資料シリーズNo.267
過重負荷による労災認定事案の研究 その4
概要
研究の目的
本研究は、過労死・過労自殺等過重負荷を通じた業務上災害の発生機序を、職務遂行や職場管理等の視点から明らかにすることを目的に行われるものである。
研究の方法
下記研究担当者は、①令和元年度の研究における裁量労働制適用者の業務上認定事案26事案を定性的に検討した結果から得られた結論を一般化しうるかを、既存データを用いた定量的な分析によって検討した。具体的には、労働政策研究・研修機構が2013年に実施した「裁量労働制等の労働時間制度に関する調査」(労働者調査及び事業場調査)を通じて収集・整理したデータのうち、主に労働者調査結果のデータを用いて検討している(第1章「裁量労働制適用者の労働時間と働き方:JILPT調査データを用いた基礎的検討―裁量労働制適用者の業務上認定事案から読み取れる論点に則して―」)。また、②独立行政法人 労働者健康安全機構 労働安全衛生総合研究所 過労死等防止調査研究センターが保有する行政資料を基に、平成24~30年度における労災認定事案を対象に、労働時間の認定例を検討し、事業場における労働時間の把握・管理のあり方について考察した。具体的には、精神障害・生存事案を対象とし、「調査復命書」における「労働時間を認定した根拠」欄、及び、事案の内容に応じて「業務による心理的負荷の有無及びその内容」欄を検討した(第2章「過労死等の事案における労働時間の認定に関する事例研究」)。
なお、本研究では、脳・心臓疾患事案を「脳心事案」と、精神障害事案を「精神事案」と表記する。また、それぞれの労災認定基準の表記に従い、脳心事案については「発症」と、精神事案については「発病」と表記する。
主な事実発見
第1章「裁量労働制適用者の労働時間と働き方:JILPT調査データを用いた基礎的検討」は、上記①について調査研究を行ったものである。その結果、
- 裁量労働制適用者の実労働時間は、適用される労働時間制度別に見ても比較的長い。裁量労働制の種別では、企画型よりも専門型の方が長い。またその傾向は、出退勤管理の状況や管理職の管理の状況で比べた場合、労働者が自律的に業務を遂行していても、会社・上司又は取引先・顧客との関係があっても、変わりがない。
- 事業場外みなし制や労働時間の適用除外と同様に、元々の労働時間管理の縛りが比較的緩い制度ほど、労働時間や勤務時間外の仕事関係の連絡等、仕事の負荷が高い傾向にある。
- 全体として、仕事の目標や業務の遂行方法の決定方法で、取引先または顧客と相談しつつ自ら決定する場合に労働時間が相対的に長いことや、上司への状況報告の頻度が高いほうが労働時間が長いなど、裁量労働制適用の有無にかかわらず、職場内外の仕事関係者との関わり合いが濃い働き方をしている場合、実労働時間が長い傾向にある。裁量労働制に即すと、実際の職務遂行上、真に自己裁量ある働き方をしていないと言える。
- その一方で、仕事と余暇のバランスで仕事へのウェイトが高いほうが労働時間が長く、仕事に熱中して時間を忘れてしまう頻度が高いと労働時間も長いなど、裁量労働制適用者に限らず、仕事や会社に対する労働者の意識が実労働時間を長くしている。したがって、法制度に則した職場での労働時間制度の運用のみならず、労働者側の意識を変えていく方策を政策・実務の両面において検討することも、長時間労働、ひいては過重負荷の軽減につながるのではないかと考えられる。
第2章「過労死等の事案における労働時間の認定に関する事例研究」は、上記②について調査研究を行ったものである。その結果、残業時間の過少申告、タイムカード打刻のない残業・休日出勤、持ち帰り残業など、事業場の把握していた労働時間と請求人の主張する労働時間との間に乖離が見られる場合があり、事業場において実労働時間が正確に把握されていたかが論点となる。また、管理監督者扱いの者や専門的業務の従事者等について労働時間管理を行っていなかった例や、出勤簿への押印によって出勤有無の確認のみが行われていた例も見られる。さらには、タイムカード等をもとに労働時間が記録されていても、その時間の業務性や労働密度に対して事業場が疑義を呈する例もある。上記のケースでは、労災認定過程において、関係者聴取や客観的資料に基づいて労働時間の認定が行われている。労災認定事案は、事業場における労働時間の把握・管理に係る論点を指し示す。労働時間管理が行われていなかった事案のほか、形式的には始業・終業時刻や時間外労働の管理が行われている場合でも、適正な業務量・スケジュールでなければ、実際は、業務の必要性から労働者の自己判断等による時間外労働が発生し、長時間労働となって労働者の健康が損なわれることがある。
政策的インプリケーション
第1章「裁量労働制適用者の労働時間と働き方:JILPT調査データを用いた基礎的検討」では、裁量労働制適用者、特に専門業務型は、他の労働時間制度と比べて、比較的労働時間が長く、負荷の高い労働環境にあることが分かった。その一方で、職場での仕事の管理との関係など、裁量労働制適用者に特有の傾向は、あまり見られなかった。今後は、"働き方"それ自体の在り方について幅広い視点から、過労死・過労自殺等労災保険事故の予防策が検討される必要があるのではないか。
第2章「過労死等の事案における労働時間の認定に関する事例研究」によれば、過労死等を防止するための企業の労務管理として、労働時間の形式的な把握・管理だけでは不十分である。客観的な記録を基礎とした労働時間の適正な把握が求められるのはもちろんであるが、それだけでなく、長時間労働防止、労働者の健康確保のためには、適正な業務量、業務スケジュールであるかどうかなど、業務負荷の適切な配分や、労働者が過重な負荷を抱えないための進捗管理が求められる。
政策への貢献
過労死・過労自殺防止対策のほか、長時間労働抑制など過重労働に関連する諸問題にかかる政策の企画・立案に貢献するものである。
本文
研究の区分
プロジェクト研究「多様な働き方と処遇に関する研究」
サブテーマ「労働時間・賃金等人事管理に関する研究」
研究期間
令和3年度
執筆担当者
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