ディスカッションペーパー25-04
有配偶女性の就業と家計間の所得格差
―「国民生活基礎調査」を用いた考察―
概要
研究の目的
「男女雇用機会均等法」が1986年に施行されて以来、日本における女性の社会進出は加速している。これまで、日本では、「夫は外、妻は家庭」といった性別役割分業の慣行が根強く、夫の所得と妻の労働供給との間には負の相関関係が存在する、いわゆる「ダグラス=有澤の法則」が確認されている。「ダグラス=有澤の法則」によれば、夫が低所得の場合、妻の就業率が高いため、有配偶女性の就業は家計を補填する役割を果たし、家計間の所得格差の縮小に貢献すると考えられる。しかし近年では、夫婦ともに高学歴・高所得で、夫が高所得であっても妻が労働市場においてキャリアの発展を求める世帯が目立つようになっている。その結果、夫の所得と妻の労働供給との負の相関関係は弱まり、夫婦単位で見た場合の所得格差が拡大した可能性があると考えられる。
本稿は、日本における夫婦の稼得能力の組み合わせや、夫の所得水準と妻の有業率・所得割合の関係性の時系列的な変化の特徴を把握しつつ、有配偶女性の就業や所得が家計間の所得格差の変動にどのような影響を与えているのかを明らかにすることを目的とする。
研究の方法
本稿では、「国民生活基礎調査」(1986年~2022年)の個票データを用いて、有配偶女性の就業が家計間の所得格差に与える影響を分析する。具体的には、学歴や所得に基づく同類婚の傾向変化、夫の所得水準と妻の有業率・所得割合との関係性における時系列的な変化を確認した上で、夫の所得と夫婦所得のジニ係数、p90/p10、所得分位といった統計指標を用いて、妻の所得が家計間の所得格差に対して拡大または縮小の効果を持つかどうかを考察する。
主な事実発見
本稿の分析結果は以下の通りである。
- 学歴・所得のいずれの指標においても、パワーカップル(高学歴・高所得の夫婦)の増加とウィークカップル(低学歴・低所得の夫婦)の減少が確認された。特に、低所得男性および低学歴の男女を中心に晩婚化・未婚化が進行しており、ウィークカップルの減少割合がパワーカップルの増加割合を大きく上回っている。
- 夫の所得水準にかかわらず、妻の有業率は上昇している。夫が低所得である場合、妻の有業率は引き続き高いが、夫が高所得である場合においても、妻の有業率の上昇幅が大きく、夫の所得水準と妻の就業との間に見られていた負の相関関係が弱まりつつある。また、夫の所得の高低を問わず、妻の所得が夫婦所得に占める割合も上昇しているが、特に夫が低所得の世帯ではその割合が高く、上昇幅も大きい。これは、夫が低所得である家計において、妻の所得が家計全体に与える影響が相対的に大きいことを示している。さらに、夫が高所得で妻の年齢が39歳以下の世帯では、妻の所得割合の上昇幅が特に大きく、妻の所得が家計に与える影響力が強まっていることが示唆される。
- 夫年齢25~59歳の夫婦に着目し、夫婦所得のジニ係数と夫の所得のジニ係数を比較することで、妻の所得が家計間の所得格差に与える影響を考察した結果、夫就業形態計および夫一般常雇者世帯のいずれにおいても、夫婦所得のジニ係数は夫の所得のジニ係数よりも小さく、妻の就業が家計間の所得格差の縮小に寄与していることが確認された(図表1)。また、夫就業形態計の方が、夫婦所得と夫の所得とのジニ係数の差が大きく、妻の所得の寄与度が相対的に高いことが示唆される。
さらに、夫の年齢階級別に見ると、夫一般常雇者の場合、夫年齢30代の1991年~2006年、夫年齢40代の1994年~1997年においては、妻の所得を含めた夫婦所得のジニ係数が夫の所得のジニ係数を上回っており、これらの期間には妻の所得が家計間の所得格差の拡大に寄与していたことが示される。しかし、夫年齢30代では2009年以降、40代では2000年以降になると、夫婦所得のジニ係数は夫の所得のジニ係数を下回るようになり、妻の所得が格差縮小の方向に作用していることが確認された。
図表1 所得主体別ジニ係数の変化(夫の年齢25~59歳)
注:1)夫の所得と妻の所得の両方が把握できる夫婦のサンプルに基づき推計。2)「就業形態計」には、自営業主、家族従事者、役員、一般常雇者、1年未満の契約の雇用者、家庭内職者、その他、および無業者が含まれる。
- p90/p10で見た高所得層と低所得層の相対的な所得差に着目し、妻の所得が与える影響を考察した結果、25~59歳全体、および40代・50代の年齢グループにおいては、夫の所得に比べ、夫婦所得に基づくp90/p10の値が小さく、妻の就業によりp90の高所得とp10の低所得の差が縮小し、所得格差の縮小に寄与していることが確認された。さらに、夫の年齢階級別に見ると、妻の就業による所得格差の縮小効果は、夫の年齢が高いほど顕著であることが示された(図表2)。
- 夫の所得および夫婦所得に基づいて作成した所得分位の違いを確認することで、妻の所得が家計の経済状況に与える影響を考察した結果、妻が就業している世帯では、夫の所得に基づく所得分位と比較して、夫婦所得に基づく所得分位がより高い世帯の割合が多く、妻の就業によって家計の経済状況が改善していることが示唆された。
図表2 p90/p10に基づく所得格差の動向
注:夫の年齢を用いている。
政策的インプリケーション
本稿の分析から、有配偶女性に対する就業支援は、単なる労働力確保策にとどまらず、所得格差の是正策としても重要な意義を持つことが示唆される。
政策への貢献
日本の格差問題の関連政策を検討する際の基礎資料を提供する。
本文
研究の区分
プロジェクト研究「労働市場とセーフティネットに関する研究」
サブテーマ「格差・ウェルビーイング・セーフティネット・労働環境に関する研究」
研究期間
令和6年度
執筆担当者
- 何 芳
- 労働政策研究・研修機構 副主任研究員