首都やサンフランシスコなどで最低賃金を引き上げ
2022年7月1日、コネチカット州など3州と首都ワシントンD.C.(コロンビア特別区)、カリフォルニア州のサンフランシスコ市・郡などが最低賃金を引き上げた。物価の上昇を反映してワシントンD.C.では時給16ドルを超え、サンフランシスコでは17ドルに迫る水準となっている。また、ハワイ州では最低賃金を段階的に引き上げる法案が成立。時給10.10ドルの現行最賃を今後4段階に分けて引き上げ、2028年1月までに18ドルとする。
州や市レベルでの引き上げ続く
アメリカの最低賃金には、「連邦最低賃金」と「州最低賃金」などがある。連邦最賃は公正労働基準法(FLSA)に基づき、(1)州を超えて営業または流通する商品を製造する年商50万ドル以上の企業、または連邦・州・地方政府機関、病院、学校で働く者、あるいは(2)州を超えて営業または流通する商品を製造する業務に従事する者、に幅広く適用される(注1)。州最賃は州内でのみ事業を行なう小規模企業の従業員などにも適用される(詳細は州によって異なる)。州最賃の金額が連邦最賃を上回る場合、連邦最賃の対象者にも州最賃が適用される。市や郡がより高い水準の最賃を条例で定めることを認める州もある。
連邦最賃は2009年7月に7.25ドル(時給、以下同)へと上がって以降、10年以上据え置かれている。一方、州最賃を見ると、2014年1月以降、全米50州のうち28の州とワシントンD.C.が引き上げており、30州とワシントンD.C.が連邦最賃を上回っている(注2)。
州最賃の具体的な改定方法は各地で異なるが、(1)「ある年までに何ドルへと改定する」というスケジュールを組み、段階的に引き上げていく、(2)毎年、消費者物価指数等をもとに所定の計算式を適用し、物価に連動した形で自動的に改定する、(3)改定時期を設定せず、連邦最賃の改定時など必要に応じて見直す、といった方法をとる。
改定時期もそれぞれ異なるが、毎年1月1日とする州が多い。2021年12月31日および2022年1月1日には、21の州が最賃を引き上げた(注3)。次に多いのは暦年の下半期が始まる7月1日で、2022年はコネチカット、ネバダ、オレゴンの3州とワシントンD.C.が改定した。カリフォルニア州の主要都市やイリノイ州のシカゴなど、市や郡レベルでの改定も行なわれている(図表1)
改定前 (ドル/時) |
改定後 (ドル/時) |
引上げ率 (%) |
改定方法 | 備考 | |
コネチカット州 | 13.00 | 14.00 | 7.69 | 段階的引き上げ | |
ネバダ州 | 9.75(8.75) | 10.50(9.50) | 7.69(8.57) | 段階的引き上げ | 健康保険非提供事業者対象(括弧内は提供事業者対象) |
オレゴン州 | 12.75 | 13.50 | 5.88 | 段階的引き上げ | |
コロンビア特別区(ワシントンD.C.) | 15.20 | 16.10 | 5.92 | 物価連動 | |
ロサンゼルス市 | 15.00 | 16.04 | 6.93 | 物価連動 | |
サンフランシスコ市・郡 | 16.32 | 16.99 | 4.10 | 物価連動 | |
エメリービル市 | 17.13 | 17.68 | 3.21 | 物価連動 | |
シカゴ市 | 15.00 (14.00) |
15.40 (14.50) |
2.66 (3.57) |
物価連動(段階的引き上げ) | 21人以上規模対象(括弧内は4~20人規模対象) |
出所:経済政策研究所(Economic Policy Institute, EPI)のウェブサイトをもとに作成
物価上昇と最低賃金
7月に最低賃金を改定した3州は、いずれも州法に定めた段階的引き上げのスケジュールに基づく。コネチカット州は2023年6月1日に15ドル、ネバダ州は2024年1月1日に12ドル(健康保険非提供事業者対象)とするゴールをそれぞれ定め、毎年引き上げてきた。オレゴン州は今回の改定でスケジュールを終え、来年以降は物価連動方式となる。
ワシントンD.C.は2020年7月1日に15ドルへと改定し、段階的な引き上げを完了した。2021年からは物価に連動する方法で改定しており、今年は前年比で5.92%の引き上げとなっている。
カリフォルニア州の主要都市の多くやイリノイ州のシカゴ市(21人以上規模)も、現在は物価連動方式で最賃を改定している。
なお、最賃額の改定に用いる物価統計の指標はそれぞれ異なる(図表2)。連邦労働省労働統計局(BLS)は「CPI-U=Consumer Price Index for all Urban Consumer (都市部の消費者世帯を対象とする消費者物価指数、全人口の約93%をカバー)」と「CPI-W=Consumer Price Index for all Urban Wage Earners and Clerical Workers (都市部の賃金労働者世帯を対象とする消費者物価指数、全人口の約29%をカバー)」という2種類の物価統計指標を発表している(注4)。連邦政府などの統計指標は通常、CPIとして前者のCPI-Uを用いる。他方、最低賃金の改定にあたっては、後者のCPI-Wを基準にする地方も少なくない。
指標 | |
コロンビア特別区(ワシントンD.C.) | ワシントンD.C.大都市圏におけるCPI-Uの年間増加率(0.05ドル単位で四捨五入) |
ロサンゼルス市 | ロサンゼルス大都市圏におけるCPI-Wの年間増加率 |
サンフランシスコ市・郡 | サンフランシスコ・オークランド・サンノゼ大都市圏におけるCPI-Wの年間増加率 |
エメリービル市 | サンフランシスコ・オークランド・サンノゼ大都市圏におけるCPI-Uの年間増加率 |
シカゴ市 | CPIの年間増加率(上限2.5%、0.05ドル単位で四捨五入。前年のシカゴの失業率が8.5%以上になると引き上げない。CPIの種類は不明) |
注:CPI-U=Consumer Price Index for all Urban Consumer (都市部の消費者世帯を対象とする消費者物価指数)、CPI-W=Consumer Price Index for all Urban Wage Earners and Clerical Workers (都市部の賃金労働者世帯を対象とする消費者物価指数)
出所:経済政策研究所(Economic Policy Institute, EPI)のウェブサイトをもとに作成
今回の改定で、カリフォルニア州エメリービル市がワシントン州シアトル市(17.27ドル、従業員501人以上規模対象、2022年1月1日発効)を抜き、全米で最も高い最低賃金(17.68ドル)の都市となった(注5)。
なお、カリフォルニア州では毎年初めに州の最賃を引き上げている。2022年1月1日には、従業員26人以上規模の最賃をそれまでの14ドルから15ドル、25人以下規模を13ドルから14ドルへとそれぞれ改定した。2023年1月1日には25人以下規模も15ドルに引き上げ、その後は事業所規模にかかわらず物価連動方式とする予定にしていた。
カリフォルニア州法は2023年1月の最賃改定の際、2021年7月~2022年6月の物価上昇率(全米CPI-W、季節調整前値)が対前年度比で平均7%を超すと、26人以上規模ではただちに物価連動方式に移行し、25人以下規模もこの水準に合わせると規定している。ギャビン・ニューサム知事は5月12日、物価上昇率が7%を超すため、2023年1月改定の最賃額は、事業所規模を問わず15.50ドルになるとの見通しを示した。15.50ドルは、26人以上規模の現行最賃15ドルに、州法で定めた引き上げの上限3.5%を乗じた額に相当する(注6)。
ハワイ州は「時給18ドル」へと段階的引き上げ
ハワイ州のデビッド・イゲ知事は2022年6月22日、同州の最低賃金を現在の時給10.10ドルから2028年1月1日に同18ドルへと段階的に引き上げる内容の法案に署名した。まず、2022年10月1日に12ドルへと引き上げ、2024年1月1日に14ドル、2026年1月1日に16ドルと高めていく(図表3)。
チップを受け取る労働者を対象とする最低賃金の減額(チップ・クレジット)は、現行の1時間あたり0.75ドルから2022年10月1日に1ドル、2024年1月1日に1.25ドル、2028年1月1日に1.50ドルと上げていく。
同州では月額20ドル以上のチップを受け取り、かつ州最低賃金を7ドル上回る額の時間あたり収入(時給とチップの合計額、2022年7月1日現在17.10ドル)を得ている労働者に対しては、州最賃から「チップ・クレジット」を減じた時給を支払えばよいと規定している(2022年7月1日現在、「州最賃10.10ドル」-「チップ・クレジット0.75ドル」=9.35ドル/時給)。今後の最低賃金引き上げに伴う減額後の最賃は2022年10月1日に11ドル、2024年1月1日に12.75ドル、2026年1月1日に14.75ドル、2028年1月1日に16.50ドルとなる。
2022.7.1現在 | 2022.10.1 | 2024.1.1 | 2026.1.1 | 2028.1.1 | |
最低賃金 | 10.10 | 12.00 | 14.00 | 16.00 | 18.00 |
---|---|---|---|---|---|
チップ・クレジット | 0.75 | 1.00 | 1.25 | 1.25 | 1.50 |
チップ労働者の最低賃金 | 9.35 | 11.00 | 12.75 | 14.75 | 16.50 |
出所:ハワイ州賃金基準局ウェブサイトより作成
注
- 「州を超えて営業または流通する商品を製造する業務」には、州を超えて電話や郵便を利用する者なども含まれ、米国の労働者全体を幅広くカバーする形になっている(連邦労働省ウェブサイト参照)。(本文へ)
- 経済政策研究所(Economic Policy Institute、EPI)ウェブサイト参照(本文へ)
- 労働政策研究・研修機構(2022)「21州が最低賃金を引き上げ―21年12月~22年1月(PDF:607KB)」『Business Labor Trend 2022.3』参照(本文へ)
- 連邦労働省労働統計局ウェブサイト参照(本文へ)
- なお、以下のように、産業別・業種別に通常より高い額の最賃を設けている地方もある。 (本文へ)
- カリフォルニア州ウェストハリウッド市:ホテル労働者を対象とする18.35ドルの最低賃金(2022年7月1日発効)
- カリフォルニア州ロサンゼルス市:客室150以上のホテル労働者を対象とする18.17ドルの最低賃金(2022年7月1日発効)
- ワシントン州シータック市:観光・運輸関連産業の労働者(Hospitality and Transportation Industry Employers)を対象とする17.54ドルの最低賃金(2022年1月1日発効)
- 改定額は前年の最賃額に引き上げ率(今回は3.5%)を乗じた後、0.1ドル単位で四捨五入して算出する。15ドル×1.035=15.525ドル→15.50ドル。
(カリフォルニア州知事室ウェブサイト、カリフォルニア州労使関係局ウェブサイト参照)(本文へ)
参考資料
- 労働政策研究・研修機構(2021)『コロナ禍における諸外国の最低賃金引き上げ状況に関する調査―イギリス、フランス、ドイツ、アメリカ、韓国』JILPT資料シリーズ No.239
- カリフォルニア州、経済政策研究所、日本貿易振興機構、ハワイ州、ブルームバーグ通信、連邦労働省労働統計局、各ウェブサイト
参考レート
- 1米ドル(USD)=137.25円(2022年7月12日現在 みずほ銀行ウェブサイト)
2022年7月 アメリカの記事一覧
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