労働運動の再生:アメリカ
寄稿2/過去の栄光に倣っても、その歴史の風刺しか生み出さない

  • カテゴリー:労使関係
  • フォーカス:2005年9月

カリフォルニア大学サンタバーバラ校歴史学教授
ネルソン・リヒテンシュタイン

AFL-CIOの分裂とその及ぼす影響

米国労働運動の内部分裂は自ら招いた傷であり、その痛みは恐らく将来に渡り尾を引くだろう。SEIUを旗頭に、2005年7月の大会で3大労組がAFL-CIOを脱退した。さらに追随する労組が増えるものと見られる。政治や経済界の保守派は分裂に大喜びしているが、多くの庶民は困惑を隠せない。労組ヒエラルキー上層部の分裂のため、すでに、裾野の政治・組織化活動は打撃を受け始めている。全米の組合にとって労働運動が一種の「研究開発」試験の場となっているカリフォルニア州では、11月の州選挙で反労組色の強い建議が争点となると見られるが、今回の分裂によりその闘争資金が減った。AFL-CIOの分裂はその地方組織であるロサンゼルス労働組合評議会の寸断、またSEIUとAFSCME(アメリカ州群自治体従業員組合連合)との間で引き抜き合戦を招く恐れがある。

組織率と政治影響力の低下

AFL-CIOの分裂の根底には労働運動の大規模な衰退があり、米国労働運動から権限、人的資源及び影響力が失われた。現在米国人労働者9人中、組合員は1人しかいない。2004年、組合は共和党ブッシュ候補を倒すため、民主党に投票するよう膨大な努力を重ねて組合員を説得したが、オハイオ州やフロリダ州のような激戦区では組織率が低いために勝利を収めることができなかった。かつて労働者パワーの拠点であった航空、鉄鋼、精肉、自動車、通信産業などの労組は社会的影響力を失ってしまった。

SEIUを中心とする離脱派の主張

組織人員180万人を擁するSEIUの性急なスターン会長は、組織化に新しいエネルギーとさらなる資金を投入するため、AFL-CIO内部の反乱を主導した。「新しい団結に向けての連帯」(NUP)や「勝利のための変革連合」(CWC)など様々に呼ばれるその構想の主眼は、特定の産業を標的にして潤沢な資金と十分な調整のもとで組織化キャンペーン行うことであり、そのために組合の整理統合と中央集権化を推進することであった。スターン会長は、現在60余の組合の数を12程度に減らしたいと考えている。また、組合費をAFL-CIO本部その他多数の全国労組本部から現場へ戻し、そこで数千人規模で組織化を行い、これまで組織化の対象外だった貧困層などのキャンペーンに資金供給するために使いたい意向だ。この戦略に悪いところは何もない。だが、この難しい時期にプログラムを実現し、労働運動を活性化するのに、AFL-CIOを分裂させるのが一番効果的な方法なのだろうか。

離脱派にとっての米国労働運動の歴史と今回の分裂

スターン会長と離脱派は、米国労働運動の歴史、とりわけ鉄鋼、自動車、電気製品、ゴムで組織化キャンペーンを成功させた米国労働総同盟(American Federation of Labor)の1935年の分裂を好んで引用する。当時も、時代は厳しかった。世界大恐慌のため労働者の4人に1人が失業したが、国内にあっては、巨大企業が民主主義的価値を脅かす様相を見せ、海外にあっては、独裁者が不安定な資本主義を、民族、国または階級の団結によって方向付けられる世界へ転換すると約束していた。米国人はそのなかにあって民主主義が維持できるか、懸念していた。

ニューディール政策と労働運動

フランクリン・ルーズベルト大統領とその他のニュー・ディール政策支持者は、強力な労働運動の台頭が必要不可欠であると考えた。すなわち、賃金を引き上げることによって、アメリカ国民全体の購買力を高め、その結果、何千もの工場の操業に必要な需要を創出するというものである。そして、労働組合主義は職場に「産業民主主義」をもたらし、またそれによって、ニュー・ディール政策支持者が民主主義的構想にとって極めて破壊的であると考える「経済的王党派」から米国を保護すると見られた。

AFLからのCIO分離と労働組合運動の復活

だが、米国労働総同盟の指導者は1935年のワグナー法可決の後でさえ、組織化を進めることができなかった。彼らは単に熟練労働者を欲しがっただけで、AFLの多くは大手自動車、鉄鋼及びゴム工場できつい労働をする東欧移民やアフリカ系アメリカ人を軽蔑した。労組は組織化のまたとない機会をやり過ごしてしまったのである。

これは合同炭鉱労組のジョン・L・ルイス氏と、合同衣服労働組合のシドニー・ヒルマン氏が1935年にライバルの産業別組織委員会を結成したとき、彼らが直面した危機であった。彼らは新しいワグナー法を使い、AFLの無神経な指導者によって拒絶された数百万人を組織すると見られた。CIOは戦闘性を増し、過激な組織者を多数雇い、欧州の少数民族、メキシコ系アメリカ人、アフリカ系アメリカ人に労働組合を開放することによって、全米の労働組合運動の復活の火付け役となった。

その結果、労働組合には10年で1,000万人の新規組合員が加入し、1955年、すなわちAFLとCIOが再統合した時点までに、米国労組は1世代内で労働人口全体の実質賃金の倍増にむけて順調に進んでいた。全基幹産業における団体交渉は、米国経済秩序の統合的かつ民主化の柱のようであった。そして、労組はほぼ常に貧困者及び少数民族の最高の政治動員であったため、投票参加‐及び民主党の強さ‐は20世紀最高に達した。

頂点に達した労働組合主義のその後

したがって、1950年代及び1960年代、労働組合主義は当然のことのように思われていた。タカ派のジョージ・ミーニー氏‐しかめ面と大きな葉巻を覚えている人がいるかもしれない‐の下で、AFL-CIOはあまりリベラルな組織のようには見えなかった。それは活気のない独占状態だった。多くの労組が組織化をやめ、また、市民権運動やフェミニスト推進力とつながりのない組合もあった。製造業のグローバル化と攻撃的な反労働者保護主義の台頭によって、労組の心臓部が行き詰ったとき、AFL-CIOは効果的な対応を取る事ができなかった。

歴史の再来なるか、今後の展望

スターン会長らの離脱派は、この歴史を十分承知している。彼らはルイスやヒルマンのように火付け役を演じることができるか。あるいは、全米自動車労働組合(UAW)、チームスターズ、及び大工・指物師合同友愛会の指導者のように、脱退後時を置いて再加盟するという効果の上がらない歴史を単に繰り返すだけだろうか。離脱派は劇的な方法でAFL-CIOを脱退したが、労働者層の魂を揺さぶる、または新しい労働組合員世代が彼らの動きに同調することはなかった。

少なくとも、現在の状況では、CWCの反乱がどのように影響するかを見極めることは難しい。ニュー・ディール政策ははるか昔の記憶であり、裁判所は労働法を使用者のための反労組の武器に変えてしまった。CWCが改革を求めた伝統的な労組は、今やはるかに彼らの影響力を超え、ますます敵対的勢力となってAFL-CIOにとどまっている。だが、仕組みや資金より重要なのは、少なくとも労働者階級での政治文化の転換であり、それが生み出すことのできる社会運動の感覚である。CIOはアメリカ人移民とアフリカ系アメリカ人にとって事実上の自由化運動と見られ、数百万人を鼓舞した。SEIUは新しい移民を大量に組織化しているが、他の離脱派、特に一部の地域で指導者層のポストを勝ち取ろうとしたラテン系アメリカ人過激派に対して敵対的なチームスターズなどは、複雑な過去をもっている。

労働者の同士として、私は自分の悲観的な予想が間違いであることを願っている。離脱派は固い決意に突き動かされているが、時に過去の栄光に倣う努力はその歴史の風刺しか生み出さないことがある。有名な19世紀の政治エコノミストはかつてこう書いている。「すべての歴史は2度起こる。最初は悲劇として、次は茶番として」

ネルソン・リヒテンシュタイン

1974年カリフォルニア大学バークレー校で博士号取得。専門はアメリカ労働史、20世紀アメリカ史。現在カリフォルニア大学サンタバーバラ校歴史学教授。同校の仕事・労働・民主主義センター所長。

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2005年9月 フォーカス: 労働運動の再生

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