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中国のIT産業と人材育成

※この記事は、旧・日本労働研究機構(JIL)が作成したものです。

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  • 国別労働トピック:2001年9月

中央大学兼任講師 徐 向東

中国IT産業の現状

中国の情報技術(IT)産業は、この二十数年間に年率25%以上という驚異的な成長をとげ、1990年代の10年間で10倍の成長を達成した。現在、中国は、すでに産学協同、生産と応用、機械と部品生産のトータルなIT産業システムを構築した。中国情報産業部の発表によると、2000年における中国のIT産業の生産額は1兆元を超え、税込み利益は500億元超、輸出は550億ドルで、IT産業の規模が第9次5カ年計画(1996~2000年)の目標を大きく上回り、世界第3位となり、一部の製品では世界最大の生産国となった。ITの関連産業の成長も著しく、通信業の規模が1990年代の10年間で35倍も増加し、年間平均増加率は43%に達した。

IT産業は、中国経済の牽引力になっており、GDP全体の成長スピードよりも3倍の速さで伸びている。情報産業の生産規模はすでに産業部門の中で首位に立ち、国民経済の支柱産業となった。中国政府情報産業部の呉基伝部長によれば、中国では、情報通信産業全体が、次世代のブロードバンド(広帯域)技術に基づくマルチメディア・ネットワークに進んでおり、全国の光ファイバーは125万キロに達し、固定電話と携帯電話のユーザー数は全体で2.3億世帯となった。特に、携帯電話ユーザーは5000万戸を突破し、世界第2位となり、確実に移動通信大国の地位を築いた。全国の電話普及率も20%を超え、インターネット利用者は2001年6月末で2650万人に達し、インターネットの規模とユーザー数のいずれも世界第2位となっている。

2001年6月に開催された「中韓IT産業投資協力フォーラム」において、情報産業部の劉汝林綜合企画司副司長は、中国では、ハードウェアとソフトウェアのバランスが取れた産業構造をすでに形成しており、全体的な実力も向上したと語った。劉副司長によると、技術革新の分野では、交換機、光通信設備、デジタル移動通信製品などの国内シェアが伸び、特に国産交換機は9割以上の国内シェアを占めており、海外にも輸出している。そして、高性能コンピュータや中国語処理システムなどの先端的な技術分野でも飛躍的な発展が達成され、中国のIT産業の全体的な技術水準が向上している。

中国経済は現在調整期にあり、中国政府は、第10次5ヵ年計画(2001~2005年)の中で、IT産業をはじめとするハイテク産業を今後の産業発展政策の中心に据えており、とりわけソフトウェアと集積回路(IC)産業の発展を重視している。中国は現在、情報技術の飛躍的な向上による国民経済の質的向上および伝統産業の刷新を目標に掲げ、「集積回路とソフト技術革新」を今後10年間における情報科学技術産業発展の国家プロジェクトとしており、インターネットなど情報技術、漢字処理技術などの核心技術と応用技術の開発、さらに情報技術の革新のための環境づくりや人材育成、企業を主体とした産学協同体制の確立に全力を注いでいる。また、中国国務院は最近、「ソフトウェア商品と集積回路産業の発展を奨励する若干の政策」を発表し、投資、税制、技術、輸出、所得、人材育成、知的所有権の保護、業界管理などの面における全面的なバックアップ体制を構築した。この政策は、IT産業における外資導入も視野に入れており、海外からの進出企業に対しても、国内産業と同様に適用している。さらに、郵便や通信産業の分野において、戦略的な構造改革が進められ、中国電信、中国聯通、中国移動、中国衛星、吉通、網通、鉄道通信などの中堅企業以外には、IT産業の分野では3000社余りの中小企業も競争に参入しており、情報通信産業には市場競争のメカニズムが形成されつつある。

今後5~10年の展望

2001年5月、香港で開催されたフォーチュン・フォーラムの席上で、呉情報産業部部長は中国政府の情報産業発展戦略にふれて、「中国政府は情報技術と情報産業の発展を重視しており、情報化によって産業発展を促進し、飛躍的な発展を実現する青写真を描いた」と語った。新世紀における中国のIT産業発展戦略としては、国内市場が比較的成熟し、すでにある程度の規模と優位性を備える産業に、市場競争によってグローバルな競争力を身につけさせると同時に、国力の向上にかかわる関連技術と関連産業、すなわち、半導体の設計と製造、ネットワークと通信、コンピュータとソフトウェア、デジタル製品と情報セキュリティ製品などを重点的に育成することである。このほかには、ネットワーク情報関連のインフラ整備の推進、高速・広帯域・大容量の基幹ネットワーク建設、音声、データ、画像を一体化した国家公共情報ネットワークや各地行政機関と企業による局地ネットワークの構築、中国語情報処理プラットフォームと中国語情報データベースの確立、企業や行政機関、家庭におけるオンライン化の推進、ネット・ビジネスと電子商取引の育成、等々が挙げられている。呉部長は、「中国の情報産業は今後も年率20%成長の勢いを維持でき、5年後は2000年の倍以上の産業規模になる」と今後5年間の展望について述べた。

呉部長は、今後5年間に年率20%で成長すれば、2005年における全国の固定、携帯双方の電話ネットワークの規模と容量は世界1位に達し、電話加入世帯は5億、全国の電話普及率は40%となると予測している。

また呉部長は、今後5年から10年間の情報産業の課題として、インターネットの高速大容量化やセキュリティの確保、情報産業の技術革新と国際競争力をもつ生産システムの確立を挙げた。さらに、2005年にはIT製品の売上げが1.5億元となり、世界のトップ・レベルを実現し、ソフトウェアの売上げが2500億元、輸出額が1000億ドルとの目標を掲げた。これらの目標を実現するために、情報化をいっそう進め、情報技術を積極的に導入し、伝統産業を改造する。また、株市場からの資金集めなどを通じて、ハイテク産業の発展に資金面から援助する。ソフトや集積回路といった重点産業に、特別な優遇政策を実施する。それらを西部大開発やWTO加盟などと戦略的に連携して考える。デジタル・デバイドの縮小のためにも、あらゆる努力をすると語った。

劉情報産業部綜合企画司副司長も、2005年に中国の情報産業は2000年の倍の規模に成長すると予測している。電子情報産業の生産額は年率20%で成長し、2005年には2兆5千億元に達し、また通信業務の収入は年率23%で拡大し1兆元に達する。さらに、2005年には情報産業の国内総生産(GDP)に占める割合は7%に達する見通しで、情報産業の主要製品の生産量はそれぞれ集積回路200億個、携帯電話1億台、光ファイバー2000万キロメートル、マイクロコンピュータ1800万台、カラーテレビ4000万台、VCDとDVD2000万台に伸び、ソフトウェアの販売額は2500億元に達するものと予想されている。

中国IT産業の問題点

インターネットの急速な普及や世界的にみる中国人ソフトウェア技術者の数などにおいて、中国は世界のトップを争う地位を築いた一方、IT産業の核心となるソフトウェアにおいては、中国はまだ大国にふさわしい技術力と産業規模に達していない。1990年代、中国のソフトウェア産業は、年率30%を超える高成長を達成したにもかかわらず、現状では、世界のソフトウェア産業のほぼ半分を占めているアメリカは勿論、日本、韓国、アイルランド、さらにはインドやブラジルなどの国よりもまだ立ち遅れている。現在、中国国内のソフトウェア市場は、世界市場のわずか1.2%しか占めておらず、産業規模はインドの半分に留まり、ソフトウェア製品輸出量はインドの20分の1でしかない。

情報産業部の曲維枝副部長は「2000年情報産業発展国際フォーラム」において、IT分野における中国と先進国との格差を語った。曲副部長によれば、 ITのコア技術分野では中国はまだ遅れている。たとえば、高速CPUチップなどの開発と生産、基本ソフトやアプリケーション

・システムの開発能力がまだ弱い。現在国内で生産された半導体製品は国内市場の20%前後を占めているにすぎず、ソフトウェア製品も30%にとどまっている。また、国内経済や社会におけるIT産業の浸透が不十分である。ITの産業構造にもまだ問題があり、企業規模が小さくて利潤も少ないため、競争力に欠けている。 行政側の管理体制と法・制度もIT産業の急速な発展に適応していない。

『計算機世界』などのIT専門誌で業界評論を行う中国の専門家によれば、中国のソフトウェア産業は依然として幼少期にあり、成熟期に入るためには、産業構造や経営などの面における自己革新が必要とされる。まず、中国のソフトウェア産業は、分散経営から集約経営へと転換する必要がある。ソフトウェア産業の生産額をみると、マイクロソフトの年間売上げが2000億ドル、韓国とインドは1999年でそれぞれ70億ドルと56億ドルになっている。それに比べて、中国はわずか21億ドルで大幅に遅れている。このわずかな生産額は全国6000社余りのソフトウェア・メーカーによるものなので、各企業別でみると生産額は微細なものとなる。現在、中国の国内ソフトウェア・メーカーは、用友、中軟、方正、東大阿爾派など少数メーカーを除いて、ほとんどは従業員50人以下の零細企業で、前近代的な分散型経営の状態にある。経営の分散化と企業の零細化は研究開発能力や品質向上を制約し、中国のソフトウェア産業発展のネックとなっている。いかにして経営の集約化を図るかは今後の大きな課題である。

また、産業と技術の標準化の問題がある。中国では、ソフトウェア製品の品質管理のための業界規格が存在せず、大規模な開発プロジェクトを運営する経営ノウハウも不足している。そのため、生産効率や品質が保証されておらず、最終製品は国際市場に認められないこともある。これは、6000社にのぼるソフトウェア開発企業では、ソフト開発の人的資源が低水準の反複労働に消耗されていることを意味している。中国のソフトウェア産業は、WTO加盟を機に、ISOなどの業界基準や国際ルールに到達するように、ソフトウェア産業の標準化確立の課題に直面している。

さらに、伝統的なソフトウェア製品だけでなく、ソフトウェア・サービス産業をいかにして確立するか、海外の委託生産基地だけでなく、国内のソフトウェア市場をいかにして形成するか、そして、ソフトウェア人材の処遇問題や知的所有権の保護など、数多くの課題が山積している。

IT産業における外資企業の進出

中国のIT産業に見られるもう1つの特徴は、欧米諸国の多国籍企業が中国に相次いで進出し、IT人材を狙った競争を繰り広げていることである。マイクロソフトは1998年、イギリスのケンブリッジにある研究所に次いで、二番目の海外研究所であるマイクロソフト中国研究所を北京に設立した。2001年、マイクロソフトは追加投資を行い、上海にあるマイクロソフトのアジア技術センターの規模を倍以上に拡大した。これまで、マイクロソフトは中国で4つの現地企業を設立したが、そのうちの3つは研究開発型企業である。IBMは、マイクロソフトに先立ち、すでに1995年からIBM中国研究センターを発足させ、2000年末には、上海の浦東でソフト開発センターを設立した。世界的な通信機器大手ルーセントは、1998年に中国ベル研究所をスタートし、2000年には深土川でブロードバンドの研究開発センターを発足した。日本の多国籍企業も欧米系企業の後を追い、中国のIT人材の囲い込みに動き始めた。2001年2月、松下は北京で研究開発センターを設立し、5年以内に現地人研究開発スタッフを1500人までに拡大する計画を発表した。多国籍企業は競い合うように、中国で相次ぎ研究開発機関を設立し、現地の博士、修士等の高学歴者を研究スタッフとして雇い入れている。

多国籍企業が中国でR&D(研究開発)組織を設立する狙いは、高い能力のわりに人件費が安い現地研究開発人材にあると北京の政府系シンクタンクのレポートが分析し、多国籍企業のR&D組織の展開は、中国の科学研究や教育システムに大きな衝撃を与え、人材流出に拍車をかけると憂慮している。IT人材にとって、外資の研究開発組織の魅力は、報酬などの処遇だけではない。オープンで自由な研究環境を目指して現地の優秀な人材が押し寄せている。IT産業における多国籍企業の進出が、中国のIT産業発展にいかなる影響を与えるか注目される。

10年後にソフトウェア大国の夢

中国は、すでにIT大国になっていることは間違いないが、中国政府はさらに、今後10年かけて「ソフトウェア大国」になる目標を掲げており、国家発展計画委員会と情報産業部は2001年7月、北京、上海、大連、成都、西安、済南、杭州、広州、長沙、南京の10都市を国家ソフトウェア産業基地として決定した。国内ソフトウェア大手「用友軟件」会長の王文京氏は、5年後に中国のソフトウェア産業が驚異的な発展を遂げると予想している。王会長は、税制上の優遇など規制緩和、巨大な国内市場、米国留学者などの優秀なハイテク人材の国内還流などを挙げながら、ソフトウェア大国の夢が、10年を待たずに実現するだろうと予言した。

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