2001年 学界展望
労働調査研究の現在─1998年~2000年の業績を通じて(4ページ目)


3. 個別的労使関係─苦情処理の変容?

論文紹介(柴田)

柴田

個別的労使関係については、石田光男「人事処遇の個別化と労働組合機能」(『日本労働研究雑誌』No.460、1998年)において、仕事と賃金(処遇)の両方に個別化を持ち込めたことが、戦後日本の労使関係の特徴であり、欧米に対する優位性でもあると指摘されています。個別的労使関係の焦点のひとつは苦情処理だと思います。苦情処理については、小池和男先生が『職場の労働組合と参加』(東洋経済新報社、1977年)のなかで、日本の労働者は「(職場)集団全体についてはよく発言するのに対し、集団内の個人(個人的処遇)に関しては、あまり発言しない」、また、不満がないわけではないが、「いったところでどうにもならないというやるせなさがある」と言われました。小池先生の研究は、労働省『昭和47年労使コミュニケーション調査結果報告書』(1973年、常用労働者100人以上の事業所を対象、調査実施年に基づき1972年調査とよぶ)に基づいており、それによると、意見や不満を言う相手は上司が最も多く61.6%です。小池先生のこの指摘から20年以上経つわけですが、不平・不満の内容とその処理実態にどのような変化がおきているのか、知りたいと思います。

労働省『平成12年版 日本の労使コミュニケーションの現状』

この労働省調査(2000a)は、労使間の意思疎通を図るために用いられている方法とその現状、および労働者の意識を明らかにし、労使関係の実態を把握することを目的としています。約4000事業所とその事業所に雇用される約7000人を対象に、1999年、アンケートを実施しています(有効回答率:事業所調査70.9%、個人調査65.1%、1999年調査とよぶ)。ここでは、個人調査を取り上げ、同じ1994年調査、1989年調査の内容と比較します(1999年調査は常用労働者30人以上の事業所を、1994年・1989年調査は50人以上の事業所を対象としているが、ここでの報告はいずれも50人以上の事業所を対象とした数値を用いる)。

まず、「不平・不満を事業所に述べたことがあるか」に対し、「ある」と答えた従業員は22.8%(1989年)、26.5%(1994年)、39.5%(1999年)と増加傾向にあります。では、どのような方法で不平・不満を述べたかというと、1989年以降「直接上司へ」という回答が最も多く、73%でほとんど変わっていません。1999年調査では、不平・不満の内容は多い順に、「日常業務の運営」(50.8%)、「作業環境」(34.2%)、「賃金労働時間等労働条件」(31.0%)、「人間関係」(29.6%)、そして「配置転換出向」(15.0%)に関する事項です。1989年・1994年調査と比べると、「日常業務」「賃金労働時間等労働条件」に関する不平・不満は減少傾向に、「作業環境」「人間関係」に関する不平・不満は増加傾向にあります。増加傾向と予想される「配置転換出向」に関する不平・不満は、15.6%(1989年)、17.8%(1994年)、15.0%(1999年)であり、1994年が最も高くなっています。

「不平・不満を述べて得られた結果」については、最も多い回答の「納得のいく結果は得られなかった」は48.6%(1989年)、42.6%(1994年)、そして40.7%(1999年)と減少しています。次に多い「検討中のようである」は30.1%(1989年)、25.5%(1994年)、30.6%(1999年)と変化し、「納得のいく結果が得られた」は13.4%(1989年)、19.9%(1994年)、20.0%(1999年)といくぶん増加傾向にあります。不平・不満を述べない者は75.9%(1989年)、73.2%(1994年)、59.9%(1999年)と減少傾向にあるものの過半数を超えています。不平・不満を述べない第1の理由は「特にないから」ですが、51.1%(1989年)、43.4%(1994年)、37.4%(1999年)と大きく減少しています。それに対して、2番目に多い理由である「述べたところでどうにもならないから」は、33.2%(1989年)、32.6%(1994年)、39.9%(1999年)と、1999年に大きく増加しています。

社会経済生産性本部『職場と企業の労使関係の再構築─個と集団の新たなコラボレーションに向けて』

この社会経済生産性本部(1999)は、「2.ホワイトカラーを取り巻く人事管理と労使関係の変化」でも取り上げられましたが、ここではそのなかの、「職場生活と仕事に関するアンケート調査」に基づく、職場の苦情・不満に関する部分を報告いたします。このアンケートは1998年、13業種27社の5150人の従業員に対して実施されました(有効回答率:57.9%)。

先ほどの労働省調査と同様、この調査においても、多くの従業員は苦情・不満を申し出る制度はあっても利用せず(39.3%)、我慢できない不満を抱えたときは、上司に相談する従業員が最も多いこと(57.5%)を明らかにしています。この調査の興味深いところは、苦情・不満制度の利用向上策、苦情・不満の解決策と予防策をたずねていることです。まず、苦情・不満を申し出る制度がもっと利用されるためにはどうしたらよいかについては、多い順に「苦情や不満の申し立てを認め合う職場風土をつくる」(54.8%)、「申し出で処遇上不利にならない規定をつくる」(45.9%)があげられています。つぎに、職場の苦情・不満の効果的な解決策については、最も多い回答が「職場の管理職が相談にもっと応じるようにする」(53.3%)、第2が「苦情・不満を申し立てる制度を設ける、もしくは利用しやすくする」(38.7%)、第3が「組合が個人の苦情や不満の相談にもっと応じるようにする」(30.0%)です。そして、職場の苦情・不満への効果的な予防策としては、第1に「管理職が職場の問題の把握・解決に努める」(49.6%)、第2に「上司と部下が個別に話し合う制度の設置充実」(34.3%)、第3に「管理職の評価能力を高める教育を行う」(34.2%)です。

苦情・不満についての組合への期待に関しては、「期待している」(26.4%)と「少し期待している」(35.3%)の合計が61.7%、「あまり期待していない」(23.9%)と「期待していない」(13.8%)の合計が37.7%でした。なぜ期待しないのかに対しては、68.2%の従業員が「会社と同じ対応しかできないから」とこたえています。

小池和男先生が用いられた1972年の労働省調査と、1989年・1994年・1999年の労働省調査では対象とする事業所規模が異なるため、必ずしも正確な比較とはいえないかもしれませんが、報告いたしましたそれらの調査と社会経済生産性本部(1999)からは、次のことがポイントとして言えるかと思います。1972年当時と比べると、従業員が不平・不満を言う相手は今も上司で変わっておらず、むしろ61.6%(1972年)から73.1%(1999年)へと増えている。そして、現在では不平・不満の予防策に関しても、上司・管理職への期待が極めて高い。不平・不満を述べて納得のいく結果が得られたという従業員は、1999年では20.0%と1972年(21.3%)とあまり変わらないが、1989年(13.4%)よりは改善されており、最近の経営側の努力がうかかえる。しかし、言ってもどうにもならないやるせなさを感じている人は、4割近くで変わらない(1972年38.4%、1999年39.9%)。組合が不平・不満の解決に関与することを望んでいる従業員もいる。また、従業員は不平・不満や苦情の申し出により、不利益をこうむらないような職場風土や規定を求めている。

なお、ここで取り上げました二つの調査とそのほかの調査を用いて、佐藤博樹「個別的苦情と労働組合の対応」(『日本労働研究雑誌』No.485、2000年)も、苦情処理の分析を行っています。ひとつ補足しておくと、アメリカのホワイトカラーは評価結果に関して、しばしば上司に不平・不満を述べると思われています。しかし、前述の私の賃金・査定の日米調査によれば、多くのホワイトカラーは毎目顔をあわせる上司に不平・不満を言いにくく、むしろ転職がより可能な、high-potential employees、つまりファスト・トラックを歩むエリートに不平・不満が出やすいということです。

さて、二つの課題提起といいますか、私の関心を申し上げたいと思います。第1は組合の関与についてです。対象が日米各3工場と非常に限られていますが、私の調査("A Comparison of Japanese and American Work Practices", Industrial Relations, 38(2), 1999)によると、1990年代前半のアメリカの工場においては、上司との話し合いによる非公式な苦情解決が増え、その結果、苦情件数も激減しました。そして、そうした非公式な新しいチャネルと、苦情処理制度を利用した従来からの公式的チャネルの、二つのチャネルによる解決が普及していました。一方、佐藤博樹・宮本信『個別的苦情処理への労働組合の対応』(日本労働研究機構、1999年)では、ある日本の組合が組合員の不満や苦情を、「御用聞き型」により積極的に拾い上げている実態を紹介しています。

私の調査でインタビューしたアメリカのブルーカラーたちは、「人事考課がないし、職長への昇進も少ないし、不当な処遇を受ければ組合が助けてくれるから、公式の苦情処理制度を気軽に利用できる」とこたえています。状況が異なる日本で、アメリカと同じような公式と非公式の二つのチャネルによる解決が可能なのか。また、佐藤・宮本(1999)で取り上げられたような対応が日本で広がる可能性はあるのか、これが私の第1の関心です。

第2の関心は第1のそれとも関連するのですが、上司による不平・不満の解決についてです。これは私の長い企業経験からの直感にすぎないのですが、上司による不平・不満の解決とその期待が高くずっと変わっていないとすると、今後とも個別化が進んだとしても、上司のその役割は大きいのではないか。にもかかわらず、「1.評価・処遇」のところで取り上げた日本労働研究機構(報告書No.94、1997;報告書No.104、1998)によれば、最近では上司は忙しく、部下の育成にも時間が割けないという状況です。これまで機能してきた上司と部下とのコミュニケーションを維持するためにはどうしたらよいのか。いったいこれまでどんな不平・不満がどのように上司と部下との間で解決されてきたのか。部下はどのようにその解決に納得してきたのか。もっと掘り下げて調べる必要があるのではないか。これが私の第2の関心です。

討論

上司中心の不満処理行動

松村

私はアメリカのことはよく知らないんですが、アメリカでは伝統的に公式のチャネルがある。それに対して、ブルーカラーに限ってかもしれませんが、最近は非公式なチャネルもできてきて、2チャネルになっているということですけれども、これはフォーマルな解決が必ずしもうまく機能しないので、それにかわるようなものとして、インフォーマルな解決が徐々に発展していると理解していいのでしょうか。

柴田

おっしゃるように、二つのチャネルというのは、ブルーカラーでのことです。フォーマルな解決には非常に時間がかかり、どうしても職場の雰囲気が悪くなる。インフォーマルな解決方法を導入することで、解決時間を短縮し、上司とのコミュニケーションをもっとよくしようとしたのだと思います。

松村

そうすると、むしろ日本の影響であるというふうに理解してよろしいですか。

柴田

意図的にかどうかははっきりしませんが、日本的なインフォーマルな解決方法がアメリカに取り込まれたとは言えるでしょう。

守島

佐藤博樹先生の言葉を借りれば、上司中心の不満処理行動が支配的であるということですが、しかし数的に支配的であったとしても、果たして効果的であったのかどうか、実際にうまく苦情処理、不満処理が行われてきたのかどうかが問題だというのが、柴田さんが最後に言われたポイントですね。

柴田

はい。もちろんうまく処理されてきたとは思うのですが、もう少し詳しく調べる必要があるのではないかと思います。報告の中でも申しましたが、不平・不満の解決に関して、以前と同様、大きな期待が上司に寄せられている。しかし、その上司が不平・不満に対応できないかもしれないくらい忙しくなっている。そこをきちんと認識しないと、上司による解決という方法もあやうくなるのではないか。

上司の役割の変化と苦情処理メカニズムの課題

守島

忙しさという側面に加え、私が重要と思うのは、もともと現場の上司は、評価者であると同時に人材開発者でもあるという、上司の役割の多面的な性格です。ところが、先ほど議論した評価システムの変化によって、評価部分や選抜の機能が組織内で際立ってくると、今後はこの種の多面的な役割が発揮できないことになるかもしれない。つまり、評価者としての側面、特に人事の分散化に伴って、現場での処遇決定権が与えられたり、雇用契約継続決定が行われるようになると、現場の上司は苦情処理をできる立場ではなくなる可能性すらある。それがよいと言っているわけでは決してないにせよ、現実に、そういう方向に向かっているような気もしています。

柴田

それは高い専門性をもったプロジェクトマネジャー(プレーイングマネジャー)と従来型の部下の管理が中心のマネジャーという、「1.評価・処遇」のところで取り上げた管理職の二つのタイプとも関連しますね。

守島

そうです。マネジャーの役割変化、あるいは役割分化なのかもしれません。そのとき、果たして今までの労働省調査が想定しているようなタイプの苦情処理のメカニズムが効果的かはわからないというのが、おそらく社会経済生産性本部(1999)の前提だと思うのです。

面接制度と苦情処理

守島

その一方で、フォーマルなメカニズムは、いずれにしても日本の場合は働かないのかもしれないという認識もある。アメリカのホワイトカラーの現場は、先ほど言われたようにファストトラックとかハイポテンシャルとか言われているような人たちが苦情を言うことはあっても、ほかの人たちはあまり苦情を言わないというお話でしたが、文句を言うとなるとだれに言うのでしょうか。

柴田

職場では同僚以外では、やはり上司しかいないでしょうね。

守島

たしかに日本のホワイトカラーの場合、一般的な意味で上司への期待は高いと思うんですよ。今までの伝統もあるし、いろいろな調査でもはっきり出ている。ただ、アメリカと日本で何が違うかというと、アメリカの企業は上司との面談時間を別に設けていることがあるでしょう。目標管理面接とか成果評価面接の時間は、結局、この間はお互いに傷つかないで文句を言っていいですよというわけです。つまり、その時間は文句は言うし、評価に関して議論はするけれども、決まってしまえば、後は尾は引かないというタイプの人材管理をやっている。日本の場合も、単に上司に期待するというだけでなく、もっと人事システムとしてはっきりと、文句を言う時間、苦情そのものを最初からなくすような非公式な紛争解決の時間を立ち上げるほうが、効果的ではないかと思います。

考課結果をフィードバックしている企業は、20%から30%ぐらいしかありません。たしかに日本では、文化的には難しいのかもしれませんが、評価システムの変更を入れるのなら、その面もやっていかなければいけない。

柴田

システムとして導入するというのは、現実的で有効な方法かもしれませんね。松村さん、ヨーロッパ、たとえばフランスの企業では、不平・不満の処理はどのように行われているのでしょう。

松村

私も問題意識を持って調査したことはないので、くわしいことはよくわからないのですが、ホワイトカラーに関してはかなりアメリカに近い性格なのかなという気はしますね。毎年目標管理を行い、目標を決める際と、それがどれぐらい達成できたか、引き続き来年もその目標でやるか決める際に、きっちり議論する。そういう機会の中でいろいろな議論をして、それでうまくいくならそのまま雇用関係が続くということかと思います。

守島

日本は、「管理職がもっと相談に応じる」がトップに出てくる。これは、日本に限らず、ユニバーサルな傾向ですが、システム的な設計や、どれだけ管理職の準備ができているかに違いがあるのではないでしょうか。

松村

たしかに、上司に申し出をしても処遇上不利にならない規定を設けるというシステムに対する希望は強いわけですけれども、それがほんとうに可能と思っていて答えているのかどうか、そこら辺がよくわかりません。

苦情処理と労働組合

柴田

1990年代前半に、私はいくつかのアメリカの工場で、労使による苦情処理に立ち会ったことがあります。私がみた工場がたまたま同じ特徴をもっていたのかもしれませんが、労使が一つひとつ事実を丁寧に確認し、お互いの立場を認め合いながら、実に真摯に解決しようとしておりました。こうした方法があるのかと、いい意味で驚きました。

守島

労働組合がある場合でも、苦情処理制度が利用しにくいという現実は確かにあります。一つには、人事部がどう思うかについてを心配する人たちは随分います。ブルーカラーでも査定がある、ホワイトカラーの組合員にはもちろん査定があるという状況の中で、第三者的な機関の利用が査定に響くのではという認識は必ずあります。必ずしもすべての点で同じではありませんが、日本のブルーカラーについても、モデルとなるのはアメリカのホワイトカラーだと思います。

柴田

日本の工場でインタビューをしたときに、職場の中核のブルーカラーの人たちが、不平・不満の解決に組合がもっとかかわってほしい、と言うのを聞いたことがあります。守島さんが言われたようにアメリカのホワイトカラーの制度を参考にするのはもちろんですが、しかしそれは日本の組合が何もしないでもよいということでは決してなく、足元をしっかり固め組合離れを防ぐためにも、組合がどのように不平・不満に関与すべきか、検討してほしいですね。不平・不満を鬱積させず、健全な形で出てくるようにし解決する仕組みを作ることは、経営側にとっても重要なことだと思います。

守島

佐藤・宮本(1999)に出ている会社のケースは僕も聞いたことがあります。要するに柴田さんの言われた苦情の御用聞きのようなもので、組合の機関誌の一番最後の頁に、苦情はありませんかという用紙があり、それに書いて出せるようになっているわけです。その種の努力は労働組合として必要だと思います。それはフォーマルなシステムの問題というより、そもそも組合が現場に存在しているかどうか、一般従業員に対する存在意義やプレゼンスを知らせるということです。いわば労働組合の活動内容にかかわる広告です。組合活動についてほとんど知らずに過ごす人は結構いますから、だから、もうちょっと大きく言えば、労働組合がやるべきなのは、フォーマルな苦情処理をどうするかではなくて、別の形の活動だということもあるでしょう。