フランスの上級国家公務員の働き方

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シリーズ第4弾は、フランス在住の当機構海外情報協力員である鈴木宏昌氏に執筆をお願いした。
本稿は、フランスの国家公務員の幹部職員に関する資料や研究および公務員省担当者へのインタビューに基づきとりまとめられたもので、上級公務員の身分と採用、賃金と労働条件を概観し、公務員の働き方について日仏の比較分析をしている。なお、本稿はフランスの国家公務員の働き方に対する政府の公式見解や公務員全体の働き方を網羅したものではないことにご留意頂きたい。

(掲載日:2022年8月23日)

わが国では、将来の行政の中心を担うべき国家公務員の幹部候補、いわゆる公務員のキャリア組の中に、何年か役所で働いた後、その長時間の労働実態や自由度の少ない仕事という厳しい現実の前に、モチベーションを失い、退職する人が増えていると言われる。将来の行政の中心となる人が役所を去ることは、その個人にとっても国にとっても大きな損失であることは間違いない。日本の役所、とくに霞が関の長時間労働の文化は昔から存在していたが、古い世代では、職業経験の一部として受け入れられたものが、現在の若い世代の人生観や労働観との乖離が大きくなり、結局、退職に追い込まれるのだろう。とは言え、長時間労働の問題は単に労働時間を制限することで解決できる問題ではなく、仕事量と公務員の比率、集団的な仕事のやり方、ジェネラリスト養成を基本とする公務員の人事管理など多角な側面とかかわるので、慎重に若い世代の要望を取り入れながら、これまでの慣行と仕事の効率化とのバランスをとるという難しい改革になる。その議論の一石として、この稿では、フランスの上級国家公務員の働き方を紹介してみたい。

ところで、フランスは、日本と異なり、世界でも有数の公務員大国である。経済・教育・社会・医療・福祉などフランス人の生活の多くのサービスを公務員が担当している。そのため、公務員は560万人を数え、被雇用者の少なくとも5人に1人は公務員となっている。フランスの公務員には、国家公務員、地方公務員、病院・医療関係者と大別されるが、国家公務員のみでも約250万人なので日本の国家公務員(59万人、2021年)とは比較できない。同様に、フランスの上級国家公務員を単純に日本のキャリア組と比較することも難しい。そもそも、フランスの公務員には、日本における国家公務員総合職のような一律的な国家試験はなく、各省庁や機関が教育レベルごとに選考を行っている。中には、土木技官職や国務院判事のように18、19世紀から存在し、採用時から上級の専門職・管理職の地位を与えられるものもある。また、高級官僚を意味する「hauts fonctionnaires」 あるいは「haute fonction publique」は一般的によく使われる表現だが、厳密な概念ではない。人事院に当たる公務員省によれば、フランスの高級官僚と目されるのは、管理職以上のポストに就いているものを指し、一般公務員と区別するという。そのため、日本のような将来の幹部候補という概念はないと言える。

このような管理職以上の上級公務員の働き方は一般の公務員とはかなり異なる。一般公務員には、週35時間の労働時間があり、特別の場合を除けば、残業や自宅で週末に働くことはないが、管理職や専門職の場合、ほとんどが週単位の時間管理から離れ、「forfait-jours」(「年間労働日数制」あるいは「裁量労働制」)(注1)と呼ばれる年間労働日で年間労働時間を調整する。そのため、労働日には、多くの管理職・専門職は朝から夕方遅くまで働くことが多い。その代わり、1日当たりの長時間労働の代償として、代替休日が一般職員より長く付与される。とは言え、部署により労働時間や働き方が大きく異なることは言うまでもない。例えば、内務官僚の出世コースである県知事および副県知事は県民の安全を守る責任があるので、惨事があれば昼夜働く必要がある。また、大臣官房のスタッフのように、46時中大臣などからメールが届く仕事もある、さらに、上級公務員の働き方を考える上で注意すべきことは、フランスの上級公務員の約3人に1人は女性という事実である。それらの女性の多くが家庭を持ち、子育ても行っている。女性がキャリアのために家庭を持つことを断念する時代は過去のものになっている。どうして、忙しい管理職・専門職とプライベートの時間を両立させているのだろうか?

ところで、フランスの公務員に関する文献は膨大にあるが、その大部分は、一般公務員の労働条件を扱った資料・研究で、幹部職員の労働条件や働き方に絞った資料や研究は限られている。ここでは、私がネットで調べてみた資料や公務員省の担当者とのインタビューを土台にフランスの上級公務員の働き方を描いてみたい。

この小論の構成は、まず、フランスの公務員全体の規模や特徴を眺める(1)。次に、公務員法に基づく公務員の身分と賃金や労働条件みる(2)。その後、上級幹部公務員の働き方を垣間見る(3)、結びの代わりとして、最後に日仏の簡単な比較(4)を試みてみたい。

1 フランスの公務部門の規模と特徴

フランスの公務部門は、日本やアングロ・サクソンの国と異なり、司法や警察といった国の統治機能以外に、雇用、教育・医療、社会福祉、地方行政など、生活に必要な多くの業務やサービスを担当している。これらの業務の一部は民間企業にも開放されているが、主要な部分は国や地方自治体の管轄となる。例えば、教育分野では、私立の中学や高校も存在しているが、圧倒的多数は国・公立校となる。このように毎日の生活に必要なサービスの多くを公務部門が担当しているので、国の経済全体でも、公務部門の割合が非常に高い。OECDの2020年の統計で、GDPに占める公共支出の割合をみると、フランスは61%を上回り、先進国でトップの水準にある(日本は47%、ドイツ51%)。さらに、租税負担と社会保障費の合計である国民負担率で見ても、フランスの67%はもっとも高く、高福祉・高負担国として知られるスウェ-デン(56%)を上回っている(データブック国際労働比較2022年(PDF:1.4MB))。したがって、雇用面でもフランス経済に占める公務部門は大きい:国家公務員、地方公務員、病院・医療関係の公務員総数は560万人で、被雇用者の5人に1人は公務員ということになる。当然ながら、この公務員の数字の中には、EDF(電力)やSNCF(鉄道)、エールフランス、郵便グループ(La Poste)といった国が最大の株主である公共事業体の雇用は入らない。このような公共企業を含めると、フランスの全雇用の4人に1人は公務員または国の管轄のセクターで働いていることになる。なお、フランスにおける総雇用に対する公務員の比率は、日本やアングロ・サクソン系の国と比べれば非常に高いが、EU諸国の中では多少高めぐらいで、北欧諸国などはフランスを上回っている。

フランスの公務員は、性格が異なる3つの部門に分けられる:1)国家公務員(250万人)、2)地方公務員(194万人)、3)病院など医療関係(118万人) (注2)。このうち、国家公務員の数が際立って大きいのは小学校から大学までの教職員の大多数は教育省所属の国家公務員の地位を持っていることからくる(2020年の教職員の総数は約117万人で、そのうち14万人が私立校の教員)。地方公務員は、地域・県・市町村などが雇う職員が主で、都市の整備、ごみ処理、小・中・高校などの設備など生活に密着した問題を担当している。病院・医療関係では、フランスにも、私立の医師・看護師や病院もあるが、大きな病院はすべて公立病院となっている。老人ホームなども同様で、公立の施設が多い。

以上が現在の公務部門の状況だが、決して昔から公務員の比重が大きかった訳ではない。ある研究者によれば、公務員総数は1914年にはわずかに被雇用者の3.8%でしかなく、警察、司法、税務、外交といった国の安全に関する業務が中心だったという(注3)。その後、とくに第2次大戦後、教育、医療、社会保障などの分野で国の役割が増え、次第に公務員数が増加した。1975年には雇用全体に占める公務員数は13.5%に上昇した。その後、1981年以降革新と保守が交互に政権を担当するが、一般的に革新政権の時に公務員数が伸び、保守政権の下でも緩やかな雇用上昇がみられた(唯一公務員数が減ったのはサルコジー政権下の2008-2011年のみ)(注4)。公務員数は1980年の400万人から2015年には545万人となった。しかし、雇用の伸びの比率は各公務部門のセクターでかなり異なっていた。国家公務員は1980年から2011年にかけてわずかに7%の増加にとどまるが、地方公務員は76%、病院・医療関係は66%という大きな増加を記録した。このうち、病院・医療関係は需要の増加の結果だが、国家公務員数の停滞と地方公務員の急速な伸びは、そのかなりの部分が地方分権化のためと考えられる。地方分権化は1980年代から本格化し、とくに2000年代初めに国から地方自治体へと大規模な権限と予算の移行が行われた。住宅政策、教育、社会福祉などの分野で、権限が県や市町村へ移され、その影響で、国家公務員の一部は地方公務員となった。

各省庁や地方自治体が直接雇う公務員以外に、直属の外郭団体も多く存在しているが、それらの職員はほとんどが公務員の地位を持っている。例えば、社会保障機関中央機構(Agence Centrale des Organisations de Sécurité Sociale : ACOSS)(雇用者数15万人)、雇用センター(Pôle emploi=公共職業安定機関、5.4万人)、国立科学研究センタ-(CNRS、3万人)などの巨大な組織があり、その大部分が国家公務員となる。

なお、公務部門の約2割の雇用は、公務員の身分を持たない契約労働者で、労働法の適用を受けている。その4割は無期雇用で6割は有期雇用となっている。もっとも無期雇用と言っても、正式の公務員のような雇用保障はない。公務部門における契約労働者は2009年の14.7%から2019年の18.8%と次第に増えている。その原因は、雇用政策の一環として助成された雇用で短期的に採用された者がそのまま有期雇用になったり、予算の都合などで短期的な契約となる場合などいろいろな理由が絡んでいる。

パートタイム労働者は公務員の約2割を占めている。公務員の地位を持つ人は、育児や健康上の正当な理由があれば、権利として短時間労働を選択することができる。短時間勤務の国家公務員の労働時間をみると、正規の労働時間の80%を選択するものが多く、その後50%などとなっている。

2.公務員の身分、賃金、労働条件

①国家公務員の身分と採用

一般的に公務員と民間の労働者を分ける象徴として、公務員という身分(statut)がある。第二次世界大戦後の1946年の公務員法で明記されたもので、公務員の権利と義務を規定し、公務員には絶対的な雇用保障を与えた。公務員は19世紀から存在していたが、その地位をめぐっては絶えず政治家集団と専門的な公務員が対立していたという(注5)。政治家は、民主主義の原則から、公務員は時の政府に従うべきと主張したのに対し、公務は継続性を持つべしとする専門的公務員が対立していた。第二次大戦後、レジスタン運動の中心であったCGTや共産党の影響が強い中で、この公務員という不可侵の身分が認められた。ただし、1946年当時、公務員には専門職の集団を意味し、事務などの一般労働者とは区別されていた。しかし、その後は労働運動の影響もあり、公務員という身分は公務部門で働く一般労働者にも拡大された(除く契約労働者)。なお、当時から、国家公務員には団体交渉権は認められず、賃金や労働条件の決定は国が一律的に行っていて、その点、民間企業との違いがはっきりしている。ただし、公務部門にも団結権は認められていて、管理職・専門職の組合があり、実質的な協議は活発に行われているという。

公務員採用の原則は開かれた選抜試験(concours)で、学歴レベルに応じて、A、B、Cと分けられ、その後、各省や帰属集団が、書類審査、筆記試験、面接で選考する(注6)。すべての国民(現在ではEU市民)に開かれた選考が原則なので、試験なしの採用はCカテゴリー以外ではできない。国家公務員全体の採用実績は2019年に4万人程度だが、その7割は教員で、一般的な公務員では経済省が多く(2500人)、労働省や連帯・保健省は合わせても400人程度の採用でしかない。

ところで、フランスの公務員の人事で際立った特徴は、Corps(帰属集団)という概念である。専門的な公務員は、伝統的に帰属集団ごとに採用、待遇、キャリアを定めてきた。近年、公務員省などが音頭を取り、この帰属集団以外に、雇用(ポスト)を導入し、各省庁間に横断的な人事を取り入れようとしているが、今のところ帰属集団の牙城は揺るがない。代表的な帰属集団はとしては、各省のadministrateurs(上級行政官)、inspecteurs des finances(財政査察官)、conseillers du Conseil d’Etat(国務院判事)、 ingénieurs des Ponts et Chaussées(土木技術エンジニア),  magistrats de la Cour des comptes(会計検査院判事)、 magistrats(裁判官および検察)などが権威のある帰属集団である。このような集団に入るルートは、一定の専門大学院(ENA(国立行政学院、École nationale d'administration), Paris-tech, Ecole de magistrature)を経て後、選考試験で採用される。当然、猛烈な競争に勝ったエリートのみがそれらの地位を獲得する。採用後は、それぞれの帰属集団の慣行で配属やキャリアが定まる。なお、1年前にENAの廃止が決まり、上級公務員の養成は共通の上級公務員訓練コースINSP(国立公務学院、Institut National du Service Public)(注7)となった。これは、一握りの秀才が20代で上記の権威ある集団に帰属した場合、職場経験なしに幹部管理職と同等の地位と身分を獲得する慣行を改めようとする政治的意図で行われたが、まだまだその帰趨は分からない(注8)

②国家公務員の賃金と労働条件

公務員の賃金・労働条件は公務員規則で原則的に一元的に定められている、基礎給与は賃金階層(1から11まで)とそれに応じる賃金指数(indice)で自動的に定められる仕組みである。ところが、政治状況に従い、この賃金指数は何年も改正されないことが多く、実際には、様々な形の付加給付(全体で給与の約3割)と勤続による自動昇進を考慮する必要がある。大体、賃金職階は最初の頃は2、3年ごとに、その後はより長い勤続期間で自動的に昇進する。INSEE(国立統計経済研究所)の研究では、公務員の平均給与は2018年から2019年にかけて物価を考慮すると全く停滞していたが、同じ省庁同じ部門で2年継続した公務員のみをとると、1.5%ほど実質所得は上昇した(注9)。賃金指数の上昇は国家財政への影響が大きいので、ここ10年ほとんどの賃金指数は凍結されていたが、自動昇進のメカニズムで、公務員の賃金はある程度増加したと言える。

国家公務員の賃金格差は比較的小さい。これまで歴代の政権が低所得層の賃金引上げを意識的に行ってきた。例えば、過去にあったDカテゴリーはCカテゴリーに吸収され、消滅した。国家公務員の2016年にもっとも高い賃金の1%は中位賃金の4倍であった(注10)。民間の1%の月収(ネット、2017年)が中位賃金の4.5倍だったので、国家公務員の賃金格差は低く抑えられている。

所定労働時間に関しては、一般的な労働形態については、2005年以降、週35時間あるいは年間1607時間に定められている。しかし、専門職や管理職など仕事の上で裁量幅の大きく、時間管理の難しい職種に関しては、日数計算による労働時間制が適用され、年間208日がノルマとなる。1日あたりの労働時間が長い代償として、20日ほどの代替休日が与えられる。これは、年次有給休暇に加味されるので、自然に、上級公務員の広い意味での休暇日数は、一般職員より多くなる。

さて、実労働時間を、新型コロナによるロックダウン期間の影響が大きい2020年を避けて2019年の実績で見ると、国家公務員の労働時間(教員を除く)は1737時間(週当たり41.3時間)で所定老時間を130時間ほど上回っていた。これは民間企業の平均1711時間を少しだけ上回る。その代り、有給休暇日数は37日で、民間の平均28日より長い。なお、公務員の中で労働時間が一番短いのは地方公務員で、実労働時間1587時間で所定労働時間を下回っている。これに対し、最近、政府は地方自治体(パリ市など)に法で規定された所定労働時間を守るよう通達を何回も出している。

テレワークは、新型コロナ禍の前には、ほんのわずかな公務員のみが行っていたが、ここ3年の間にテレワークは大きく普及した。2020年のロックダウンの際にはテレワークが原則となり、その後もテレワークが可能な部署ではテレワークが労働者の権利になっていることから、国家公務員でもテレワークは普及していると思われる。公務員省の人の話では、各省の調整会議などは現在ほとんどオンラインで行われているという。ただ、残念ながら公務員全体のテレワーク実施状況の調査はまだ行われていない模様である。

3.上級公務員の働き方

フランスには統一的な公務員試験制度はなく、むしろ職業別に選考がなされているので、上級公務員という定義はない。フランスの公務部門で幹部職員と目されるのは、管理職以上のポストを占めている者を指す(注11)。一般的に、各省や機関のトップの人事は政府指名で、特別条例で任命される。このほか、各省の局長や部長、機関の局長レベルは幹部管理職となる。それに課長や課長補佐が管理職とされ、これらのポストは各省レベルで選考委員会の意見をもとに任命される。政府指名の各省や機関のトップクラスが約400人、幹部管理職層が1500人、管理職が5500人とのことである。これらの管理職はそれぞれの帰属集団の所属となり、賃金やキャリアも各集団の伝統にしたがって展開する。なお、幹部管理職や機関の長は一般の賃金表から外れ、個別に賃金や付加給付が定まる。

なお、公務員省がエリート校ENA出身者で公務員の専門職、幹部職員を調べ上げた資料によると、全体の総数が2600人、そのうち女性は3人に1人、平均年齢49歳、一番多いのは本省の部長あるいは局長補佐(chef de service, sous-directeur)だった(注12)

さて、このような上級国家公務員はどんな働き方をしているのだろうか?残念ながら、管理職や幹部管理職に関するアンケート類は目にすることができなかった。また、多様で大きな集団なので、個人的にインタビューすることも不可能に近い。そこで、私の過去に行った民間企業の管理職とのヒヤリングを下に、管理職や専門職の仕事のやり方などを類推してみよう。一般的に、フランス社会の雇用は個人の専門資格をベースとしている。現場の労働者の場合には、手に持つmétier(職業)が求められる。大工、庭師、事務職などとなる。オフィスで働く職業の場合は、教育レベルとその専門、それに職業経験をメチエの代理指標とする。日本企業の得意なジェネラリスト的な養成は滅多になく、あくまで専門志向となる。言い換えれば、人事部主導で、定期的な配置転換は行われず、多くの人はその専門あるいは職種で勤続による昇進を行うのが一般的なキャリアとなる。そこから抜け出すためには、ほかのより高いレベルの職業訓練を受ける必要がある。

上級管理職の場合、教育レベルは大学・大学院卒でそれぞれの専門ごとに採用される。採用後は、専門の経験を積みながら、自分のすぐ上のランクで空いたポスト(省庁内部のみに開かれたポストの募集と外部にも開かれた募集がある)に応募し、転職や昇格を狙う。管理職についたものは、さらに上のポストを目指すので、部下の管理能力や専門家としての能力を磨き、上司や同僚の評価を高めることが重要となる。

仕事のやり方の基本は各人の責任範囲をきっちり定めることから始まる。個人のプロジェクトはその推移を上司にレポートする必要がある。それに対し、管理職の立場にある人は、適宜仕事の進捗状況をチェックすることになる。自分の責任のプロジェクトなどが忙しいときには当然長時間労働となる。日本と違うところは、代替休日や有給休暇はきっちりとることにある。また、フランスの管理職や幹部職員にも、週48時間という労働時間の上限と最低35時間の週休は課せられる。したがって、猛烈に忙しい部署の幹部公務員は、手の休まるときに代替休日をとっていると思われる。なお、国家公務員には女性の比率が高いこともあり、プライベートな時間と仕事とは区別することが可能である。個人の責任範囲が明確であることは便利な点と不便な点がある。責任者が休暇である間はその業務は動かない(注13)。もちろん、重要な問題の時には代理が立てられ、業務の継続は図られる。

最後に、フランス独特の大臣官房で働く人達を紹介しよう。フランスは官房政治の国として知られている。大臣官房は、アメリカのスポイルズ・システム(注14)に似て、大臣の活動を支えるチームなので、大臣が直接人選を行う。そのため、政治信条を共有する活動家や様々な専門性を有する人を一本釣りで、大臣官房の補佐官とする。もちろん、中には、各省の専門家が出向の形で入ることも多いが、官房に努める期間のポストは、公務員の一般的な賃金表から外れ、個別交渉で賃金が決まり、雇用保障は全くない。官房のスタッフである間は、1日15時間は官房で働くのが通常と言われ、大臣や首相府からいつ電話が入るかわからないので、プライベートな時間はほとんどないと言われる(注15)

大統領府や首相府などは、50人以上の顧問やアドバイザーを抱えている。その頂点に立つのが官房長と副官房長となる。現マクロン大統領には、コーラー官房長がずっとそのポストにあり、大統領意図に沿って、閣僚や各省間の調整を行っている。実質的に政権の影のブレインと言われる。一般の大臣の場合も同様で、大臣官房がその省の行政とは独立して存在し、その中心となるのが官房長、副官房長となる(注16)

2012年から2014年にかけてエロー内閣とヴァルス内閣のすべての官房スタッフを分析した研究では、この2年間に大統領府およびすべての閣僚の官房スタッフの累計は927人に及ぶ(注17)。ただし、この間に大きな内閣改造があったので、1時点ではその約半数のスタッフとなる。もっとも、内閣により官房人事の人数には大きな変動があり、621人のスタッフであったエロー内閣と少数に絞る400人強だったヴァルス内閣とが対比される。二つの内閣とも、首相府の官房が最大に人数を持ち、エロー首相の時は62人で、ヴァルス首相は46人のスタッフだった。これに対し、大統領府は40人程度で、意外と精鋭主義である。閣僚の中では、やはり経済省が最大の20人強で、労働省もエロー内閣の19人とヴァルス内閣の15人とかなりのスタッフを持っていた。同じ研究によると、官房スタッフの経歴は多様で、政治活動家のタイプから専門家のタイプまで大きく分かれていた(注18)。有名なENA出身者は意外と数の上で少ないが、キーポストである官房長や副官房長にはENA出身者が多かった。各省間の利害の調整やバックの各省の行政との調整能力が問われるポストなので、ENA出身者が評価されるものと思われる。

日本にないフランスの大臣官房の役割を紹介したので、ここで少しフランスの上級国家公務員のまとめをしておきたい。フランスの行政組織は、恒常的な機関と政策担当の大臣官房からなっている。恒常的な組織は、日本と同様で、様々な局を持つ省とそれに付随する機関からなる。日本との大きな違いは、外郭の機関で働く人の大多数がフランスでは国家公務員であることにある。もう一つの違いは、大臣官房の役割となる。日本では大臣官房も各省の人事の一環なので、霞が関の省庁の上に大臣が座る形をとっている。これに対し、フランスの大臣官房は政治主導で、大臣の意図でスタッフが配置される。国会対策や政策案の吟味を行うのは官房スタッフとなる。もちろん、具体的なデータを持つのが各省庁なので、その代表は、官房のスタッフと協議を重ねることになる。霞が関で働く人の長時間労働の一つの原因である国会答弁の準備はフランスにはない。国会では大臣が官房のノートをもとに答弁するのが慣行なので、大方の作業は官房レベルで処理される。

4.上級公務員の働き方の日仏比較

以上みてきたように、フランスの上級国家公務員は、その組織や伝統が日本と大きく異なっているので、単純に比較するのは難しい。そこで、全体像を理解する意味で、上級国家公務員の働き方を簡単に日仏比較してみよう。

まず類似点から見てみる。どちらの官僚組織も国の様々な活動を担っているので、多くの仕事は恒常的である。税の徴収、治安の維持、雇用や医療関係の政策などを専門化した行政組織が担当する。そのため、日本でもフランスでも、名称の違いはあるが同様な省庁や外郭機関が存在する。大きな違いは、日本が外郭組織を独立法人化させたり、民間に任せたりしているのに比し、フランスはそのほとんどが国の直轄であり、そこで働く者は大多数公務員となる。また、上級国家公務員の働き方に関しては、長時間労働の傾向があるのも共通している。毎年の予算編成の際に、日本の財務省もフランスの経済相も仕事に忙殺され、朝から晩までの長時間労働になる。同様に災害対策を担当する任務(フランスでは内務省直轄の県知事および副知事)では、必要な場合には、昼夜働かねばならない。違いとしては、フランスでは残業などの代償として、代替休日が確保されていることだろう。

これに対し、日仏で大きく異なる点も多い。まず、国家公務員の数の違いがある。フランスの国家公務員は約250万人におよび、その中の大集団である教員を除いても、150万人近くを数える。人口が半分のフランスが日本の倍近くの国家公務員を抱えていることは、いかにフランスでは、国の役割が広く、大きいことを示している。

管理職や専門職の働き方で日本と違うところは、各人の責任範囲が明確で、チームで働くことは少ないことがあげられる。日本の役所では、経験の浅い職員に資料収集や会議の裏方をまかせることがあるが、フランスでは資料収集や会議の準備などは、原則、一般職員(秘書)が担当する。日本のような課全体をチームとすることはほとんどない。

最後に、日仏での大きな違いは女性の活躍の度合いだろう。近年、フランスでは、男女の平等は国策となり、管理職や機関のトップに女性を任命が多くなっている。国家公務員の上級管理職および幹部管理職層の35%は女性である(2019年)。この中には、子育て中の女性もいるだろう。育児に伴う短時間労働や手厚い育児休業制度もあるが、何よりも同僚や上司、配偶者など女性の活躍に対する社会の理解度が高いことを表している。

歴史や慣習の違いから、簡単に日仏比較の教訓を得ることは控えなければならないが、多くの女性が管理職、幹部管理職として活躍している例に見るように、フランスの上級公務員は仕事とプライベート生活を両立させている。個人の責任範囲を明確化し、より効率的な働き方で、仕事と家庭を両立させることが日本の公務員にも求められているように思われる。

プロフィール

写真:鈴木宏昌氏

鈴木 宏昌(すずき ひろまさ)

1964年早稲田大学政治経済学部卒業、69年ルーアン大学(フランス)博士課程修了、70年から86年までILO本部(ジュネーブ)勤務、86年から早稲田大学商学部助教授、91年同教授(2010年まで)、現在、早稲田大学名誉教授、IDHE-ENS-Paris-Saclay客員研究員。専門分野は、労働経済。特に雇用、労働時間、労使関係の国際比較。

特集:諸外国の国家公務員の働き方

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