2001年 学界展望
労働調査研究の現在─1998年~2000年の業績を通じて(3ページ目)


2. ホワイトカラーを取り巻く人事管理と労使関係の変化

(1)人事管理の変化

論文紹介(守島)

守島

人事管理の変化に関しては、評価、処遇、賃金についてはすでに議論がある程度されましたので、ここでは、その他の変化を少し考えてみます。

日本労働研究機構『新世紀の経営戦略、コーポレート・ガバナンス、人事戦略に関する調査研究』

日本労働研究機構(報告書No.133、2000)は、企業の経営企画責任者を対象に1999年に行ったアンケート調査を用いています。従業員規模1000人以上の企業2370社を対象に、690社から有効回答を得ており、回収率は29%です。ホワイトカラーを中心とした人事管理制度の変更が、必ずしも人事管理内部の問題だけではなく、より大きく経営全体の変化、もしくは、経営を取り巻くガバナンス構造の変化に起因しているのではないかという議論をしています。本調査の一つの重要な視点は、重視する経営指標が、これまでの売上高から経常利益への転換が進んでいるということです。経常利益は今まででも2番目に重要な指標ではあったのですが、今後は経常利益を一番重視していく企業が多く出現している。

さらに進んで、なかには株主資本利益率など、バランスシート系、つまり資産利用価値の効率性の指標を見ていくような企業が増えてきているという動きがあります。これは非常に重要なポイントだと思います。

もう一つの大きな動きは、子会社や社内分社などのグループ経営を強化していきたい、もしくは、それを活用して、企業グループの価値を高めていきたい企業が出てきているということです。また、人事管理上、分社とか子会社に採用や労働条件などの決定に関して、裁量権を与えていく、いわゆる人事の分権化への志向も見られます。

また、ステークホルダーとして、よく言われる従業員・株主・カスタマーの3者のうち、この調査ではカスタマーは2位にきます。従業員と株主はウエートがほぼ同等で、同率1位です。ただ、どういう株主が望ましいかと聞くと安定株主を求めているのですが、おもしろいことに安定株主側が気にしている指標は効率的な資産運用なのです。先ほどバランスシートの話が出ましたが、株主が効率的な資産運用に関心を持ち始めているという認識を企業側が持ち、その結果として資産の流動化を比較的重要な財務戦略だと考えている企業が多い。これは、今までの株主とは異なる顔の株主を、企業が見ているということの一つの証左ではないかという気がします。

次に、人事の方針について見ると、終身雇用を部分的に修正し、むしろ小さな変化を少しずつ起こしていく傾向にある。つまり、抜擢人事や役員候補者の30代での絞り込みのような非常にドラスティックなタイプの人事ではなく、評価制度における情報開示と有期契約社員の活用、福利厚生制度の見直し等、今の人事システムを前提に、その部分的修正をしていくタイプでの人事管理の変更が多いということです。

また労使関係については、会社と社員の関係や労働条件の決定が個別的になり、それに伴って、集団的労使関係の担い手としての労働組合の役割が薄くなるという認識を企業は示しています。

つまり、株主価値重視へのある程度の傾斜が起こっている反面、人事的な変化はそれほどには大きくない。ただ、企業は資産効率を重視している株主のほうを、見るようになってきて、その意味で、長期的な雇用関係の見直しにつながる可能性が出てきているという読み方もできます。すでに、資産効率を示す指標に企業が比較的傾斜している点を、アメリカの研究者が指摘しています。さらにもっと極端な場合にはEVAのような非常に短期的な資産運用の効率を見始めていることにより、固定的な雇用形態、つまり長期的な内部労働市場を前提とした雇用形態がアメリカでは、崩れ始めているという議論もあります。同様のことは、日本でも起こる可能性があるでしょう。これは、人事の側面ではあまり重視されていませんが、経営学や会計学ではすでに注目している部分です。多少のタイムラグはあるにせよ、その辺の変化が、人事に影響を及ぼす日も遠くはないでしょう。

社会経済生産性本部『職場と企業の労使関係の再構築─個と集団の新たなコラボレーションに向けて』

社会経済生産性本部(1999)は、東京証券取引所一部上場企業を中心に13業種27社にはたらくホワイトカラー従業員、5150人に質問紙を送り、2980通を回収しています(回収率58%)。調査時期は1998年でした。この調査は「3.個別的労使関係」でも取り上げられますが、ここではホワイトカラーを取り巻く人事と職場管理の変化について、見ましょう。まず、職場への影響に関しては、職場の仕事量が過去3年間で増えたという回答が60%近い。逆に、職場の正社員の数は、減ったと答える割合が45%を超えている。それに対して、その他のタイプの従業員(非正規従業員)はあまり変化をしていないという答えが、一番多い。つまり、結果として正社員の仕事量が増えているのではないかという推測が、この報告書ではなされています。

また、仕事量が増えた結果として、職場における「ゆとり」が減少し、逆に職場の業績や成果を上げようとする雰囲気は増加している。つまり、きつい職場が出てきている。個人レベルで見た場合には、60%以上が、担当している仕事量、担当している範囲、裁量に任されている範囲、責任、仕事に必要な能力や知識など、すべて増加したと答えている。つまり、仕事もきつくなっているという認識です。逆に、仕事に対する能力開発の機会は、54%が減少したと答えている。あまり能力開発がなされないにもかかわらず、仕事がきつくなっている状況が観察されます。

評価面では、専門的な能力や業績、成果が以前よりも重視されるようになったと答えていて、ここでも以前より厳しさが増加している。

結果として、今の会社でも働き続けたいと思うホワイトカラーは60%弱にとどまり、また「3年前に比べて会社を信頼しなくなった」は31%と、「信頼が増した」(26%)より、わずかながら上回りました。

この調査は、正社員の減少や、仕事量の増加が、従業員の立場から見て、目に見える事実として現れていることを示しています。彼らの認識から見れば、厳しい職場がそこには現れ始めているということなのでしょう。

ニッセイ基礎研究所『ホワイトカラーをめぐる採用戦略の多様化に関する調査研究報告書』

ニッセイ基礎研(2000)は、ホワイトカラーの中途採用についての実態を見た調査です。全国上場企業から無作為に抽出した2100社にアンケートを郵送し、448社から有効回答を得ています。回収率は21%で、調査時期は1998年でした。回収率があまり高くなく、具体的なパーセンテージをどれだけ信用するかという問題は残りますが、少なくともこの調査では、ホワイトカラーで、社員全体に占める中途採用の割合は、平均20%、つまり、5人に1人が中途採用という結果が出ています。ただ、これは多すぎるかもしれません。現在中途採用の調査なので、中途採用をしている企業が答えたというのが実態だと思います。今後について28%の企業しか、中途採用を増やすと答えておらず、今後も変えるつもりはないという企業が、60%近くになっている。つまり、実態として多くは、中途採用はやっているが、それを中核的な人材獲得のメカニズムとして考えてはいないのでしょう。もう一つのタイプは、中途採用を活発に行うと答えている企業は、主に業績のいい企業であり、派遣やパート、契約社員等の他の雇用形態も取り入れて、雇用形態の多様化を一般的に目指している企業です。つまり、業績のいい企業はどちらかといえば雇用の多様化を目指しているということです。

では、中途採用をなぜするかというと、その大きな理由は即戦力の確保です。ただし、事務職については欠員の補充も目立ちます。即戦力の確保である以上、採用条件としては職務経験が52%と一番高くなっています。ただ、即戦力とはいっても、比較的若い層での中途採用を目指していて、年齢を採用条件にしている企業が52%あり、こうした年齢条件の上限は30歳から34歳が一番多い。つまり、もうでき上がった人を中途で採るというよりは、大卒10年ぐらいまでを採って、新卒と同じようなコースに入れてマネジメントしていくのが、実際の姿なのでしょう。

中途採用の決定にあたっては、配属部門の面接が重要な決定権を持っており、採用機能の分散化が見られますが、処遇についてはやはり人事部が決めている。

さらに、中途採用者は主に新卒者と同じキャリアコースを歩むことが期待されており、処遇も在職者とのバランスや年齢を見て決定されます。市場における価値づけだけで中途採用者の処遇を考えるということはまだ非常に少ない。

以上により、ホワイトカラー人材確保の新卒離れは以前よりも進んでいますが、企業は選択的、もしくは非常に戦略的に中途採用を行っており、大学卒業10年程度の中堅即戦力人材を採用して、新卒と同じキャリアコースに乗せて評価・処遇しているのが実態で、そこのところはこれまでとあまり大きく変わっていないというのが私の認識です。

したがって、評価・処遇に関しては議論されるほど、変わっていないというのが先ほどの議論でしたが、その他の分野に関してもあまり大きくは変わっていない。ただ一つ言えるのは、ホワイトカラーの働き方が前よりも厳しくなっている。これは正社員自体が減少し、仕事量は増加する、責任範囲も裁量度合いも増えているという意味で、厳しくなっているということかあるのでしょう。

なお、今回レビューの対象文献では、ホワイトカラーのいわゆるリストラ、人員削減にかかわる調査がほとんどありませんでした。出向や転籍という伝統的なメカニズムをこれからも使っていこうという企業が、大企業に関しては多いのかもしれませんが、ホワイトカラーの人員削減の実態把握は厳密になされているとはいえず、今後の研究課題として欠かせないものになると思います。

討論

ホワイトカラーの働き方と職場環境
柴田

アメリカ企業は日本企業に先行して組織のフラット化を行い、その結果、ミドルマネジャーの仕事量が増大したといわれていますね。社会経済生産性本部(1999)では、従業員の仕事量が増え、厳しくなったという結果が出ていますが、守島さんは、管理職のほうがより仕事量が増えきつくなっているとお考えですか。

守島

管理職のほうがよりきついと感じていると思います。一つ言えるのは、職場の雰囲気がどう変化したかというときに、管理職だけを取り出したものと全体と比較すると、管理職のほうがずっと悲観的な認識をしているんです。

柴田

ニッセイ基礎研(2000)では、中途採用の年齢の上限が30歳から34歳ということでした。職種によって異なりますが、ご存知のようにアメリカ企業でも30代半ばまでの転職が多いといわれますね。そうすると、30歳から34歳というのは日本企業だけの特徴ではなく、何らかの合理性があるかもしれませんね。

守島

30歳とか34歳が転職年齢としてプライムであるというのは、日本でもアメリカでも変わらないし、またそれは労働市場の構造から起こる結果だと思います。企業としては、投資をする以上、ある程度のリターンの期間を前提としないと困ります。30歳から34歳ぐらいまでの人を採用して、新卒とのバランスを見て給与を決定し、彼らと同じキャリアコースに入れるというのが、この調査から出てくる非常に典型的な中途採用ですが、おもしろいことにそれはアメリカとは違う。実際問題として、私が今、やっている他の調査では、年齢層で区切って、転職経験と満足度の相関を見てみると、大体35歳ぐらいまでに転職をしないと、満足度は上がらない。逆に、それ以上になると、転職後の満足度は差がないか、下がる場合も出てきます。

松村

ニッセイ基礎研(2000)ですが、これはタイトルこそ「採用戦略の多様化」と銘打たれていますが、今の守島さんのお話だと、さほど多様化しているとは言えないわけですね。

守島

調査自体は派遣や契約社員、パートタイマー、社外下請と他の就業形態も見ており、ここで多様化というのはそういう意味でなのです。

松村

しかし、中途採用に限って言えば、やはり長い雇用の途中に位置づけて管理している。その意味ではさほど変わっていないのでしょうか。

守島

多様化はしていないというのが、一つの結論でしょうね。採用と正社員の採用にはあまりバラエティーが出てきていません。また、ほかの調査、例えば後で触れられる日本労働研究機構(『出向・転籍の実態と展望』報告書No.126、1999年)での出向データを見ても、正社員のマネジメントに関して、特に採用に関しては、あまり違わない。もし多様化が起こっているとすれば、その他の派遣社員やパートです。また、社会経済生産性本部(1999)でもわかるように、正社員の割合の減少という、いわば、量的な変化はありますが、中に残った人たちが違っていることをやっているかというと、そうは言えない。

株主価値重視と早期選抜
柴田

最初にご報告された日本労働研究機構(報告書No.133、2000)で、抜擢人事や役員候補者の30代での絞り込みが今もあまり行われていないというのは、企業が意図した結果なのでしょうか。それとも、本当はそうしたいのだができないのでしょうか。

守島

私の印象論ですが、選抜や役員選抜が若くはなってきています。データに出ないのは、調査のやり方ではないでしょうか。30代での絞り込みや早い段階からの選抜について聞くので、企業はノーと答えるけど、40代から絞り込むということをかなりの大企業はやり始めていますね。昔は役員層への絞り込みは、おそらく50代後半でやっていたんだと思うんです。早い企業で50代前半。それを40代後半、40代前半まで、10年間早めてきています。

40代中間で賃金的にも、あるいはポスト的にも大きな格差をつけるということは、都留・守島・奥西(1998)でも触れられています。役員の登用であろうと、賃金格差であろうと、ポストの重要性の違いであろうと、この段階から、大きな格差を、それも明示的に入れ始めたというのが、現在のあり方のような気がします。ただ、40代までは、採用に関するデータからもわかるように、あまり大きな格差はつけないし、また、つけなくていいと感じているように思えます。

また、別の話ですが、バランスシートや資産効率などを前に押し出していくと、結局リストラや、不採算部門の切り捨てが議論され始めると思います。そのときにどのようにリストラをやっていくのかについて、まだ答えはないし、また調査もほとんどありません。これはある意味で恐しい。

柴田

ただ、Peter Cappelliの内部労働市場の崩壊という指摘に対して、現象としては見いだされるけれども、実際にどの程度広がっているのか、また今後広がりうるのかに関して、アメリカでもいろいろな意見がありますね。

守島

アメリカの場合は製造業の不採算部門や不採算の業種に対しては、レイオフという安全弁が前からあったように思います。日本の製造業は、そういう人的な安全弁を持ってこなかった。もちろん、出向や転籍、配転というメカニズムはあったのかもしれませんが、大規模なリストラに対応するメカニズムはないような気がする。レイオフは、雇用削減を正当かつオープンに行うメカニズムとして、アメリカで成立したものですが、日本ではそうした方法が確立していない。

柴田

そうですね。日本企業は安易な手段はとれない。だからこそ、より大きな課題に取り組まなくてはいけないということでしょうね。

守島

ええ。だから、今、一方では、企業はもっと効率的に運用しなくてはならないというニーズがあり、他方では、今までの歴史的な流れの中で、雇用を守らなくてはならないというニーズがある。日本の製造業にとっては、ダブルパンチなんだと思います。

柴田

しかし、雇用を守る姿勢があったからこそ、日本的な技能形成も可能であったといえますね。

守島

はい。そのなかで企業経営者が悩んで、今のようなシステムを開発していったという議論もあります。

(2)労使関係の変化

論文紹介(松村)

松村
日本労働研究機構『新世紀ホワイトカラーの雇用実態と労使関係─現状と展望』

私はホワイトカラーの労使関係の部分を報告いたします。ここでのテーマはホワイトカラーで、主に管理職における集団的労使関係の形成に関する展望です。日本労働研究機構(2000)は、先ほど取り上げられた日本労働研究機構(報告書No.133、2000)と対になる形で出されたものです。21世紀に向けて、長期安定雇用、企業別労使関係、企業年金などの基本的な枠組みに大きな変化はないとしても、雇用関係が個別化し、年功秩序は後退し、労働条件決定は同一企業内でも多元化し、企業グループ人事管理・労使関係の形成と進展に拍車がかかるだろうということが予想されます。

この調査は、こうした大きな制度改革の中で、ホワイトカラー労働がどのように変化するのか、また、会社・職場や組合のありよう、雇用、労使慣行に関して、中間管理職はどのような見方をしているのかを明らかにしようとしているものです。

アンケート調査は、大企業本社の経営企画、総務・広報・秘書、経理・財務、営業、人事・労務・教育の5部門の課長、およびその部下を対象として実施されたもので、回収は課長が約1200名(回収率47.3%)、社員が約3400名(回収率43.0%)で、そのうちおよそ3分の1が企画業務型の新裁量労働に携わっています。

いくつかの重要な事実の発見が見られます。職場の人員構成が、正社員で平均10人と少なく、非正社員化を伴う急激な「小さな本社化」という動きが見られます。職場の移動率も4割で、職場を超えた活発な人の移動が認められます。

他方、職場の雰囲気は、仕事上の助け合いや、部下や後輩の育成については良好であり、OJTによる能力開発がよく機能しているという印象があります。

しかし、会社に対する期待の充足度という点では、課長も社員も、「雇用保障」「従業員の健康」「企業の社会的責任」「労使間のコミュニケーション」では充足度が高いものの、「能力開発を配慮したキャリア管理」「女性の活用」「職場での日常的な苦情処理」では充足度が低いという結果になっており、ここから、キャリア管理を含めたOJTに基づく能力開発が、必ずしもうまく機能していない可能性を示唆しているという分析をしています。また、女性の活用が不十分である、上司や先輩、同僚以外に苦情処理方法がないといった問題も指摘されています。

次に、組合に対する意識という点では、あまり多くが調査されているわけではありませんが、非組合員である課長の組合期待度が、社員のそれを上回っているという結果が出ています。逆に、6割が組合員である社員では、組合よりも会社に期待しているという結果が出ています。ここで問題なのは、課長が組合に対して何を期待しているのか、課長自身の労働条件に関して期待をしているのか、それとも、組合がちゃんと従業員を把握しているかどうかという意味での期待なのか、その辺の中身がこの調査を読んだ限りでは、はっきりしません。それから、社員が組合に対して期待していない一方で、課長側の期待が大きいというねじれをどう理解するかも問題ではないかと思います。

社会経済生産性本部『個別化の進展と労使関係─中間管理職の意識と課題』

社会経済生産性本部(1998)は、企業別組合と労使協議制に特徴づけられるわが国労使関係は、企業運営における成果配分、問題解決及び経営参加システムとして重要な機能を果たしてきたが、今後の環境変化の中でも良好かつ安定的なシステムを維持できるかどうかが問われていると指摘しています。この調査では特に個別化の進展に焦点を絞って、そういうシステムの維持が可能かどうかを検討しています。従来、企業別労使関係の枠の外に置かれて、すでに個別化を強いられていた中間管理職の発言機会や問題解決の必要性とそのあり方を探ることで、今後の個別化の進展に対応する労使関係を構想する糸口をつかもうというのが、調査者の問題関心です。アンケート調査の対象は、従業員1000人以上の大手企業の課長クラス4592名(回答1192名、回取率26.0%)です。

先ほどの社会経済生産性本部(1999)でも指摘があったように、管理職の仕事はきつくなってきています。雇用調整に対する不満(悩み)を見ますと、6割以上の課長が不満(悩み)を抱いているのは、「昇給ストップ」「管理職の賃金カット」「指名解雇」に対してです。これは、実際にそれが行われたことに対してなのか、それとも可能性としてあることに対してなのか、その点がいま一つ理解できませんでしたが、非常に高い比率の課長が不満(悩み)を持っていると指摘されています。逆に悩みの比率が低いのは、「希望退職の募集」「系列会社への出向・転籍」「早期退職」などです。また、「自分の仕事への評価」という点では、3割が適正でないと答え、そのうち7割以上が、不満(悩み)を感じている。「評価結果に対する不満の申し出や救済の機会」では、「機会がある」が2割強にとどまっており、「機会がない」と答えた課長のうちの約半分が、不満(悩み)を感じているという結果になっています。

発言機会の手段では、「管理職の労組への加入」を要望する課長は16%、要望しない課長が36%という結果になっています。これは既存の組合への加入ということでしょう。次に、新たな「管理職組合の結成」を要望する者は23%、要望しない者が28%います。加入、結成のどちらにも、半数近くは判断を留保しているとはいえ、管理職組合の結成を要望する者が23%、4分の1弱いるわけで、私は、この比率について、意外に高いのではないかと大変驚きました。

そういった管理職の意識を踏まえ、この調査では個別化への対応として、労使協議制の活性化、評価の過程の公平性を指摘すると同時に、評価基準の公開、さらに不満の申し出や救済の機会を保障するために、「ゆるやかな」集団的ボイス機会というものの構想に触れています。

この調査で問題になるのは、課長の4人に1人が組合結成を通じた発言の機会を求めている、この点をどう考えるのか。それから、後にふれる石田光男「人事処遇の個別化と労働組合機能」(『日本労働研究雑誌』No.460、1998年)とも関係しますが、個別化の中での組合の機能はどうあるべきなのかという議論です。石田論文では、日本の場合、賃金面、処遇面の個別化ということにとどまらず、仕事の個別化も進んでいることが指摘されています。仕事そのものがまず部門に配分され、それがさらに職場に配分され、そして個人に配分されていく。そうした仕事の配分に関して、労働組合がこれからはもっと参加し、発言していくべきではないかという議論を展開していますが、そういう問題をどう考えるかという論点があると思います。

討論

管理職組合への期待の内実
柴田

部下のいる管理職、専門職、それ以外の、いろいろないい方があるかと思いますが、たとえば専任職のうち、どのような非組合員が組合に期待しているのでしょうか。

松村

必ずしも明確にはなっていないと思います。守島さんの参加された、社会経済生産性本部(1998)ではその点どうでしょうか。

守島

あまり大きな違いはありません、でも課長といっても部下なしか部下ありかもあり、さらにレベルによって少し違います。少なくとも社会経済生産性本部(1998)に関していえば、この時期は、いわゆる中間管理職の悲哀が認識をされ始めた時期ですね。マスコミでも、管理職ユニオンの話が少しずつ取り上げられたりしはじめました。先ほど柴田さんが言われたように、指名解雇や昇給ストップのような状況にはまだなっていないにせよ、可能性としては自分たちにも起こるかもしれないと感じ始めた時期に、この調査が行われている。そこで、4人に1人という数字が出てきたのではないでしょうか。

柴田

「管理職組合の結成を要望する管理職が4人に1人」という数字を松村さんは高いと言われましたが、守島さんも高いとお考えになりますか。

守島

高いか低いかという意味でいえば、僕は低いと思います。何らかの発言メカニズムあるいは救済メカニズムが欲しいという意味で、組合を考えている人が結構多いと思うんですね。よくマスコミで、管理職ユニオンが取り上げられますが、組合は今までは相談相手としてあまり考えてこなかったけど、いいんじゃないかといった程度のイメージのような気がします。

柴田

「組合員よりも非組合員の課長のほうが、組合への期待度が高い」というねじれ現象をどのように理解するか、という松村さんが提起された問題ですが、次のようには考えられないでしょうか。組合員は自ら組合に属し、組合費も払っている。それゆえ、身内としての組合を厳しく見ているのではないか。一方、管理職の組合への高い期待には二つ考えられる。ひとつは、少なくともこれまで会社に対して何らかの発言をしてきたのは組合である。だから、組合に期待したい。もうひとつは、守島さんが言われたように本当に結成したり加入するつもりがあるのかはわからないが、あまり深い意味はなく、組合に漠然と期待している。

中間管理職と集団的ボイス機会
守島

社会経済生産性本部(1998)は、1997年のデータで、他方、日本労働研究機構(2000)は1999年のデータです。2年間という時間を経ても、課長が自分をリストラやコスト削減のターゲットになっていると認識している像はさほど変わっていない。その意味では、中間管理職がどういうメカニズムで発言をしていくかという問題は、2年間で、状況としてはほとんど解決されていません。よく組合の人たちに、組合機関誌をだれが一番読んでいるか聞くと、現場の課長ですと答えるんですよ。つまり、彼らは上からの情報は遠過ぎておりてこない。かといって、組合員ではないから、組合からも直接情報は出てこない。それで、部下の机の上にある組合の機関誌を取り上げて読んでいるというわけです。つまり、情報面から見ても、比較的閉ざされた状況にあるのが、現代の課長像なのではないでしょうか。

柴田

「課長の3割が自分の仕事への評価が適正ではないと考え、7割以上が不満(悩み)を感じている」という、社会経済生産性本部(1998)の報告がありましたね。非常に限られた企業が対象ではありますが、私が社内人材公募制度など個人の仕事の選択に関する調査をした際、日本の多くの管理職は部下が仕事を選択することに対し意外に消極的でした。課長は自分の仕事に対する評価に不満を持ちながら、部下も同じような悩みを持っているかもしれないにもかかわらず、その解決のひとつになりうる個人の仕事の選択には関心を払わない、そう理解してよいのでしょうか。

守島

課長を対象にした自己申告制はあまりないですよね。組合員レベル、いわゆる非管理職層が対象の自己申告制は、少しずつ普及しつつあるけど、課長は不満の持って行き場がない。組合もないし、ほかへも自由に移れないですからね。

そういう意味で、非常におもしろいと思ったのは、日本労働研究機構(2000)で指摘されている上司や先輩、同僚以外に苦情処理方法がないという問題です。この問題は、想像以上に深いのかもしれません。日本の場合、今まで、特に管理職の苦情処理に関しては、上司、同僚、先輩以外に何もなかった。それ以外のメカニズムを課長職は何か望んでいるような気がします。

ただ、労使関係や労働組合というコンテクストで見ると、何か新しい機関や新しいシステムをという議論になるのですが、果たして現実的にそういうものが考えられるかというとよくわかりません。

松村

守島さんが言われている「ゆるやかな」集団的ボイス機会というのは、必ずしも組合を意味してはいないわけですか。

守島

はい、必ずしも組合を意味してはいません。どちらかというと、アメリカの企業にあるようなノンユニオンの苦情処理システムのようなものを前提としています。もちろん課長職で非組合員なので、最終的には裁定やアービトレーション(調停)に行き着くようなものができるのではないかと思いました。