残業代支給対象拡大の新規則施行
 ―ホワイトカラー・エグゼンプション俸給要件引き上げ

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  • 国別労働トピック:2024年7月

連邦労働省は7月1日、公正労働基準法(Fair Labor Standards Act、FLSA)に基づき、残業代の支給対象から外す「ホワイトカラー・エグゼンプション」について、適用者の俸給水準要件を引き上げる新規則を施行した。それまでの「週給684ドル以上」を「週給844ドル以上」へと引き上げた。しかし、テキサス州政府や業界団体などは新規則の違法性を主張し、連邦地方裁判所に提訴。連邦地裁は6月28日、テキサス州政府職員への適用に限って、新規則の施行を一時差し止める命令を出している。

「残業代支給の例外」

FLSAは使用者に対して、週40時間を超えて働く労働者に残業代として1.5倍の時間外割増賃金(残業代)を支払うことを義務付けている。

しかし、「管理職」「運営職」「専門職」「外勤営業職」「コンピュータ関連職」のホワイトカラー労働者については、「賃金の支払い方が時間給ではなく、実際の労働時間にかかわらず、あらかじめ決めた一定水準以上の俸給額が支払われている(俸給基準要件、俸給水準要件)」「管理、経営、または専門知識を必要とする(職務要件)」という条件を満たせば、原則として、残業代の適用対象から外れる(外勤営業職、医師、教師、弁護士等は「職務要件」のみでよい)。これを「ホワイトカラー・エグゼンプション」という。

連邦労働省はこのたび、ホワイトカラー・エグゼンプションの俸給水準要件を引き上げる内容の行政規則の改定を行った。規則の改定にあたっては、連邦労働省が行政手続法(Administrative Procedure Act、APA)に従って、その内容を連邦官報(Federal Register)に一定期間(通常は30~60日)公表。提出されたパブリックコメントの評価を踏まえて最終規則を決定し、再び連邦官報に公表した上で施行するという手続きを踏む。施行された規則の内容が不当だとして、利害関係者らが司法に異議を申し立てる場合もある。

引き上げの第一段階

連邦労働省は2024年4月23日、上述の俸給水準要件を当時の「週給684ドル以上(年収3万5,568ドル以上に相当)」から、同年7月1日に「週給844ドル以上(年収4万3,888ドル以上に相当)」としたうえで、2025年1月1日に「週給1,128ドル以上(年収5万8,656ドル以上に相当)」へと二段階で引き上げるとする「最終規則(以下、「新規則」)」を公表した(注1)。今回の引き上げはその第一段階にあたる。

なお、FLSAは、現行規則で10万7,432ドル以上の年収を得ている一定のホワイトカラー・エグゼンプションの労働者について、「職務要件」の一つでも満たせば、「高額賃金エグゼンプト(Highly Compensated Employees、HCE)」に該当し、残業代支給の適用対象外となることも定めている。新規則は2024年7月1日に「年収13万2,964ドル以上」とし、2025年1月には「年収15万1,164ドル以上」に引き上げることも示している。

また、新規則はこれらの俸給水準要件を2027年7月1日以降3年おきに、最新の賃金のデータ等に基づき、定期的に見直すことも定めている。

「低給与労働者の残業保護を拡大」

ジュリー・スー労働長官代行は7月1日、「80年以上にわたり、週40時間労働はアメリカの労働者にとって公平性の柱となってきた。それは、定額の給与で長時間働くことではなく、自分の働く時間を費やした後に、愛する人のもとに帰るという約束だ。この原則を無視した仕事に就く人があまりにも多い。今日、この国の低給与労働者に対する残業の保護を拡大することで、そのバランスを取り戻す新規則を施行した」とのコメントを出した(注2)

連邦労働省によると、現在週給684ドル以上1,128ドル未満で働く約400万人の労働者が、新たに残業代の支給対象になる。HCEの年収要件を満たさなくなる約29万2,900人と合わせ、約433万人に残業代が新たに支給される見込みだ。対象者数を国勢調査の地域別に見ると、北東部が74万人、中西部が93万人、南部が187万人、79万人と試算している。

「シェブロン法理」覆す連邦最高裁判決の影響

新規則による俸給要件の引き上げについて、多くの企業や経営者団体が反発している。FLSAは民間企業だけでなく、連邦政府や州政府等公共部門の職員にも適用される。テキサス州では、企業や業界団体のほか州政府当局(法務長官)らが同規則の差し止めを求め、連邦地方裁判所に相次いで提訴した。

裁判で原告のテキサス州当局は「新規則は残業代の支給対象を職務でなく、主に賃金に基づいて決めるという誤った法解釈で判断したもの」だとして、連邦労働省による新規則の施行を「省の権限を不当に超えたもの」だと主張した。また「新規則の施行により、州政府職員の給与コストが上昇し、雇用や州のサービスの削減を招く」といった問題点を訴えた。

テキサス州東部地区連邦地方裁判所(州東部連邦地裁)は6月28日、同日に連邦最高裁判所が別の裁判で「法律の曖昧な部分を政府の規制当局が解釈できる」という「シェブロン法理(Chevron doctrine)(注3)」を覆す判断を示したことなどをあげ、「原告の主張が認められる可能性が高い」との判断を提示。同州政府を雇用主とする州職員に限って、新規則の適用を一時差し止める命令を出した。ブルームバーグ通信によると、新規則の影響を受ける州職員の数は100人未満だという。

なお、州東部連邦地裁には、テキサスレストラン協会、国際フランチャイズ協会、全国コンビニエンスストア協会、全米卸売流通協会、全米小売業協会などの業界団体・使用者団体を原告とする訴訟も提出されており、上述の州当局を原告とする訴訟と統合された。しかし、7月1日段階で、テキサス州職員に適用を限定した差し止め命令の範囲に変更はない。

また、同州の北部地区連邦地裁では、ソフトウェア開発などを手がけるフリント・アベニュー社(Flint Avenue LLC)が連邦労働長官代行らを相手に、新規則施行の差し止めを求めて提訴した。州北部連邦地裁は7月1日、新規則が原告に回復不能な損害をもたらすことを証明できないとして、差し止め請求を却下している。

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