資料シリーズ No.223
過重負荷による労災認定事案の研究 その1

2020年3月30日

概要

研究の目的

本研究は、過労死・過労自殺等の業務上災害が、なぜ、どのようにして発生するのかを、労働や職場の視点、すなわち職務遂行や職場管理等の社会科学的視点から明らかにすることを目的とする。具体的には、労働時間の長さに着目しつつも、その背景には様々な、職場・業務の事情や物理的・心理的負荷が複雑に絡み合って、過労死・過労自殺等の過重労働が生じていると考えられるところ、個別事案における労働災害発生の主な要因を明らかにしようと試みるものである。

研究の方法

独立行政法人 労働者健康安全機構 労働安全衛生総合研究所 過労死等防止調査研究センターが保有する資料を基に調査研究を行った。下記研究担当者は、①上記資料を基に作成されたデータベースに依拠した定量的な労災認定事案全体の傾向把握、② 発症年代・職種、時間外労働時間数を考慮して一定の基準で抽出した脳・心臓疾患事案の事例分析、③若年層の精神障害事案(かつ生存事案)における記述内容の質的分析(業務負荷に関する被災者本人の問題認識と、職場の上司・同僚等の事実認識・評価を照らし合わせ、事案の経過における被災者の業務負荷や職場の状況についての把握と分析)を行った。(*なお、以下では、脳・心臓疾患事案を「脳心事案」と、精神障害事案を「精神事案」と表記する。)

主な事実発見

「第1章 脳・心臓疾患及び精神障害に係る労災認定事案の研究」では、「研究の方法」に示した ① ②について調査研究を行った。

定量的検討からは以下の知見が得られた。

性別では、脳心事案では男性の割合が非常に高い。精神事案では反対に、女性の割合が男性の半分ほどにまで高くなっている。

業種別では、脳心事案では「運輸業・郵便業」、「卸売業・小売業」、「製造業」、「建設業」、「宿泊業・飲食サービス業」、「医療・福祉」の、精神事案では、「運輸業・郵便業」、「卸売業・小売業」、「製造業」、「医療・福祉」の割合が高い。

職種別では、脳心事案では、「輸送・機械運転従事者」、「専門的・技術的職業従事者」、「販売従事者」、「サービス職業従事者」、「管理的職業従事者」、「事務従事者」の、精神事案では、「専門的・技術的職業従事者」、「販売従事者」、「サービス職業従事者」、「事務従事者」、「生産工程従事者」の割合が高い。

脳心事案について、業種別に見た時間外労働時間との関係では、とりわけ「宿泊業・飲食サービス業」の「120時間以上」の時間外労働時間の割合が高い。また、職種別に見た時間外労働時間数との関係では、「サービス職業従事者」について「120時間以上」の割合が高い。

精神事案については、「月80時間以上の時間外労働を行った」の出現率が低いが、「30代」と「50代」の出現率が相対的に高い。業種別では、「運輸業・郵便業」、「建設業」、「宿泊業・飲食サービス業」、「生活関連サービス業・娯楽業」、「不動産・物品賃貸業」、「複合サービス事業」の割合が高く、職種別では、「輸送・機械運転従事者」、「専門的・技術的職業従事者」、「サービス職業従事者」、「管理的職業従事者」、「運搬・清掃・包装等従事者」の割合が高い。

定性的検討からは以下の知見が得られた(図表1参照)。

  • 第一に、多くの事案で時間外労働時間数がかなり長く、これが過重負荷に寄与したと考えられる。
  • 第二に、職場(構造)における被災者の位置づけからは、上長や専門家といった職責・職位の質的側面と、その立場におかれる者の業務の広範さという業務の量的増大とが相まって、過重な業務負荷をもたらしているのではないかと推察される。
  • 第三に、被災者の性質・性格が過労死等に寄与している面があるのではないかと考えられる。
  • 第四に、日々の勤務時間の管理について、客観的な記録媒体によって労働時間管理がなされていても過労死等が発生していることを考えれば、自己申告による労働時間管理は、過労死等発生事案に関しては方策の一つとして有益とは言えないと評価しうる可能性がある。
  • 第五に、36協定の有無、実時間と協定時間の乖離である。36協定が存在しない事例は論外として、36協定が存在する事例では実労働時間が協定で定めた時間を超えているため、このような事案では36協定において時間外労働の上限を定めることが意味をなしていない。

図表1  第1章で取り上げた過労死等(脳・心臓疾患)事案の概要 図表1PDF(200KB)図表1画像(表示後、再クリックで拡大します)

* 本表は、資料シリーズp.29以下に掲げた第1-9表である。

「第2章 精神障害の労災認定事案における記述内容の研究」では、「研究の方法」に示した③の調査研究を行った。検討の結果、以下の知見が得られた(主な事案を抜粋して図表2に掲記)。

  • 第一に、初期キャリアにおける仕事・職場適応局面での問題が見いだされる。ただ、労災認定事案では時間外労働時間が総じて長いことから、通常の組織適応の議論には還元できない。むしろ、職場において長時間労働を伴う仕事のやり方が当然視されていることに問題がある。
  • 第二に、業務責任・達成義務の捉え方が焦点になる事例からは、業務分担のあり方が問われる。職場の認識では強い達成義務がなくとも被災者がノルマと感じ、心理的負荷の要因となっているケースが見られる。被災者の仕事への貢献意欲が高く、責任感が強いケースも多いほか、それが時に、周囲は頼りにならないという意識も伴い、業務を1人で抱えてしまったと周囲から認められるケースもある。
  • 第三に、有能な社員に業務負荷が偏ったり、サポートの乏しい中で困難な業務に従事したりしたことが発病に関わる体調悪化をもたらす事例がある。キャリアを積み、能力が高いと評価されている社員であるからこそ、その心理的負荷が周囲から見えなくなっている例があることを示している。
  • 第四に、長時間労働や夜勤は、多くの場合、睡眠不足や不眠などの睡眠の阻害を通じて、体調悪化をもたらしている。時間外労働に関しては、会社・上司の残業命令によらず、被災者が強い業務責任や達成義務を感じたことで、長時間労働に陥った例も見られる。
  • 第五に、体調の異変認識について、被災者においては、医療機関の受診以前より何らかの体調変化を認識していることも少なくないが、会社の上司・同僚は必ずしも異変(精神障害に関わる体調変化)として認識していなかったケースも多い。

図表2  第2章で取り上げた精神障害(発病時年齢39歳以下・生存事案)の労災認定事案の例(*抜粋)

図表2

注1:認定された具体的出来事について:「達成困難なノルマ=8. 達成困難なノルマが課された」「仕事内容・量の変化=15. 仕事内容・仕事量の(大きな)変化を生じさせる出来事があった」「時間外労働=16. 1か月に80時間以上の時間外労働を行った」「連続勤務=17. 2週間以上にわたって連続勤務を行った」「転勤=22. 転勤をした」「いじめ=29. (ひどい)嫌がらせ、いじめ、又は暴行を受けた」「上司トラブル=30. 上司とのトラブルがあった 」

注2.雇用形態が正社員であり、勤務先の従業員規模が10人以上の事案に限定している。また、仕事の量や質、長時間労働などが主要な負荷である事案(過重労働事案)を検討対象としている。

注3.時間外労働数は、小数点以下を切り捨てて表示している。

*本表は、資料シリーズp.47, 第2-3表からの抜粋である。

政策的インプリケーション

「第1章 脳・心臓疾患及び精神障害に係る労災認定事案の研究」のうち、定量的検討からは、発症時年代別、業種別、職種別で特に検討すべきカテゴリが示された。また、定性的検討からは、① 時間外労働(長時間労働)の削減、② 職位・職責に伴う過重労働の軽減、③ 労働者本人の性格や気質を考慮した労務管理、④ 勤務時間管理について、客観的な記録方法、実効性ある自己申告制の検討、⑤ 36協定の適正かつ実効性ある運用が示唆された。

「第2章 精神障害の労災認定事案における記述内容の研究」からは、業務に起因する精神的負荷の軽減や精神障害発症を予防するためには、会社の常識や業界の慣例にとらわれず、長時間労働の是正や適正な職務分担の在り方など、会社や上司による職場の労働環境の改善や職場風土の見直しの必要性が示唆される。

政策への貢献

過労死・過労自殺防止対策のほか長時間労働抑制など関連する諸問題の政策の企画・立案に貢献するものである。

本文

研究の区分

プロジェクト研究「働き方改革の中の労働者と企業の行動戦略に関する研究」
サブテーマ「労働時間・賃金等の人事管理に関する研究」

研究期間

平成30年度

執筆担当者

池添 弘邦
労働政策研究・研修機構 主任研究員
藤本 隆史
労働政策研究・研修機構 アシスタント・フェロー
高見 具広
労働政策研究・研修機構 副主任研究員

入手方法等

入手方法

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成果普及課 03-5903-6263 

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