2001年 学界展望
労働調査研究の現在─1998年~2000年の業績を通じて(2ページ目)


1. 評価・処遇

(1)制度改革の多様性、揺れる労働組合、評価制度の課題

論文紹介(柴田)

柴田

多くの日本の大企業では、成果主義に基づく評価・処遇など、人事制度改革が進んでいます。こうした動きに対して、これまでにも非常に多くの調査研究がなされており、それぞれ興味深い成果をあげておりますが、ここでは、「制度改革の多様性」「揺れる労働組合」、そして「評価制度の課題」という三つの観点から、いくつかの論文を紹介したいと思います。

日本労働研究機構『管理職層の雇用管理システムに関する総合的研究(上)(下)』

まず、日本労働研究機構(報告書No.94、1997;報告書No.104、1998)は、管理職の雇用管理の状態と変化を把握し、今後の管理職のあり方を探ることを目的としています。調査対象は製造業・非製造業であり、ヒアリング調査(報告書No.94)は1994年から1996年にかけて約50社の人事部門に対して、そしてアンケート調査(報告書No.104)は1997年に24社の部課長2178名を対象に実施されています(有効回収率:73.6%)。

ここでは、評価・処遇に関する個所を中心に報告したいと思います。まず、ヒアリング調査は、賃金・報酬、そして組織・体制の観点から、調査した企業は二つのタイプに分類できると指摘しています。ひとつは、短期の業績を年俸のアップダウンに反映させようとする企業で、コンピュータメーカー、自動車会社、大手ゲームソフト会社、情報サービス会社、人材情報会社などがこのタイプに属します。そこでの管理職は、プロジェクトマネジャーとかプレーイングマネジャーと呼ばれ、自ら高い専門性を持ちなからプロジェクトをマネジメントしています。もうひとつのタイプは、従来型の賃金体系と職能資格制度を、年功的に運用している企業です。化学品メーカー、家電メーカー、鉄鋼会社、大手ゼネコン、商社、大手都市銀行などが含まれます。こちらのタイプの企業での管理職の仕事は、部下のマネジメントが中心です。調査した会社では1対2で後者の従来型企業が多い。しかし、日本全体ではこの従来型企業がもっと多いのではないかと、ヒアリング調査は指摘しています。

一方、アンケート調査は、最近では管理職が短期的な成果主義に追われ、そのため職場の人材育成機能が低下していることを見出しています。また、69.5%の管理職が能力主義・実力主義の前提となる評価制度とその運用に問題があるとこたえています。その問題とは「制度の運用が統一されていないために、部門間で不公平が生じている」(56.4%)、「評価基準があいまいなため、部下に対して評価結果を説明できない」(44.9%)、そして「評価に中心化傾向があり、メリハリの利いた評価が行われていない」(43.2%)などです。

人事制度改革の多様性に関しては、富士総合研究所の調査(『「実力主義」・「成果主義」的処遇に関する実態調査』、1998年)があります。この調査では、最近の人事改革を、外部市場志向型、組織志向型、そして短期決済型の三つのタイプに分類しています。サービス業は外部市場志向型、組織志向型、短期決済型のいずれにも強い志向性をもち、金融、保険、不動産は組織志向型、そして建設業と卸小売業は短期決済型です。そして、実力主義・成果主義で進められている人事改革の特徴は、個別管理化であると指摘しています。

連合総合生活開発研究所『労働組合の賃金決定政策及び賃金体系政策の新たな展開に関する調査研究報告書』

評価・処遇に関する次のポイントは労働組合です。この連合総研(1999a)は、労働組合の賃金政策の変化と方向性を明らかにすることを目的としており、1999年2月から3月にかけて、連合傘下の1113組合(組合書記長および組合の賃金担当者)を対象にアンケートを実施しています(有効回収率:55.5%)。

この調査によりますと、最近の人事制度改革には労働組合が支持する政策、迷っている政策、そして支持しない政策があるといいます。組合が支持する政策は「能力開発機会の平等化」「社外でも通用する能力開発」であり、組合が迷っている政策は「評価・報酬の仕組みを職種や事業分野別に多元化する人事管理」です。そして支持しない政策は「組合員の賃金が不安定になるような一時金拡大策」「報酬が業績に連動する短期決済型の賃金支払い方法」です。すなわち、組合は最近の人事制度改革に対して、平等主義と多元主義の間で揺れていると指摘しています。

しかし、もう少し詳しく見てみると、組合員の大卒比率によって組合の対応は異なり、大卒の多いホワイトカラー型組合は、一時金における事前契約方式や部門業績の反映、退職金の賃金化や確定拠出年金、そして人事労務管理における複線型人事管理、評価の業績主義化・公開・関与などに、非常に積極的です。

なお、連合総研調査において労働組合は、評価制度の整備にあたり、「評価基準の明確化」「管理職による評価内容の説明」「考課者訓練の充実」「評価結果に対する不満解決ルート」が重要であると回答しています。

三和総合研究所『評価制度に関する調査研究報告書』

三和総研(1996)は、大企業における大卒ホワイトカラーの正社員を対象に、評価制度に関する現状と課題、将来の方向性を検討しています。これは1995年、全国ベースで従業員規模1147人以上の企業2000社とその労働組合に対しアンケートを実施したものです(有効回収率:企業調査26.3%、組合調査17.0%)。評価制度に関する本格的な調査といえます。

まず企業調査では、評価の「見直しを行っている」「見直しを予定している」企業はあわせて86.5%にのぼります。見直しの理由の第1は「従業員のモラールアップ」(71.1%)、第2が「貢献度が高い者の処遇を高くするため」(64.9%)です。興味深いのは、「貢献度が低い者の処遇を低くするため」という理由は4番目(31.1%)であることで、これは貢献度の高い者には高く処遇しても、低い人に対してあまり低く処遇したくないという、日本企業の意向がよみとれるように思われます。また、評価制度に問題があるとした企業は93.0%ですが、その理由は多い順から「質の異なる仕事をする者を評価するのが難しい」(68.1%)、「評価が寛大化し格差がつかない」(64.0%)です。

評価の透明性に関しては、60%以上の企業が評価項目、評価者、評価項目の判断基準、評価の手順・手続を公開しているとこたえています。評価のフィードバックについては、「知らせていない」企業が45.4%、「知らせている」企業が34.8%です。知らせている企業のうち59.3%が本人通知に際して問題があるとしており、その問題とは多い順に「評価技術上の問題点が明らかになる」(62.1%)、「評価が甘くなる」(59.8%)です。しかし、「人間関係が悪くなる」という回答は18.9%のみです。

一方、組合調査によると「個人の能力や業績によって処遇が大きく異なるような人事制度の導入」に対して、88.8%の組合が「条件によっては賛成」しています。その賛成の条件とは第1に「評価基準の明確化」(94.5%)、第2に「賃金の最低ラインの保障」(66.8%)です。そして、こうした人事制度の導入による組合機能の変化に関しては、「強まる」とこたえた組合が29.2%、「変わらない」が29.5%、「弱まる」が25.1%であり、評価は三つに分かれています。具体的に、「強まる」役割・機能としては「処遇のルール策定への組合の役割への期待が高まる」(87.9%)、「弱まる」では「集団的労使交渉で決める平均ベア率に意味がなくなる」(80.0%)などです。

評価制度に関しては、組合員へのアンケートに基づく連合総合生活開発研究所の調査(「雇用と人事処遇の将来展望に関する調査研究報告書」、1999b)があります。この調査では、人事諸制度の導入状況、組合員間の賃金・昇進格差、評価制度に対する組合員の不満などが明らかにされています。ここでのデータを用いた阿部論文(「企業内賃金格差と労働インセンティブ」『経済研究』51巻2号、2000年)は、賃金体系や人事制度の整備は重要だが、賃金格差の情報が従業員に正確に伝わらないと、労働インセンティブは高まらない。しかし、企業が賃金格差情報をあまりに正確に伝えてしまうと、賃金の低い従業員の労働インセンティブは、さらに低下する恐れがあると指摘しています。

以上、評価・処遇に関して取り上げた調査研究からは、 [1] 人事制度改革は個別化の方向で進んでいるものの、業種や組合特性などにより多様性がみられる、 [2] 人事制度改革に対して、組合は条件つきで賛成しているものの、その対応は平等主義と多元主義の間で揺れている、 [3] 評価制度とその運用については、多くの企業が評価基準の不明確さ、寛大化などの問題を指摘している、の3点がいえると思います。

討論

ホワイトカラーの評価制度
守島

今、主に三つの論文を中心としてご報告いただきましたが、論点としてどのような問題が考えられるでしょうか。

柴田

限られた企業を対象とし必ずしも十分なものではありませんが、私の行った賃金・査定の日米比較調査によると、アメリカ企業よりも日本企業のほうが労使、従業員ともに、評価制度に対して強い関心を持っており、その理由としては、日本のブルーカラーに人事考課が適用されていること、人事考課に不満を抱いても転職が容易ではないことなどがあげられると思います。評価における差別の問題、また、管理職に対する評価制度の未整備の問題はあるにせよ、少なくとも労働組合員、とくにブルーカラーに対して、日本の管理職は比較的緻密に人事考課を行ってきたという印象を私は持っておりましたので、ここで取り上げた調査結果(日本労働研究機構(報告書No.94;報告書No.104)、連合総研(1999a)、三和総研(1996))は少し意外な感じがしました。日本の評価制度だけに問題があるのではなく、Bretzほかの論文("The Current State of Performance Appraisal Research and Practice: Concerns, Directions, and Implications", Journal of Mamagement18(2), 1992)が示しているように、アメリカの場合も寛大化傾向や、不十分な情報に基づく多面評価などの問題が存在します。日本企業は、アメリカの評価制度が進んでいるという通念に、少しとらわれているようにも感じられました。

守島

今、柴田さんも言われましたが、未整備かどうかの議論をするときには、どういう対象についてどのような問題が指摘されているかということをある程度クリアにした形で、議論することが必要です。今回取り上げていただいた三つの調査研究は、ホワイトカラー、それも比較的中核になるような人たちを前提としているような気がします。評価制度に関してあまりうまくいっていないという調査結果が、出てくるのもそのためでしょう。

柴田

小池和男先生の言われるような仕事表に基づくブルーカラーの評価に比べると、ホワイトカラーの評価制度に課題は多いと言えるかもしれませんね。

松村

ホワイトカラーの場合にはやはりアウトプットの評価は非常に難しい。日本の場合、現場のブルーカラーに関しては極めて厳格な要員管理をしてきましたし、改善活動を媒介にした能率管理が徹底されてきていて、そういう場面でのテクニックとしては非常に整備されているのですが……。

ホワイトカラーの多様性と評価
守島

ただ、そういう意味では、日本労働研究機構(報告書No.94、1997;報告書No.104、1998)で、二つのタイプの企業が大きく分かれてきたというのは、ある意味ではおもしろい発見だと思います。今までは、松村さんが言われたような評価の未整備という事情もあって、ホワイトカラー全体をひとくくりとして見ていたのを、職能資格で見て、それを年功的に運用することでうまくいくタイプの企業と、短期の業績を成果主義的に評価して処遇に反映させようというタイプに分化してきたと、一応言えるのかもしれません。

柴田

ホワイトカラーのなかでの多様性とともに、同じ組合員のなかでもホワイトカラーとブルーカラーの評価制度を、はっきり分ける企業が増えているように思います。

守島

タイプとしてはホワイトの非管理職層=組合員層と、ブルーの組合員層、そしてホワイトの非組合員層の三つに分けられる。それをもっと細かく分けようという動きが出てきたと言うことでしょうか。

つまり、マネジャーとノンマネジャー、組合員と非組合員ではっきりと、別立てのシステムを運用しますよという形まで言っている企業は、少ないのかもしれないが、比較的管理職層では成果主義的にやりますとか、アウトプット評価をやっていきますということを言っている。そこに関してはこれまでとは別のシステムが出てきているということも、言えなくはないという気はします。

柴田

日本の管理職の賃金・評価制度が、ある意味で組合員の制度の延長だったということは、R. Dore先生のBritish Factory-Japanese Factory(1973年)などにより以前から指摘されていました。それがこの10年、守島さんが言われたように、管理職の制度変更が先行し、その後に組合員の制度が変更されています。

守島

ほんとうは全部一遍に変えたいけれども、組合員層は組合があるために変えられないから、何でも言うことを聞く管理職から変えていこうということなのか、それとも、今、柴田さんが言われたように何か人事管理上効果的であるという認識があってシステム的に違えているのかというところは、まだちょっとわからない部分がありますよね。

柴田

組合員層の制度変更が管理職の後に行われ、しかも管理職に比べるとあまり大きな変化はない第1の理由は、今守島さんが言われた組合の存在でしょうね。それともうひとり、入社してしばらくは従業員間にそれほど差がつかないし、従業員の士気を考えても、早い段階からはっきりとした評価の差をつけるべきではないと経営側は考えているようです。

格差の容認と人事考課のフィードバック
守島

阿部論文の中で指摘されているインセンティブ問題が、若い層で起こると困るという認識があるのかもしれませんね。

あと、面白いと思ったのは、評価制度が特に管理職層について大きく変わり始めているというときに、それがその他の部分にどういうインパクトを与えるかということです。その他の人材、人事管理機能に関してどういうインパクトを与えるかは、日本労働研究機構(報告書No.104、1998)のアンケート結果で、短期的な成果主義に追われて、職場の人材育成機能が低下しているという議論がある。また、佐藤博樹先生の論文「成果主義と評価制度そして人的資源管理」(『社会科学研究』50巻3号、1998年)でもその点が言及されていた。英語に「壊れていないのなら直さないでいい」ということわざがありますが、壊れていないのに直している。直した結果、ほかのところに影響が出てしまうという場面はないのでしょうか。多分、人材育成機能の低下は、非常に重要な問題のはずなんですが。そこで、先ほど指摘した二つのポイント、すなわち、誰を対象に、何を変えようとしているのかが問題だと思うのです。

柴田

誰を対象に変えようとするのかに関しては、三和総研(1996)のところで申しましたが、「貢献度が高い者の処遇を高くするため」評価制度を見直すという回答が64.9%であったのに対し、「貢献度が低い者の処遇を低くするため」という理由は31.1%でした。これは低い貢献者に対しては、これまで以上に厳しい処遇はできないと経営側は考えていると思われ、アメリカと異なり興昧深かったですね。

守島

そうすると、柴田さんは、31%というのは低いパーセンテージだという読み方ですか。

柴田

はい。

守島

松村さんは、どう思われますか。

松村

私はどちらかというと高い比率と見ました。そこで判断が分かれるのは面白いですね。

守島

誰を前提として議論するかによるでしょう。アメリカ的に高い者は高く、低い者は低くという人材マネジメントを前提にすると、31%はたしかに低い。しかし、日本の今までの流れからすれば、3分の1近くの企業が、低いところも下げると言っているのには、ちょっと驚きましたね。この三和総研(1996)を見ると、95年の時点ですでに3分の1の企業が、比較的低いところは低くする、高いところは高くするとしている。やはり格差をつけることに対して、少なくとも3分の1の企業は、この段階で既に認識していたことになります。

また、時系列で見ていくと興味深かったのは、人事考課の結果のフィードバックを知らせている企業が、三和総研(1996)の場合は35%程度ですが、その後、都留・守島・奥西論文(「日本企業の人事制度─インセンティブ・メカニズムとその改革を中心に」『経済研究(一橋大学)』50巻3号、1998年)では、サンプルが違うために簡単に比較はできないにせよ、27%とやや落ちている。評価制度をもっと厳しくすると言っているわりには、従業員と話し合って結果についてのフィードバックをやっている企業は多くなっていないのかもしれません。

成果主義と若年層の人材育成
柴田

今回のレビューを通じて、評価・処遇に関して私は三つのことに関心をもちました。第1に、いま日本企業は評価・処遇を含む人事制度改革の真っ只中にありますが、今後何年か経ったところで、その制度と実際の運用がどのようなところに落ち着くのか。第2に、その際、何が変わって何が変わらないのか。もし、変わらない部分があるとすると、それはなぜか。そして最後に、評価制度の変更が賃金格差にどのような影響を与えたかです。

守島

2番目のポイントについて申しますと、管理職、マネジャーに関しては実際問題として評価制度はかなり変わってきているのではないでしょうか。日本の、特に大企業に顕著だった、ホワイトカラーの組合員層/ホワイトカラーの非組合員層/ブルーカラー全体という三本立ての人事システムの運用はアメリカにはありません。アメリカだけが比較のポイントではないにせよ、アメリカの場合はエグゼンプト/ノンエグゼンプトで分けており、ある意味ではホワイトカラーはひとくくりなわけです。

そう考えると、先ほどの人材育成の問題とも少し関連してきますが、若年層のホワイトカラーに関して、どういう評価システムを入れていくかが日本の企業にとって重要なポイントになってくるのではないか。特に長期雇用や新卒一括採用という形が、今後しばらく崩れないと仮定すれば、その人たちに対して、成果主義の名で呼ばれているような、圧倒的に成果レベルに重点をかけた評価はできないと考えているのかもしれません。若年ホワイトカラーに、ブルーカラーとは別のシステムを用意していくのか、それともブルーカラーと同じようなタイプの職能ベースのシステムで、今後もやっていくのかによって、日本の人材ベースであろう、若年層の育成が大きく影響されると思うのですが、この辺のところはまだ調査がありません。

柴田

これまで日本の大企業の労働組合には、ブルーカラーもホワイトカラーも含まれていましたが、守島さんの言われたように制度が分かれていった場合に、日本の労使関係にどのような変化がおきるのか、それとも制度が分かれても、統合性という強みは維持されるのか、非常に興味深い点だと思います。

守島

特に製造業を中心で考えると、そのポイントは重要ですよね。

(2)賃金格差と過程の公平性

論文紹介(守島)

守島

すでに格差とフィードバックは、これまでのお話でも挙げられていますが、私がレビューをした次の三つの論文は、この二つのテーマについての最近の調査研究です。

奥西好夫「企業内賃金格差の現状と要因」

奥西好夫(1998)は、先ほどふれた都留・守島・奥西(1998)が1997年に行った企業調査に基づいています。この調査は、東京都23区内に本社のある300人以上の上場企業、店頭登録企業、および未上場企業から1800社を無作為に抽出し、450社の有効回答を得ています(その調査自体の報告としては、都留・守島・奥西(1998)参照)。

奥西(1998)の構成は、まず最初に賃金構造基本統計調査の1965年から97年にかけて約30年のデータを用いて、大卒男子の賃金カーブの問題を見て、同一年齢内の賃金格差が増大しているかどうかについてのマクロ的な検証を行っています。二つの大きな発見があり、一つは賃金カーブがフラットになって、スロープが寝てきているということ。もう一つは、比較的40歳代、50歳代で同一年齢内の賃金格差が拡大しているという傾向があるということです。

次に今回のサーベイデータを使い、どういう要因が格差の増大につながっているかについてのミクロ分析を行っている。まず、年俸制の導入や、賃金決定における重要要素、年収に占めるボーナスの割合等のいわゆる賃金決定制度の違いは、あまり格差増大に影響がないというのが大きな発見です。

制度要因として唯一、格差に関連があったのは評価制度で、評価結果を本人にフィードバックしている企業ほど、賃金格差は大きいという相関が出ています。この結果は都留・守高・奥西(1998)でも出ているのですが、ただ因果関係は必ずしも明らかではありません。格差の大きい企業だからフィードバックをしているのか、それともフィードバックをしている企業だから格差が大きいのか、ただし、相関関係があるということはこのデータからは言えます。

また、非制度的な要因として、例えば若年層の能力のばらつきが大きいこと、労働者の能力のばらつきや業績のばらつきを把握することが容易であること、自発的離職率が高い企業では賃金格差が大きいことが見いだされています。自発的離職率の高い企業については、若い時代で格差をつけてしまうと、阿部(2000)にもあったように、賃金競争における敗者のモチベーション管理の問題が出てくるのですが、離職していってくれれば、その問題は顕在化しない。もう一つ、能力のばらつきが大きいこと、ばらつきを把握することが容易であることについていうと、採用をあまり絞り込まず比較的ばらつきの多い人材の確保をして、その後に選別、選抜をするという人事管理が行われている可能性が示唆されていると思います。

また、昇進との関連も見ていますが、これはある程度常識的に理解できる範囲であり、賃金格差は昇進の時期が早く、また最終的に昇進確率が低い企業で大きい。つまり、昇進における格差と賃金格差とは相関があるとの結果が出ています。

この論文のおもしろい点とは、賃金制度や評価制度が制度的な要因によって格差が大きくなっているのではなく、能力のばらつきや離職率のような要因によって格差が起こっている可能性を示唆していることです。

Shibata, Hiromichi, The Transformation of the Wage and Performance Appraisal System in a Japanese Firm

2番目のShibata(2000)は、ある大規模製造業の事例を非常に丁寧に取り上げて、評価システムと賃金システムの変更が、賃金格差にどのような影響を与えてきたのかを明らかにしたものです。考察されたのは、従業員1万1000人ほどの組合のある企業で、この企業の組合員層に導入された評価・賃金制度について、1986年、1987年、1997年の3時点で調べています。

この企業では、年齢と勤続年数に大きく依存していた賃金制度を改革するために新しい評価制度を導入し、これにより賃金に従業員格差を導入しようとする意図がありました。また評価方式としては、目標管理が導入され、考課結果についての説明を職場の上司が行うことも制度化されました。ただ、導入前後の賃金格差を比較してみると、高年齢層(49~55歳以上)と37歳から41歳層の年齢層を除いて、賃金格差が新システムの導入後に大きく拡大した証拠は見られないとしています。柴田さん自身もふれているように、87年導入ということでラグを考えれば、まだ格差が顕在化していなくても当然なのかもしれませんが、拡大した証拠は見られないというのは非常に興味深い。

この論文では、その理由が二つあげられています。一つは、これまでの制度でも既に必要な格差はついていたのではないかというものです。もう一つは、労働組合や従業員の受容性を高めるために、新しいシステムの導入当初から大きな格差を入れることは難しかったのかもしれないという導入過程における要因があります。

したがって、奥西(1998)とShibata(2000)の研究から言える大きな結論とは、制度的な側面の変化、変革によって賃金格差を起こしていくというのは、企業にとって非常に難しいことなのではないかということです。先ほどの三和総研(1996)でも、格差をつけていく企業は、少なくとも3分の1近くあったわけですが、実際問題として導入した後にすぐに格差が大きくなる企業はあまりないというのは、おもしろい発見だと思います。

守島基博「ホワイトカラー・インセンティブ・システムの変化と過程の公平性」

そして、フィードバックに関してですが、守島(1999a)は、今言ったようなホワイトカラーのインセンティブシステムの変化に伴って、より賃金の決定の仕方が個別化する、もしくは格差が大きくなるとすれば─ここの前提を先ほど崩したのですが─、結果の公平性ではなくて、過程の公平性が重要になっていく、つまり、評価システムのプロセスでの公平性が重要になってくるのではないかとの主張です。具体的なデータとしては、1996年に社会経済生産性本部が行った29社に勤める3126人のホワイトカラー従業員を対象にした質問紙調査です。回収率は63%でした。また成果主義的施策の従業員による受容度に関する分析では、同じく社会経済生産性本部が、翌年に行った従業員規模1000人以上の企業に働く中間管理職を対象にした質問紙調査を用いています。有効回答数が1192通で、回収率が26%でした。ここでの過程の公平性施策とは大きく考えて二つあります。一つは評価結果のフィードバックで、もう一つはその前段階としての評価基準もしくは評価システムの公開です。この両方の情報開示をやっているような企業では、より成果主義的な評価や、格差の大きい処遇体系や賃金格差に対して従業員が不満を感じていたり、それによってモチベーションが低くなっていたりするという現象はあまり見られず、受容度が高まっているという発見がこの論文のポイントです。

この論文の中で私が主張したかったことは、これだけ労使関係が個別化され─個別化するかどうかという問題自身も議論の対象にはなりますが─、より成果主義的な評価やより格差の大きい処遇体系が導入されてくると、やはり企業は労使関係の問題として、過程の公平性を維持していく必要があるだろうということです。

もう一つの論じられるべき大きなポイントとして、組織内正義(オーガニゼーショナル・ジャスティス)から見た場合に、過程の公平性は企業にとっての利益を超えて、必ず入れるべきものなのかどうかということがあります。この論文は、経験的なデータを用いた論文であったために、あまり詳しくその点を議論できませんでしたが、組織内正義を維持するために企業は過程の公平性施策を入れていくべきだというような議論もできると思います。

なお、同じような観点から書かれているものに、井出亘「人事評価手続の公平さと昇進審査の公平性に対する従業員の意識」(『日本労働研究雑誌』No.455、1998年)があります。

討論

「結果の公平性」から「過程の公平性」へ
柴田

私は「過程の公平性」に関心があり、守島論文をとても興味深く読みました。ご報告の中ですでに説明されているかとも思いますが、これまでも「結果の公平性」があったとはいえないにもかかわらず、いまあえて「結果の公平性」から「過程の公平性」へと主張されるのはなぜでしょうか。

守島

ちょっと企業寄りの議論をさせていただくとすれば、三和総研(1996)や日本労働研究機構(報告書No.94、No.1O7)の中でも出てきたように、さまざまな環境要因によって格差をつけるということは、やはり企業にとって必要なことになってきている。それは生産性準拠賃金みたいな考え方からも出てくるし、インセンティブを高めていくというインセンティブ理論からも出てくる。ただ、今までは格差を小さくすることで、あたかも平等な賃金の配分をしているかのような態度を企業はとってきた。でも、これだけニーズが高まってくると、格差を高めるのなら、やはりそれを公明正大にやってほしい。その公明正大にやる方法が過程の公平性なんだろうという認識ですかね。

企業内格差拡大と制度変更の社会的雰囲気
松村

奥西(1998)とShibata(2000)ですが、制度を変更したけれども、格差は必ずしも広がらなかったという説明でしたね。これは、つまり、伝統的にずっと格差が大きかったのか、それとも、社会的な雰囲気が格差拡大で高まってくるにつれて、制度変更の直前くらいから急に格差をつけるようになってきたのか、その点はどうなのでしょう。

守島

Shibata(2000)の後半部には、既に格差がある程度あったのではないかとのニュアンスがありますよね。

柴田

はい。私のその論文の対象は組合員ですが、制度変更前からはっきりとした賃金格差はありました。

守島

柴田さんが見られた企業では、なぜ新しい評価制度と新しい賃金制度を入れようと考えたのでしょうか。

柴田

第1の理由は、ほかの会社が制度変更をしているからうちの会社も、というトップの意向です。第2に、これまでも賃金格差はあったけれども、従来の制度が必ずしもメリハリのある結果につながらなかったという人事部の認識です。

守島

今のは先ほど松村さんの指摘された両方があるという話ですよね。

柴田

これは守島さんがすでに指摘されましたが、企業がどれだけ自社の制度の問題点をきちんと把握し、どのように変えるべきか、あるべき姿を十分に描いているのか、よくわからないところでもあります。流されている感じがしないでもない。

賃金格差の現状認識と今後
守島

先ほどの問題に少し戻りますが、Shibata(2000)で取り上げられた会社の場合は全社レベルで新たな評価・賃金制度を入れたということですよね。これはデータとしてはあまり出てこないのですが、組合員層について導入している以上、おそらくマネジャーに対してはその前の段階で既に導入済みだと思います。多くの企業で、マネジャーについては、制度を変更しなくてはならないという認識がある。その大きな理由は高齢化だと思うんですね。高齢化していって格差がつかないと、人件費が高い人事制度になりますから、格差をつけて、総人件費管理の方向にもっていきたいと考えているのではないでしょうか。逆に組合員層のホワイトカラーについてなぜ導入するのか、またはブルーカラーについてなぜシステムを変えなければならないのかについて、明確にした調査は、残念ながら今回のレビューではなかったようです。

もう一つ、データとしても多少出てきますが、働く人自身が格差を望んでいるという議論も、ないわけではない。特に若年層に対して、彼らが望んでいるから、彼らに対して、よりできる人とできない人を峻別するような給与体系を入れる必要があるという議論がよくされている。それははたして本当なのでしょうか、奥西(1998)とShibata(2000)の結果では、結局、もう必要なところは必要なだけの格差がついていて、それ以上、別に入れる必要はないにもかかわらず、松村さんが指摘したように、ほかの会社がやっているからといった、社会的な風潮もあるのかもしれない。

また、特に日本のハイテク系の企業の人事担当者と話していると、引き止めの問題が、明らかに問題になってきている。どうやって引き止めるかというときに、給与は非常に考えやすいやり方で、その意味でも格差がついてくるかもしれない。

他方で、業種間の賃金格差が今後もう少し大きくなってくる可能性はある。今でも、もうすでにかなりあると言われていますが、ハイテクのように経済の繁栄を牽引しているような産業では、やはり給与が高くなってくるかもしれない。

柴田

大学の講義で学生に聞くと、ベンチャーや外資系に就職したいという一部の学生を除いて、多くの学生はあまり大きな人事制度改革や賃金格差を期待していませんね。意外に保守的なんですよ。

守島

そう、保守的なんですよね。こういうシステムは、自分が勝者になるときは、結構受け入れやすいんですね。けれども勝者がいる以上、敗者がいるわけで、敗者になるときは受け入れにくい。ただ、今行われているよりもう少し早目に格差がついていくことは彼らも望んでいるような気がします。

その一つの大きな理由として、あまり企業を信用しなくなったということがあるのではないでしょうか。そうすると、大きな格差については議論が残るにせよ、賃金後払いタイプのシステムの受容可能性が、少し低まってきたのかもしれない。若いときにもう少し高くもらっておきたいとか、いい仕事をした分だけすぐにもらっておきたいというニーズが、出てきたのかなという気がします。