資料シリーズ No.211
フランス労働法改革の意義と労使関係への影響

2019年3月29日

概要

研究の目的

フランスにおいては、近年、伝統的なフランス的労使関係システムの機能不全が指摘され、大規模な改革が立て続けに行われ、また現在もそれが試みられているところである。たとえば、2000年代以降のいわゆる「有利原則の撤廃」と「労働組合の代表性システムの改革」、伝統的に否定されてきた「集団的決定による個別的労働契約の変更手段」の模索などがその代表的なものとしてあげられる。

こうしたフランスにおける取組は、確かに日本とフランスが置かれている状況の差異、あるいは社会的な基盤等の違いに留保しなければならないのは事実であるが、他方で、日本が直面する雇用関係を巡る課題と、共通点が多く見られるようになっていることも事実である。また、フランスの近年の取り組みを見ると、伝統的なフランス的労使関係システム(すなわち、日本、あるいは同じ欧州の中にあるドイツと比べても大きく異なるものとみられてきたもの)から、むしろ日本あるいはドイツにおいてとられてきたシステムへの接近とも評価できる要素を見て取れる。このような状況に鑑みれば、フランスにおける経験は、日本における上記の課題(とりわけ、従業員代表制度の法制化の是非を中心とした、集団的労使関係システムの再構築)を考えるに当たり、多くの政策的示唆を与えるものと期待できる。

そこで、本研究においては、2016年から2017年にかけて行われた一連の労働法改革について、それまでの歴史的な経緯や社会的背景を踏まえつつ、その内容と意義と確認するとともに、今後の労使関係に与える影響を明らかにすることを試みた。

研究の方法

日本で入手可能な文献による基礎調査並びに、現地(フランス)におけるヒアリング調査及び文献収集。

主な事実発見

2016年から2017年にかけてのフランスの労働法改革、とりわけ2017年にマクロン政権の下で実施された改革の主な内容は、(1)団体交渉・労働協約システムの改革、(2)解雇法の改革、(3)従業員代表機関の再編、に整理される。本成果においては、このうち(1)および(2)について主に検討対象とした。結果明らかとなったのは以下の内容である。

  1. 労働法改革の内容

    (1)団体交渉・労働協約システムの改革

    団体交渉・労働協約システムの改革は、第一に、労働協約における部門(産業)レベルと企業レベルの関係の再構築である。これにより、部門(産業)別協約に対する企業別協定の優位がより明確にされた。第二に、企業別協定の有効性に関する「過半数原則」の強化である。伝統的なフランスのシステムでは、「代表的労働組合」が1つでも協約・協定に署名すれば発効するとされていたが、2000年代以降、徐々に持ち込まれるようになった「過半数原則」が確立され、協約・協定の発効には「過半数の支持を受けた組合の署名」または「従業員の直接投票(レフェランダム)による過半数の支持」が必要となった。これに関連して、零細企業においてレフェランダムを通じた使用者の提案に基づく協定の成立が可能となった点も重要である。第三に、企業別協定による労働契約の修正の可能性が事実上拡大された。従来、フランスでは民法の伝統である契約の個別性により、協約・協定等の集団的規範によって個別の労働契約を変更することは認められてこなかった。2013年以降、例外的に「雇用維持協定」に限り、これにもとづく労働契約の変更を拒否することが「解雇事由」となるとされてきたが、今回の改革により、その範囲が拡大されるとともに、協定にもとづく労働契約の変更の拒否が「『正当な』解雇事由」となるとされた。この結果、協定にもとづく労働契約を迫られた労働者は、変更を受け入れるか解雇されるかの二択を迫られることとなる。

    (2)解雇法の改革

    解雇法の改革は、第一に、普通解雇、とりわけ解雇紛争にかかる改革である。ここでは、解雇通知における解雇理由の明確化、不当解雇にかかる補償金の上限設定、解雇訴訟にかかる「時効」の短縮が実施された。これらはいずれも、紛争における争点の明確化や紛争解決時のコストの予測可能性の向上等、解雇にかかる法的安定性の向上を目的とするものと説明されている。第二に経済的解雇にかかる改革である。ここでは、経済的解雇の定義の明確化、再配置義務の範囲の縮小、集団協定に基づく合意解約(≒希望退職)の創設がなされた。これらの改革もまた、経済的解雇にかかる予測可能性の向上、および企業の再構築(リストラクチャリング)にかかる手法についての選択肢の増加を目的としたものと説明されている。

  2. 改革の背景

    フランス労働法改革の背景としては、以下のような点が指摘できる。第一に、今回の改革は、企業別協定の重視、中小零細企業における交渉・協定締結の促進といった、1980年代以降(特に2000年代以降)にフランスでとられてきた集団的労使関係に関する法政策のさらなる促進と位置付けることができる。第二に、対外的な事情が挙げられる。すなわち、フランスは(とりわけEUの財政規律問題との関係で)「労働市場改革」の必要に迫られており、このことは、たとえば解雇法改革における「安定化」の強調、部門別協約の拡張適用制度に関する「制限」の導入に加え、政府が「労働法改革」の対外的な広報に力を入れていることからもうかがうことができる。

  3. 改革の意義と影響

    フランス労働法改革の影響について、法学者や労働組合関係者からは、おおむね以下のような批判・懸念が示されている。第一に、従来部門別協約が担ってきた「最低基準の設定(ソーシャルダンピングの防止)」機能が後退することへの懸念、第二に、「直接民主主義」の強調が、代表(労働組合)を通じて集団的規範を設定するというフランスの伝統および1946年憲法が定める「参加権」と矛盾すること、第三に、労働契約の個別性に対する協約・協定の侵襲は、理論的には「契約の個別性」というフランス法の伝統と矛盾するものであり、実務的には労働条件の不利益変更に対する「最後の砦」が消失したことを意味すること、第四に、解雇の容易化および労働者の訴訟による抵抗の可能性の低下である。このほか、零細企業におけるレフェランダムの導入については、結果として使用者による「一方的労働条件決定」を正当化する手段として用いられる可能性が指摘されている。

    このように見ると、フランス労働法改革は、「従来の伝統を覆す、決定的な変化」のようにも見える。しかし、第一に、改革の内容の多くは、1980年代以降の改革の延長線という色彩を有するのも事実であること、第二に、あくまでも「労使」の決定による適用除外・分権化の方式を基礎としていること(したがって、組合は、不利益な協定には容易には署名できないこと)、第三に、労働組合のみならず、使用者団体および企業(とりわけ中小企業)からも、従来部門別協約が担ってきた「市場の健全性の確保(ソーシャルダンピングの防止)」を評価し、必ずしも企業レベルの規範設定の徹底、およびそれによる競争の激化を望まない声も聞かれたことから、今回の改革を受けて、(見た目のインパクトほどには)劇的な変化は直ちには生じない可能性も高いように思われる。今後のフランスの労使関係の動向を引き続き検証していく必要があろう。

政策的インプリケーション

フランスの労働法改革については、マクロン大統領のパーソナリティもあり、高い注目を集めている一方、非常に単純化した捉え方をされている側面も少なくないように思われる。しかしながら、労働法改革の意義と政策的インプリケーションを考える上では、「改革」の見た目のインパクトではなく、フランスにおける歴史的・社会的文脈および(国際的)政治的文脈に留意しつつ、それが「実際にどのような影響をもたらすか」を慎重に分析する必要あることをまず指摘する必要がある。

具体的な政策についてのインプリケーションについて、解雇法の改革については前提としての解雇法制が日本と大きく異なることから、単純な比較は困難である。他方、集団的労使関係システムにかかる改革については、今後の日本における集団的労使関係法制のあり方を考えるにあたり、「直接」民主主義の手法か、「代表を通じた」民主主義の手法のいずれが望ましいか、集団的規範設定システムの「担い手」の正当性をどのように担保するのかを考えるうえで、フランスの経験および今後の動向も参考にしうると思われる。

政策への貢献

厚生労働省資料として、各種政府会議で活用されることが期待される。

本文

研究の区分

プロジェクト研究「労使関係を中心とした労働条件決定システムに関する研究」
サブテーマ「雇用社会の変化に対応する労働法政策に関する研究」

研究期間

平成29年度~30年度

研究担当者

細川 良
労働政策研究・研修機構 副主任研究員
小山 敬晴
大分大学専任講師
古賀 修平
宮崎産業経営大学専任講師(平成29年度・JILPTアシスタントフェロー)

関連の研究成果

入手方法等

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