金融危機がもたらす影響と対応:EU
欧州委員会、2000億ユーロの景気対策案
—全加盟国のGDP1.5%に相当
- カテゴリー:雇用・失業問題
- フォーカス:2008年12月
欧州委員会は11月下旬、EU加盟国共通の景気対策案を示した。全加盟国のGDPの1.5%にあたる2000億ユーロを、加盟各国及びEUレベルの景気対策に充てる計画。付加価値税率の引き下げや失業者などへの給付の増額や、中小企業の資金繰り支援、環境対策などをにらんだ投資の促進などの選択的な実施を加盟各国に求める内容で、12月のEU首脳会議での合意を目指す。
税負担軽減や就業支援、投資促進などで需要創出
世界的な金融危機の発生をうけて、EU加盟国は10月半ばの欧州理事会(EU首脳会議)で、金融システムの安定化や金融機関への公的支援策の実施などに関する政策的協調に合意した。一方、金融以外の産業部門での景気・雇用対策に関しては、加盟国共通の政策的枠組みは示されず、理事会は年末までに指針を提言するよう欧州委員会に要請していた。
これをうけて、欧州委員会は10月末、投資促進や中小企業支援などを主眼とするEUレベルでの景気対策の枠組み案を提案、加盟国政府間の合意を得た。今回提案された「欧州経済再生計画」(European Economic Recovery Plan)は、これを具体化、拡充したものだ。加盟国全体で共通のルールに基づく財政政策の実施を提言する背景には、単一市場のEU圏では一国の財政政策が他の加盟国を利することが想定されるため、その相乗効果を期待すると同時に、他国の景気対策による需要創出効果の「ただ乗り」を防ぐ意図がある。
再生計画は、財政政策による需要創出と、EU経済の長期的な競争力強化につながる産業分野や人材育成、インフラ整備などへの重点的な投資の2点を柱としており、2009年から2010年までの期間に、加盟各国で1700億ユーロ(GDP比1.2%)相当、EUレベルで300億ユーロ(同0.3%)の景気刺激策の実施を提案している。うち、消費者・労働者向けの対策としては、労働集約的なサービスや環境に配慮した商品などの付加価値税率引き下げによる消費の活性化や、景気低迷の打撃をうけやすい低所得者・未熟練労働者などに対する技能訓練等を通じた就業支援策の拡充、企業がこれらの層を雇用する際の社会保障負担の軽減などを、具体的な政策手段として示している。また、企業向けの対策としては、中小企業の資金調達支援のほか、環境対策をにらんだ教育や研究開発等への融資の拡充などを提案している。特に、自動車産業と建設業に対しては、それぞれ50億ユーロと10億ユーロを投じて、環境に配慮した技術開発への投資促進をはかる予定だ。加えて、エネルギー供給網やITネットワークの加盟国間の共有(相互接続)に向けたインフラ整備などを盛り込んでいる。EUレベルの各種基金(欧州社会基金、グローバル化調整基金)や欧州投資銀行などは、加盟各国における施策の実施に対して融資を行うが、このための基準の簡素化などの見直しを併せて実施する。
加盟国の合意、困難の予想も
ただし、一連の施策におけるEUの役割は相対的に小さくならざるを得ない、と欧州委員会は留保している。財政政策の実施は加盟各国が独自に決定すべき領域であり、また加盟国の間で経済・財政状況に大きな開きがあることからも、画一的な政策手法や予算規模の基準を各国に課すことは難しいというのがその理由だ。欧州委員会が11月初めに発表した加盟各国の来年の経済予測によると、GDP成長率がプラスを予測されているスロヴァキア、ブルガリアなどの東欧諸国と、マイナスが見込まれているラトヴィア、イギリス、アイルランドなどでは最大で7%近く開いている。また財政状況に関しても、大幅な赤字が予測されるアイルランド(対GDP比7%)やイギリス(同5.6%)に対して、フィンランド(3.6%)では逆に財政黒字が予測されている。
このため再生計画は、自国の状況に合わせた政策手段の選択など、一定の裁量を加盟各国に認めている。さらに、各国には通常、毎年の財政赤字の対GDP比を3%以内に抑制することが義務付けられている(ユーロ加盟国がこれに違反した場合は罰金が科される場合もある)が、一時的にこの条件を緩和し、複数年の中での達成を認めている。
再生計画案は、12月の欧州理事会(EU首脳会議)に諮られる予定だ。合意されれば、加盟国には政策手段の選択や財政的措置などの実施計画の提出が求められるとみられる。しかし現地メディアの間には、欧州委員会の求める水準の景気対策の実施に全ての加盟国が足並みをそろえるとの見方には懐疑的な意見もあり、各国政府が合意に至らない可能性も指摘されている。
Eurostat(欧州統計局)が11月に公表したEU27カ国の第3四半期(7-9月)のGDP成長率は、前期の0%から0.2%のマイナスに転じた(ユーロ圏15カ国(注)では既に2期連続でマイナス0.2%)。10月の失業率は、7.1%と前月比で0.1ポイント上昇、失業者数は29万人増の1718万3000人となった。とりわけ、ユーロ圏15カ国の失業率が7.7%と高く、2カ月連続で0.1ポイント上昇している。
注
- ユーロに加盟している15カ国:ベルギー、ドイツ、アイルランド、ギリシャ、スペイン、フランス、イタリア、キプロス、ルクセンブルク、マルタ、オランダ、オーストリア、ポルトガル、スロヴェニア、フィンランド
参考
- European Commission、Eurostat、EurActive、EuObserver、BBC、Financial Times
- 1ユーロ(EUR)=118.00円(※みずほ銀行ウェブサイト2008年12月3日現在のレート参考)
2008年12月 フォーカス:金融危機がもたらす影響と対応
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- アメリカ: 相次ぐ人員削減、10月の失業率は6.5%の高水準―失業保険給付の期間延長に60億ドル強
- ドイツ: 政府、総額500億ユーロの大型景気対策―自動車業界の支援策をめぐり論議
- フランス: 大統領、雇用に関する行動計画を発表―労組、既存計画の焼き直しと反発
- EU: 欧州委員会、2000億ユーロの景気対策案―全加盟国のGDP1.5%に相当
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- OECD(1): OECD諸国、今後2年で失業者が800万人増―OECD経済予測
- OECD(2): 金融危機でILOとOECDが連携強化―ILO理事会でOECD事務局長が演説
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