統計数字と中国経済の実態

※この記事は、旧・日本労働研究機構(JIL)が作成したものです。

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  • 国別労働トピック:2002年9月

中国の経済発展に関する世論は複雑であり時には極端である。一時は脅威論が喧伝されたのとひきかえ、最近では公表データに対する懐疑論が大きく取り上げられ、崩壊論まで流布している。特に、中国の統計数字の信憑性を問い質す米ピッツバーグ大学経済学者・トーマス・ロースキー教授の論文は国際的な話題になり、中国の経済成長や統計数字に対する関心が高まっている。

成長率の実態

中国の成長率の実態および統計数字を一体どう見るべきか。アジア開発銀行のエコノミスト・湯敏氏によれば、「中国の統計データは同等の経済水準の発展途上国に比べて決して悪くはなく、むしろ市場経済に転換途中の他国に比較して最も良い水準である。ただし、中国の統計手法はかつてのソ連型システムから世界共通のシステムへと変わる途中であり、多くの技術的な問題を抱えているのは確かである。たとえば、世界共通の統計手法としてランダムサンプリングが確立されているが、中国の統計データは、まだ基本的に各地方行政から報告されたデータに基づいている。しかし、地方行政からの統計データにはしばしば水増しなどによる歪みがあるため、国家統計局はこうした水増しを搾り出すため、一部独自のランダムサンプリング調査や業界統計から得たデータを加味して調整を行っているが、技術的には決して容易ではない。

その一例として、アジア開発銀行は中国国家統計局の企業調査チームと組んで、ランダムサンプリング手法を用いて、江蘇省で年間売り上げ500万元以下の中小企業の実態を調べている。中国ではこうした年間売り上げ500万元以下の中小企業は企業全体の80%以上を占めているにもかかわらず、国家統計局は技術的にまだこうした中小企業のデータを把握できず、各地方行政からの報告が唯一の頼りである。

国家統計局には、企業、農村、都市と国民所得の4つの独立した調査チームが設けられており、中では、企業調査チームが最も大きく、約500人のスタッフを抱えている。しかし、国土が大きいため、こうした調査チームでも一部の実態しか把握できない。中央政府は、最終的に全国でランダムサンプリングに基づく統計システムを確立しようとしているが、まだ時間がかかりそうだ。

海外では中国の統計データの水増し問題がしばしば槍玉に挙げられるが、それは問題の一面しか捉えていない。淅江省など民営企業が盛んな地域では、税金を高く取られないために、人々はむしろ所得や売り上げを実態より低く申告する向きがある」としている。

中国の統計データについて、技術的誤差を認めるものの、決して人為的に杜撰な訳ではないというのは、中国国内の経済学者や統計学者の大方の見方である。主な理由は、研究者たちの自らのデータ採取に基づく研究結果が、国家の統計データからそれほど大きく乖離していなからである。たとえば、清華大学中国国情研究センター教授・胡鞍鋼氏の計算によれば、1979~2000年までの間の中国の平均成長率は9.3%である。世界銀行の計算では、1980年代における中国の平均成長率は10.1%であり、1990年代の平均成長率は10.7%で、世界の平均水準を大きく上回っている。どれも政府発表とはそれほど違わない。

問題は、成長率の数字よりも成長の中身である。1990年代中期までの中国の経済成長については、幾つかの問題が指摘されている。1つは、投入が大きいわりに、経済効果の乏しい高度成長の問題である。もう1つは、成長率が乱高下の様相を呈していることである。例えば1988年の経済成長率が11.3%に対して、1989年と1990年は4.1%と3.8%と大幅に減速している。計画経済時代の重工業優先の発展戦略による不合理な経済構造を是正する代償として、避けられない失業率の急上昇も社会安定を脅かしている。中国の高度成長は、環境悪化と資源減少の大きな代価を払っていることも決して看過できない。世界銀行は1977年から新たなGDP計算手法を導入し、環境など自然資源の損害を取り除いた数字を真のGDPと見なしている。世銀2000年末公表のデータをみると、中国のGDPに占める自然資源の損害の比率は驚異的である。1970年代末から1980年代初めにかけて、この比率は30%のピークを迎え、近年では少しずつ低下している。海外では1992年以降の2度目の高成長を疑問視する経済学者もいる。彼らが挙げる主な理由は、高成長を押し上げたのは国有企業の投資ブームである。1994年から1996年までの間に、国有銀行の貸し付けは年平均で20~30%の比率で伸びたが、国有企業に投入された資金はほとんど水の泡となり、実質効果はゼロに等しい。それを裏付けるデータとして、1992年7月から1993年6月の1年間に、国有銀行には3000億元以上の不良債権が生まれたのに対して、1993年のGDPはわずか3.45億元にすぎなかった。GDPに占める在庫の比率は、経済成長の実質を観察するもう1つの重要指標であるが、ハーバード大学の中国人研究者の計算によると、経済成長率における在庫比率として、OECDのメンバー国は平均して2~3%の水準であるに対して、中国では1980~1993年までの間に同比率は平均7%できわめて高い。在庫率がこれほど高いとは、生産されたものの多くは売れずに在庫のまま抱えていることを示しているが、こうした在庫もGDPには計上されており、そして最終的に国有銀行の不良債権に転化している。

1990年代中期以降、中国政府が経済成長の量よりも質の向上を重視する政策に転換し、上述の問題には改善の兆しが見えている。たとえば、1978年に、1億元のGDPを達成するために、15.77万トンの石炭が消耗されているが、1991年では4.8万トンに下がり、さらに2001年では1.38万トンまで下がった。また、国家環境保護局の統計によれば、二酸化炭素、工業廃水、粉塵、固体廃棄物の排出量は、1995年に比較して1999年ではぞれぞれ23.3%、27.6%、33.5%と48.5%と低下した。GDPにおける自然資源の損害の比率も、1995年では7.8%だったが、1998年では4.53%に低下した。特に、GDPにおける在庫の比率は、1995年では6.11%だったが、1999年では1.48%に低下し、2000年及び2001年ではさらに-0.41%と-4.53%に変わった。成長率も、1996年以降、安定成長の軌道に乗せたようにみえた。

しかし、中国の経済成長はまだ大きな不安材料を抱えている。それは、ますます高騰する失業率である。

失業率の実態

都市部の実質失業率はすでに7%の警戒水域に達し、今後数年間ではさらに増加する傾向にある――中国社会科学院『2002年度の人口と労働』と題する研究報告書は、50名以上の労働経済や統計の学者及び官庁の専門家の予測や研究を踏まえた総合的な判断として、警告を発した。中国政府が発表した登録失業率は3.6%に止まっているが、問題は、登録失業率が、労働行政や社会保障機関に登録した失業者に基づく統計であり、失業者の全体像を現すものではない。中国政府は、社会全体の失業率の実態をより正確に反映できる統計手法の確立を急いでいる。

アジア開発銀行エコノミストの湯敏氏は、GDPの成長率よりも失業率のほうが重要だという見方を示した。近年、中国の失業率向上の主因は国有企業の構造改革にある。中国社会科学院『2002年度の人口と労働』によれば、1996~2000年までの5年間、国有セクターの就業者数は27.9%減少し、計3142万人のリストラが断行された。そのため、中国は構造型失業が最も高い時期に入っている。経済学者の胡鞍鋼氏はこれを「創造的破壊」とみており、効率の悪い部門から効率の高い部門に資源を移転させるために、こうした陣痛は避けて通れないとの見方を示した。

就業を拡大するためには、今後必要なのは国内の開放である――胡鞍鋼氏は、建築、観光、電信サービス、教育、文化、スポーツ、会計、法律、建築設計、物流、郵便、交通運輸など広範にわたる国有企業の独占権益を取り上げ、規制撤廃の緊急性を力説した。中国の持続的発展のためには、この他にも種々の課題、つまり財政赤字の拡大、民間消費の低迷、社会格差拡大等々の解決も必要としている。そして、何よりも肝心なのは法に基づく市場経済システムの確立であろう。

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