金融危機がもたらす影響と対応:中国
4兆元の大型刺激策で内需拡大へ
—雇用対策、最重要課題に

中国政府は金融危機克服のため、実施期間を2010年末までとする大型の景気刺激策を発表した。総額4兆元(約57兆円)に上る景気刺激策で内需を拡大、雇用安定に全力を挙げる構えをみせている。景気の減速は確実で、2009年のGDP実質成長率は6月時予想より1.5ポイント低い7.5%にとどまるとの予測が出された。雇用悪化の見通しも出ており、「農民工」の問題を含めて雇用問題が最重要課題として浮かび上がっている。

IMFなど、中国の対応策を評価

中国政府が今次の金融危機に対応するため今後2年間で内需拡大に投じるとした財政支出額は総額で4兆元(約57兆円)。建設業、金属・鉱業などを中心に対象となる範囲は広い。国家発展改革委員会によると、支出総額のうち中央政府の支出は1兆1800億元(約17兆円)で全体の約3割に当たり、残りは地方政府からの支出と民間企業からの投資で賄うという。

また、同委員会はこの景気刺激策に続き、(1)来年の賃金引き上げの細則を今年末までに公表(2)資本市場に3000億元から4000億元程度注入(3)低所得者向け補助金の長期保障制度を設置(4)住宅補助の引き上げ(5)都市労働者の基本医療保険を整備し医療費負担を軽減――とした施策案を発表した。内需拡大の具体的方策として消費を刺激する狙いがある。この案は関係省庁で調整のうえ随時実施される見込み。

中国が発表した一連の景気刺激策については、IMF(国際通貨基金)のストロカーン専務理事が「中国が決定した景気対策は大規模であり包括的。需要を支えるうえで、中国国内経済のみならず世界経済にも好影響を及ぼす。世界経済が金融危機を乗り切るのに役立つと思う」との見解を示すなど、「当面の経済失速を防ぐには有効」と好意的に捉える向きが拡がっている。胡錦濤国家主席は10月に北京で開催されたアジア欧州会議(ASEM)首脳会議で「中国経済が安定成長の勢いを保つことが国際金融市場の安定と世界経済発展への重要な貢献になる」と世界市場における中国の存在感をアピールするとともに、金融危機打開に向けての政府の積極的な姿勢を印象付けた。

他方、地方政府が相次いで表明している景気刺激関連の投資額は総額で18兆元(250兆円)規模に達しており、中央政府の発表する投資額をはるかに上回っている。これには国内の証券業界からも「財源的裏付けがないのでは」といった疑問が呈されるなど疑問視する向きが多い。また、今回の対応策には中央政府のほか、地方政府・民間も含まれることから、こうした発表の食い違いから見え隠れする中央政府と地方政府の足並みの乱れこそが最も深刻な問題という指摘もある。

失業問題、深刻化の懸念も

膨大な「農民工」を抱える中国の雇用情勢は厳しい。中国としてはグローバル化の波に飲まれて初めての景気対応策であるだけに、先行きの不透明感は強い。世界銀行は11月25日、中国の2009年の国内総生産(GDP)が前年比で7.5%増にとどまるとの予測を発表した。6月時の発表と比較すると1.5ポイントの下方修正となる。世銀は、「中国国内の要因で不動産市場が落ち込んでおり今後しばらくは個人投資が低迷、個人消費が弱まる」と分析する。一方輸出についても09年の11.0%増という見込みを3.5%へと修正、大幅に減速する見通しだ。

同時に人的資源・社会保障部は、2007年まで4年連続で低下していた失業率が、08年は5年ぶりに上昇し4.2%程度になるという見込みを発表した。同部は、金融危機後の最近の雇用情勢について「10月以降、国際経済情勢の変化を受け、非常に厳しい」との分析を示した上で、「毎年約2400万人の新規労働力が労働市場に参入するが、実際は約半部の1200万人分の雇用の受け皿しかない」ことを認め、経済情勢が厳しさを増せば、失業問題が深刻になりかねないとの認識を示している。

農村からの都市部への出稼ぎ労働者である「農民工」は現在、約2億3000万人に達する。農民工の多くは沿海部の輸出関連企業で働いているが、世界経済の急減速で職を失い、故郷に戻る出稼ぎ労働者も目立ち始めている。もちろん政府はこうした農民工の雇用問題に強い危機感を募らせており、再就職支援など農民工対策を強化する方針を示している。その一環として10月30日発表されたのが、『起業による就業促進の推進に関する指導的意見』。中国人力資源・社会保障部を含む10の省庁が参画し策定した。内容は新規起業者に対する参入規制の緩和や行政の審査許可に係る手続きの簡略化、出稼ぎ労働者らが起業する際の金融サービスの整備などが柱。故郷に帰る農民工などに起業による就業を促進することで関連雇用を生み出す効果を狙ったものといえる。

また、11月26日開催された温家宝首相が主宰する国務院常務会議では、金融危機の影響で企業が直面する困難を解決し、安定した雇用を確保するため新たな措置が決定された。これは、(1)鉄鋼、自動車、造船など重点産業の振興計画を策定し実施する(2)企業の技術改造とM&Aを加速する(3)重要資源の備蓄を高める(4)中小企業への融資を拡大する(5)交通輸送、物流などのサービス業の発展を加速する(6)失業保険基金の使用範囲の拡大および失業者や帰郷する農民工の職業訓練を拡充する――の6項目で構成される。

農民工の雇用問題という不安定要因を抱えた中国。目前の金融危機を乗り越え、安定的発展を持続可能なものとするには、輸出産業への依存から脱却し、サービス業を拡大し雇用を増やすなど内需主導型に切り替えていく必要がある。最重要課題である雇用問題をいかに軟着陸させるか、今後の政府施策の行方が注目される。

参考資料

  • 人的資源・社会保障部、人民日報、第一経済日報他中国主要紙、時事ワールド他

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