金融危機がもたらす影響と対応:イギリス
付加価値税の引き下げを軸に総額200億ポンド
—政府の景気刺激策

金融危機の影響で、イギリス経済は景気後退と急速な雇用情勢の急速な悪化に見舞われている。消費の落ち込みに直面し、製造業や小売業、建設業などで人員削減策が相次いでいる。政府は11月下旬に、200億ポンドの景気対策を発表した。今年12月から来年末まで、付加価値税を現行の17.5%から15%へ引き下げる減税策が柱。雇用対策には、景気後退の著しい影響を受け失業危機に遭遇する人々への重点的な再訓練などに13億ポンドを投じる方針だ。

16年ぶりのマイナス成長で雇用が急速に悪化

長期にわたり好景気が続いたイギリス経済にも、昨年末から今年前半にかけて経済成長の鈍化や雇用の伸び悩みなどが見え始め、ついにこの10月、政府はイギリス経済が景気後退期に入ったことを認めた。10月末に発表された7~9月期のGDP成長率の速報値は、対前期比で0.5ポイント減と16年ぶりのマイナスに転じ、またこれまで比較的好調が続いていた雇用状況も急速に悪化し始めている。

統計局が11月に公表した7-9月期の雇用関連統計は、前月の発表分(当機構ウェブサイト2008年11月の記事参照)に次ぐ全般的な悪化を示している。失業率は5.8%で前期(4-6月)から0.4ポイント上昇、失業者数は前期から14万人増の182万人と11年ぶりの高い水準に達した。解雇者数も、前期比2万9000件増の15万6000件と増加が続いている。直近の10月の求職者給付申請者数は、前月から3万6500人増の98万900人となった()。

地域別の失業率は、ウェールズの6.7%やイングランドの6.0%に対して、雇用状況が未だ好調なスコットランドや北アイルランドでは4%台と相対的に低く、景気後退の影響は地域ごとにも異なる状況がうかがえる。とりわけ、失業率が急速に上昇しているウェールズやイングランド北部では、建設業や製造業の不振が大きく影響しているとみられる。

製造業、小売業、建設業などで人員削減策

昨年の金融危機の影響を直接的に被った金融部門では、10月までの過去18カ月ですでに約8万人が解雇されたとみられ、経営者団体のCBIは、年末までにさらに1万2000人が解雇されると予測している。また、消費需要の落ち込みなどの影響から、製造業や小売業、建設業など広範な業種で、数千人規模の人員整理や生産調整などが相次いで発表されている。現地メディアが10~11月に報じた大規模な人員整理の事例としては、ヒューレット・パッカードの子会社のEDS(公共部門へのITサービスを実施)社の3300人、家具等小売大手ローズビーズ社の1200人、住宅建設会社テイラー・ウィンピー社の1900人(うち900人分は上半期に実施済み)、ヴァージン・メディアの2200人、建築資材サプライヤー大手のウーズレー社の2300人など。またブリティッシュ・テレコムでも、コスト削減策として、契約労働者などを中心に1万人の削減を来年3月までに実施すると発表している。

一方、世界的な業況の悪化に直面している自動車産業では、一時的な操業停止や操業時間の短縮、生産量の圧縮などにより人員削減の回避をはかる計画が、UKフォードやGM、ホンダ、日産などから発表されていた。しかし下流に相当する自動車部品の製造企業では、すでに工場閉鎖や事業売却などで数百人規模の解雇の発表が相次いでおり、自動車業界は、企業の資金繰り支援と需要回復に向けた方策の早期実施を政府に求めている。

また建設機械製造大手のJCBでは10月、350人の解雇を回避するため、イギリス国内7工場の2500人の組合員が13週間にわたり週4日勤務とすることで労使が合意していた。しかし11月に入って、改めて400人の解雇が経営側から発表されており、業況の見通しが立たないため、事業・人員調整の見極めが難しい状況がうかがえる。

CBIは、製造業企業500社を対象とした調査の結果、年度末までの6カ月に6万5000人の人員削減が予想されるとしている。ただし、こういった解雇事例の全てが金融危機の直接の影響によるものではないとの見方もある。大手コンサルティング会社のKPMGが7月、民間企業や公共機関を対象に実施した調査によれば、約半数の53%の組織が人員整理を考えていると回答しているが、調査対象となった約500組織の8割は、金融危機による資金調達難などには直面していないと回答しているという。

政府、低所得者層や年金受給者への支援も

景気の低迷は長期にわたるというのが大方の見方で、失業者数は今年中に200万人、来年以降の悪化で300万人に及ぶとの予測もある。政府は、減税や中小企業支援などを中心とする景気対策の実施を早くから示唆しており、その規模や内容が注目されていた。

財務省が11月下旬に発表した次年度の予算編成方針(pre-budget report)には、200億ポンド規模の景気対策が盛り込まれた。中心となるのは、12月から09年末まで実施する付加価値税率の引き下げ(17.5%から15%へ)。これは年間125億ポンドに相当する。減税による消費の活性化が狙いだ。併せて、低所得者層の税控除額の引き上げや児童手当の増額、年金受給者への手当の支給など、景気低迷が特に影響を及ぼしやすい層への支援をはかる。また、公共投資30億ポンドを2010年度分から前倒しして住宅・学校の建設や道路整備などを実施するほか、中小企業の資金調達に対する政府保証や政府調達への参加の促進、法人税率の引き上げの延期などで、企業向けの支援策を講じる。

雇用面では、景気後退の影響が著しい産業部門で失業の危機にある人々の再訓練や、支援の必要な離職者に対して優先的に職業訓練を実施するほか、職業紹介や求職者給付などの窓口業務を行うジョブセンタープラスにおけるサービスの強化、また大企業とのパートナーシップによる雇用促進などに13億ポンドを投じる方針を示した。関連して、ジョブセンター・プラスの人員を6000人増員する計画が、既に雇用年金省により打ち出されている。離職者の円滑な再就職を支援することにより、国内で未だ60万件を超える求人の充足に結び付けたい考えだ。政府は、年15万ポンド超の高額所得者に対する所得税率を、現在の40%から2011年以降に45%に引き上げることなどで赤字を賄うとしている。

しかし、大幅な減税や公的支出の増額の財源を国債発行でまかなう政府案には、野党などからの批判も強い。またイングランド銀行をはじめ専門家の間では、付加価値税の減税による消費活性化の効果は限定的との声も聞かれる。CBIも、企業向けの一連の支援策には一定の評価を示しつつ、企業の資金調達へのより強力な支援策や、従業員の国民保険の負担軽減などさらなる施策を政府に求めている。一方、労働組合のTUCは、政府の景気対策に支持を表明、低所得層や年金受給者への支援に加え、高額所得者により多くの負担を課す点を「タブーを破った」として評価した。ただし、従前から要請してきた解雇手当(redundancy pay)の増額などが盛り込まれていない点については、「残念」と表現している。

参考資料

  1. Office for National Statistics新しいウィンドウへDepartment for Work and Pensions新しいウィンドウへEuropean Foundation for the Improvement of Living and Working Conditions新しいウィンドウへBBC新しいウィンドウへguardian.co.uk新しいウィンドウへPersonnel Today新しいウィンドウへCBI新しいウィンドウへKPMG新しいウィンドウへ各ウェブサイト

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