ディスカッションペーパー26-01
不妊治療と仕事の両立が女性のメンタルヘルスに与える影響
―「国民生活基礎調査」を用いた分析―

2026年2月20日

概要

研究の目的

これまでの少子化対策は妊娠後から子育て期に重点が置かれ、妊娠に至る前の段階は重視されてこなかった。不妊治療の経済的支援は進む一方で、不妊治療のための休暇制度はいまだ公的に整備されておらず、職場の理解不足やプライバシーの懸念もあって、両立の実態は把握されにくい。本研究は、不妊治療と仕事の両立が女性のメンタルヘルスに与える影響を明らかにし、両立の困難さを可視化することで、支援策の検討に資することを目的とする。

研究の方法

厚生労働省「国民生活基礎調査」(2010~2022年・大規模調査年)の個票データを用い、主に世帯票と健康票を結合して分析した。アウトカム変数は、①仕事によるストレス(悩み・ストレス原因として「自分の仕事」を選択したか)、②K6スコア(0~24点)、③重度の心理的苦痛(K6≥13)とした。推定にはProbitモデルおよび最小二乗法(OLS)を用い、不妊治療(通院)と就業(雇用形態/労働時間区分)の交差項により、影響の異質性を検証した。

主な事実発見

図表1は、不妊治療と仕事ストレスの関係が、雇用形態や労働時間によってどのように異なるかを示している。A1・A2の雇用形態別の推定では、「不妊治療×正規雇用」の交差項が有意に正である一方、不妊治療ダミー単独は有意ではない。すなわち、不妊治療の受診の有無そのものが平均的に仕事ストレスと結びつくというよりも、正規雇用者において不妊治療の有無により仕事ストレスが高まりやすいことが示唆される。限界効果で見ると、正規雇用者は非正規雇用者に比べて仕事ストレスを抱える確率が高く、さらに不妊治療を受けている正規雇用者では追加的に確率が上昇する傾向が、雇用者全体・子どものいない雇用者のいずれでも確認される。

労働時間別(A3・A4)でも同様に、不妊治療ダミー単独は有意ではなく、「不妊治療×週35時間以上の労働時間区分」の交差項が有意に正となる。したがって、不妊治療と仕事ストレスの関連は、週35時間以上のフルタイム相当の労働時間帯で相対的に強く表れ、通院・治療と就業の調整負担がこの時間帯で大きくなり得ることを示している。とりわけ子どものいない雇用者では、週35時間以上の各区分で一貫してストレスが高いことが確認され、長時間労働下でも治療を継続しながら就業している層では、両立困難が仕事ストレスとして表出している可能性がある。もっとも、交差項の限界効果は労働時間が長いほど単調に大きくなるわけではなく、標準的な週35~40時間帯で最も大きい点も特徴である。

図表1 不妊治療と仕事ストレスの関係(Probitモデル、雇用者サンプル)

雇用者女性を対象に、不妊治療の受診有無と仕事ストレスの関係をProbitモデルで推定し、雇用形態および労働時間による違い(交差項)を示したものである。
被説明変数:1=仕事によるストレスあり  雇用形態 労働時間
全サンプル 子どもなし 全サンプル 子どもなし
A1 A2 A3 A4
限界効果 限界効果 限界効果 限界効果
不妊治療 0.0323 0.0158 0.0213 -0.0287
(0.0201) (0.0246) (0.0221) (0.0286)
不妊治療✕正規雇用ダミー 0.0600** 0.0750**    
(0.0263) (0.0323)    
正規雇用ダミー 0.0964*** 0.0870***    
(0.00343) (0.00819)    
不妊治療✕週労働時間        
 不妊治療✕週35~40時間     0.0919*** 0.137***
    (0.0315) (0.0396)
 不妊治療✕週41~50時間     0.0601* 0.128***
    (0.0335) (0.0412)
 不妊治療✕週51時間以上     0.0356 0.121*
    (0.0576) (0.0683)
労働時間(ref.=週35時間未満)        
 週35~40時間(標準)     0.0577*** 0.0452***
    (0.00384) (0.00990)
 週41~50時間(やや長め)     0.134*** 0.122***
    (0.00452) (0.0104)
 週51時間以上(長時間)     0.191*** 0.178***
      (0.00804) (0.0155)
子どもありダミー -0.0337***   -0.0206***  
(0.00432)   (0.00437)  
サンプルサイズ 84,212 16,347 84,212 16,347

出所:厚生労働省「国民生活基礎調査」(2010~2022年、大規模調査年)より筆者推計。

注:1)対象は年齢25~44歳の有配偶女性に限定。2)すべての推計には、夫経済力ありダミー、年齢階級ダミー、学歴ダミー、親同居ダミー、持ち家ダミー、職業ダミー、企業規模ダミー、大都市圏ダミーおよび年次ダミーを含む。3)括弧内はロバスト標準誤差。4)*、**、***は、それぞれ10%、5%、1%水準で有意。

図表2は、不妊治療と仕事の両立が重度の心理的苦痛(K6≥13)とどう関連するかを、Probitモデルで検証した結果を示している。多くの推定において、不妊治療中の女性は非治療者に比べて重度の心理的苦痛を抱える確率が高い傾向が確認される一方、子どものいない全サンプルでは有意性が弱まる推定も見られる。全体として無業者のリスクが高いことを踏まえると、重度の心理的苦痛が就業や治療受診を困難にし、観察されるサンプル構成に影響している可能性が示唆される。加えて、長時間労働でも重度の心理的苦痛のリスクが高い傾向が見られる。とくに子どものいない女性では、不妊治療と就業(正規雇用や長時間労働)が重なる場合にリスクが上昇することを示す交差項が有意であり、平均的なK6スコアよりも重度域で差が明確に表れる点から、両立負担が「重度化」に集中して現れる可能性が示される。なお雇用者に限ると、標準的な週35~40時間で就業しながら不妊治療を受ける場合、重度の心理的苦痛(K6≥13)のリスクは相対的に低い可能性が示される。仕事ストレスでは同じ労働時間帯で上昇が確認されることから、標準的労働時間は日常的ストレスの高まりにはつながり得るものの、それが重度の心理的苦痛に直結しにくいことが示唆される。

図表2 不妊治療と重度の心理的苦痛(Probitモデル)

不妊治療の受診有無と重度の心理的苦痛(K6≥13)の関係をProbitモデルで推定し、就業の有無・雇用形態・労働時間による違い(交差項)を示したものである。
被説明変数:
1=K6スコアが13点以上
全サンプル 雇用者サンプル
就業の有無 雇用形態 労働時間 雇用形態 労働時間
B1 B2 B3 B4 B5 B6 B7 B8 B9 B10
全サンプル 子どもなし 全サンプル 子どもなし 全サンプル 子どもなし 全サンプル 子どもなし 全サンプル 子どもなし
限界効果 限界効果 限界効果 限界効果 限界効果 限界効果 限界効果 限界効果 限界効果 限界効果
不妊治療 0.0169** 0.0104 0.0167** 0.0102 0.0312*** 0.0342*** 0.0257*** 0.0213** 0.0364*** 0.0348***
(0.00751) (0.0111) (0.00751) (0.0111) (0.00858) (0.0125) (0.00777) (0.0105) (0.00821) (0.0113)
不妊治療✕就業ダミー 0.00646 0.0241*                
(0.00920) (0.0135)                
就業ダミー -0.00932*** -0.0310***                
(0.00126) (0.00354)                
不妊治療✕正規雇用ダミー     0.00867 0.0351**     -0.000661 0.0160    
    (0.0104) (0.0149)     (0.0104) (0.0139)    
不妊治療✕非正規雇用ダミー     0.00455 0.0109            
    (0.0110) (0.0161)            
就業形態(ref.=無業)                    
 正規雇用ダミー     -0.0112*** -0.0378***     -0.00186 -0.0118***    
    (0.00157) (0.00413)     (0.00163) (0.00399)    
 非正規雇用ダミー     -0.00807*** -0.0242***            
    (0.00140) (0.00408)            
不妊治療✕週労働時間                    
 不妊治療✕週0時間         -0.0138 -0.0237        
        (0.0113) (0.0167)        
 不妊治療✕週35~40時間         -0.0209 -0.00985     -0.0250* -0.0171
        (0.0134) (0.0191)     (0.0129) (0.0175)
 不妊治療✕週41~50時間          -0.0145 -0.00710     -0.0183 -0.0113
        (0.0141) (0.0196)     (0.0133) (0.0175)
 不妊治療✕週51時間以上          0.0169 0.0485*     0.00796 0.0334
        (0.0200) (0.0276)     (0.0193) (0.0251)
労働時間(ref.=週35時間未満(短時間) )                    
 週0時間         0.0107*** 0.0252***        
        (0.00149) (0.00456)        
 週35~40時間(標準)          -0.000519 -0.0154***     0.00129 -0.0127***
        (0.00176) (0.00507)     (0.00180) (0.00480)
 週41~50時間(やや長め)          0.00397* -0.00309     0.00610*** -0.00205
        (0.00213) (0.00541)     (0.00216) (0.00507)
 週51時間以上(長時間)         0.0199*** 0.00313     0.0212*** 0.00370
        (0.00361) (0.00826)     (0.00357) (0.00762)
子どもありダミー YES   YES   YES   YES   YES  
職業ダミー             YES YES YES YES
企業規模ダミー             YES YES YES YES
サンプルサイズ 138,428 23,465 138,428 23,465 138,428 23,465 83,232 16,192 83,232 16,192

出所:厚生労働省「国民生活基礎調査」(2010~2022年、大規模調査年)より筆者推計。

注:1)対象は年齢25~44歳の有配偶女性に限定。2)すべての推計には、夫経済力ありダミー、年齢階級ダミー、学歴ダミー、親同居ダミー、持ち家ダミー、大都市圏ダミーおよび年次ダミーを含む。3)括弧内はロバスト標準誤差。4)*、**、***は、それぞれ10%、5%、1%水準で有意。

政策的インプリケーション

不妊治療と仕事の両立に伴う心理的負担は、「標準的労働時間帯(週35~40時間)における日常的仕事ストレスの増幅」と「週51時間以上の長時間労働による重度の心理的苦痛の上昇」という、性質の異なる2つのリスクから構成される。したがって、長時間労働の是正を重要な柱としつつ、時間単位休暇、柔軟な始業・終業、フレックスタイム制の普及等により、フルタイム就業者の時間調整の可能性を高めることが重要である。加えて、治療対応に伴う一時的な時間調整が不利な評価につながらないよう、労働時間に依存しない処遇・評価の運用・制度整備を進めることが望ましい。

政策への貢献

全国調査データに基づき、不妊治療と就業の両立がメンタルヘルスに与える影響を、雇用形態・労働時間の観点から可視化した点に意義がある。とくに、標準的労働時間帯では日常的ストレスが高まりやすい一方で、重度の心理的苦痛は長時間労働と結びつきやすいという結果は、勤務制度・評価運用・労働時間是正を組み合わせた支援設計の必要性を示唆する。

本文

研究の区分

プロジェクト研究「労働市場とセーフティネットに関する研究」
サブテーマ「格差・ウェルビーイング・セーフティネット・労働環境に関する研究」

研究期間

令和7年度

執筆担当者

萩原 里紗
明海大学准教授
何 芳
労働政策研究・研修機構 副主任研究員

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