ギグ・ワーカーに「最低報酬」を保障
―シアトル市などで条例制定
シアトル市のブルース・ハレル市長は6月13日、スマートフォンのアプリを使用して食品・料理の宅配(フードデリバリー)業務などに従事するギグ・ワーカーに「最低報酬(minimum pay)」を保障する条例案に署名した。1年半後(2023年末)までに実施する予定。乗客輸送(ライドシェア)のギグ・ワーカーに対する最低報酬の支払い義務化は、すでに同市やニューヨーク市で施行している。これらの条例はギグ・ワーカーを雇用労働者ではなく個人請負として扱い、その就業環境を保護することを目的とする。対象者は失業保険など労働法による保護の枠組みから外れるため、労働組合の賛否は分かれている。
食品・料理の宅配サービスなど対象に
シアトル市で今回成立したのは「アプリベース労働者の労働基準(app-based worker labor standards)」に関する条例(以下「条例」)で、通称 Pay Up Legislation(報酬引き上げ法)という。市議会は条例案を5月31日に可決していた(注1)。
「条例」は、世界で250人以上のギグ・ワーカーと契約し、食品・料理の宅配サービスを行なう企業などを対象とする。同市ではドアダッシュ(Door Dash)、ウーバーイーツ(Uber Eats)、グラブハブ(Grubhub)といった企業が該当する。ハンディ(Handy)やインスタワーク(Instawork)など、派遣アプリ(staffing apps)を介して、働く者を求人企業とマッチングして派遣する企業も対象になる。他の市条例や州法(後述)の対象となる乗客輸送(ライドシェア、配車)サービスの企業(Transportation Network Companies、TNC )には適用しない。
住宅の清掃や修理、家具の組み立て、引っ越しの手伝い、ペットの世話などを行なうギグ・ワーカーと顧客をマッチングする「マーケットプレイス・ネットワーク・カンパニー(TaskRabbitやRoverといった企業が該当)」も、条例の適用対象から外した。こうした企業への対応は2023年8月までに市議会で検討する。
1分・1マイルあたりの「最低報酬」を保障
「条例」は1分及び1マイルあたりの最低報酬以上の金額をそれぞれギグ・ワーカーに支給するよう企業に義務づけた。個人請負としての業務遂行に必要な経費(燃料費、車両維持費、通信費など)の負担も補償するため、市の雇用労働者に適用している最低賃金に所定の係数を乗じたり、1マイルあたりの最低報酬を合わせて支払うことも定めている。また、労働時間(従事時間)は原則として「オファーの受諾から完了まで」としているため、待機時間等に関連した係数も最低報酬額算出の計算式に組み込んでいる。
最低報酬の具体的な計算方法は次のとおりである。まず、1分あたりの最低報酬は、市の最低賃金(時間単位)を「分単位」に変換し、必要経費や準備時間の係数を乗じて算出する。条例制定時(2022年6月)の市最賃は時給17.27ドルで、1分あたり0.288ドルに相当する。これに1.12(必要経費係数)と1.17(関連時間係数)を乗じ、1分あたり0.38ドルとする。
一方、1マイルあたりの最低報酬は、内国歳入庁で定める「マイレージ率」(2022年6月時点で1マイルあたり0.585ドル)(注2)に1.1(関連時間係数)を乗じ、1マイルあたり0.64ドルとする。これにより、企業は各ギグ・ワーカーに少なくとも1分あたり0.38ドル及び1マイルあたり0.64ドル、あるいは1件のオファーにつき5ドルのいずれか高い方の金額をそれぞれ支払う必要がある。最低報酬にチップは含まない。
「ギグ・ワーク」の柔軟性と透明性を確保
「条例」はギグ・ワーカーの仕事の柔軟性を保護することも狙いとする。ギグ・ワーカーが仕事の内容や従事する時間を自由に選ぶ権利を保障するため、企業がギグ・ワーカーに対してアプリに接続する時間帯や曜日を制限したり、業務の履行実績を発注の条件にすることを禁じた。事前に提供されたオファーの情報の不正確さ、顧客の不在・通信への無応答、予期せぬ障害の発生、嫌がらせや差別の被害などから業務を途中でキャンセルせざるを得なかった場合、企業は罰則を科してはならないことも定めている。
また、ギグ・ワーカーがオファーの内容を事前に理解して、その諾否を判断できるよう、「条例」は企業に以下の情報を透明化してギグ・ワーカーに直接、または顧客から提供することを保障しなければならないと規定している。
- オファー完了までにかかる時間と距離の見積もり、履行するおおよその場所
- オファーに対して支払う最低額(上記最低報酬を下回らない)
- 顧客が事前にチップを指定する場合はその金額
- オファーを履行する事業所の名称
- オファーを履行するために必要な肉体労働の程度(取り扱う商品の重量等)、必要な場所へのアクセスの可能性(届け先等の部屋の階数、エレベーターの有無等)に関する情報(いずれも合理的に確認できる範囲)
企業はオファーの実行から24時間以内に、従事時間や距離、報酬などを記載した電子記録(electronic receipt)をギグ・ワーカーに送信する必要がある。ギグ・ワーカーの勤務記録等を市当局に報告する義務も課す。
ニューヨーク市でも条例制定
ニューヨーク市では2021年9月23日に食品や料理を宅配するギグ・ワーカーを保護する法律案(行政法=administrative codeの改正)を議会で可決した(図表1)。透明性、柔軟性確保に関する条項(配達の移動距離、推定時間、ルート、報酬、チップ等の情報の事前開示、ワーカーによる1回あたりの最長移動距離の指定、特定の橋梁やトンネルの通行を拒む権利の保障など)は2022年4月22日に施行。最低報酬については2023年1月1日から適用する予定にしている(注3)。市の関連部門は宅配ギグ・ワーカーの労働条件を調査し、その結果に基づき、適用日までに最低報酬の決定方法を確定する。
同市ではライドシェア(配車)サービスに従事するギグ・ワーカーを保護する規則(rule)を2018年12月に「タクシー・リムジン委員会」で採択し、2019年2月1日から実施している(注4)。1日あたり1万回以上運行する認可企業を対象とし(ウーバー、リフトの両社などが該当)、1分及び1マイルあたりの最低報酬の提供を義務づけた。
シアトル市もこれに続き、配車サービスのギグ・ワーカーに最低報酬を確保する条例(TNC最低補償条例、Transportation Network Company Minimum Compensation Ordinance)を2021年1月1日から施行した(2020年10月8日に市長が署名して成立)(注5)。同市があるワシントン州でも2022年3月31日成立の州法(TNCドライバー及びTNCの権利と義務に関する法律=AN ACT Relating to Rights and Obligations of Transportation Network Company Drivers and Transportation Network Companiesの改正、HB2076)に同様の条項を盛り込み、2023年1月1日から適用する予定にしている(注6)。
制定市・州 | 条例・州法の名称 | 対象 | 施行時期 |
シアトル市 | アプリベース労働者の労働基準に関する条例(通称 Pay Up Legislation、報酬引き上げ法) | 食品・料理の宅配サービスなど | 2023年末までに施行予定 |
シアトル市 | 配車サービスのギグ・ワーカーに最低報酬を確保する条例(TNC最低補償条例) | ライドシェア(配車)サービス | 2021年1月1日 |
ワシントン州 | TNCドライバー及びTNCの権利と義務に関する法律 | ライドシェア(配車)サービス | 2023年1月1日施行予定 |
ニューヨーク市 | 食品や料理を宅配するギグ・ワーカーを保護する法律(行政法改正) | 食品・料理の宅配サービス | 2023年1月1日施行予定 |
ニューヨーク市 | ライドシェア(配車)サービスに従事するギグ・ワーカーを保護する規則(rule) | ライドシェア(配車)サービス | 2019年2月1日 |
条例等への賛否
シアトル市の「条例」に対し、ドアダッシュなどの企業は「配送コストを引き上げ、注文を減らし、収益を脅かす」などと反発した。一方、飲食店の経営者らでつくるシアトル・レストラン連合(Seattle Restaurants United)などは同法の制定を支持している。
国際サービス従業員労組(SEIU)地方支部メンバーらが参加する団体Working Washingtonは同法を制定する運動を推進した(注7)。同団体は「国内のギグ・ワーカーにとって最も広範な労働基準を作成したもの」と評価している。
だが、ギグ・ワーカーを個人請負として扱うことを前提に、その就業環境を保護する条例や州法の制定について、労働組合の賛否は分かれている。個人請負は労働法の対象外で、失業保険などの労働者保護を受けられない。そのため、全国的な労働組合や労働者の権利擁護団体などは、こうした条例等が全国的に広がることを警戒している。
現地報道によると、ワシントン州の「TNCドライバー及びTNCの権利と義務に関する法律」に対して、運輸関連の労働者を組織する労組「チームスターズ(Teamsters)」の地方支部は「賃上げやその他の利益に対する要求を勝ち取るために、ウーバーやリフト の運転手と連帯する」として賛成。それに対し、AFL-CIO(アメリカ労働総同盟・産別会議)やチームスターズの全国組織は反対している。
注
- シアトル市議会ウェブサイト参照(本文へ)
- 内国歳入庁(IRS)は業務目的の自動車の運転に関わる費用(燃料費、車両維持費、修理費、減価償却費、保険料等)を必要経費として計上し、納税額から控除できることを規定している。その額は実費または業務上の走行距離にIRSが提示する「マイレージ率」を乗じた額としている(内国歳入庁ウェブサイト参照) (本文へ)
- ニューヨーク市ウェブサイト参照(本文へ)
- ニューヨーク市ウェブサイト参照(本文へ)
- シアトル市ウェブサイト参照(本文へ)
- ワシントン州ウェブサイト参照(本文へ)
- Working Washington ウェブサイト参照(本文へ)
参考資料
- シアトル市、ニューヨーク市、ニューヨーク・タイムズ、ブルームバーグ通信、各ウェブサイト
参考レート
- 1米ドル(USD)=140.11円(2022年9月2日現在 みずほ銀行ウェブサイト)
2022年9月 アメリカの記事一覧
- 失業保険特例措置の終了と雇用への影響を分析 ―連邦準備銀行
- ギグ・ワーカーに「最低報酬」を保障 ―シアトル市などで条例制定
- 2031年までに830万人の雇用が創出 ―伸びは鈍化、労働統計局予測
- 在宅勤務者の割合17.9%、コロナ禍前の3倍に ―国勢調査局推計
- 貨物鉄道労使、協約改定交渉で暫定合意 ―ストライキを直前回避
関連情報
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