金制度に改善を加えて実施したほうが適切であったと述べています。

山川

繰上減額年金制度のほうが適切であったという立法治的評価だと思います。

中嶋

しかし、こういうのは、我々はちょっと判断できませんね。

山川

財政との関係があるので、唯一の正解というものはちょっと見いだしにくい領域ですね。

中嶋

実は、前回の学界展望のときに、社会保障も大いに取り上げましょうという提案をしたのは私だったんです。しかし、今回、労働法研究者3人の座談会になったので、それは申し訳ないけれどできませんでした。せめて労働関係と連関する社会保障制度という意味で、こういう方向を、つまりこういう学問をする研究者が出てきましたと、そういう総論的な意味で取り上げました。これ以上は進まないというか、進めないという、そういうことでこれはよろしいですか。

次回からはメンバー構成も考えていただくということにしましょう。

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