IT人材争奮をめぐる米欧日企業の競争

※この記事は、旧・日本労働研究機構(JIL)が作成したものです。

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  • 国別労働トピック:2001年9月

米欧日の多国籍企業は中国に相次いで研究開発組織を設立し、IT人材の獲得競争を繰り広げている。マイクロソフトは1998年、8000万米ドルを投資し、イギリスのケンブリッジに次いで2番目の海外研究所であるマイクロソフト中国研究所を北京に設立した。さらに2001年、4000万ドルを追加投資し、上海に設立したマイクロソフトのアジア技術センターの規模を倍以上に拡大した。これまで、マイクロソフトは中国で4つの現地企業を設立したが、そのうちの3つは研究開発型企業である。

マイクロソフトに先立ちIBMは、すでに1995年からIBM中国研究センターを発足させ、2000年末には上海の浦東でソフト開発センターを設立した。世界的な通信機器大手ルーセントは、1998年に中国ベル研究所を設立し、2000年には深土川でブロードバンドの研究開発センターを発足させた。欧米系の多国籍企業は競い合うように、中国で相次ぎ研究開発組織を設立し、現地の博士、修士等の高学歴者を研究スタッフとして雇い入れている。

北京の政府系組織が発表したレポートは、「多国籍企業が中国でR&D(研究開発)組織を設立する狙いは現地における高品質低コストの研究開発人材の確保にある」と分析し、「多国籍企業のR&D組織の展開は、中国の科学研究や教育システムに大きな衝撃を与え、人材流出にさらに拍車をかける」と憂慮している。IT産業の急速な発展に従い、世界的にIT人材が不足しており、IT業界の大手企業が最も力を入れているのはグローバル規模の人材集めである。中国のIT人材もその例外ではない。中国のトップレベルの清華大学と北京大学におけるハイテク専攻の卒業生のうち、82%と76%がアメリカに流出したという統計がある。シリコンバレーにおける20万人のエンジニアのうち6万人が中国人で、三分の一を占めている。日本にも毎年8000人の中国人エンジニアが流れている。IT人材の海外流出に加えて、多国籍企業が中国でR&D組織を設立し、ITの専門人材は、国内にいながら欧米系企業の中で働くこととなった。

欧米系企業の後を追い、日本の多国籍企業も中国のIT人材の囲い込みに動き始めた。2001年2月、松下は北京に研究開発センターを設立し、5年以内に現地人研究開発スタッフを1500人までに拡大する計画を発表した。同社の森下洋一会長は、清華大学や北京大学の卒業生など中国のIT人材をよりいっそう活用するとの考えを示した。

中国の30数カ所の一流大学には、外資系企業が関与した奨学金制度が設けられている。そのうち約半分の大学では、卒業生の進路が奨学金を提供する外資系企業の意向によって左右されている。たとえば、清華大学の100種類近い奨学金の中で、外資系企業が出資したものは半数を占めており金額も巨大である。北京大学は毎年総額400万元の奨学金を支給しているが、そのうちの300万元は外資系企業によって提供されている。

IT人材にとって、外資の研究開発組織の魅力は報酬などの処遇面だけではない。人の使い方などにおける経営理念の魅力も大きい。マイクロソフト中国研究所の李開復前所長が同研究所の経営理念にふれて、「研究開発組織の成否のカギは、自由でオープンな環境を確立できるか否かにある。マイクロソフト中国研究所は、オープンで自由かつ平等な研究環境を目指しており、研究スタッフには十分な時間と空間を持たせ、彼らに好きな研究をさせている」と語った。このような経営理念に魅了され、マイクロソフト中国研究所には、現地の優秀な人材が押し寄せている。

「就職活動の当初は、中国企業か外資系企業かということにはそれほどこだわらなかった。いずれにせよ仕事に変わりがないと思った。しかし、自分にとって理想的な職場は、オープンな環境、世界一流の研究者、チャレンジングな研究課題をもつこと。このような環境を提供してくれるのはマイクロソフトしかない。だから、マイクロソフトに目が向いた」。マイクロソフト中国研究所でアシスタント研究員をつとめる北京大学卒の呂氏は、就職活動を振り返って、マイクロソフトを選んだ理由をこのように語った。ハルビン工業大学でコンピュータ応用技術を研究して博士号を取った呉氏は、マイクロソフトの賃金について、外資企業の中ではトップ3に入ると認めた上で、自分の卒業当初の進路を振り返って、「指導教授について中国科学院でポストドクターとなるつもりだったが、再三考えた末、マイクロソフトを選んだ。一番大きい理由は、やはりここの研究条件だ。もうプロジェクト資金の申請に悩む必要がないから」と話した。

中国社会科学院の専門家は、多国籍企業の研究開発組織の設立が、IT人材により良い仕事のチャンスを与え、彼らの選択の幅を広げたと認めながら、国内のIT産業発展のためには、国家や国内企業が人材確保の方策を立てる必要性があると指摘した。

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