韓国の国家公務員の働き方

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シリーズ第2弾は、韓国企画財政部 経済構造改革局 福祉経済課 課長補佐のイー・サンヨン(Sangyong Lee)氏に、「韓国の公務員の働き方」に関する情報をご提供頂いた。
内容は、イー氏が、各種の統計等をもとに、個人の業務経験について、自由にその印象や感想を述べたものであり、韓国の国家公務員に関する政府の公式見解や公務員の働き方の全てを網羅したものではないことにご留意頂きたい。

(掲載日:2022年4月20日)

労働時間の概要

大韓民国(韓国)は、OECD加盟国の中で、労働時間が2番目に長い国であり(図1)、時間当たりの生産性が最も低い国の1つ(図2)であり、長時間働く者が有能な人材として認められる「長時間労働の文化」が社会に深く根付いている。

しかし、21世紀に入り、このような長時間労働に対する副作用(問題点)が指摘されるようになり、日本で働き方改革関連法案が成立した2018年に、韓国でも週最長労働時間の短縮(週最長68時間→52時間)などの大幅な勤労基準法(日本の労働基準法)の改正が行われた。

このような政策の取り組みによって、一人当たりの年平均労働時間が1,900時間台に減少するなど、徐々に成果を上げ始めている(図3)。

図1:諸外国の年間労働時間(2020) (単位:時間)
画像:図1

  • 出所:OECD(2021)
  • 注:図の右からメキシコ、コロンビア、コスタリカ、韓国の順。OECD加盟国としては、メキシコに次いで韓国が2番目に長時間労働となっている。

図2:時間当たりGDP(国内総生産)(2020)-2015年の購買力平価を米ドル換算したもの
画像:図2

  • 出所:OECD(2022)

図3:韓国の一人当たり年平均労働時間の推移(2011年~2020年) (単位:時間)
画像:図3

  • 出所:OECD(2021)

しかし日本と同様に、韓国の公務員は、勤労基準法の適用対象外となっており、このような働き方改革の直接的な効果を得ることはできなかった。

もちろん、別途、公務員の働き方を改善するための様々な取り組みが継続的に行われたが、民間部門の方が相対的に早いペースで改善したため、公共と民間の労働環境格差は逆に広がった。

このような官民の環境格差の広がりにより、韓国の5級公開採用試験(日本の国家公務員Ⅰ種試験)などの競争率は低下傾向にある(図4)。また、学生が将来希望する職業で、公務員の順位が急落するなど、公務員に対する選好度も下降している(注1)

図4:公務員試験の競争倍率の推移 (5級・9級)
画像:図4

  • 出所:2021小·中等進路教育の現況調査。
  • 注:5級は日本の国家Ⅰ種、9級は国家Ⅲ種相当。 合格倍率60とは、60人に1人が合格する率。

以上の状況により、公務員の組織風土改革は、日本のみならず韓国においても重要な政策課題として取り上げられるようになった。

政府組織の働き方全般を担う行政安全部(日本の総務省)を中心に、公務員の組織風土や働き方を改善するため、2020年には政府革新タスクフォース(TF)が発足し、2021年には「組織風土改善のための核心実践方法10選」を発表するなど、継続的な取り組みが続けられている。

本稿では、中央省庁の公務員を中心に、働き方改革のために韓国政府がこれまでどのような取り組みをしてきたのか、それにもかかわらずどのような課題が残っているのか、今後どのような改善が必要なのかについて紹介したい。

遠隔オフィス、テレビ会議の活用-省庁(一部)の地方移転とコロナ

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写真:世宗市移転前の企画財政部の庁舎
(ソウル市江南南部の果川庁舎で1980年代から使用)

10年前の2012年、韓国の中央省庁は、政府樹立以来、最も大きな変化を迎えた。

行政中心複合都市である世宗特別自治市(以下、世宗市)の発足とともに、ほとんどの省庁が、ソウル市から自動車で約2時間の距離にある同市に移転することになったのである。

政府省庁の地方移転は、以前にも首都一極集中を抑制し、地方の均衡発展のために過去に何度か推奨されたことがあるが、企画財政部(日本の財務省)や教育部(日本の文科省)など省庁の大半がソウル首都圏を離れることになるのは、史上類を見ない事件だった。

しかし、当初、行政首都自体をソウル市から移転するという趣旨で始まったこの計画は、2004年に出された憲法裁判所の移転に対する違憲判決(注2)などの影響を受けて、最終的に立法府(国会)とチョンワデ(大統領執務室)、そして一部の省庁(国防部など)はそのままソウル市に残り、16の省庁や傘下機関だけが移転するという大幅な修正を経ることになり、業務の非効率化を招くことになった。

特に、国会と大統領執務室がソウル市に残り、「対面報告の文化」がそのまま維持されたことにより、多くの公務員に、従来業務に加えて、両市の往復移動時間と交通費、それに付随する業務が大量に追加発生することになった。

一部の省庁が世宗市に移転したものの、政府の首長である国会と大統領執務室がソウル市にある状況で、実務担当者の中には、報告のために世宗市とソウル市を1日に何度も往復しなければならない事例も発生し、多額の税金が出張費に浪費されている状況とその非効率性がマスコミによって報じられた。

また、世宗市への一部移転に伴い、出張時に緊急業務を処理できるソウル市内の遠隔オフィスの構築とオンライン報告の実現に対する要求が公務員の中で高まった。以前も遠隔オフィスやオンライン報告システムなどが整ってなかったわけではないが、政府が事実上、世宗市とソウル市に政務を二元化したことにより、こうしたシステムの利用ニーズが加速したのである。

世宗市移転前は、ほとんど利用されなかったテレビ会議システムが活用されるようになり、実務担当者は世宗市で、報告を受ける幹部はソウル市で、という会議スタイルが常態化した。テレビ会議の開催が難しい場合には実務担当者がソウル市へ出張し、報告を終えた後の修正業務はソウル市内にある遠隔オフィスで行うことも日常になった。

ただし、 国会議員との面談はオンライン化することが出来ず、ソウル市に出張に行く公務員数と比較して、修正業務のための遠隔オフィスの部屋数が不十分であった。そのため、2020年に国会議事堂の横に公務員のための遠隔オフィスを建設する等の取り組みが行われた。

このような報告システムの進展に、コロナ禍が意図せず貢献した。2020年以降、新型コロナウイルス感染拡大の抑制手段として、テレビ会議と遠隔オフィスがさらに利用されるようになった。特に、感染リスクを減らすため、対面報告を極力減らし、画像のみの報告を認めた省庁も一部見受けられた。

このように政府の二元化とコロナ禍という未曾有の事態が同時に起きたことで、韓国政府のデジタル化は急速に進展した。

しかし、それでもなお、伝統的な対面方式を好み、遠隔業務や遠隔報告は非効率であると認識する幹部や議員も少なからずいる。そのような認識の者に、対面業務と遠隔業務を調和させる必要性をどのように理解してもらうかは、未だ解決すべき課題となっている。

長時間待機文化の改善、不要な残業抑制のための残業手当制限

日本と同様に、韓国の中央政府の繁忙期は、国会会期中である。特に国政監査、対政府質疑などが行われる時期には、国家公務員が答弁を準備するため、質問が来るまで待機し、夜中の12時過ぎに質問が到着する場合もある。

成果測定が難しい公務員の業務特性上、長時間働く者が優秀な人材だという価値観が長く中央政府に浸透し、これまで公務員の長時間労働に影響を及ぼしてきた。

このような長時間労働文化と不要な残業を減らすため、韓国の行政安全部は月毎の残業手当の最大支給額を毎年一律の割合で制限し始めた。これにより、それまで1人当たり最大で月57時間まで受け取ることができた残業手当は、部署によっては半分以上減少した。

政府発表によると、残業しても手当が支給されないため、無駄な残業を最小限に抑える等の残業抑制効果があったとされている。その一方で、予算担当など、残業を余儀なくされる部署では、業務量を減らすことができない状況で残業手当だけが減るという事例も少なからず発生した。

なお、このような残業手当の制限に対して、特定曜日を「家庭の日(主に水曜日)」という名称に指定し、当該曜日に残業をしても手当が支給されないようにする省庁も登場した。しかし、公務員の業務特性上、自身の裁量で業務計画の調整が困難な状況下で、特定曜日に対する残業手当の未払いを強制することは望ましくないとの意見も出された。

以上のような課題も見られたが、政府のこうした残業手当制限や、付随する残業抑制政策を通じて、本当に不要な残業がある程度減少したプラスの影響はあったと考えられる。ただし、同政策によって減少することになった公務員の給与については、ある程度の保全策を講じることが望まれる。

育児休業等、家族親和的な政策の取り組み

2021年を基準に、韓国の合計特殊出生率(15~49歳の妊娠可能な女性1人が一生の間に産むと予測される平均出生児数)は、0.82を記録し、世界で最低水準となった。

深刻な少子高齢化を克服するため、政府は様々な支援政策を展開しているが、公共部門で最も活用されるようになったのが、育児休業制度である。

2010年代までは、育児休業はそれほど利用されていなかった。特に国家公務員の男性職員の場合、2011年時点で育児休業を取得した人は623人にすぎなかった。しかし、その後急増し、2019年時点で3,384人になっている(図5)。

このように現在では、男性公務員であっても、育児休業を通じて仕事と家庭のバランスをある程度実現することが可能となっている。この他にも、8歳未満の子どもがいる職員の場合、労働時間を短縮(既存より最大2時間)して働ける、といった家族に親和的な制度が近年導入され始めている。

図5:韓国における国家公務員の育児休業取得者数の推移(2011年~2019年)
画像:図5

  • 出所:(e-国家統計、2021)

しかし、育休利用の進展によって、別の副作用も発生した。それは育休取得者の業務を、残った現場の職員で負担するために発生する「1人あたりの業務量過多の問題」である。

5級公開採用試験の選抜人員は、2010年の317人から2022年には322人と、ほとんど変化がない(注3)。他方、職級別育児休業者の公表統計がないため正確な把握は難しいが、職級別の育休取得率の増加がほぼ同一だと仮定すれば、中央省庁の育休取得者の増加により、業務上の欠員は増加したと考えられる。このような欠員が発生する場合、その分の業務は該当部署の他の職員が担うのが一般的である。

例えば、この問題を解決するために教師の場合は、教員免許保持者を育休の代替要員として一定期間採用することもある。しかし、一般的な中央政府の公務員の場合は、短期採用を通じて欠員を補充するシステムはまだ殆ど実施されていないのが現状である。

育休が発生した場合に他の職員の業務が増える問題は、公共部門だけでなく、民間部門でも問題になっている。「育児休業制度」を含め、子が幼い時期に利用できる「時短勤務制度」など様々な支援があるにもかかわらず、自身の業務が残った職員に転嫁される場合、当事者はその制度を積極的に利用しづらくなる。

世界最低水準の出生率を高め、家庭や育児に優しい環境を構築するため、育児休業制度は今後さらに活用すべき政策であるだけに、それによる負担が他の職員に転嫁されないよう、例えば遊休人材のプールを十分に増やしたり、短期採用を活用したりする方策などを模索しなければならないと思われる。

ボトムアップによる組織風土の改善努力

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写真:世宗市移転後の企画財政部の庁舎

行政安全部は2019年、組織風土の改善にはトップダウンではなく、実務担当者レベルでの革新的なアイデアが必要という判断のもと、5級以下の新規採用職員を中心に『政府革新アベンジャーズ』というタスクフォース(TF)を発足させた。

『政府革新アベンジャーズ』は、急速に変化する時代の流れに合わせて、若く斬新な考え方で、既存の組織風土と働き方の改善を目標に活動を開始した。これまで、43の中央行政機関から計500人余りが参加し、自由なアイデアを提出した。このような活動は継続しており、2021年には第2期アベンジャーズが発足し、年末には『革新博覧会』を開催して行政安全部長官の出席のもと、これまでの成果を共有する場が設けられた。

第1期の活動では主に、組織内の世代間ギャップを解消し、実務担当者と幹部役員間の認識の差を改善することに焦点が当てられた。それは、2019年12月の『革新提案公募展』を通じてオンラインで報告時間を予約するスマート・報告システム― QRコードを活用した出退勤管理など効率的な働き方にもつながった。さらに、翌2020年11月には『1990年生まれの公務員がきた』という報告書を通じて、公務員の働き方と組織風土に対する若手の考え方や彼らの改善案が盛り込まれた。

このような『政府革新アベンジャーズ』の成果が政府全体に普及するよう、今後は各省庁へ体系的に拡散する具体案についての議論が行われる予定である。これが短期的な花火的イベントに終わるのではなく、継続的な組織風土の改善に向けた窓口として今後も機能していく努力が必要であろう。

おわりに

行政安全部は2021年、公務員組織の働き方と組織風土を改善するための方案として、「2021組織風土および働き方改善推進計画」を発表し、10のスローガンを発表した。

その中には、フラット(水平的)な組織風土を醸成するため、「平等なコミュニケーションを重視」、「職員を大切に」、「指示は明確に」、「儀典は行き過ぎないように」、「会食は健全に」などの内容が盛り込まれている。また、働き方を時代の変化に合わせて合理的に改善するための方策として、「報告書は業務上必要なことのために」、「会議はスマートに」、「データ時代に合わせた考え方を」、「勤務は柔軟に」、「定時退勤は当たり前」などの事項が指摘されている。

ここで提示された内容が全て実現すれば、公務部門の労働環境の大きな改善につながると思われる。

しかし、「職員を大切に」、「定時退勤は当たり前」などのスローガンが組織風土革新のための課題として提示されたのは、今回が初めてではない。同じような提言が出されてから長い時間が経過しても、未だに改善しなければならない課題として残っているところを見ると、公務員の組織風土改善がどれほど難しいかが分かる。また、韓国の世宗市とソウル市に二元化された行政構造と、首都圏選好現象などは、解決しなければならない優先課題でもある。

さらに重要なことは、ますます大きくなる民間との環境格差である。民間部門では、週最長労働時間の短縮に続き、ヨーロッパなどで施行されている「インターバル規制(退勤時間から出勤までに一定時間以上の休憩を確保する制度)」や、週休3日制の導入議論が活発に行われている。

しかし、勤労基準法が適用されない公務員の場合、こうした民間の先進的な議論の恩恵を直接受けないため、かえって公務部門全体の士気を落としてしまいかねない。韓国と日本はともに、このような民間部門の変化が公務部門の組織にも恩恵をもたらすようにするための果敢な革新が必要である。

韓国と日本の公務員の組織構成及び組織風土は、他国に比べて似ている点が多いだけに、お互いの長所を吸収して一緒に発展していくことを期待する。

プロフィール

写真:イー・サンヨン氏

イー・サンヨン(李尙容、Sangyong Lee)

韓国企画財政部 経済構造改革局 福祉経済課 課長補佐
韓国企画財政部で2012年から主に国際金融、社会経済政策の業務を担当。 2020年、日本政府によるアジア諸国の行政官・経済人等招聘プログラム(文部科学省ヤング・リーダーズ・プログラム)を通じて政策研究大学院大学(GRIPS)に留学し、現在は労働政策研究・研修機構(JILPT)において、「労働時間規制の日韓比較」に関する研究を実施中。

特集:諸外国の国家公務員の働き方

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